食後の通信
時間は流れて午前の半ばの時間帯になった。
三つの太陽(二つの小さい恒星を衛星としている)の動きが地球と同じなのは本当にありがたい。どこの世界に転生しても太陽の動きは大体地球と同じだった。これは人と言うか、科学技術を用いずに生命が住める惑星の共通項目なのだろうか。
話がズレたな。
あれからクライヴに相談が有ると言ったら、彼の個室に戻る事になった。
個室に戻ってから、古式機動殻を引き取って欲しいと、お願いした。
勿論、理由は有る。
メンテナンス系は不要そうだが、今後も個人で所有し続けるのは難しい……と言うか、取り扱いに困っている。持っていたら確実に目立つし、街に買い物に寄る際にも置き場に困る。すっかり忘れていたけど、燃料とかどうなっているんだろう。
この辺を中心に引き取って欲しい理由を述べて行く。
相談を聞いたクライヴは腕を組んで暫しの間悩み、回答を口にした。
「俺の一存で決める事は出来ん。少なくとも、アルバカーキにまで戻らねば無理だな」
「アルバカーキ? ……ここからだと、結構遠いよ」
大陸地図を思い描き、現在位置とアルバカーキとの距離を測る。バイクで移動するのであれば、最低でも野宿込みで二十日近くは掛かる。
「我々は元々そこを拠点に活動している。今回は別同隊として動いている」
「一時的な別行動中だったって事? って事は、ここの纏め役の人もアルバカーキにいるって事になるのか」
「そう言う事だ。引き取りを願うのなら、頭目のアンダーソンに言うしかない」
クライヴの回答を聞きながら、何日で到着するのか計算したいが、この船の速度は知らない。
「この船で移動するとなると、何も無ければ十日程度だ。今回は物資の買い出しを頼まれているから、十三日前後を予定している」
それでも十分早いよ。心の中で突っ込んだ。
一緒に行くのなら通信機を使って頭目からの許可が必要だとクライヴに言われて、案内された空き部屋で待機となった。クライヴの私室同様に机とベッドが置いて在るだけの個室だ。
時間が掛かっているのか分からないけど、現在、暇の一言に尽きる。
椅子に腰かけて、情報屋から貰った電子端末を取り出して机の上に置き起動させる。これをくれた情報屋が言うには、古式機動殻に関する情報が入っているんだったけ?
「おぉー、凄いっ」
記録されている情報に簡単に目を通した。声が漏れるぐらいに、知らない情報が沢山入っていた。時間を忘れて端末の画面に見入る。
突然響いたドアをノックする音に驚いて顔を上げる。
「入るぞ」
応答の声を上げるよりも前に、その言葉と共にクライヴがドアを開けて入って来た。
「放置して済まなかったな。昼食の時間だ」
「お昼?」
クライヴの言葉を聞いて、慌てて窓から空を見上げる。日が結構高い位置に在った。
「放置していたのはこちらの失態だが、何をしていたんだ?」
「貰った端末の情報を見ていない事を思い出したから、目を通していた」
そう言ってクライヴに端末の画面を見せようとしたが、手で制止された。
「あとでいい。昼食を先に済ませよう」
クライヴの言葉を吟味するよりも先に、小さくお腹が鳴ってしまった。コートの下に隠すようにしている拡張袋を取り出し、携帯食料を持っているから気にしなくて良いと断ったが、クライブから『許可は取っている。携帯食は緊急時に食べろ』と言われてしまった。確かにその通りだ。
腹に手を当て少し考え『食べる』と回答して椅子から立ち上がり、電源を落とした端末をウエストポーチに仕舞う。先に部屋から出たクライヴのあとを追って、人気の無い通路を歩く。通路を右に左に曲がって歩き続け、エレベーターに搭乗して移動し、再び通路を歩いて、やっと食堂らしいところに着いた。何人かが食事を取っており、奥にカウンターと厨房らしい部屋が見える。
室内は広々としていて、長椅子と長テーブルのセットが六組在り、現在の利用者は少ないけど一度に二十人少々は収容出来そうだ。
クライヴと一緒に奥へ向かい、ワンプレートに盛られた昼食を受け取り、適当なところにクライヴと対面で座る。クライヴは食事を取りながら、通信で相談した結果を教えてくれた。
「アンダーソンと連絡を取った結果、考える時間が欲しいと言われた。アルバカーキの拠点で合流するまでには結論を出すそうだ」
ものがものだけにそう言われても仕方が無い。持っていたら確実に大陸連邦に目を付けられる。拒否されなかっただけ良しとしよう。
「引き取ってくれるだけで良いんだけど」
「そうはいかん。見つけた時の状況に他にも、色々と聞きたいらしい」
