4-8. 仕事は最後まで
「さて、このあたりも一応浄化しておこうかな」
オズルの様子が落ち着くのを待ち、シーラはあたりを見回す。
秋の花が揺れる光景は美しいが、瘴気がたまってしまった場所であるのは事実。
このまま放っておくのは良くない。
シーラが気合を入れる横で、カオドキもどきたちも後ろ足で立ち上がってやる気満々だ。
「土地の浄化もされるので?」
「うん。お墓の周りは荒らしたりしないから」
「そうですか。あの子も喜びます」
シーラの言葉にオズルは腕にウサギを抱いたまま墓のほうへと目を向け、下手くそな微笑みを浮かべる。
マークとベンジャミン、オズルには一旦墓の周辺から離れてもらい、シーラは浄化を始めようとして立ち止まる。
「その前にっと」
くるりと踵を返して、シーラは小さなお墓の前にしゃがみ込んだ。
精霊が来るようになって手入れができていなかったのか、装飾のない墓石に這う草をささっとどかす。
「ちょっと騒がしくするけどごめんね。終わったら綺麗な場所になるから」
幼い子供の頭を撫でるように、墓石を撫でる。
それからふと思い立って、周辺に咲く花をいくつか手折って墓の前に置く。
ぱぱっと手を払い、シーラはミューのふっくらした顔をむぎゅっと寄せる。
大きな目が寄ってブサ可愛い。いや、ミューは可愛い。どんな顔でも可愛い。
もしかしたらおっとんがシーラをいつも可愛いと言っているのはこういう感情か。
いや、でもシーラはブサイクまではいかないと思う。愛嬌があるほうではないか。
そうするとやっぱりミューたちと似たようなものなのか。
もっちもっちとミューの頬を揉み、シーラはとりとめもないことを考える。
違う、こんなことをしている場合ではない。離れたところから男性三人の視線を感じ、「んんんっ!」っと咳ばらいをした。
「さって、ミュー、いける? 出番だよ」
「ドッウ」
「カオドキ……隊も?」
「ヂィ!」
「ヂュー」
「ヂヂヂ!」
「デュイ!」
カオドキもどきも立派に声を出して返事をする。頼もしい限りだ。
「よっし、じゃぁ、このあたりの浄化をお願い。少しでも体が重くなったらあたしのとこにもどること」
精霊たちが髭にちょいっと触れて一斉に走り出す。ミューはドッコドッコと、カオドキもどきはトテテテテといった感じに。
そして各自好きな場所に散らばったかと思うと、突如地面に転がりだした。
ゴロゴロ、バタバタ、ゴロゴロ、バタバタ。
背中全体を地面にこすりつけてはぐるりと回転する。
男性たちがあっけにとられているのが見えるが、これが正解。
バンバ爺によれば、ミューたちの元となるチンチラは砂浴びで体を綺麗にするのだとか。
浄化する時に穴を掘る子もいるが、大抵はこうやって土を体に振りかけて遊ぶ、いや、瘴気を払う。
一分もしないうちに黄色いリボンをしたキー(もどき)が足元にやってくる。
「お疲れ様」
んっしょっと言いつつシーラは腰を下ろし、砂だけでなくうっすらと黒く汚れたキーの体にピーラーを素早く当てる。
ふわりと空気に瘴気が解けていくのを確かめ、キー(もどき)の体をグシャグシャと撫でまわす。
「ありがと」
「ヂィ!」
後ろ足で立ち上がり、自慢げに鼻をこすってキー(もどき)はまた駆け出して行った。
それから入れ替わり立ち代わり、四匹の白いネズミたちはころころと転げまわってはシーラに浄化してもらう。
そこまで広くない場所だ。数分もすれば浄化が終わりに近づく。
「あー、うん、ミュー、ありがとう」
「ドゥ〜」
一番瘴気がたまっていたお墓周辺をゴロゴロしていたミュー。
うっすらとした瘴気の汚れに加えて、土だけじゃなく草花が毛についている。
ミューが転がったあたりの花がペションっと折れてしまったのは予想がついていたので仕方がないだろう。
「さぁって、みんなが頑張ったから、ここからはあたしの仕事だね!」
