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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第四章 シーラは浄化の旅に出る。

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4−4. 浄化士の特権



「はーい、おばあちゃん、ゆーっくり飲んでね」


 古ぼけた家の片隅、木がむき出しになったベッドに腰かけた老人にシーラはスープの入った器を渡す。

 皺皺の両手に自分の手を添え、女性がーロスープをすするのを見守る。

 ごくりと嚥下したのを確認し、シーラは器を使用人に素早く渡した。

 直後、女性が咳を始める。前かがみになる体を支えて、シーラは歌うように柔らかな声をかけた。


「はい、大丈夫、大丈夫。悪いものをだしちゃいましょー。はーい」

「ごっほ、ごっほ」

「力入れすぎないでね一、はーい、出てこいこーい」

「ごっほ、げほっ」


 ーーゴボリ、ジュワ!


 薄くけば立った毛布の上に黒い靄が落ちる。それは一瞬で空気に解けた。


「お水、ちょうだい」

「どうぞ」


 スープの代わりに水の入ったコップを受け取り、シーラはそれを女性に差し出す。


「はい。これ飲んで。それから、最後までスープ飲んで、体の中の悪いものを全部追い出しちゃいましょう」

「はい。浄化士様。ありがとうございます」


 もう一度シーラがスープを飲むのを手伝う。

 途中、少しだけむせた女性の背をそっと撫でて「ゆーっくり、ゆっくり」と声をかける。


 このスープはシーラが剥くのを手伝ったジャガイモがたっぷり入った薄めのポタージュ。その分、浄化の威力もある程度弱められている。

 最初のスープを飲んだ人たちのように激しく咳き込むことで、胸や背を痛めてしまったら元も子もない。

 浄化しにいって怪我人を増やすとか、どんな浄化士だ。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 老女が手で地を撫でるように動かし、最後に胸に当てて深く頭を下げた。

