21.これは俺の…。
「ちょっと!これはどういうこと?!だれか説明して下さる?!」
目の前に広がっている半分以上が凍り付いている沼を見て、ギルドマスター・メリンダが目を見開いて声を荒げている。
彼女に連れて来られた〈火焔の聖剣〉と〈閃光〉も状況が理解できていないのだろう、メリンダ同様、驚愕している。それも仕方ないと自分を含めた誰もが思った。
そして、メリンダの質問に答えられる者は俺とルナしかいない。
そうなると、この状況を引き起こした人物である彼女に皆の視線が集まるのは、ある意味当然である。
しかし、正気に戻った彼女にはそれが耐えられない訳で。
視線の集まった彼女はすぐさま自分の背中に隠れるようにしてその身を隠した。
先程、冒険者ギルドで見せた振る舞いと今の行動との差に理解が追い付いていないメリンダが近づいて来ながら、怪訝な表情を浮かべている。
「これはあなたたちがやったのかしら?」
「俺たちが、というよりルナが、だな」
「…その子、同一人物?さっきと全く違うのだけれど」
メリンダの言うことは尤もであるが、キレてしまって我を忘れていたようだから今の状態は素であるためどうにもならないのだ。
「それはすまない。さっきは怒りで周りが見えなくなっていたみたいでな」
「こんなオドオドした子が一体何にそんなに怒っていたのかしら」
「実は冒険者ギルドに行く前に薬師ギルドに行ってな。そこでギルド長に持ってる解毒ポーションを全部差し出せって言われたんだ。それが薬師の本望だとかなんとか言ってたぞ」
「…何ですって?それは本当かしら?」
「事実だ。…なあ、ルナ?」
俺の後ろに隠れてできるだけ気配を消そうとしているルナに自身の背中を覗き込むようにして、話しかけた。先程ゴシゴシと手で擦っていたから、目元が赤く腫れている。
怯えているところに申し訳ないが、俺だけじゃなくて彼女にも証言してもらう必要がある。
「…言われました。だから、1本以外、持ってるの全部、売りました」
「そう、なのね。分かったわ。このことは冒険者ギルドとして抗議します。それで怒りを収めてくれないかしら?」
「俺は別にいいが」
「……」
返事をしないルナに向き直る。俯いて表情は窺えないが、唇を噛んで何かを堪えていた。
彼女が少しでも落ち着くように頭を撫でてやる。ゆっくり、優しく。あの時、自分がしてもらった時のように。
「許せないか?」
「…レオルドさんは、本当にいいんですか…?」
「ああ。俺の分もルナが怒ってたからな」
「…じゃあ、いい、です…」
その言葉に安堵する。先程の彼女は俺が知らない者だった。どうすればいいのか分からず、行動が遅れた。
だが、あれ以上はダメだと思った。彼女を止めなかった未来は誰にとっても良くないものだったはずだ。
この街にとっても、この国にとっても、ルナにとっても、俺にとっても。
「いいそうだぞ」
「ありがとう、助かるわ。でもこの沼、どうしましょう…」
「時間が経てば溶けると思うが?」
「溶けても魔獣の死体はそのままでしょう?この沼、普段はきれいに管理されてるのよね。だから、ポイズンフロッグも住み着いているのよ」
「毒ガエルのくせに贅沢だな」
「そうなのよ。だから、回収しないといけないのだけれど…」
これから始まる後処理を考えているのだろう、溜息をついている。それも先程の発言を聞くと仕方ないと思える。
凍った部分はもとより、沼にいたポイズンフロッグの幼体のほとんども凍ったことによる温度変化で凍死しているし、他の冒険者が倒した分も回収しなければならない。
それに加えて、薬師ギルドの対応もあるのだ。頭が痛いことだろう。
「あ、あの…」
「ん?どうした?」
「沼の魔獣を回収すれば、いいんですよね…?」
「ああ、そうだが…って、ルナならできるな」
「何ですって?!その話詳しく!!」
「?!」
メリンダの余りの剣幕に怯えて再度、背に隠れてしまった。
…これは説明させられないな…。
「簡単に言うと、魔術で魔獣を集めるんだ」
「あら。そんな便利なことできるの?」
「ああ、できる。ルナならな」
