4-6. 迷子の精霊
無事に三人の浄化を終え、ついでに冬には生まれてくるという子供に祝詞を上げ終えた。
これでシーラの仕事は終わりだ。
ルズ少年は母親のお腹にくっつき、とても嬉しそうに中にいる弟か妹に話しかけている。
その少年の頭上で、母親と父親が意味深に視線を交わした。
「あの、浄化士様」
「はい」
父親オズルが体の横に落とした手をぐっと握る。
日に焼けた顔に浮かぶのは苦み、痛み、そして決意。
「浄化をしていただきたい場所……精霊がいます」
「精霊が? 浄化を?」
「だめ! マーニャはだめ!」
オズルの話を聞こうとしたところで、少年が勢いよく振り向いた。
そしそのままシーラに飛びつこうとする直前、ベンジャミンがシーラの前に立つ。
剣の柄に手を添え、わずかに重心を落とすベンジャミン、
少年の体が凍りついたように固まった。
「マーニャ、というのが精霊の名前ですか?」
顔を真っ赤にして瞳を潤ませる少年を一瞥し、シーラは父親と視線を合わせる。
彼は頷き、家の中の一画を指さした。
そこに飾られているのは木彫りのウサギと、小さな花瓶に生けられた花。
どこか祭壇めいたその場所に、シーラはかすかに眉を寄せる。
「私たちにはこの子より前に娘がいました。ですが生まれた時から弱い子で、三歳になる前に天に召されました。最近、その子の墓の近くにウサギが現れるようになったんです」
「私たちも最初は気づかなかったんです。でもルズが、この子がお姉ちゃんが会いに来たって言い始めて」
「マーニャは絶対ねーちゃんだ! 絶対そうなんだ!」
涙をこぼしてシーラを睨むルズ。彼の体をそれ以上前に出ないよう母親が後ろから包む。
「ウサギが、背中に翼の生えたウサギがあの子の墓の前に現れるようになりました。去年の、マリーヤ……死んだ子の誕生日過ぎくらいから」
「生きていれば、マリーヤさんの年齢はどれくらいですか?」
「十五です」
シーラの質問に、オズルが短く答える。
十五歳。精霊が現れておかしくない年齢である。
だが死んだ人に精霊がつくとは、初めて聞いた。
普通、人が亡くなれば精霊もいなくなる。
彼らが生まれた場所、自然の中に帰っていくのだ。そしてそのまま自然に還ると言われている。
「私たちもまさかと思いました。でもいつ行ってもそこにいて……」
ぐっとオズルの喉が鳴る。眉をきつく寄せる姿は涙をこらえているようだ。
一度大きく息を吸い、彼は言葉を続ける。
「最初は微笑ましく思っていました。まるでマリーヤが生きているようだと。でも最近、様子がおかしくて」
「どんな、様子で?」
父親と母親は視線を交わし、小さく首を振る。
「何がとは言えないんです。ただ、どこかおかしいとしか。最初の頃は私たちがマリーヤの墓に花を添えるために近づいても気にしなかったのが、最近はこちらの姿を見ただけでも威嚇するようになって」
「主人に優しくしてもらえない精霊は瘴気を呼ぶと聞きます。主人に会えない精霊も……瘴気堕ちすると。私たちはマリーヤの精霊に瘴気堕ちして欲しくはありません」
ルズ少年が母親のお腹にぎゅっと顔を寄せる。
記憶にない姉の姿をウサギに重ねていたのかもしれない。
「そのお墓の場所を教えていただけますか?」
「五分ほど歩いたところです。私が、案内しましょう」
「お願いします」
オズルに向けてシーラは小さく頷く。
続けてベンジャミンを見上げる。
「調査をし、浄化できる状態なら浄化をします。無理な場合は、ベンジャミン、ふもとまで応援要請に行ってください」
「はっ!」
胸に手を当てて礼を取るベンジャミン。
シーラは深く息を吸い込んで告げた。
「では、行きましょう」
父親オズルによって案内されたのは、木々の中にぽっかりとできた陽の当たる開けた場所。
ルズも来たがるかと思ったが、瘴気の恐ろしさをとくとくと母親リアンに説明されて結局残ることになった。
母親のお腹にしがみつく姿からすると、好奇心は強いが意外に怖がりなのかもしれない。
「とても綺麗ですね」
シーラは頭上を見上げ、木々の間からこぼれる光を眺め、それから周囲を見回して呟いた。
山の中だからだろうか。秋の小花がそこかしこでほころび始めている。
緑に輝く空間。その奥の一本の木の根元にオズルの幼い娘マリーヤは眠っているという。
だがその墓石は今シーラがいる位置からは見えない。
なぜならば、まるで主を守るかのように、マリーヤの墓の前に翼を広げて立ちふさがるウサギがいるからだ。
この場にたどり着いてすぐ目に入ったその姿。シーラの口が自然と動く。
「おー、可愛い」
「シーラ様」
「あ、ごめん。思わず本音が」
ベンジャミンにたしなめられ、シーラは素直に謝る。
でも可愛いものは可愛い。だって、翼のついたウサギだ。そのままでも可愛い。
その上、翼を一生懸命広げて震わせている。可愛さプラスだ。
しかも、そのウサギ、パールの様に艶々と輝いている。可愛さ倍増しである。
そして何よりもそのサイズ。カオドキよりかは大きいのは確かだが、一般的に見るウサギよりは小さい。
多分、シーラの両手を広げたらすっぽり収まるくらい。可愛さが雪だるま式で増加する。
なんだ、この可愛らしい精霊は!
