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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第四章 シーラは浄化の旅に出る。

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4−5. 山の上には


 

 長閑な村の景色が広がる。

 大木が広げた枝葉はその下に集う者に憩いの場を提供する。

 時折吹く秋めいた風が心地よい。シーラは両手を組んでググっと上に伸びた。


「あー、気持ちええ。ここんとこ、いい天気続きだねぇ」

「旅が順調に進んで何よりです」


 巡業の旅は予定通りに進んでいる。

 あと二、三の村を回ったら教会に戻るルートを取る。

 その途中にもいくつか浄化をする町はあるらしいが、常駐の浄化士がいるため、普段カバーできていない場所や家から出て定期的に浄化を受けられない人が浄化対象になる。


「ベンジャミンも、さっきはありがとうね」

「いえ、やっと護衛の役を果たせて何よりです」

「ぷふっ、そんなことええのに」

「いえいえ、何もしていない気持ちになるので」


 朴訥な雰囲気を持った護衛のベンジャミンが眉を下げる。

 盗賊などめったに遭遇することのない旅だが、馬車の事故や災害に見舞われることもあるという。

 その際に護衛は近隣の村に救助を要請したり、浄化士の安全を確保したりするのが仕事だ。

 村の中の浄化をする場合はそれぞれの浄化士に付いて行動し、浄化士をあらゆる危害から守る盾となる。

 さっきはーーあやうくシーラの昼食をサルに奪われそうになったのだ。


「ぷふっ、ぐふふっ、びっくりしたね」

「ええ、まさかサルに襲われるとは」

「シーラ様と昼食を守れて良かったです」


 三人で肩を並べて休憩を取りながら笑いあう。

 今回訪れている村は幾つかの家が山の中にあった。

 代々守っている土地から離れられなかったり、仕事で必要な素材を得るために山にこもっていたりするという。

 秋が近づきサルが活発ということは、これから会う猟師一家も忙しいだろう。


 浄化士に山を登らせることになり、村長は大変恐縮していた。

 以前来た浄化士は、猟師一家が山を降りてくるまで何日も麓の村で待ったとか。

 シーラは全く気にしないので、山を登ることにした。だがさすがに徒歩ではない。

 一頭の馬が引く幌のない荷馬車に乗ってだ。御者台にマーク、護衛のベンジャミンは自分の馬に乗っている。

 念のため、荷台にはスープを積んだ。

 直接ピーラーで浄化してみて、浄化が足りていないようだったらスープパワーを発揮するつもりだ。

 他にも山を登る間に食べる昼食と水も積んできていた。体の中に入れてしまえばもっと荷物が軽くなるだろう。

 シーラの体は重くなったりしないはず。旅の間に体周りが少しだけすっきりした気がするがどうだろうか。


「さて、もうひと頑張りだね」

「疲れていませんか?」

「大丈夫!」


 マークの言葉にシーラは元気よく答える。

 強がりでもなんでもなく、馬車に揺られているだけだから全く問題ない。

 広くはないが踏み固められた山道があるし、濃い山の香りがして癒される。

 ミューやカオドキたちもご機嫌だ。いや、よく見たらカオドキに見えてカオドキではない気がする。

 ジーっとリボンを付けた四匹を見ると、気まずげにちょろちょろと動き回る。こいつら、いつの間にか入れ替わったな。


「ほら、おいで」


 ミューの背に手を伸ばし、カオドキもどきたちを呼ぶと嬉しそうにシーラの腕を駆け上がった。

 一気に肩の上が大混雑だ。重くはない。だが、ちょっと窮屈ではないか。

 シーラの肩幅はそんなに広くはない。そう、ないはず。多分、一般的な肩幅だ。健康的であっても肩幅が広がるわけではないのだから。

 押し合いへし合い肩にしがみつくカオドキもどきの四匹。落ちないようにだけ気を付けて欲しい。


「ああ、もうすぐですね。山小屋が見えてきました」

「あ、本当だ。意外に大きい」

「獲物の加工もやっているらしいです」


 ベンジャミンが仕入れてきた情報を教えてくれる。

 彼は少し変わった経歴を持っていて、幼い頃は教会で育ち、その後一度家に戻ってからまた教会の兵士になったという。

 苦笑しつつ「家で色々ありまして」と言った彼にそれ以上詳しいことは聞けなかった。

 教会に入るきっかけはそれぞれだ。シーラはそれを今回の巡業の旅で学んだ。


「おーい! 浄化士様一!」


 山小屋の前で十二、三歳ほどの少年が両手を振って飛び跳ねている。

 自然とシーラの口元が緩んだ。可愛らしい。自分にも弟がいたらあんな感じだろうか。

 年下の兄弟を持ったことがないから分からないけれど。


「お待たせしました。浄化士のシーラです」

「シーラ様! 待ってた! どうぞ!」


 少年の前に立ち、名前を教えると彼はサッと浄化士への礼を取って早速家の扉を豪快に開ける。


「おとー! 来たー!」

「おい、こら! 来たじゃねえ、いらっしゃいましただっつってんだろ!」


