Face To Face
おっとん&おっかあペアの暗躍。
教会の中で最も精巧な細工で飾られた扉。
歴代の司教と共に歩んだ精霊たちが彫り込まれ、まるでこの扉とこの教会を護っているようだ。
両脇に立つ騎士たちは精霊であるピンクのクマを伴った聖女クウィーヴァの姿を見て、これ以上ないくらいに体を直立させる。鎧の継ぎ目が擦れて不快な摩擦音をたてた。
聖女への敬意。だがそれと同時にクウィーヴァの隣にいる男への恐れ。
「どうぞ」
騎士の声にクウィーヴァは視線を僅かにそちらに向ける。
一方、ファーガルはゆっくりと開かれる扉から目をそらすことはない。口を開かずに扉さえ守っていれば良い、と言外に騎士たちに告げるかのようだ。
そうして事実、彼は騎士の存在を全く気に留めることなく、教会の最奥──司教の部屋へと入っていった。
「今年の浄化はルヴァリーへ行くわ」
部屋に入ってソファに座るなり告げた聖女の言葉に、司教は驚きに両目を見開く。
年を取って重たくなり始めていた瞼が、若さを取り戻したかのようにグワッと上がった。
クウィーヴァは彼の顔を見て、心底良いものを見たとばかりに大口を開けて笑う。
その隣の彼女の夫、ファーガルは聖女の笑う姿を一心に見つめている。彼女が笑っているならばその理由がどんなことでも嬉しいというかのようだ。
「ルヴァリー地区……本当に?」
「ええ。今年はまずは調査。来年からは毎年あそこを少しずつ」
大きな瞳をまっすぐに司教へと向け、クウィーヴァは苛烈ともとれる笑みを浮かべる。
揺らがぬ意思と決意。
司教は大きく息を吸い、またゆっくりと吐き出す。
そしてクウィーヴァの隣で全く司教に興味などないとばかりに、美しい妻だけを見つめる男の名を呼んだ。
「ファーガル、君も同意しているのかね?」
『当然』
ソファにゆったりと体を預けたファーガル。彼のすぐ後ろ、背もたれに停まった精霊が硬い声を発した。相変わらずである。
「あそこは……君たちにとっては辛い場所だろうに」
「だからよ」
きっぱりとした声が告げる。
ファーガルは彼女をいたわるようにそっと肩を抱き寄せる。その優しさのほんの一部、爪の甘皮分くらいを騎士たちにも見せればいいものを。
それをしないからこその、ファーガルなのだろう。
「あれからもう十三年になる。次の聖人選考があと数年で始まるわ。聖人が決まれば、その後にはこの教会に新しい聖女が来る。代理ではない、本物の聖女が」
膝の上に置かれたクウィーヴァの両手に力が入り、冷静に紡がれる言葉に乗り切らなかった熱がめぐる。
司教は痛まし気に彼女を見つめた後、視線を自分の手元に落とした。
加齢による皺とシミが浮かぶ手。自身を若いと言える季節はとうに過ぎ、年老いたと感じ始めてからの時間のほうが長くなった。
日々の務めをこなして生きていると十年前も二十年前も大して変わらない。
だが、目の前の夫婦にとって、この十三年は悲しみと苦難の日々だっただろう。
「十三年、そうか。そうだな……」
もうそんなになるのかと言う言葉を飲み込む。
重い瞼を上げてクウィーヴァとファーガルを見る。
二十年以上前、聖人候補であった二人がその座を捨てて逃げた果てにたどり着いたこの地。その存在を知って厄介ごとがやってくると頭を抱えた。
当時の聖女と懇意にしていたことから、ルヴァリーに居を構えたのだがそれも長くは続かなかった。
聖女の精霊の瘴気堕ち――ほんの数日であの素朴な町は瘴気に汚染された地となってしまった。
あの時の瘴気が奪ったのは土地だけではない。木を焼き、動物を焼き、精霊を焼き、そして人を焼いた。
