5-8. 誰にだって子供時代はある
ルヴァリーは静かな湖畔が広がる美しい町だった。
人の出入りが多いゆえに大小さまざまないざこざはありはしても、おおらかな気質の人々はのんびりと過ごしていた。
聖女の所属する教会からは離れているため、おっとんとおっかんがその地に常駐する浄化士として赴任した時は歓迎されたという。
「私の心具は土の浄化に秀でていたし、ファーガルのもう一体の精霊もそこそこ水に強かったし」
「おっとんの……どんな子だった?」
「うん? うん、ドラゴンだよ」
「へぃ!?」
ドラゴン!?
驚きのあまり、シーラの口から素っ頓狂な声が出る。
まさかの、伝説の精霊。ネストルの精霊であるユニコーンも伝説の存在だが、ドラゴンはさらにその上をいく。
見てみたい。一体どんなドラゴンだったのか。
だがシーラの記憶のどこを探ってもドラゴンの姿の片りんすら浮かんでこない。色も、大きさも、声も、何も。
「あの子は大きすぎて邪魔でね。子供も怖がるし、町に入ってこられても迷惑だし、いつも湖の真ん中で寝てたよ。小島ができたってしばらく話題になったっけ」
「邪魔……」
ドラゴンを邪魔扱い。
怖がったのはねえちゃんだろうか。シーラなら喜んで突撃しそうな気がする。
会いたかった。背中に乗ったりとか、絶対楽しかっただろうに。口の中とか、でっかい牙はあったのか。目はどんな色だったのか。
そうやって悔しがるシーラの耳に信じられない言葉が聞こえた。
「クリストフは覚えてるかい?」
「ええ……湖の中央にあった黒くてゴツゴツした岩山ですね」
「クリフ様も見たことあるの!? え? ルヴァリーで!?」
驚きの事実。シーラの眼差しにメラメラと羨望と嫉妬の炎が燃え上がる。
その色恋には全く関係ない熱をたたえたシーラの視線を浴び、クリフが居心地悪そうに体を固くする。
それからもじくじくと突き刺さるようなシーラからの眼差しにクリフの忍耐力は焼かれ、彼は観念してふうっと息を吐いた。
「一時、ルヴァリーに住んでいましたから」
「ルヴァリーに?」
シーラが繰り返すと、クリフは表情を変えることなく頷く。
おっとんも、おっかあも何も言わない。
でも話の流れからなんとなく分かった。
おっかあたちが聖女と仲が良く、気にかけていたとしたら。
そしてもしその息子が自分たちの住む町に来たとしたら。
決して放っておくことはしないだろう。むしろ率先して関わるだろう。
おっかあは上機嫌で、おっとんは娘たちに近づく男は子供でも許せん、とか言って不機嫌になりながらも。そんな光景が容易に目に浮かぶ。
だとしたら……そうであるとしたら――
「あたし、昔、クリフさんに、会ってる?」
見開いた両目とは対照的に、震えた唇がかすれた声を紡ぐ。
知らない。分からない。だって、シーラの記憶にはない。
ひび割れて砕けてしまった記憶の器から零れ落ちてしまった大切な欠片たち。散らばってどこにいってしまったかも定かでない。
まだシーラの心の奥のずっと奥底にいてシーラが見つけるのを待ってくれているのか。それとももう記憶の彼方に押し流されてしまったのか。
すがるような思いが伝わったのか、クリフは眉を寄せて目を細めた。
「ああ。ひと夏ほどだったが」
「一緒に、遊んだ?」
シーラが幼い頃だとしたら、クリフは何歳だったのだろうか。
おっさんではないと思う。というか、普段から全身鎧なので、鎧年齢は分かっても実年齢は分からない。
正確に言えば、鎧の年齢も良く知らない。知ってる人がいたら、尊敬はしないけど面白枠として記憶に刻んでおく所存。
でもこんな暗そうな……もとい、口数の少ない人だったら、元気なシーラとは相性は良くなかったかもしれない。
「こいつは、シーラを連れまわしてたアホ小僧だ」
「へ?」
突然のおっとんの発言に、シーラはべりっと視線をクリフから引きはがす。
続いて映ったのは不機嫌を露わにしたおっとんと、思い出し笑いをして膝をばしばしたたいているおっかん。
首を傾げ、シーラはもう一度顔の向きを戻した。視界に入るのはクリフ。
その彼が、自分の顔を右手で鷲掴んでいる。違った。顔を右手で覆っている。
シーラはじいっと目を細めて様子を観察する。
離れているから分かりにくいが、クリフ氏は何やら苦悶しているようだ。
これは、もしや――
「羞恥心……」
シーラにも身に覚えがある。
食べ過ぎたらお腹をくだすという果物をこっそりたくさん食べて、次の日に治療院に担ぎ込まれた時みたいだ。
心配して半泣きのおっとんに事情を説明するのは辛かった。
お腹と出口も痛かったけど、何より! 心が! 痛かった!
