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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第一章 シーラはヒーラーである。
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1-5. 精霊の強さ




 田畑を区切るガタついた道が森の手前でついに途切れる。

 背は高くないが下草が生い茂り、形が崩れ始めた落ち葉が地面を覆う。

 おっとんは馬を数メートル進ませてから荷車を止めた。


「ここからは歩きだね」

「大丈夫?」

「問題ないさ。足には異常は無いんだし、終わったらシーラにマッサージでもしてもらおう」

「うん、任せておいて」


 シーラはおっとんに向けて力こぶを作ってみせる。おっとんの足は皮膚がただれてしまって歩くと服とこすれて痛いらしい。

 ヒーラーの力が発現した時は、あっという間におっとんを癒せるかと思ったが、わずかに痛みを和らげるだけだった。それでもおっとんは楽になったと喜んでくれた。

 今日、瘴気堕ちを無事に癒せたら、おっとんを十分に労わってあげよう。


 おっとんはシーラの手を借りて荷車から降りると、ズーのくちばしに何事かをささやいた。

 直後、ズーは七色の尾羽をパタパタと振って空へと飛び立った。


『瘴気堕ち、南の森! 瘴気堕ち、南の森!

 村から出るべからず! 村から出るべからず!』


 ズーの力強い羽ばたきの音と、普段聞かないおっとんの威厳ある声が遠ざかっていく。

 おっとんは空を見上げて小さく頷き、シーラへと視線を戻して目を細めて微笑んだ。


「さ、行こうか」

「うん」


 シーラも力強く頷き返す。足元では四匹の白いネズミがお互いの尻尾を追いかけるように一列に並んだ。


 準備はできた。

 あとは、瘴気に侵されてしまっている精霊の元に行くだけだ。






「チチ!」

「ヂヂヂ!」


 白いネズミたちがちょろちょろと木の間を進む。

 その姿を追いかけるように、シーラとおっとんは一定のペースを保って続く。

 その時、ネズミたちが立ち止まり、後ろ足で立って鼻をひくひくとさせた。


「ん? どうした?」

「ヂュ!」


 シーラの呼びかけに先頭にいた一匹が列を外れ、数メートル先で地面に潜り始める。


「あ、まさか」


 悪い予感にシーラは眉を顰める。

 案の定、ポーンっと黒くて小さな塊が地面から打ち上げられた。

 土を撒き散らしながら飛んでくる塊。


「おお!?」

「おっと」


 おっとんが驚きの声を上げる横で、シーラは難なくそれを受け止める。

 黒くゴツゴツした、一見タロ芋にしか見えないもの。


「これは?」

「最初、この子たちを癒す前はこんな状態だったの」


 シーラの手の中を覗き込んで尋ねるおっとんに、シーラは足元にいるネズミを視線で示しながら簡単に説明する。

 それからタロ芋を癒すために、腰にぶら下げたピーラーを手に取った。

 だがそのピーラーを動かす前に、おっとんの手がシーラの手にそっと重なる。


「待ちなさい」

「え?」


 顔を上げたシーラに、おっとんは眉を八の字にして申し訳なさそうに告げる。


「これから瘴気堕ちになりかけている精霊に会いに行く。それまで、シーラの力を使いすぎないようにしよう」


 その言葉に、シーラはぎくりと体を震わせる。

 朝から百本を超えるニンジンの浄化をし、それから四匹の精霊を癒した。

 ヒーラーとしての力は無尽蔵ではない。

 精霊が付くと力が強まるらしいが、今回はそもそもその精霊が瘴気にあてられてしまっている。

 どこまで浄化の力が残っているのか。

 シーラはピーラーを握った手をだらりと落とした。


「そう、だね」

「後でシーラの力に余裕がある時に、この子を癒してあげよう」


 タロ芋にしか見えない精霊に触れ、おっとんが幼い子供に言い聞かせるように話す。

 シーラはこくりと頷いてその精霊をそっとポケットにしまった。


「あとで、癒してあげるから」


 ぽんっとポケットの上から撫でてシーラは顔を上げる。


「ヂ?」


 癒さないのかと不思議そうに鳴くネズミに、シーラは鼻の奥がツンッとする。

 思いっきり鼻を吸い上げれば、深い森の香りが入ってきて荒れた心を癒してくれた。

 精霊が森の中に逃げ込みたくなる気持ちが分かった気がした。


「あとで、みんなの親を治してあげてから、ね?」

「ヂィ」

「ヂュ」


 ヒクヒクと鼻を動かし、ひげを震わせてネズミが納得したかのように前足を地面に下した。

 それからも移動中にネズミたちは瘴気で弱った仲間を次々と地面から救出していく。