「……娘たちは、生きていればいくつになる?」
司教の問いに二人は僅かに体を震わせる。
いつも生命力みなぎる聖女の瞳が曇る。
一瞬、聖女でも浄化士でもなく、子を失った母親の姿が浮かんだ。
『二十九と、二十一だ』
機械的な声がクウィーヴァの代わりに告げた。
最愛の妻の心を乱した司教に、ファーガルが冷たい眼差しを向けてくる。
仮にもこの地方教会のトップである司教に向けて良い目ではない。だがそれを言ってもこの男の態度は変わらないだろう。司教は胸の奥底で嘆息する。
「そうか。生きていたら結婚して子供も……」
『娘は嫁にやらん』
「……生きていたら、の話だ」
嫁と娘への愛が重すぎではないか。
瘴気堕ちとの戦闘で酷い怪我を負い、自分の精霊を一体失い、さらには二人の娘を失ったとはいえ、この男が十年以上も愛する妻を教会に残して離れていたことが、今更ながらに本当に現実だったのかとすら思えてくる。
いや、少なからず十年ほどはこの教会に平穏があったのがその証か。
そろそろこの職を引退するべきかもしれない。この男が何か面倒なことを起こす前に。
「あの場所は私たちの幸せが詰まった場所。それを取り戻したい。私たちはあの場所を、次代にそのまま残すわけにはいかない。私が聖女でいる間に、あの場所を少しずつ浄化したい」
聖女としての顔に戻ったクウィーヴァは闘志にも似た強い光を宿して宣言する。
その隣のファーガルが何の感情も見せないのとは対照的だ。
司教はこの二人が揃った時点で止められないのは分かっていた。
だから譲歩できるところだけは譲歩してみせる。
「分かった。巡礼の目的地はルヴァリーで良い。だがこの都市に瘴気汚染を持ち込むことはならない。旅の最後に他の巡礼隊と合流し、二週間浄化を受けてから戻るように」
司教の言葉になぜか二人の顔が輝く。
一体何なのだ。
司教が眉を顰めるのに対して、目の前の夫婦はお互いの顔を見つめあって微笑む。
何か悪い予感がして、司教は話は終わりとばかりに立ち上がろうとした。
その一瞬前に、パンっとクウィーヴァが両手を鳴らす。ギクリと司教の体が揺れた。
「では、ユーリカ隊に頼みましょう」
「それはいい考えだ。さすが、愛しのクウィーヴァ」
愛妻の提案にファーガルは自身の声で答える。
司教は彼女の提案に首をかしげた。
巡業には毎年同じ隊が出るわけではなく、数年おきに振り分けることで負担を分散させている。
確かに、今年はユーリカ隊も巡業に出る予定になっているが、なぜあえて彼女の隊を指名するのか。
少し癖のある隊員たちを頭に思い浮かべ、司教は顔の皺を増やした。
「ユーリカ隊の巡業地はルヴァリーに近いのか?」
浄化対象となっている地域は大まかに思い浮かぶが、どの隊が担当するかまでは覚えていない。
司教の問いかけに目の前の二人は些細なことだというように笑う。
「大丈夫よ。そこは問題なくさせるから」
『騎士の調整もしておこう』
聖女クウィーヴァに続いて、ファーガルの鳥が声を届ける。
ああ、平穏な日々は過ぎた。
さっさとこの席を譲れる者を見つけなければ。
巡業でこの教会が空く時に少しでも根回しをしておこう。
連れだって夫婦が去っていった後の部屋を見回し、司教は寂し気に細い息を吐いた。
第三章完結です。
さぁ、次章では再会なるか!?なると良いなぁ!(絶賛執筆中)
次回更新は……しばらく開きまして、ちょうど一週間後の6月2日(日)となります。
教会の外へ飛び出したシーラの頑張りをお届けします。ほんのちょっとだけお待ちくださいませ。




