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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第四章 シーラは浄化の旅に出る。

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4-11. Face the Past and Future




 シーラの幼い頃の記憶は曖昧だ。

 覚えているのは料理が苦手なシーラに渡されたピーラーが嬉しかったこと、

 ばっちゃんの綺麗な精霊と温かなパン、窓から見えた大きな輝く湖。

 最後はすべてを覆いつくす赤い光と黒い闇。


 おっとんは仕方がないと言う。

 あの日の出来事が強烈過ぎて、幼いシーラの小さな頭には入りきらなかったのだろうと。

 それでも時折思い出す。

 温かい手とフカフカなピンクの熊のお腹。

 一緒に並んで微睡んだ時間。

 教会にあるシーラの部屋に飾られたおっとんの絵。そのうちの一つはまだ伏せられたまま。


 記憶の扉がギシギシと軋んでいる。

 早く出してと叫んでいる。

 あんなに好きだったのに、なぜ忘れてしまったのかと。

 どうして思い出してくれないんだと。

 遠ざかっていくウサギの精霊を見上げてシーラは思った。

 消えてしまうことが分かっていても、それでも出会うはずの主のそばに寄り添っていたかったのだろう。

 たとえ命が消えてしまっても、思いは残るのだとシーラに訴えているようだ。

 記憶の奥底にある、固く閉じられた記憶の扉を小さくノックする音が聞こえたような気がした。





「シーラ? シーラちゃん?」


 キャンディスの呼びかける声に、シーラははっと顔を上げる。

 心配そうにこちらを見ているキャンディス。シーラはなんでそんな顔をするのかと首を傾げた。


「えっと、何?」

「それはこっちのセリフよ。シーラちゃん、それってもう皮じゃなくって身を剥いてない?」

「え?」


 そう言われてシーラは手元を見る。


「え!?」


 驚きに声を上げた。その瞬間、剥かれたニンジンの皮を咥えようとしていた子ネズミがびくりと体を震わせる。


「あ、ごめん。持って行っていいよ」

「ヂ」


 片手をあげ、ヒラヒラと薄いニンジンをなびかせて去っていく赤いリボンの子精霊。

 カーア本人ではなく、カーア隊の一匹だろう。シーラの鋭い目はごまかせない。

 しかしーーシーラは手の中のニンジンを見てため息を吐く。


「あんた、いつの間にこんなにスリムになっちゃったん?」

「ふふっ」


 悲し気に呟いたシーラの言葉に、キャンディスは思わず肩を震わせて笑う。

 シーラの手の中のニンジンは、皮どころか食べられる部分まで盛大に削がれてしまっている。

 そりゃ、キャンディスも止めるはずだ。今頃精霊たちは馬車の中で盛大なニンジンパーティーをぶち上げているに違いない。


「何か悩み事?」

「んー、悩み、じゃないんだけど……」


 シーラは剥き終わった、というか剥きすぎたニンジンをバケツに入れ、次のニンジンを手に取る。

 ふうっと長く息を吐き出す。コロコロと左手に持ったニンジンを揺らして、シーラは今も鮮やかな光景を脳裏に浮かべる。

 浄化したニンジンを咥えたミュー。噛み砕いたニンジンの欠片を食べてくれたウサギの精霊マーニャ。

 寂し気な鳴き声と、どこか誇らしげに翼を羽ばたかせて消えていった姿。


「どうせ消えちゃうなら、最後まで家族と一緒にいさせてあげたかったかなって」

「ウサギの精霊のこと?」


 キャンディスの問いに、シーラはコクリと首を縦に振る。

 あの山に住む一家と、亡くなった娘の精霊の事は隊に全て報告してある。

 ユーリカはシーラだけでなく、一緒に行動していたマークとベンジャミンからも聞き取りを行い、山に戻って再度浄化をする必要はないと決定した。