「どっふう」
「ぢい」
进るシーラの激情を感じ取ったのか、シーラの精霊であるミューとカオドキもどきが悲し気な声を上げた。
シーラは慌てて視線をウサギから外し、白いネズミたちへと心からの称賛をばらまく。
「ああ、ごめん、ごめん。ミューもカオドキたちもみんな可愛いよ。大きな耳も鼻もちっこい手も元気な尻尾も全部!」
「ドッウ」
「ヂー」
くりくりしたお目目で見上げられ、シーラは思わず鼻を押さえてのけぞる。可愛い。うちの精霊、世界統一しそうなくらい可愛い。
「シーラ様?」
「はいいい。すみません。大丈夫です」
鼻を押さえたままのくぐもった声で答えるシーラ。
ベンジャミンは動じることなく、手を剣に添えてじっと数十メートル先にいる精霊を見つめる。
浄化士でない彼にも見えているのだ。ウサギの周りに漂う黒いもやが。
「あの小ささだと、追いかけて捕まえるのは難しそう?」
「逃げることは無いでしょう。瘴気を纏った精霊は人を襲いますから、こちらに向かってくるはず」
「そっか。でも私もあの高さにピーラーが届くかなぁ」
膝に手を突き、前かがみになってシーラはじっとウサギを観察する。
ピンッと広がった翼。おっとんの精霊であるズーの鮮やかな色彩とは対照的なミルク色。
ミューも白いけど、どこか違う。でも可愛いのは同じだ。
何とか助けてあげたいが、どうすれば良いのだろう。
その時、後ろに控えていたマークがシーラを呼んだ。
「シーラ様」
「え?」
シーラが振り返ると、マークはごそごそと自分の持っていた荷物をあさり、ある物を取り出した。
それは、とっても見覚えのあるもの。
「ニンジン?」
「はい」
真剣な顔で頷くマークに、シーラは首を傾げる。
「素人考えで恐縮ですが、シーラ様のお力の宿った野菜を与えるのはどうかと思いまして」
「浄化したニンジンを?」
ニンジンとマーク、そしてウサギを順番に見るシーラ。いまいち理解できない。
その横でベンジャミンが視線をウサギに当てて警戒したまま告げた。
「試してみるのはどうでしょう。私の剣で傷をつけたら瘴気堕ちが一気に進む危険があります。手で抑え込むのもできなくはないですが」
「それはだめ」
シーラは食い気味でベンジャミンンの提案を否定する。
瘴気を纏ったものに触れれば、瘴気焼けを負う。
ベンジャミンにそんなことはさせられない。
だったらまずはできることをするだけだ。
「マーク、ニンジン頂戴」
「どうぞ」
両手で掲げるように差し出されたそれをシーラは右手でつかむ。
左手には浄化士の制服の合間から取り出したピーラー。
カチャリと揺らし、シーラは一度ぐっとつばを飲み込む。
「ドゥ」
「ヂヂ」
ミューが後ろ足で立ってシーラの手元を覗き込む。
猪サイズのミュー。縦に伸びるとシーラの身長とさほど変わらない。
そばにあるミューの頭を撫でて、真っ黒に輝く瞳を見つめる。
「あの日もニンジン剥いてたっけ」
始まりの日を思い浮かべる。ミューが今ここに自分と一緒にいる奇跡をかみしめる。
「さ! サクッと、できるところからやっちゃいましょうっかね!」
ぐっと気合を入れ、わざとらしいほどに明るい声を出す。
シーラはマークにオズルと一緒に下がっていてくれるように頼み、ベンジャミンと視線を合わせて頷く。
「頼りにしてるから」
「ご安心を」
瘴気堕ちの精霊を見るのはこれで三度目。
いや、ミューは完全に堕ちきっていなかったし、目の前のウサギもそう。
救える。きっと、救える。ミューがここにいるのがその証。
強がりでもはったりでも虚勢でもなんでもいい。自分を奮い立たせろ。
「さぁ、やろう」
右手にニンジンを、左手にピーラーを。
仁王立ちになって、シーラはにやりと笑った。




