5-3. 浄化士の心、精霊知らず
「クリフさ……ま、お久しぶりです」
危うく敬称を間違えそうになって、シーラは誤魔化し笑いを浮かべる。
鎧の奥の人物は何も反応することなく──あっても見えなかったが──シーラの目の前で立ち止まった。
ガシャン、キキッと硬質で神経を引っかくような音が響く。
クリフ本人が悪いわけではないが、なんとなくこの音が好きではない。
「……元気だったか」
兜の奥から微かに反響した声が届く。
人と会話する時には目を見て話そうと言われなかったのか。
シーラは心の中でぶつぶつと文句を言いつつ、笑顔を浮かべて問いに答えた。
「はい。浄化士としてユーリカ隊で毎日励んでいます。クリフさ……まも、お変わりありませんか?」
全身鎧ではこちらが彼の状態を判断することはできない。
重そうな鎧を着てまっすぐに歩けているということは元気なのだろう。
シーラなんて、肉の詰まっていないミューに背中にのしかかられただけでも立てないというのに。
あの鎧の中の人間は筋肉でできているに違いない。
もし柔らかいお肉が欲しいというのであれば、喜んでシーラの持ち分を取り分けてあげよう。
シーラは心が広くて寛容なのだ。
「問題ない」
つらつらとシーラが考えをちぎっては投げちぎっては投げしていると、低い声が響く。
一瞬フワンっと反響をして声が消える。やはり兜は取るべきではないのか。
「兜、暑くないです?」
「問題ない」
同じ答えが返ってきて、シーラは目をぱちぱちと瞬かせる。
いつから鎧男に変身するようになったのかは知らないが、慣れなのだろうか。
それだとしても不便は多いだろうに、そんなに鎧の中が好きなのか。
人の趣味嗜好は色々あると田舎の婆ちゃんも言っていた。他人様の嗜好に口出ししたらおっかないバチが当たると。
つまりはクリフはどんなに大変でもこの鎧でいたいということなのだろう。なるほど、つまりは変態なのだ。
「……野菜で人の浄化をすると聞いたが」
「ああ、それでいらしたんですね」
クリフがシーラに声をかけた意図が分かりシーラはパンッと両手を打つ。
皮むきをする前に手袋を脱いでいたので澄んだ音が出た。そんなシーラの手にはまだうっすらと瘴気焼けの痕が残っている。
巡業中、村人たちがいる前では手袋は絶対に取らなかったが、今周囲にいるのは教会関係者ばかり。
教会内だと変な揚げ足を取る人もいるが、聖女が目を光らせている場所ではそれもないだろうとユーリカから許可が出た。
手袋をしたまま皮むきをするのは手袋も痛む。大事な大事な、村の人たちからもらった手袋だ。これからも大切に使い続けていきたいからちょっと嬉しい。
「巡業中に、私の心具のピーラーで下処理した野菜を食べると浄化ができると分かったんです。なので今は料理のお手伝いをしています」
ババンッと足元にある剥き割った野菜を指して胸を張る。
ミューやカオドキまで後ろ足で立ち上がってドヤッとしている。可愛い。可愛いが、シーラが間抜けに見えないか心配になる。
あの兜の奥から冷たい目で見られていたらちょっと怖い。
「その力は前から?」
「前っていうのは、教会に来る前ってことですか?」
「いや、精霊が来る前のことだ」
クリフの問いに、シーラはムムッと眉と目を寄せ、口を尖らせて考える。
野菜の浄化自体は前もしていた。でもクリフが知りたいのは、野菜自体に浄化の力を籠められるようになったのはいつかと言うことだろう。
ググッと口元に団子を作って考え、それからゆっくりと頭を左右に振った。
「たぶん、違うと思います。おっと……父のために料理をしていましたが、そんな効果はなかったので」
精霊であるミューが来た後リハビリで料理をする機会はめっきり減った。