 どんどんズボンのポケットが重くなり、シーラは腰の紐をきつく結びなおした。


「おっとん、ズボンが脱げる」

「やめなさい。ほら、この手ぬぐいに入れておこう」


 苦笑いするおっとんから手ぬぐいを受け取り、素早く袋状にしてその中にゴロゴロとタロ芋もどきを詰める。

 きゅっと端を縛って肩に斜めにかければ、動くのがずいぶんと楽になった。


「シーラ、今ので何個になる?」

「んっと、多分十二、三?」

「最初の子たちと合わせれば二十近いってことだね」

「うん」


 父親の言いたいことが想像できてシーラは口ごもる。

 親となる精霊の力が強ければ強いほど、生み出す精霊の数は多くなる。

 小型のネズミとはいえ、二十匹もの子を生み出す精霊。

 明らかに強大な力を有している。


 それだけではない。

 今現在、その強力なはずの精霊が瘴気堕ちになろうとしている。

 強ければ強いほど、瘴気への抵抗力は高まるはずなのに。


 おっとんの顔に緊張が走る。

 四匹のネズミの親であれば、脅威ではあるが問題なくシーラだけで対応できると思っていた。

 だが、十を超えた時から暗雲が立ち込め始めた。

 二十は、多すぎる。まだ完全にヒーラーとしての力に目覚めていないシーラには荷が重すぎる。


「シーラ、戻ろう。ここは、教会を待つべきだ。ズーを飛ばすから」

「でも」

「シーラ」


 おっとんが厳しい声でシーラの名を呼ぶ。

 シーラは滲みそうになる涙をこらえて彼を見つめた。視線には言葉にならない懇願が含まれている。

 だがおっとんは首をゆっくり左右に振る。これ以上はだめだと、言外に告げられた。

 優しい父親の厳しい態度に、シーラは胸の奥が潰されそうになる。でも、これはシーラのことを思ってなのだということも分かっている。

 シーラは目の端に水をためてコクリと小さく頷いた。おっとんがほっと息を吐いたのがぼやけた視界の中に映った。


 瘴気堕ちになった精霊は、山を汚し、田畑を焼き、動物も人も関係なしにその汚染された瘴気で覆うだろう。

 シーラひとりの命を守るために、失われる物は大きい。それでも、今ここでおっとんを振り払って前に進むことはできなかった。

 シーラの目からあふれた涙が、頬を伝って地面にしみこむ。


「みんな、おいで」


 かすれた声で先を行くネズミたちを呼び寄せる。

 進まないのかと「ヂヂ」っと鳴く彼らに、シーラは泣き笑いを浮かべた。


「ごめんね。これ以上は行けない。帰ろう?」


 シーラの言葉に、ネズミたちが顔を突き合わせる。

 せっかくここまで導いてくれたのに、期待に応えられないことが悔しくて唇をかみしめる。

 自分の精霊が現れた時のことをずっと夢見ていた。小さな小さなネズミでも大切な友達になれると思ったのだ。

 こんな森の中で一人苦しんでいるであろう精霊を置いていくことを決めたシーラを、精霊たちは恨むだろうか。


 鼻をくっつけあい、髭が触れるほど近く集まっていた四匹が同時に顔を上げた。

 尖った鼻が上を向く。つられるようにしてシーラも木々の隙間から空を見上げた。

 直後──


「「「「ヂィィィィーー!!!」」」」


 精霊たちの高い声が森の中に響き渡った。


「シーラ、行くぞ!」

「え!? え?」


 おっとんが杖を起点にぐるりと後ろを振り向く。

 焦った様子の彼に、今も鳴き止まない精霊たちとおっとんを交互に見る。

 けれどシーラの反応を待たずに歩き出したおっとんに、慌ててシーラも足を動かし始める。

 それもすぐに止まった。

 突如、地面が大きく揺れた。


「うわっ!」

「おっとん!」


 ただでさえ足場の悪い森の傾斜に揺れが加わり、おっとんが耐え切れずその場に転がる。

 シーラはすぐさまそばに駆け寄ろうと足を踏み出したその時──再度地面が震えた。


「うっわ」


 近くの木に手を伸ばし、ふらつく体を支える。

 大地の揺れは今度はすぐにおさまらず、何度も突き上げるような衝撃を足元から感じる。

 なかなか立ち上がれずにいるおっとんの元に行きたいが、激しい揺れにシーラも木にしがみつくので精いっぱいだ。


「チ! ヂヂヂ!」


 気がつかないうちに、シーラの足元にネズミたちが集まっていた。揺れの中でも平然と地面を這いまわる彼らに安堵した、

 その瞬間、


 ドガン!


 地面から巨大な猪サイズのタロ芋が飛び出してきた。

 土が舞い、枯れ葉が降り注ぐ。

 森の香りが濃くなった。


「また芋!?」


 とっさにシーラの口からそんな言葉が飛び出した。




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