5-7. 両親の話
中央教会にいる大聖人、もしくは大聖女が高齢になり交代が必要となると、その代で強い力を持った治癒士や浄化士が各地の教会から集めらる。
彼らは力だけでなく人となりや容姿、家柄、作法、知識など様々な観点で評価され、最もふさわしいとされた者が新たに大聖人、もしくは大聖女として任命される。
そして候補者たちは各地の教会に戻り、その土地の聖人、聖女となるのだ。
おっかんは候補者として集められた一人だった。そして驚くべきことにおっとんも。
「おっとん、騎士じゃなかったの?」
「騎士だよ? だけど浄化の力も強かったんだ」
「え? そうなん?」
「知らなかった?」
「知んない!」
騎士になるには浄化あるいは治癒の両方を備えていないといけないと聞いた。だから見たことはなかったが、おっとんにも少なからずそういう力はあるのだと予想していた。
だが、候補者になるほど強い浄化の力を持っていたとは。
「ファーガルには精霊がもう一体いたのよ。その子が、浄化の力を持っていたの」
「二体の……」
どこか、噂で聞いたことがある。
容赦のない冷酷な騎士が二体の精霊を従えているというおとぎ話のような噂を。
え、まさか、おっとんなのか。冷酷な騎士……普段のおっとんから想像できなかったけど、最近の筆頭騎士としての顔を見ると納得できる。伝説のような、格好いい騎士の正体が……おっとん。
「あの子は、僕の心具にひびが入って形を保てなくなっちゃってから、精霊としてお役目を終えてそばにはいないけど。今度、絵をみせてあげるよ」
「うん。ありがとう」
稀に、人間と精霊のどちらも生きていても、離れなくてはならないことがある。
心具の力に引き寄せられてきた精霊は心具との結びつきが強い。
心具には不思議な力があって壊れにくいけれども、それは絶対ではない。特に剣などの武器はどうしても消耗してしまう。
「あの子とも……候補生として知り合ったの」
おっかあのクリフを見つめる目が、遠くの記憶を探るようにどこかぼんやりとする。
その言葉と視線の意味を悟り、シーラはクリフをまじまじと見つめた。
「聖女、だったの? クリフ様のお母さん」
頭の回転がそう速くないシーラにだって分かる。この話の流れでクリフがここにいる意味と、彼の母親がどんな存在だったのか。
聖女だったのだ。それもただの聖女ではない。
あの、「ルヴァリーの瘴気堕ち聖女」だったのだ。
赤い炎のような瘴気。人を焼き、動物を焼き、精霊を焼き、地面を、建物を全て焼き尽くす闇のような瘴気。
それを作り出した聖女が、クリフの母親。
ドクリと心臓が跳ねる。痛い。心臓の奥が痛い。痛い痛い。
瘴気によって焼かれてしまった姉ちゃんとの記憶が痛む。
違う、痛いのは──心だ。失ってしまった記憶の痕が痛い。
目の奥からジワリとにじみ出る涙。熱い、痛い。熱い。
「シーラ、呼吸をして。ゆっくり、ゆっくり。大丈夫、大丈夫だから」
おっかあがなだめるようにシーラの背中をポンポンと叩く。
「プゥ」
ずしっとシーラの肩に重みが乗っかった。
ミューだ。
ついでに髭がチクチクと頬に刺さって痛い。でも痛くない。
不思議だ。さっきはあんなに胸が痛んだのに。
「うん、大丈夫。あたしは、大丈夫」
自分に言い聞かせて笑う。おっかあも少しだけ痛みをこらえるような笑顔を浮かべた。
「今日はここまでにしておくか?」
おっとんのシーラを案ずる声がする。
シーラはふるふると顔を左右に振って、涙を手の付け根でグイッと拭った。
ついでにミューの髭がツクツク頬に刺さる。まったく、痛いじゃないか。
ミューの頬をもみもみして、シーラはもう一度クリフを見る。
うん、なんか兜をかぶっていなくっても鉄仮面だ。
でもきっと悪い人じゃない。
認めたくはないけど、カオドキだってなついているし、ミューも、だ、だだだ、だだだだ……抱き着きたいくらいにクリフのことを気に入っている。
瘴気堕ちしかけたミューを助けてくれたことも忘れない。
ちょっとした勘違いで彼を攻めたシーラに対して怒ることもしなかった。ちゃんと、いい人だ。
「大丈夫だから、続けて」
頷いて、おっかあを促す。
おっかあも今度はいつも通りのゆったりとした温かい笑顔を浮かべた。
「あの子はとても綺麗で優しい子だった。フローリア、その名前の通り、花のように可憐で美しくて……繊細な子」
聖女の名前、フローリア。
初めて聞いたはずなのに、するりと自然にシーラの中に届く。
ああ、きっとこれはシーラの記憶の中にいるんだ。フローリアという人が。
おっとんともおっかあとも仲が良かったのだろう。話題に上るだけでなく、会ったことがあるのかもしれない。
「私とファーガルは二人とも候補だったから、大聖人が決まった後は離れ離れになってどこか全く別の場所の聖人、聖女になる可能性があった。だから二人で候補を降りたの。あの子はちゃんと候補のまま最後までしっかりと中央教会で過ごして、それから教会に聖女として戻ってきた」
ふうっとおっかあはため息を吐く。
そしてちらりとクリフに向けられた視線はどこか哀れみを含んでいた。
「クリストフの父親を悪く言うつもりはないんだけど……」
「いや、あいつが全部悪い。あの屑が」
「お気遣いなく。私は気にしませんので」
珍しくおっかあの配慮を踏みにじる発言をするおっとんと、その言葉の通り全く表情を変えないクリフ。
それだけで、なんとなく聖女が選んだ男が諸悪の根源にあるのだと悟る。
「聖女と結婚すると、色々、まあ、色々助かるのよ。”聖女のお墨付き”っていうのはとても強いし。今教会にいる浄化士たちや彼らの家族に対してだって、多少の打算があるのよね。自分たちの瘴気を浄化するのを優先してもらうとか」
確かに、似たような話を浄化士の隊長であるアーゲルや、浄化の旅で手伝ってくれた使用人のマークも話していた。
浄化士の家族でさえ多少の便宜が図られる。それが聖女の夫だったらさらに強い影響力を持つことになるのかもしれない。
「あの子は、教会以外を知らない子だった。それでも珍しいくらいに純粋で、あの男の度重なるアプローチや貢物を断ることができなくて、結局は結婚することにしたの。ある商家の跡継ぎだった男と」
教会で育った。
それだけで複雑な思いがシーラの胸にこみ上げる。
同室のマイヤは教会で育った人だがとても良い子だ。
でもどこか「自分は外の人とは違う」という感情が見え隠れする。それはある種の卑屈さであったり、あるい自尊心であったり。
聖女に選ばれるほどの力を持っていたら傲慢になりそうなところ。だがフローリアはそうはならなかった。
返って、聖女に対しても強引に出られる男の強かさと奔放さに惹かれたのだ。
「僕から見たらただの強欲な商人だったけどな。顔が良くて口が良くて、”イイ”性格してた。僕たちがフローリアに迷惑をかけたのは分かっていたから、強く反対はしなかったけど」
おっとんたちにはフローリアに負い目があった。
自分たちの幸せを優先したことに後悔はなくても、彼女に責任を押し付けたことへの負い目が。
だからフローリアが自身の幸せをその男に求めた時、止めることはできなかった。
それが、悲劇につながると知っていたら何としても止めていただろうに。