 その両手をぎゅっと握り、シーラは微笑む。


「悪い気はすべて去りました。これからの日々に笑顔がありますように」


 それから家人に周囲の森や畑の状態に関して聞き取り調査を行い、シーラと使用人、護衛は家を出る。

 頭を深く下げて礼をする村人に見送られながら次の家へと移動を開始した。


「スープ鍋、重くない?」

「大丈夫です。回っているうちにどんどん軽くなってるので」

「そっか。ありがと」


 使用人のマークが引く台車でタプンっとスープが揺れる。

 浄化だけだったらスープを各家に配って終わりだ。だが人々が望むのはそれだけではない。

 浄化士に会い、浄化してもらうことに意義があるんだそうだ。なんとなく気持ちは分かる。

 様式美というやつだろう。それにシーラも一人一人に触れて、浄化をして、感謝されるのはとても嬉しい。

 ただそれを当たり前と思って傲慢にならないように気を付けるべきだろう。


「このあたりの畑は大丈夫そうだね」

「はい。おそらくこの村での瘴気は少ないかと」


 護衛の兵士ベンジャミンが答えた。

 村人たちから話を聞くのはもっぱら浄化士の役目。

 その後ろで重要なことがあればメモを取るのは護衛の務めだ。

 こうして集めた情報を突き合わせ、重点的に浄化が必要な田畑の絞り込みを行う。

 地道で気の遠くなるような作業だが、それを怠ればこの村の人たちの生活が脅かされてしまう。

 今回の旅は特に森の奥にある水源の調査も兼ねているので、例年よりも時間がかかっているらしい。

 水に関する調査はキャンディスの得意分野。彼女は精霊のカッちゃんとメーちゃんと一緒に川や池、森の奥の湖などの調査に向かっている。


 田畑の浄化はユーリカ、動ける村人たちは一か所に集まってネストルが浄化。

 高齢で動けない人を抱えている家や、宿など客がいて外せない場所などはシーラがスープを持って訪問する流れだ。

 もちろん、スープだけではない。ちゃんとピーラーを使っての浄化もしている。


「じゃないとスープがない時の浄化がちゃんとできなくなっちゃうだってさ」

「ゴッフ」

「ヂィ」


 スープの台車の横に並んだミューがご機嫌に尻尾を揺らす。

 カオドキたちもミューの背に乗って鼻をひくひくさせて外の空気を楽しんでいる。

 本来ならば、浄化士は馬車に乗って一軒一軒回るらしい。

 だがシーラは最初の村以降は馬車に乗らず歩いて移動している。

 それはなぜか。理由は、ただ「面倒くさい」からだ。

 馬車に乗って数十メートル移動し、また降りて、終わったらまた乗って。

 威厳があるように見せるためとしか思えない。

 ただ申し訳ないのは、シーラが歩くと護衛のベンジャミンと使用人のマークも全員が徒歩になるということだ。

 しかも使用人はスープを運ばなくてはいけない。鍋一つとはいえ、ずっと持っていれば大変なはずだ。


「普段はもっと長い距離を荷物を担いで歩くので、全然平気ですよ」


 朗らかな笑みを浮かべるおっとんと同じくらいの年齢の男性マーク。

 教会には通いで働いているため、毎日必ず一時間ほど歩いているのだとか。


「旅に出てずっと馬車に乗っていますでしょう? 体を動かしたくってしょうがなかったんです」


 シーラを安心させるための嘘かもしれない。それでも何もかもが初めて尽くしのシーラにとっては嬉しい。

 ユーリカも一つずつ自分に合ったやり方を見つければ良いと言われた。

 我慢して浄化をするのは良くないとも。

 だから周りの声を聴きつつ、浄化に全力を注げるようにしていきたいと思う。

 まぁ、スープの件については申し訳ないとしか言えない。

 いや、シーラだってあんな効果があるとは思わなかったのだ。


「浄化士様は土や人の浄化をする方なので、力の働き方は一緒だと思われがちでしょう?」

「はい」


 毎日教会まで歩いているからか、マークは台車を押しながら会話しても全く息が乱れる様子もない。

 シーラは時々ミューの頭をカリカリと掻いてあげながら彼の言葉に耳を傾ける。


「でも精霊の数や心具の数、その組み合わせの数だけ、その働きは異なるのですよ」

「精霊と心具の組み合わせの数? それってものすごい数にならん?」


 頭の中で数字を思い浮かべる。でも計算が得意でないシーラは早々に諦めた。

 膨大な数というくらいはなんとなく分かる。

 マークはまるで入ってきたばかりの使用人に教えるように優しい瞳を眩しそうに細めた。


「私の父も兄も、畑を耕す鍬が心具でした。ついていた精霊も見た目はさほど変わらないトカゲでした」

「おー、トカゲ!」


 研修でお世話になったアーゲルの精霊もトカゲだった。引っ込み思案な小さな精霊だ。

 顔を輝かすシーラにマークは微笑む。


「はい。なのに二人の力は違ったんです。父の力は心具で土を耕す時に発揮され、兄の心具は収穫の時に発揮されました。同じような心具、精霊でも違うんだと家族で笑いあったものです」