「……そうなんだ」
ここで預けて、さよならとは、いかないらしい。
期待した結果ではないけど、到着先で引き取ってくれる事を願おう。
気を取り直して昼食を食べる。クライヴも他に言う事が無いのか、昼食を再開した。
暫し無言で食べ進めていると、複数の足音が近づいて来た。顔を上げて足音の主を確認すると、現代式機動殻のパイロットの面々だった。その先頭にいた気の強そうな赤毛の男性が、昼食を取る自分を見て顔を顰める。
「あん? おう、クライヴ。そのガキ」
「何だ? 先に許可は取っているぞ」
「取ったのかよ。……そうじゃなくて、結局どうなったんだ?」
「連れて行く事になった」
「連れて行くのか?」
「ああ。直接聞きたい事が有るらしい」
「本気かよ」
そう言うなり赤毛の男性とその後ろの面々はうんざりとした顔をした。これは歓迎されていないのが丸判りだ。でも赤毛の男性は何故か自分の横に座った。
「お前、飯は持っていないのか?」
「拡張袋に携帯食を持っているから良いって断ったよ」
「え!? おま、拡張袋持ってんの!?」
「たまたま見つけたから、持ってるよ」
コートの下から端を少しだけ見せると、男性は興奮した。その姿を見て、やっぱり珍しんだなと再確認する。でも、その他の面々は『持ってんなら、それを食えよ』って顔をしている。一食でも部外者に食べさせたくない模様。次は断ろう。
食べ終えてプレートを回収口に持って行く。自分で洗うのかと思ったが、ほぼ同時に食べ終わったクライヴの説明によると、食洗機のようなものが置いて在りそこに入れるそうだ。食洗機の引き口を開けてプレートを入れる。
食堂から出て、帰り道が解らない事に気づいたが、クライヴに手を引かれる。
「艦橋に来てくれ。アンダーソンが直接話がしたいと言っていたんだ」
どこに連れて行かれるのかと思えば、艦橋(英語で言うとブリッジだ)だった。所属のトップに『話しがしたい』と言われたら断れない。断る理由も無いので了承した。
そのままクライヴに手を引かれて歩くが、道中、両親の事について知っている範囲で教えて貰う。クライヴも自分が何をしているのか気になっていたのか、色々と質問を受けた。
互いに質問し、回答する。そのお陰で、長年の謎が一つ解消された。
婆ちゃんの口癖の一つ『母のようなお転婆娘になってはいけません』の意味が判明した。クライヴからの話を聞いた限りでは、母はお転婆を通り越した、かなりの問題児だったらしい。それでかと一人納得していると、クライヴにどうしたと尋ねられた。クライヴに婆ちゃんの口癖の一つを教えると、物凄く微妙な顔をされた。
「確かに、メアリー殿ならそう言うだろうな」
「そう言えば、どうして婆ちゃんを『メアリー殿』って呼ぶの?」
「そんな感じの御仁だったのと、怒った時の顔がな」
「あぁ……」
クライヴの何とも言えない顔を見て、婆ちゃんの説教を受けた事が在るんだなと気づいた。婆ちゃんが怒ると頭に角が生えているように見えるんだよね。
「まぁ、あれだ。メアリー殿の言う通りだ。――いいか。何があっても、どんな事が起きても、母親と同じ行動だけは慎め」
「何でそんな母親みたいな事を言うの?」
真顔で奇妙な事を言われた。意味が分からなくて、思わず首を傾げたら肩を掴まれた。
「お前の母親のヴァイオレット殿はそう言う御仁だった。入隊早々、『自分よりも弱い奴の下に付くのは嫌だ』と周囲に喧嘩を売り、隊長だったステラの父君に完敗してやっと大人しくなったんだ」
知りたくも無い母の過去を教えられた。典型的な問題児だな。
「ステラが生まれた時には全隊員で『母親に似ない娘になるように祈った』んだ」
「大袈裟じゃない?」
「断じて、大袈裟ではない。深窓の令嬢と言っても良い生まれと育ちなのに、開けっ広げで、破天荒で、ついた渾名が『究極の問題児』だったんだ」
「そうだったの?」
「その通りだ」
クライヴの言葉に妙な迫力が出て来た。視界の隅に食堂にいた面々がいるけど、クライヴは気づいていない。
「自分勝手で、隊長以外の言う事は聞かないし、周りにどれ程被害が出ても、自分には被害が出ないように立ち回って。自由気ままで、雌豹と呼ばれても気にしないわで、ステラが生まれたあとに部隊の皆で『母親似にならないように教育を手伝おう』と何度手伝う内容について話し合った事か」
「そんなに、アレだったの」
クライヴは拳を握った。母からの迷惑内容が結構アレだったからと言って、ここまで言う事は無いだろう。
あと、どうして部隊の皆で自分の教育方針について話し合っているんでしょうか?
