5-4. 子が子なら、親も親
最近ほぼ毎話叫んでいるヒロイン。
シーラは叫び、両手を上下に忙しく動かす。
キーのふさふさ尻尾がご機嫌に揺れる。
兜のスリットの前を振り子時計の様に揺れる尻尾。なんて絵面!
いや、やめるんだ。あたしが悪かった。何が悪かったかも分からないけど、とりあえずやめてくれると嬉しい。
「シーラ殿」
「は、はいいいい!?」
顔に、というか兜の正面にキーを貼り付けたまま、さらに聞こえにくくなったクリフの声がシーラを呼ぶ。
悲鳴にも近い声で返事をしたシーラに、クリフは尋ねた。
「この精霊をはがしてもいいだろうか」
「は、はいい! もちろんですぅ!」
是非に! 今、すぐにでも!
早く剥がしてくれとばかりにシーラは叫ぶ。
できることなら自分で剥がしたい。だが今シーラはなぜかクリフの元に走り寄ろうとするオーアとドーリを押さえるのに必死なのだ。
それと、背中からどっさりと全体重をかけてへばりついてくるミューの相手も。
ヨタヨタな様子のシーラに、クリフは顔の前で尻尾をリズミカルに振るキーをむんずっと右手でつかんだ。
そして思ったよりもそっとキーのお尻に左手を添え、シーラの前に差し出す。
「あ、りがとうございます」
お礼をいいつつ、シーラはどう受け取ろうかとヘラリと笑う。左右の手は今もモフモフ二匹を掴んだままだ。
シーラの迷いを察したのか、クリフの両手が動いてシーラの頭を飛び越える。
「ヂィ!」
「ドゥ」
シーラの後頭部あたりから声がして、クリフがキーをミューの背に置いたのだと分かった。
ふうっとシーラは一つため息を吐く。だがこれで終わりではない。
シーラの試練はまだ終わらない。
「ありがとうございます。それで、申し訳ないんですけど、カーア……もう一匹も……」
「ん?」
「クリフ様の左肩にいる子です」
「左?」
シーラの言葉にクリフは左を向く。
「ヂィヂ!」
クリフの目の前でカーアが元気に手を挙げた。立派な挨拶だ。うちの子は礼儀正しい。素晴らしい。
素晴らしいけれど違う。違うんだ。
シーラは内心で滂沱しつつ、クリフがもふっとカーアを掴んで先ほどと同じようにミューの上に乗せるのをただただ見守った。
「本当に……申し訳ないです」
「ふっ、いや、いい。気にするな」
兜の中の声がこれまでよりもたどたどしく跳ねる。
顔は見えなくとも、声の震え具合でクリフが笑っているのが伝わってきた。
珍しい。
いや、普段のクリフを知らないからどれだけ彼が笑うのかは分からないけど、きっとそう多くはないのだろうと思う。
もう大丈夫だろうとオーアたちから手を放してシーラは立ち上がる。
クリフに構ってもらった二匹をオーアとドーリが追い始めた。まったく、こっちの気も知らないで楽し気で羨ましい。
ため息を吐いて四匹を見ていると、すぐそばから「ドゥッフ」と「うわっ!」という声が聞こえてシーラは首を巡らせる。
そして目に入った光景にあんぐりと口を開けた。
なんてことだ!
なんてことだ!
「ミュー! こらぁぁぁぁ!」
「ドウゥゥゥ」
立ち上がると三メートルにもなる巨大なネズミがクリフに抱き着いている。
クリフの兜はミューの顎下に埋もれてしまっているではないか。なんともったいない。兜ではあのモフモフが堪能できない。
あれはサラサラの素肌で感じるのが天国に等しいのに。
いやいやいやいや。違う。そうじゃない。
なんてことだ! なんてことだ! なんてことだ!
「みゅううううううう!」
「ドゥゥゥゥ」」
あまりの事態に、シーラはミューを後ろから剥がそうとモフモフの背中に飛びつく。
今だけは、顔に当たるモフモフを堪能している場合ではない。
気持ちいいけれど、それに惑わされてはいけない。
何たる試練! この状況も試練に等しいけれど!
「こら、ミュー! ダメでしょ!」
「ドゥッフ」
「ミュー!」
軽いはずのミューなのに全く動かない。
見上げれば、もっふもっふの顔を兜にこすりつけている。
やめろ、やめるんだ。お願いだ、やめろ、やめてください。
「あの、すみません。ちょっと、ミュー、引きはがしてもらっても!?」
こうなったら騎士団を率いる隊長様に助けてもらわねばどうにもならない。
「……いいのか?」
「お願いします!」
いったいなぜそんなことを聞かれなくてはいけないのか。
さっさと動こう、隊長さん。本当に優秀な騎士なのか疑うぞ、ゴルァア。
「ドゥウ!」
「ドゥじゃない! こら!」
もっふもっふの背中にしがみつくのは気持ちいいが、状況が悪い。今じゃない。ここでもない。違うどこかで堪能したい。
早くクリフも手伝ってくれと思っていると、ミューの白いもふもふの毛の間からクリフの手が伸びてきたのが見えた。
ああ、やっとこれでミューを放してもらえる。そう思った時──
「何をしている!」
鋭い声が聞こえ、シーラは後ろを振り向いた。
そこにいたのは、ほっそりとした体つきの杖を持った長髪の男性。間違いようもない、シーラの父ファーガルだ。
彼の肩でバタバタと精霊ズーが翼を忙しく羽ばたかせている。
顔を真っ赤にしたファーガルの様子に、シーラは内心首を傾げながら口を開こうとしたその前に、ファーガルが叫んだ。
「お前たち、なんで抱き合っているんだ!」
「へ?」
右の耳から左の耳へ言葉の文字列が「ちょおっと通りますよお」とへこへこお辞儀しながら駆け抜けていった。
その後姿に「はーい、どもどもー」と手を振ってから、シーラの脳がブルリと揺れる。
正面を見上げ、モフモフの向こうにある兜、さらにその奥の瞳と目が合う。
「はいいいいい!?」
シーラの叫びが、青い空に高く響き渡った。