 亡くなった人の精霊が現れる事例は非常に珍しいが、過去にも数件報告はあるという。

 現れるのは大抵力の弱い精霊で、主人がもういないという判断ができないのではないかと言われているらしい。

 力が弱いから、判断能力がないから、と告げられるのはマーニャの姿を見たシーラとしては悔しいが、ユーリカに反論しても意味がないので口を閉ざした。


「弱くて消えちゃうのを待つだけなら、あの家族も一緒に山を降りてもらって、最後まで見届けてもらっても良かったのかもしれない」

「でも、精霊がどこで消えるかは分からないでしょう。シーラちゃんの判断は正しかったわよ」

「うん……」


 キャンディスの慰めにシーラは曖昧に頷く。

 だが続けて告げられた彼女の考えにシーラは顔を上げた。


「それに、消える姿を見せたくないって思ったのかもしれないわ」

「え?」

「せっかく会えた家族。一緒にいたらいつまでも後ろ髪引かれちゃう。シーラちゃんが物理的に家族から離れたからこそ、精霊は心置きなく旅立てたのかもしれないじゃない?」


 柔らかな声と表情で紡がれた言葉の一つ一つが優しい。

 シーラは肩の力を抜き、ついでに力の抜けた笑みを浮かべる。


「ありがとう、キャンちゃん」

「どういたしまして。後輩浄化士の悩みを聞くのは先輩の務めよ。ネストルは……ほら、悩みとか言わないし」

「なさそう」


 ずばっとシーラは言い切る。

 いや、もしかしたらあるのかもしれない。精霊からの愛情が重すぎるとか。

 でもそれは他の人が踏み込めない世界だ。少しでも踏み入ろうとしたらこちらの命が危ない。

 ネストルー人の犠牲で済むのであれば、それが一番だ。


 とその時、護衛の騎士リーダーと話をしていたユーリカが戻ってきた。

 整えられた髪の毛が崩れるのも構わず、ガシガシと髪の毛を掻いている。

 何か不測の事態でも起こったのかとキャンディスとシーラは顔を見合わせた。


「ネストル、あんたもこっちに」

「ん」


 少し離れたところにいたネストルも呼ばれて立ち上がる。その時に精霊のカミスキの口の中から自分の髪を引っこ抜いて。

 べちょべちょになった髪の毛が背中に引っ付いている。


「他の隊が行くはずだった任務に、うちが行くことになった。ちょっと進路が変わる」

「何があったの?」


 綺麗なカーブを描く眉をしかめてキャンディスは尋ねる。

 ユーリカは周囲の空気を全て吸い込むかのように大きく息を吸い、また長々と吐き出す。

 そして状況の説明を始めた。


 巡業に出ていた別の浄化士の隊の馬車が破損し、その際に浄化士二名が負傷した。

 怪我はすぐに近くの町にいた治癒士によって治療されたが、壊れた馬車やダメになった物資などの補充が間に合わない。

 そのため、その隊の次の任務地に一番近いユーリカ隊が代わりに請け負うことになったらしい。


 全て話し終わってから、ユーリカは沈んだ顔で大きくまたため息を吐く。

 常にパワフルな彼女がここまで疲れた様子を見せるのは滅多にない。

 キャンディスと、そしてネストルも顔を見合わせる。


「そんなに難しい場所? めんどくさいおっさんがいるとか?」


 たまに気難しかったり、変な言いがかりをつけたりする面倒な市長や町長がいるところがある。

 だいたいはユーリカやキャンディスが対応して終わるのだが。今回はそれでは無理なのだろうか。

 そんな考えで尋ねたシーラだが、ユーリカは否定した。


「面倒臭い場所で面倒臭い相手だ」


 ユーリカは短く告げる。

 キャンディスはしばらく考えて、ぽつりとこぼした。


「まさか、ルヴァリー? 聖女様のところ?」

「え?」


 シーラはユーリカからキャンディスへと視線を移す。

 出てきた言葉が衝撃的すぎて、聞きたいことは多いのに全く声が出ない。

 ルヴァリーと聖女。

 なぜ次の任務先がそこになるのか。


「知ってたのか?」