すまん、おっとん!
痛む足を引きずって治療院に連れて行ってくれたことは一生感謝するから!
「クリストフはとてもやんちゃだったのよ」
やんちゃ。この歩く鎧がやんちゃ。
大声を出したり笑ったり、してやったり見たいな顔で鼻の下をこするのだろうか。
想像ができない。
「兄が、いましたから、その……」
歯切れ悪く、クリフがもごもごと呟く。そして羞恥や葛藤を追い払うように深く息を吸って吐き出した。
さ迷っていた視線がまっすぐにシーラに向けられる。
何故、シーラを見るのかと不思議に思ったと同時に、この場でクリフの過去を知らない、覚えていないのはシーラだけだと思いいたる。
そしてそれが少し悔しかった。ほんのちょっとだけ、だけど。
「私の兄ランドルフは、エーファさんの恋人でした」
「ランドルフ、さん、がエーファ、さんの恋人……」
登場人物の名前を繰り返す。
ランドルフさんは分かる。今クリフが言った通り、クリフの兄なのであろう。
で、エーファ……エーファ!?
「姉ちゃん!?」
頭が、痛い。情報が多い。多すぎる。
シーラの慎ましやかでいつも控えめで遠慮がちな脳が熱を持つ。
「ふふぇ~」
「ドッゥ」
「ヂヂッ」
体をどさりとミュウに預けてふわふわな毛に包まれると、そのまま沈み込んで寝てしまい欲望に駆られる。
「お兄さんと、姉ちゃんが恋人同士で、えーっと、クリフさんは、私と遊んでたりしたんです?」
若干よろしくない態度だとは思うが、シーラはそのままの格好で尋ねる。
ここは聖女と騎士隊長の娘だということを存分に利用させてもらおう。
「あれは、遊んでいたというより、いたずらをして回っていたというのが正しいだろ」
「ふふふっ、毎日シーラを子分にして走り回ってたわね」
「そ、それは、本当に申し訳なく……」
「子分……」
シーラが、クリフの、子分。
何それ、おもしろそう。
え? どんないたずらしたんだろう。気になる。とても気になる。
「兄とは年齢が離れていて、その、夏の休暇で一緒に過ごせると思ったら恋人と過ごすばかりで、だったら妹分を見つけて楽しもうと……だいぶ連れまわしました」
「それが、あたし?」
シーラが自分を指さして尋ねると、クリフはまつ毛を伏せて口ごもった。
ちょっと可愛らしいとか思ったりはしない。うん、多分錯覚。
「僕の精霊のドラゴンに会いに行くんだって、二人で湖に飛び込んだりとか、覚えてない?」
「覚えてない…」
でもやりそうだ。ドラゴンが湖にいると知ったら絶対に会いに行く。
湖の真ん中に浮かぶごつごつした山を目指そうとするはずだ。
「子供二人で乗れる小舟じゃ結局たどり着けなくて、当のドラゴンに舟を岸に押し返してもらったんだったな」
「本当に、申し訳なく……」
「ふへえええ、ドラゴンに」
それはすごい。見たかった。
ドラゴンを目指して小舟に乗って大冒険。
クリストフに誘われたんだろうが、シーラだってノリノリだったはずだ。
「シーラがあんまりにも残念がって落ち込むものだから、ファーガルまで落ち込んじゃって」
「今度一緒に会いに行って遊ぼうと約束したんだ。でも仕事が忙しくてなかなか行けなくて。二度と会えなくなる前に、シーラにちゃんと会わせてあげるべきだったな」
おっとんの声が沈む。
ドラゴンは今はここにいない。それは、そういう意味だ。
「どうなったの?」
「還したよ。心具の剣を折ってね。大規模な瘴気堕ちのせいであの子にも影響が出ていたから。ドラゴンまで瘴気堕ちになってしまったらこの町どころじゃなくて国が危ない。だからね」
精霊と主をつなげる大事な心具。それを破壊したおっとんは強い。
今はおっとんの横に置かれた剣を見る。
いつかあの剣が再び心具となる時が来るのだろうか。
おっとんのもう一体の精霊であるズーが剣に寄り添う姿を見たことがある。
一緒にいた精霊がいないことを悲しんでいるのか、それともそこに戻って来いと呼び掛けているのか。
あらゆるものが失われたこの場所が癒される頃には、再会できることを願ってやまない。
ちょっとだけ、ドラゴンと会いたいだなんてシーラの欲望を飲み込んで。
皆様、2024年もBPUGの妄想にお付き合いくださりありがとうございました。
妄想が紙になって世に放たれたのも(書籍化と言え)、皆々様の熱烈な応援のおかげでございます。
2025年も妄想を日本全国に流布する活動にご助力を賜りたく存じます。(つまり、本を買ってねってことだね!?)
なにはともあれ、皆様の2025年が素敵な年になるように願って年末年始には腹踊りを頑張ります!
ではでは、よいお年を!
BPUG




