色んな意味で逃亡する
陽が落ちる前に、都市に辿り着いた。日暮れギリギリにやって来た子供に警備員達から不審な目を向けられたが、宿の場所を教えてくれと言ったら、野宿を回避する為に慌ててやって来た子供と、誤認された。強ち間違ってはいないけど、指摘が面倒なので訂正はしない。こちらにとっては都合の良い思い込みです。
入場料を払ってから、教わった宿に徒歩で向かう。バイクと一緒だと入場料が割高になるし、盗まれる可能性が出て来る。魔力駆動と言う現代技術では作れない代物が盗まれたら大騒動になるのは目に見えているので、都市に近づく前にバイクを降りた。面倒だけど、こう言うところまで気をつけないとどこで情報が漏れるか分からないし、用心するに越した事はない。
辿り着いた宿で部屋を取り、食堂で夕食を食べてから部屋に向かい、何時もの癖でベッドに寝っ転がってしまうも、直ぐに起きる。
五分だけ十分だけと、寝っ転がると決まって眠ってしまう。電子メモ帳を道具入れから取り出し、今度の行動計画を立てる。
大陸連邦の情報を収集。今後都市に寄り難くなるので食料品の買い溜め。あと一応、古式機動殻の情報も集めるか。これに関しては仕事の過程でついでに手に入るだろうから今は良い。
情報収集は顔見知りの情報屋に尋ねればいいとして、目下、優先すべき事は食料品の買い溜めか。
所持金と食料の残量を確認。所持金はそれなりに有る。食料は数日前に長期保存食三十日分を入手しているから、買うものはなさそうだ。
顔見知りの情報屋がいる町はここからバイクを飛ばして半日程度の距離が在る。午前中に出れば日没直前には着く計算だ。
明日から忙しくなる。
この日は早めに就寝した。
翌朝。朝食を取り、早々にチェックアウトした。
都市を出る前に市場に寄って、昼食用の出来合い品を購入する。確実に冷めるが、水蒸気調理器具(魔道具)で温めればいい。
「異常無し」
都市を歩いて移動した際に気配探知を使ったが、自分を尾行する輩はいない。探知外にいる可能性も有るが、探知範囲は直径一キロに及ぶので取りこぼしは滅多に無い。大陸連邦がまだ動いていないのか、別のところで動いているのか分からないが用心して移動しなくてはならない。
気が重い中、都市から出発した。
途中休憩を挟みつつ、荒野をバイクで駆ける。
何もない荒れた荒野で、遭遇するものは無い。十一年前の戦争で大地から数多のものが無くなった。
人々が住む居住地と畑、野生動物が住む森林を始めとした自然、海からは海洋生物が消えた。
資源争いの戦争にしては爪痕が大き過ぎる。核ミサイルを使用したのかコロニー落としでもやったのかと言いたくなるような荒廃っぷりだ。その割には何年も日が差さないなどの天候不順類の被害は起きていない。本当に、どんな戦争をしたんだか。
十一年前の大戦を思いながらバイクを走らせ、日が半ば程まで沈んだ頃、目的の町が見えて来た。
さして大きな町と言う訳でも無く、この世界だとよく在る町。人口も数百人程度なのに農業などの一次産業に就いている住民はいない。こんな小さな町にもロボットは普及しており、一次産業と二次産業に従事しているのはロボットの持ち主ぐらい。住民の殆どは商業に従事しているにも拘らず、町が回っているのだから本当に不思議だ。
今回の目的地たる情報屋がいるのは町の外れ。一見すると廃屋にしか見えないのだが、店主は真っ当に情報の売買をやっている。
偽の情報を掴まされた事は幸いにもまだ無いが、今後どうなるかは分からない。
情報屋の周囲に人気が無い事を確認してからバイクを降り、入口正面に停める。見た目は朽ちかけているが裏面から鉄材で補強されている木製のドアをノックする。決まった回数をノックしないと、このドアは開かない仕組みになっていて、ドアの開閉は店主が行う。
指定回数ドアをノックすると、ドアが自動で横にスライドし、店内から馴染の低い声が掛かる。
「おう、ステラ。久し振りだな」
「うん。久し振り」
店内は酒場に近い造りになっている。個人趣味でこのような造りになっているのだろう。来る度にバーカウンターでカクテルを作って飲んでいるし。けれど、今日は珍しい事に飲んでおらず、バーテンダーのようにカウンターの内側に立ってロックグラスを磨いていた。それもやたらと丁寧に。
簡単な挨拶を返してから、カウンター越しに今年で五十を超える男性店主と対面する。
……奇妙な違和感が有る。何時もは名前を呼ばないのに今日はどうしたんだろう?