「知ってたわよ。今年の聖女様の巡業先くらい、少し注意を払えば教会内ですぐに分かるわ。聖女様が代理になった経緯を考えれば、あの場所に行くことは驚きではないし」

「ま、そうだな」


 キャンディスが珍しく早口で語る。

 ユーリカはその勢いに押されつつも同意してみせた。

 彼女はまたガリガリと髪の中に手を入れてぐちゃぐちゃにしながら、これまで三人に告げてなかったことを口にした。


「ルヴァリーへの派遣に関しては、最初はうちの隊に打診が来た。任務内容はルヴァリーの浄化に手を出すことではなく、聖女隊が都市に戻る前に浄化をすること。瘴気汚染された地に二か月留まることで、瘴気が体にたまることが予想されている。それで瘴気を持ち込まないように、聖女隊は浄化を受けてから教会に戻るように指示がされていた」

「人の浄化のみ? だったらうちの隊では無理よ」

「そう。私もそう言って断った」


 土地の浄化と水の浄化がうちの隊の強み。人と同じく瘴気の影響を受ける動物の浄化もネストルが得意とする。

 巡業の際には人に触れて浄化をするが、人の浄化に特化した浄化士に比べれば力も弱ければ時間もかかる。

 体にたまった少量の汚染程度であれば浄化はできるが、聖女と関わるのであれば優秀な隊に任せるべきとユーリカは判断した。


「だったら、今回もそうやって断れないの?」


 キャンディスの提案にユーリカは緩く頭を振る。

 そしてため息交じりに告げた。


「ここから一番近い連絡の取れる隊はうちだけだ。それに今は状況が違うだろう」

「え?」


 伏せていた目を上げ、ユーリカは強い眼差しをシーラへと向けた。

 ドキリと心臓が跳ねる。


「シーラ、目を付けられるかもしれないが、今はあんたの力を借りたい」


 まっすぐで有無を言わせない意思を感じる。

 最も、ユーリカであればシーラが嫌だと言えば応じてくれる気もする。

 でも──シーラには反対する理由はない。むしろ、大きな声で誰が反対しても飛びつきたいくらいの提案だ。


「全力出してもいいの?」

「あー、さすがに聖女様のいる隊の前で子精霊二十匹は出せない。でも全力でスープは作って欲しい」

「うん。いっぱい野菜剥いて、野菜だらけのスープ作るね!」

「騎士もいるから肉も入れてやれ」

「浄化の後なら許す!」

「はは! 確かに」


 持ったままだったニンジンをぎゅっと強く握りしめ、シーラは宣言する。

 ユーリカは大きな口を開けて笑い声を上げた。

 キャンディスもシーラの覚悟を見て、反対するのはやめたようだ。その代わりに柔らかな笑みを浮かべて頑張れと唇を動かす。

 ネストルは無言で頷く。何かを納得したのか、それともエールのつもりなのかは分からない。正直、どちらでも良い。


 次のニンジンの皮を狙ってきたカオドキもどきの一匹が、まだなのかと催促するようにシーラを見上げている。

 ミューは木陰で横転して爆睡中。時折前足がフラフラと揺れて夢を見ているようだ。

 シーラの口元が緩んで自然と笑みを形づくる。


「おっし! 頑張るで!」


 気合いを入れるように、シーラはニンジンとピーラーを持った両手を空に向けて高く掲げた。





第四章完結です。


はい! 騙し騙しやってきましたが、ストックが切れました!

詳しくは活動報告に書きましたが、一旦こちらの更新は一月ほどお休みとさせていただきます。

第五章からストーリーは後半に入るので大切に書きたいと思っています。再開まで今しばらくお待ちくださいませ。


2024年6月12日

BPUG


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読ませていただきました、面白いです!
[一言] こちらも追いついてしまった…… めっちゃ面白いです! ストック貯まりましたかね? 更新、超お待ちしております。 2連続での良い作品との出会いに感謝!!
[一言] ついに再会か?
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