「とにかく、メアリー殿が言った事は必ず守れ。い・い・な」
「あ、はい」
何を言っても解放されなさそうなので首肯した。すると、『解れば良い』とクライヴは自分の肩から手を離した。妙な沈黙が下りたまま、クライヴの後ろを黙って歩く。エレベーターを併用して少し歩き、艦橋に到着した。室内は広く、地球で海を航行する船と同じく窓が在った。一段高いところに船長用と判る席に座った初老の男性がいた。こちらに気づいて声を上げる。男性の声を聞き、室内で仕事をしていた他の面々の視線もこちらに集中する。
「クライヴ、何しに来たんだ?」
「アンダーソンがステラと直接話がしたいと言ったので連れて来ました」
「そうだったのか」
「艦長、通信機を借ります」
クライヴの回答を聞いて納得した初老の男性は艦長だった。艦長は『いいぜ』と短く了承して席から立った。何故と首を傾げた間にクライヴが何やら操作を始める。その姿を見て、艦長席と通信機が一つになっていると判断する。
その判断は正しかった。
どこかに――多分、アンダーソンが保有する通信機と繋がったのだろう。クライヴが誰かと通話を始めた。その様子を少し眺めていると、突然立ち上がったクライヴに手招きされた。近づくと、何故か椅子に座らされた。
『おー、嬢ちゃんがステラかい?』
「そうですけど、えーと、どちら様?」
艦長席の机には、通信機と思しき填め込み式の画面が在り、画面には初老を過ぎた白髪交じりの茶色の短髪の男性が映っている。
『俺がアンダーソンだ。大体の事はクライヴから聞いた。幾つか聞きたいから、答えてくれ』
「はい?」
何について聞かれるんだろうと思えば、古式機動殻を発見するまでの経緯について聞かれた。クライヴに話してないんだっけかと首を傾げるも、魔法に関する事以外で隠す事は無い。登録経緯以外の部分だけを『金属板を叩いていたら勝手に箱が動いた』と暈し、その他の部分を正直に話して、手書きの地図も見せる。
『成程。欲を掻いたって言うより、何が在るか調べに行ったらこうなった、って事か』
「地図には機動殻の文字すら書かれていないな」
同情に満ちた視線を貰った。目立つ予定がない以上、巻き込まれた残念な子で通すしかない。
「ええと、引き取って貰えますか?」
こっちとしては引き取って貰えればそれで良い。つーか、お願いはそれしかない。アンダーソンからの返答は否だった。
『ちょっとばかし考える時間をくれ。こっちに着くまでに結論は出すから心配するな』
「それに、仮に却下するのなら、俺が知り合いに掛け合うから心配はいらない」
クライヴが言う『知り合い』とは誰なのか? 気になってクライヴを見上げたが、アンダーソンが困惑の声を上げたので視線を画面に戻す。
『おい、おめーの知り合いって……』
「まぁ、そうなった場合。確実に復帰を求められるでしょうし、ステラを一緒に連れて行くしかない」
「え? 一緒に行くの?」
予想外の言葉を受けて驚く。クライヴが父の知り合い、と言うか部下だったのは教えて貰った。でも、クライブは自分の事をどこまで知っているんだろうか。
「ああ。あそこにステラの親族の御仁がいる。大陸連邦とのいざこざも、あそこに行けばどうにかなるだろう」
「いや、親族の生き残りがいるって事の方が初耳なんだけど」
「ここ十数年間の状況では、流石にメアリー殿でも情報を得るのは難しいか」
クライヴはそう言うなり、艦長席の機能の一部を起動させた。何が起きるのかと思えば、通信画面が二分割されて片方に地図が表示された。クライヴは表示された地図をスワイプで縮小表示にしてから、一点を指差した。今のまま移動を続けると通り過ぎる場所だ。
「ここに、知り合いが所属している軍事組織の基地が在る」
「通り道に在る基地なんだ」
『なぁ、クライヴ。本当にそこなのか?』
通信の向こう、アンダーソンの言葉が何故か引っ掛かった。何故、そんな物言いをするのか?