手を動かす訓練のためにピーラーで野菜を剥いたこともあるが、そんなに大きな変化が自分にもおっとんにも出たことはない。
おっとんの症状が改善したのは、おっとんの体を直接浄化したからだ。
「なるほど。精霊の訪れ以降、徐々に心具との親和性が高まったと……子精霊たちの働きもあるだろう」
「え? カオドキたちですか?」
「ああ」
クリフの足元、黄色いリボンをしたキーがとんとんとクリフの足を叩き、持ち上げろトアピールしている。
いや、やめなさい。聖騎士の隊長になんてことを。やめるんだ、キー。
後ろ足で立って鎧をカリカリするんじゃない。ほら、全身鎧が彫像のように固まっているではないか。
ま、さっきから声が出ていなければ全く微動だにしない彫像と変わらないのだけれど。
「……子精霊たちが自由に教会を回り、瘴気を集めることでピーラーの訓練にもなったのだろう。精霊の浄化を毎日しているのだろう?」
「はい。寝る前に必ず」
シーラの答えにクリフの兜が小さく上下に揺れる。多分頷いたのだと思う。
「恐らく今の教会で誰よりも浄化の訓練を積んでいるな」
兜の奥の声が、ふわりと柔らいだ。
シーラはわずかな隙間から見えるクリフの瞳を探すが、丁度影になって見えない。
彼が常に鎧を着ている理由を知っている。顔に大きく残った瘴気焼けの痕。
教会のトップに近い聖女を守る者がそんな痕を持っていたら、信者だけでなく教会内部でも色々言われただろう。
「あたしの、浄化。強いんです。今も、成長してます」
手袋をしていない両手を強く握る。
シーラの力は浄化。治癒ではないけれど、でも癒しの力は持っている。
心や体に負った傷を、残ってしまった痕を、浄化して癒す力だ。
「スープ、飲んでくださいね。美味しい野菜がいっぱい入ってます」
見上げた先の男が何を思っているかは分からない。
微動だにしない彫像よりも人間味がないが、シーラの声が届いていると願う。
「楽しみに、している」
そう短く告げたクリフ。
その彼を正面から見て、シーラは両目を限界まで見開いた。
いつの間にか、その肩に、キーがいる。
なぜ。本当に、なぜそんなところに。
ツルツルする表面を登ったのか?
そうしてふとよくよく見れば、今度はカーアがクリフの体を登ろうとしている。
やめろやめろとシーラが目線で訴えていた、その時、
「あ」
シュタッとカーアが一歩目を踏み出す。続いて、鎧の金属の継ぎ目を利用してあっという間にクリフの体を駆け上がる。
いやいやいや。やめろ。やめるんだ。
分かってる。いつも教会の壁を上り下りしているのを見ているから、君たちの身体能力がすごいのは。
だがやめるんだ。それは壁じゃない。
置物でも彫刻でもない。人間だ。しかも騎士だ。
「あー、すみません」
誇らしげに頂上に到達して、パッと手を上げるカーアにシーラは心の中で崩れ落ちる。
誰だ、親は。あたしか。あたしの教育が……悪いな。毎日教会を走り回らせて壁やらいろんなところに入り込ませているな。
そうか、これがしつけを失敗した親の気持ちか。
ありがとうありがとう。もし奇跡が起こって本当に親になったら厳しい雷ババアになることを誓うよ。
急にしょぼんとしおれた菜っ葉の様になったシーラに、鎧が小さく揺れる。
気づけ。両肩に白いチンチラが乗っているんだぞ。とてもまぬ……可愛い状態だぞ。
「あー、肩にうちの子たちが乗っちゃいました」
「ん?」
小さく声を出してクリフが右を向いた。そこにいるのはキー。
そしてキーはとんでもないことをやらかした。
──べちょ
クリフの兜にキーが引っ付いた。
「ああああああ!」
シーラの口から人生最大の大声が飛び出した。