ピーラーを掲げ、ふっくらした二の腕に力こぶを作ってみせてシーラは気合を入れる。
猪サイズのミュー。走り回らなくていいように後ろ足立ちになってもらい、上から下にピーラーを滑らせるように動かす。
瘴気が剥がれるのを感じるのか、ミューは時々くしゃみの様に「ブシュウ」と音を立てる。
「よーしよしよし、頑張ったねぇ。立派立派」
「ドゥッフゥ」
全身にピーラーをかけ終えてじっとミューの周囲を見つめてもう瘴気が残っていないことを確認し、シーラはぐりぐりとミューの顔を撫でまわす。
思わぬ浄化となったが、やり遂げた感がある。
来た時よりも明るく感じる周囲を見渡し、シーラはマークたちに向けて手を高く上げた。
「浄化、完了!」
シーラの宣言に、男たち三人は思わず拍手をして照れくさそうに顔を見合わせた。
「マーニャ!」
家の外で父親の帰りを待っていた少年ルズは父親に駆け寄ろうとして、その腕の中にいるウサギに気付いて声を上げる。
母親のリアンも驚きに両手を口元に当てた。
「浄化士様が、瘴気を浄化してくれたんだ。ほら、元気だーーリアン」
父親オズルはそう息子に告げた後、妻の名を呼ぶ。
リアンは潤んだ瞳のままオズルの前に立ち、そっとウサギを受け取った。
「ああ、可愛い。可愛いわ」
「マリーヤと同じ目だ」
「本当。綺麗な目」
赤子を抱くようにしてリアンはウサギを揺らし、精霊の顔に頬を寄せる。
プクゥと小さく鳴いたウサギは嬉しそうに鼻をひくひくと動かし、目を細める。
ふわふわと揺れる翼が、まるでご機嫌に手足を動かす赤子のようだ。
「僕も! 僕もマーニャ、抱かせて!」
飛び跳ねる勢いでルズは母親の腕を揺らす。
十二歳にしては幼い仕草。一番目の子を亡くしたから余計に大切に育てられたのかもしれない。
シーラはそっと彼の背中に触れ、諭すように告げる。
「瘴気で弱ってた子だから優しくね。それからお母さんにも」
「あ、はい。ごめんなさい」
素直に謝るルズの背中をシーラがポンと叩けば、彼はうかがうように母親を見る。
母親は小さくシーラに向かって頭を下げた後、差し出されたルズ少年の両手の上に優しく精霊を乗せる。
「うわぁ」
感激の声が少年の口から洩れる。
チラチラっと両親を目で見た後、そっと、そっと、壊れ物を扱うようにウサギを胸元に引き寄せる。
「マーニャ、マーニャ」
小さな声で名前を呼び、背中を撫でるルズ。
顔を上げた精霊のヒクヒクと動く鼻に自分の鼻を寄せて笑う。
両親も涙を浮かべて微笑んでいる。
そんな姿を見てシーラの胸の奥が痛む。
ウサギの精霊は、すでに亡くなった子の精霊。
主人が死んだら精霊は自然への中に戻っていく。そして精霊も安らかな眠りにつくのだ。
このままここにいることはできない。かといって、あのまま、森に残していくことはできなかった。
一旦浄化したとはいえ、不安定な存在はまた瘴気を呼ぶだろう。
だからシーラはこの精霊をユーリカの元に連れていき相談するつもりだ。
幼い少年は別れを受け入れられないだろう。もしかしたら反発して食って掛かってくるかもしれない。
だが護衛であるベンジャミンはそれを許さないはず。
これから起こるであろう騒動に、シーラは感動的な家族の姿を見ながら内心ため息を吐く。
「浄化士様、マーニャを助けてくれてありがとう!」
晴れ晴れとした顔で感謝を述べるルズ。
シーラの顔にあいまいな笑顔が浮かぶ。
別れがすぐそこに迫っているのだと、告げなければならない。
「マーニャをこちらに」
お腹の底に力を入れ、シーラは威厳を持って言葉を発した。
シーラの纏う空気の変化に、ルズは体を固くする。その背中を父親がそっと押した。
シーラは心の中で「お願いだから逆らわないで」と願う。
少年は少しだけ精霊を自分の体に引き寄せ、迷った後にシーラにマーニャを預けた。