「ええ。ここで合っています」
クライヴが指差した場所は、大陸連邦とは別の軍事組織が所有している基地だ。地図には『鋼騎剣団ツーソンズ基地』と表示されている。
『まぁ、アレだ。色々と候補が出揃っているのなら、こっちも考えを纏めやすいな』
何かを少し考えてからアンダーソンはそう言った。
このあと通信を切る前に、使う予定の無い『未開封の使用期限ギリギリの医薬品』の引き取りもおまけでお願いした。拡張袋に結構な量が入っており、使い切る前に使用期限が来てしまうから、使いそうな場所で使って欲しいと言えば『そう言う事なら』と了承が貰えた。
通信を終えて、艦長らしい人に挨拶してから、クライヴと一緒に艦橋を出て医務室へ移動する。移動途中、クライヴに医薬品の出所を聞かれた。地図を見つけた場所に残っていたものだと教えた。すると、何故か地図が示す場所に向かった事について納得された。
医薬品は売りどころが難しく、下手な場所に売りに持って行くと使用期限の残り日数を理由に買い叩かれる。どこかに寄付すれば良いんじゃないかと思わなくも無いが、使用期限ギリギリなので寄付し難い。廃棄予定物を押し付けているような気になるんだよね。
だから、引き取ってくれるのはありがたいのだ。
クライヴの案内で到着した医務室に入る。室内にいた医者の男性がクライヴと自分を見て驚く。クライヴが簡単な説明を行い、自分はコートの下に隠すように背負っていた拡張袋を肩から下ろした。近くの空きテーブルの上に引き取って貰う予定の医薬品を並べて行く。
「量が、多いな」
医者の言う通り、結構な量が存在する。一人で消費し切るよりも前に使用期限がやって来て、廃棄するしかない量だ。使用期限ギリギリと言っても、一年近くも余裕が有る。それを確認した医者は何も言わずに引き取ってくれた。
医者が医薬品を仕舞っている間に、室内の機械に目を向ける。注意深く観察すると、微弱な魔力が感じ取れた。
この世界は『機械文明の世界』だと思っていたが、注意深く探すと所々に『魔力の痕跡』が残っている。これは先史文明の技術が星辰術と呼ばれる『魔法と機械を融合させたもの』だったからなのかもしれない。
ここはSF系の世界なのかと思っていたが、その実態は『SFの皮を被ったファンタジーな世界』だったのだ。
先史文明の遺物を再利用して文明を再構築した過程で、この世界のファンタジー系要素の『星辰力』と『星辰術』の存在が薄れて行った結果だと思う。
でも、どうして『皮』に当たる機械文明だけが残ったのかは不明だ。やっぱり先史文明が何かしらの要因で消えたのが原因かな?
クライヴと医務室から出る。これでやる事が無くなった。時間潰しに何をしようかと考えて、ふと思い付いた。
いい機会だからとクライヴにお願いする。断られるかと思ったが、あっさりと了承を貰った。
今度は格納庫まで移動する。整備担当の人達は仕事を終えたのかいなかった。何となく、隙を狙ったかのようなタイミングだ。
さて、誰もいない格納庫にやって来てする事は、現代式機動殻について、幾つかクライヴから教えて貰う為だ。
起動方法と、内部の記録始めとした『情報』を見る為の手順などを教えて貰う。
流石に、習得に時間が掛かる『操縦方法を教えて欲しい』と、贅沢は言わない、と言うか言えん。
整備の終った機体、多分クライヴの搭乗機のコックピットに乗り込んで教わる。だが、座席の高さが合わず、先に乗り込んだクライヴの膝の上に座る形で教わる事になった。骨格の差は残酷だった。
やり方を教わり、これが何の情報に該当するのかを教わる。
搭乗して判った事だが、現代式機動殻のコックピット内は、とにかくボタンが多かった。モニターも全周囲タイプだった古式機動殻と違い、正面と左右の三ヶ所に分割して存在する。いや、操縦席だけしか存在しない、古式機動殻がおかしいだけなんだよね。操縦桿やフットペダルすら存在しないし。
大体の事を教えて貰い終えて、現代式機動殻から降りて格納庫から出ようとした時。いきなり警報が鳴り響いた。