「仕入か?」
「大陸連邦絡みで何か有るって聞きたいけど――」
何時もなら『買取か』と尋ねられるのに、今日に限っては『仕入』と問われた。違和感が膨らむ。違和感を思考の隅に置き、大陸連邦と口にした瞬間、一瞬だが、グラスを磨いていた手が止まった。
「――何やったの?」
主語を抜いて直球で訊ねる。
すると、店主はグラスを磨く手を止めてため息を吐いた。『どうした?』と再度店主に訊ねると、磨いていたグラスをカウンターに置いた。
「そうだな。……顧客の情報は売るもんじゃねぇって実感したな」
「!?」
思いもよらぬ店主の懺悔を聞き、思わず息を呑んだ。そして、違和感の正体を知る。
店主は『誰の情報』を『どこに売ったか』言っていないが、これまでの反応から察する事は出来る。
「おい。まさか」
「わりぃな」
店主からの謝罪に、回答が合っている事を知った。屈んでカウンターの下をゴソゴソを漁りながら店主は語る。
「俺もいきなりの事で驚いたぜ。何やったんだって俺が聞きてぇところだが、何かやったのはお前じゃなくて両親の方だった」
「どう言う事?」
「分からん。そこから先は情報が遮断されていた」
カウンター下を漁り終えた店主が、カウンターに電子通貨板(地球で言うところの現金がチャージされたプリペイドカードに当たる)と、小型の折畳み式電子端末(文庫本サイズのノートパソコン)を並べた。
「迷惑料だ。持って行きな」
「中身は?」
「五百万と、古式機動殻の情報だ。見返していたら設計図も入っていた」
「……気が変らない内に貰うね」
嘆息してから二つを受け取り、ウエストポーチに仕舞う。店主はふと、何かを思い出したかのように『そう言えば』と口を開いた。
「そうそう。大陸連邦は古代文明の遺跡を一つ発掘したらしい。何でもそこは、罪人の凍結処分場だったらしい」
「良いの? そんな情報渡して?」
「おまけだって言える程、俺も詳しくは知らねぇ。ただ、一人解凍処理が出来たらしい」
「そう。世話になったわね」
最後となる別れの言葉を口にしてから、背を向けて店から出た。入口正面に停めていたバイクに乗り、全速力で店から離れる。
振り返らない。振返ったら、恐らく――
「っ!?」
町からそれなりに離れたところで爆音を聞いた。思わずバイクを止めて振り返ると、茜色の空に黒い煙が上っていた。
「……」
頭を振ってバイクを再び走らせる。
今やるべき事は、少しでもあの町から離れてどこかに身を隠す事。
やるせなさを感じるが、この業界では『仕方が無い』事。
隠れる場所を求めて、バイクをただひたすら走らせ続けた。
※※※※※※
「そう。世話になったわね」
そう言って、少女は去った。残された店主は、少女の勘の鋭さに苦笑しつつ、お気に入りの酒瓶を開封した。グラスに注がず、一口飲む。酒精が喉を焼く感覚が心地よい。カウンターに寄り掛かりながらポツリと呟く。
「理由を聞かずに行っちまったな。いや、これから逝くのは俺の方か」
開け放たれたままの扉の向こうから、複数の足音が聞こえて来た。酒瓶を傾けてそのまま一気に飲み干す。
美味かった酒が不味い。それだけ、少女を売った事を後悔しているのだろう。あの少女は上客と言って良い程に支払いが良かった。外見の割に情報屋の扱いを心得ている、何とも不思議な少女だった。
「何やってんのかねぇ、俺は」
思わず苦笑する。数多の裏事情に精通し、後ろ暗い事にも手を染めていたに拘らず、たった一人の情報を売った事を心の底から後悔していた。それは、あの少女の事をそれなりに気に入っていたと言う事だろう。
「店主」
やって来たのは銃火器で武装した複数人の男達。服装自体はバラバラだが、全員が大陸連邦の裏方の軍人である事は知っている。
「話が違うぞ」
「そいつはこっちの台詞だぜ?」
彼らとの取引は口封じが前提だった。それに気づいたのは、少女と接触する前。
銃口が己に向いたが、向き合う店主は表情一つ変えない。酒精が回って来たが、最期にやる事は一つだけ。
複数の銃声が鳴り、店主はカウンター内で倒れた。しかし、僅かに身動ぎしたお蔭で、即死は免れた。