「なるほど! それは面白い! ヘー、そっか、そっかぁ」


 マークが言いたいことがなんとなく理解できてシーラは頷く。

 心具と精霊が同じでも発揮される力が違ったマークの家族。

 では「浄化」という力の発現は同じだからと言って、その特性も何もかも同じになるのか。

 そのはずはない。だって心具と精霊は皆違うのだから。


「だから、あたしの浄化がちょっと変わっているように思えても気にしなくっていいんだ」

「ええ。逆にとても素晴らしいことだと思いますよ。浄化士様の手が加わったお料理をいただくなんて光栄です」

「皮をむいただけなのに?」

「それでもですよ」


 頷くマーク。黙って話を聞いていたベンジャミンもうんうんと頷いている。

 どうやら浄化士が料理に手を出すなんて相当珍しいようだ。


「おっとんと暮らしてた時は毎日料理してたから分からないや」

「ああ、シーラ様は外の出でしたね」

「そうそう。春に浄化士になったばっかり」

「でしたら教会独特の雰囲気に慣れるのは大変でしょう。娘もよく愚痴をこぼしていました」

「マークの娘さん?」

「ええ。もう嫁に出ておりますが、教会で二年浄化士として暮らしておりました。今は嫁いだ先の浄化を担っております」

「おおおお、先輩!」


 シーラは顔を輝かす。護衛が次に向かう家の場所を指し示すのに従って少し傾斜のある道を進む。

 生い茂る木々が影を作って涼しい。マークは汗もかかずに手押し車をもくもくと押し続ける。


「あの子のおかげで、私もこうやって教会で働くことができました」


 マークはまっすぐに顔を上げて昔を思い出すように遠くを見つめる。


「シーラ様は、浄化士や治癒士の家族の特権をご存じですか?」

「特権? えっと、何かもらえるとか?」


 お金でももらえるのかと尋ねれば、マークはわずかに首を振る。


「お金に近いかもしれませんが、いろいろ教会に優遇してもらえるんです」

「優遇……」


 教会が何を優遇するのかすぐに分からず、シーラは目をクルリと上に向けてしばし思案する。


「んっと、浄化を頻繁にしてもらうとか?」

「そうですね。それも可能です。もしくは病気の家族の治癒をしてもらったり、農民であれば教会の直轄地の土地を使わせてもらう権利をもらったりとかもあります」

「へえ、そんなことが」


 全く知らなかった。それでは家族から浄化士が出たらとても幸運なのではないか。


「私は四男で家の畑を継ぐこともできず、力も大きなものではなかったので教会での職を望みました。おかげで昔よりも稼ぐことができるようになりました。……あちらのお宅ですね」


 ベンジャミンが見えてきた家を指さし、シーラとマークも頷く。

 シーラたちを待っていたのだろう、家の玄関口では女性がシーラたちを見つけて深く腰を折った。


「シーラ様」


 マークの呼びかけにシーラは視線を彼に移す。

 マークは少しだけ迷った後、小さな声で告げた。


「教会で育った方たちは、教会から恩恵をもらうため、家族が幼いうちに教会に預けた方たちです。こんな言い方は……教会育ちの方に失礼ですが、ただ恩恵を受けるためだけに生まれ、教会に来た方もいらっしゃいます」


 シーラの息が止まる。教会しか知らない、狭い世界の中しか知らないと思っていた人たちの顔が浮かぶ。

 でももしそれが生まれた時から彼らに強いられた道だったら?

 それ以外、どこにも行く場所がないとしたら。

 たとえ教会の外に出たとしても、そこから帰る家がないとしたら。

 外から来た、家族の愛を受けて育った治癒士や浄化士を見てどう思うだろうか。


「中育ちの方と外育ちの方、どちらが良い悪いは無いと思います。ただ、中育ちの方に同情するわけではありませんが……」

「うん、分かった。ありがとう、マーク」


 言葉を濁したマーク。シーラもそっと感謝の意を伝える。

 恐らくマークは治癒士と浄化士、中育ちと外育ちの間でたびたび起こる衝突を危惧しているのだろう。

 実際に娘から何か話を聞いたことがあるのかもしれない。

 あるいは自分が教会に入って知ったことがあるのかもしれない。

 浄化士の娘を持った親として、教会の恩恵を受けた一人として、何か思うことがあるのかもしれない。

 シーラは胸の奥でグルグルと回りだした感情をぐっとこらえる。


 次の浄化が待っている。浄化士としての顔を作れ。


 浄化士としての立場だけでは知らないことも多い。

 こうやって旅の間に他の立場の人たちと関わって学んでいけたらいい。


「お待たせしました。浄化に参りました、浄化士のシーラです」


 戸口に立った女性に声をかける。ほっとした顔の女性に向けて努めて柔らかな笑みを浮かべる。

 今シーラに求められているのは、浄化士としての責任を果たすこと。

 まずは目の前の一つ一つをこなしていこう。



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― 新着の感想 ―
[一言] そう考えると教会育ちの人間は憐れではあるよね。 待遇が良いから見た目は違うが、ほぼ身売りや人身売買だし。
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