「じゃあ、お願いしていいかしら?出来れば早いと助かるわ。と言っても、溶けないことにはお話にならないのだけれど」
「ルナ、いつぐらいに始められそうだ?」
「…?今からできるけど…?」
「今から?!」 「今からですって?!」
「?!は、はい!」
「…じゃあ、お願いできるかしら」
「が、頑張ります…!」
「……本当に本人なのかしら…」
メリンダは納得がいかないという表情をしながらも、他の後処理のために俺たちから離れていく。
ある程度の距離が離れるとルナはやる気を見せながら沼に向かい、自分もその横に並んで歩く。
両手を前に翳して魔力を操っているのだろう、彼女から何か温かいものを感じる。
そして、沼が少しずつ溶けていき、次々と魔獣が空中を飛んで周辺に集まってくる。何度見ても不思議な光景だ。
…この調子なら、すぐに魔獣の回収も終わるだろうな。
そう思いながら、彼女の背中を眺めながら進んでいると、前から小さな声で「ありがとう、ございました…」と聞こえてきて、「ああ」とだけ返す。
それ以降、作業が終わるまでお互いに何も言うことはなかった。
時間を掛けずに作業を終わらせ、メリンダのもとへ作業終了の報告に向かう。ルナは、また作業前と同じように自身の背に隠れながら付いて来る。
陸に上がったポイズンフロッグの幼体も結構な数いたようで、山のように積み重なった魔獣の近くでメリンダは冒険者の指揮を執っていた。
「メリンダ、終わったぞ」
「もう?!早すぎないかしら?」
「俺もそう思う」
「…まあ、いいわ。とにかくありがとう」
「ああ。こっちこそすまない」
「いいのよ。別に」
「…すみませんでした…」
ルナは俺の後ろから顔だけを出して謝罪しているようだ。そしてその様子が微笑ましかったのか、メリンダは頬を緩めている。
「あら。ふふふ。気にしないで」
「…ありがとうございます…」
「うふふふ…!…んん!申し訳ないのだけれど、まだ魔力はある?毒にやられてる人が少しだけれどいるのよ。お願いできないかしら?」
「はい…任せてください…!」
「んふふふ…!じゃあ、お願いね?」
途端に機嫌の良くなったメリンダが冒険者への指示を再開する。ルナは気に入られたのだろう。
そして指示通りに毒に侵された冒険者が集められているところへ彼女を連れて行き、次々に解毒が行われていく。
だが、残り1人になった時、いきなりルナの身体の力が抜け、地面に倒れそうになったのを咄嗟に右腕を伸ばして支える。覗き込むと、顔色がずいぶん悪くなっていた。
「おい!大丈夫か?!」
「…う、ん……」
「…魔力切れか」
「…はい…」
「あと1人か…」
あんなに魔力を込めた魔術を使用して、更に100人近い冒険者の解毒をしているのだ。魔力が切れて当然だろう。
だが、あとたった1人なのだ。解毒ポーションでもあれば…。
…いや、1本だけあるはずだ。
「解毒ポーションが1本あったはずだ。それを出してくれ」
「…いや……」
「何言ってんだ」
本当に何を言っているんだ?
このタイミングで使わないでいつ使うと言うんだ。
「…あれは、レオルドさんの…分、だから…」
……。
「はあ…。俺の分なら俺に渡せ」
「で、でもぉ…魔力、ポーションを…飲めば…」
「渡せ」
そうして渋々といった様子で収納魔術から解毒ポーションを取り出し、自分に差し出してくる。これを受け取って最後の1人へ渡す。
そして最後の一人が飲んだのを確認した後、ルナを負担のないように慎重に背負い、報告のために再度メリンダに向けて歩き出す。
するとすぐに顔の横からスゥ、スゥ、と聞こえてきたのだった。
読んでいただきありがとうございます!
魔力は使い切っても死にはしませんが、やり過ぎると命を削ってしまいます。
魔力ポーションはすぐに魔力を補ってくれるアイテムです。
レオルドのイメージするあの時は、ルナが優しく髪を乾かしてくれた時のことです。彼にとってあの出来事は意外と心に刺さっています。
2025.5.14
誤字報告ありがとうございます!本当に助かりました!
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