 少年に負けぬほど大声が返ってくる。

 少年の言葉を正そうとしているが、本人の口調は荒々しい。

 思わずシーラはマークやベンジャミンと顔を見合わせ、小さく笑う。

 ドタドタと家の奥から足音が響き、少年の頭にゴチンっと拳骨を落とす男性。

 間違いなく、この少年の父親だ。


「浄化士様! わざわざこんな場所まで申し訳ありません」

「シーラ様だって!」

「勝手に名前を呼ぶなっつってんだろ。あーっと、えー」

「いえ、名前で呼んで構いません」

「ほらー!」


 足元で騒ぐ少年に、父親は勘弁してくれというように額を押さえる。

 微笑ましい親子だ。

 その男性の後ろから、女性が出てくる。年齢からいって、少年の母親だろう。


「ああ、おい、寝てろって」

「大丈夫、大丈夫! 今日は気分がいいの。この子も、浄化士様に会いたいのよ」


 サバサバとした口調で笑う女性。

 彼女のセリフとお腹に手を当てた仕草に、シーラは見覚えがあった。


「もしかしてお子さんが?」

「そうなんです。やっと安定期に入って。それまではあんまり動けなくって。申し訳ありません、こんなとこまで。あと数か月したら村に降りて出産の準備するところだったんですけど」

「いえいえ。ゆっくりと楽しい時間でしたから。でも座っていてください。浄化で体がふらついたりしたら危ないので」

「そう? じゃ、お言葉に甘えます」


 女性はシーラの言葉に遠慮することなく、家の中にあるダイニングとおぼしきスペースに戻っていった。

 馬たちを外の柵につなぎ終えたマークがシーラの後ろに立つ。

 ベンジャミンは手元の紙を広げ、朗々とその内容を読み上げた。


「ザザ村オズル宅、成年男性一名、成年女性一名、未成年男性一名。全員在宅か?」

「はい。全員揃っています」

「よろしい。では浄化を進める」


 ベンジャミンの頷きにシーラも同様に返して前に進み出る。


「では、まずはお父さんから始めましょう」

「お願いします」


 直立し、頭を下げた父親。

 先ほどのベンジャミンの読み上げによれば、オズルという名前だろう。

 サッと状態を確認し、シーラは浄化士の衣の脇からピーラーを取り出す。

 すると少年が興味津々な顔でシーラの手元を覗き込む。


「なに、それ?]

「おい、こら。ルズ、浄化士様の邪魔すんじゃねえ」


 再度、ゴチンっと派手な音を立てて拳骨がルズ少年の頭に落とされる。

 シーラは苦笑いするが、ベンジャミンとマークの顔が僅かに歪んだのに気づいた。これはよろしくない。


「これはピーラー。野菜を剥く道具だよ」

「ヘー、浄化士様が持ってるって変なの」

「おい、お前……」

「そうだね。でもこれは私のお父さんとお母さんからもらった大事な宝物だからね。だから心具になったんだ」

「そっかぁ」


 キラキラした顔をしたルズ少年には申し訳ないが、言っておかないといけないことがある。今後の彼のためにも。


「私は気にしないからいいけど、他の浄化士に心具に対して疑問をぶつけたりするのは、不敬と取られて浄化を断られる場合もあるから気を付けて」

「え!? なんで? 全員が浄化をしてもらえるんじゃないの?」

「そうね。でも浄化士が普段いる教会から遠く離れた場所まで旅してまわっているのに、相手に嫌な事されたらその人に浄化したいとは思わなくなっちゃうこともあるの。何日も、何か月もかけてここに来たのに、自分の大事な物を”変”って言われたら誰だって嬉しくないでしょ?」

「あ……そっか。ごめんなさい。変って言って。もう浄化してもらえない?」

「大丈夫よ。ちゃんと浄化する。でも今度浄化士に会ったら、長旅ありがとうございますって言ってあげてね」

「うん」


 しっかり頷いた少年の肩にそっと触れ、シーラは微笑む。

 父親オズルはシーラへと深く頭を下げて謝罪した。


「浄化士様、うちの息子が大変失礼しました」

「気にしないでください。興味を持ってもらえるのは嬉しいので」


 シーラが告げると彼はほっとした顔をする。

 もしシーラが機嫌を損ねて帰ってしまっていたら、この一家は山を降りて遥か遠くの教会まで旅をしないといけなかっただろう。

 彼だけでなく、妊娠中の妻と子供を連れて。

 近くの村に浄化士がいたら良いが、旅の予定ではしばらく浄化士がいる村はこのあたりに無いはず。

 お金をかけ、時間をかけ、時には命を懸けて浄化を受けなければいけないのだ。


「さ、気を取り直して。始めましょう」

「お願いいたします」


 緊張した空気をほぐすようにシーラは手に持ったピーラーをカチャカチャと鳴らす。

 巡業をして、浄化士はシーラが思っていた以上に尊ばれる存在だと気づいた。

 敬われ、畏まられ、丁寧に、そしてある種の恐れを持って扱われる。

 自分たちの命、命の糧となる田畑、日々欠かせない水――それらの浄化を担っているのが浄化士だからだ。


「では、始めます」


 大きく息を吸い、シーラはピーラーを高く掲げた。


 


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