カウンター内に来る男達から見えないように、手を伸ばして腕時計の龍頭を押す。
「上手くやれよ、ステラ」
直後、店は店主と男達を巻き込んで爆発した。
※※※※※※
日が完全に沈み、夜となったがバイクは停めない。バイクのヘッドライトを頼りに荒野をひたすら走り続ける。
それなりの時間を駆けたが、身を隠せる適当な場所が見つからない。この辺りの地形図は頭に入っているのでどの辺りを走っているかは判るが、相対距離までは解らない。
この際、魔法で地面に穴を掘って一時的に身を隠すか。などと考えていたら、道が途切れた。慌ててバイクを停めて下を覗き込む。
暗くて全貌は見えないが、地形図によればここは近隣の住民から『夜避け谷(夜に近くを歩くと誤って転落する事から)』と呼ばれている谷だ。谷と言うよりグランドキャニオンを連想させるような岩場だ。勿論、谷底に川など流れていない。
バイクを道具入れに仕舞って懐中電灯(魔力で点灯する)を取り出す。懐中電灯を点けたら、谷底に向かって飛び降りる。風属性の魔法を使って減速する事も忘れない。月明りの届かない闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに谷底に向かって降り続ける。
体感としては十数秒程度か。谷底に片膝を着いて着地する。
……この手の着地に重力魔法を使ってばかりだったからか、微妙に着地に失敗した。じーんと足が痺れた。少々涙目になるが、足の痺れを我慢して谷底を歩き、野宿に適していそうな場所を探す。
洞窟と言ったものは都合良く見つからないし、滅多に在るものでもない。ゲームや漫画で偶然にも見つけるあのシーンは製作者の都合なのだろう。
今回は適当な場所に自力で魔法を使い穴を掘る。緊急時の事を考えて古式機動殻を出しておきたいから、そこそこ大きな穴になる。
暫く歩き続けて、谷底の幅が若干狭く、少し進むと開けた場所に出る位置に、魔法で横穴を掘った。機動殻が屈めば入れる高さにする事も忘れない。
「よし」
横穴を掘ったら、宝物庫から機動殻を召喚。乗り込んで横穴に移動させる。機動殻に片膝を着いた姿勢を取らせ、横穴の入り口に幻術を掛けて周囲と一体化させ、やっと息を吐いた。ちなみに、入口を元の岩壁に戻さず幻術を使用したのは、単純に脱出時に岩壁を破壊する手間を減らす為だ。忘れてのポカではない。
脱出を考えるのなら『機動殻を出す必要性は無いのでは?』と思うだろうが、敵の機動殻が出て来た時の対処を考えると……魔法が使えないのが本当に痛い。『攻撃魔法』が使えればと何度涙を飲んだ事か。破壊した機体から『戦闘データが抜き取れない』程に、完膚なきまでにぶっ壊さないと別の意味で追われる身となる。古式とは言え、機動殻で破壊すれば顔がバレないのでどうにかなる。
これで安全と言う訳ではないが、問題の一つが解決した。気が抜けたのか、空腹を訴える音が鳴り響いた。
数日前に手に入れた保存食を道具入れから取り出す。
保存食と聞くとビスコッティのように硬い乾パンを思い浮かべるかも知れないが、この世界の保存食は意外にもカップ麺系が多い。缶詰のパンはコッペパンのように柔らかい。代わりに消費期限は他の保存食の半分だが。
保存食の蓋を開けて付属の水を注ぎ、底の紐を引っ張ると、水が沸騰し始める。日本の駅弁でも有った『紐を引っ張ると蒸気で弁当が温められる』奴を応用したような代物だ。そのまま二分待つと胡椒の効いたカップ麺が出来上がった。
付属のフォークで麵を啜る。味は醤油ラーメンに似ていて、想像以上に美味しい。チャーシューっぽい乾燥肉も入っているので、目隠し状態で食べたら醤油ラーメンと間違える自信がある。
ラーメンは豚骨系が好みだが、醬油も悪くない。味噌味似の保存食も有ったから、もう一個食べよう。
空腹が満たされると眠くなるが、この場で寝る訳にはいかない。緊急時に備えて、機動殻のコックピットで寝よう。
外気温調整魔法具を身に着け、毛布に包まって一夜を明かした。