3-10. いつでも一緒にいよう
旅への出発が目前に迫り、シーラはある悩みを抱えていた。
準備はほぼ完ぺき。
巡業は定期的に行われるため、教会の騎士や兵士の編制、同行する使用人たちの振り分けもだいぶ前に終わっている。
浄化士は移動先での任務がメインとなるため、道中の仕事は無いに等しい。
持っていくものも身の回りの物一式と、自分と心具と精霊さえいればいい。
そう、精霊。
「どうしようねぇ」
「ゴッフ?」
「ヂヂッ!」
「ヂ〜」
「ヂ!?」
「チッヂ」
「ヂヂィ」
「ほいほい。ちょっと静かにしとって」
「ぢ」
並んだ二十一対の視線にさらされながら、シーラは床に腰を下ろしたまま横のベッドに頭を預ける。
二十一体。現在、シーラの部屋に集まった全精霊だ。
シーラとミューの周りを駆け回る子ネズミたち。ネズミ嫌いが見たら卒倒しそうな光景である。
「んー、どうしよう。どうしよう。どうしよう」
「フッフゥ」
ミューのぷっくりした頬を両側から揉みこみながらシーラは考える。
目を細め、口を半開きにした間抜けな顔がどえらい可愛い。
ミューとカオドキはいつもシーラと一緒にいるから、旅には堂々とついていける。
だが残りの十六匹の子精霊たちをどうするか。
教会に来る時はおっとんの引く荷馬車に堂々と乗ってこられた。
ユーリカ隊が管理する畑は近場なので精霊たちも自由に行ったり来たりできた。
普段から外をうろちょろしているので、畑に全員集まらないこともあるが、それで良かった。
だがさすがに旅に行っている一か月以上の間、自由にしていろなどとは言えない。
そうなると、残った選択肢は一つ。
「一緒に、行けるようにすっかね」
「ヂィ」
一匹ずつ、土に潜って汚れてしまったリボンを付け替えて撫でる。
二十匹、お腹と背中と頭と……終わらない。
「ぬおー」
声を上げて完全に床に寝転がると、ネズミたちがわらわらと集まってシーラにぴったりとくっついた。
精霊自体に体温は無いが、毛の塊がたくさん集まればそれなりに暑い。
「おおおー」
「ヂュウ」
「ヂィ~」
床から数センチ浮かせた腕を雑に動かすと、その下をネズミたちがくぐっては飛び越えて遊ぶ。
巨大な遊具にでもなった気分だ。
「よし、言うべえか。何とかなるなる。うん、何とかなる!」
シーラがごろごろと転がると、子ネズミたちが「ヂ〜!」ッと声を上げてシーラを乗り越えていく。
端までいったら今度はまたごろごろと戻る。
「ゴッフ」
「ぐぇ!?」
乗り越えようとしたミューに腹を踏みつけられ、シーラは内臓が飛び出そうな叫びをあげる。
ついでに長い尻尾がバサッとシーラの顔を撫でて通り過ぎた。
「こ~の~や~ろ~」
「ドゥ……」
口の端を引きつらせて起き上がったシーラ。
ミューはせわしなく鼻をこすって髭を揺らす。
くっそ可愛い。巨体なのに小さな手が可愛い。ぴくぴくと揺れる耳も可愛い。
だが、負けはしない。
「どうお~!」
「ゴッフゥ!」
「ヂヂヂヂヂ!」
叫びをあげて、シーラはモフモフなお腹に飛び込む。顔を覆う柔らかな毛が気持ちいい。
シーラと一斉に群がった子精霊たちに襲われ、ミューはゴロリとその場に転がる。
「あ~、幸せ」
「ドッフゥ」
「ヂ〜」
ミューのお腹に頭を預け、天井を見上げてため息を吐く。
悩んでも仕方がない。
いずれはユーリカ隊のメンバーに告げなければいけなかったことだ。
食堂で初めて知り合った日から数えればすでに半年。信頼に値する人たちなのは分かっている。
多少子精霊の数が多いことくらい、あっけらかんっと笑って受け入れてくれるだろう。たぶん。きっと。
「おっし。そうなったら……寝るべ!」
がバリと起き上がり、精霊たちに群がられながらずりずりと四つん這いでベッドに向かう。
他の誰かが見たらネズミに襲われているようにしか見えないだろう。こんな女子寮の一室を覗くような馬鹿はいないと思うが。
「ふへ~」
ベッドに上って大きく息を吐き出す。精霊たちも狭いベッドに上がってそれぞれ寝場所を確保して満足げな声を出す。
さわさわと肌に触れる長い髭とふわふわな毛を感じながら、シーラはゆっくりと眠りに落ちた。
高く伸びたトウモロコシの間の地面に腰を下ろし、シーラは肩をすぼめる。
その肩に後ろから顎を乗せ、ミューは満足げな息を吐き出した。
「ブフー」
「ヂ」
「く、くすぐった、ちょ、くすぐったい」
髭と鼻息が耳をくすぐり、シーラはぴくぴくと肩を揺らす。
シーラの向かいには頭を掻きむしるユーリカと、手を口に当てたまま呆然とするキャンディスと、半目でぼうっとしたままのネストルがいる。
先ほど、三人をこの場に呼び寄せ、ミューの周りに子精霊全員出てきてもらった結果がこれだ。
「にじゅう? にじゅうって、にじゅうかよ」
「あらー、あららら、あらー」
「多い」
珍しくきっぱりとネストルが口にし、ユーリカとキャンディスが激しく首を上下させた。
シーラは申し訳なさとくすぐったさで首をすくめたままおずおずと切り出す。
「んで、この子たち、巡業に連れてってもいい?」
「ん? ああ、ま、そうだな。連れてくのが正解だよな。にしても、二十か……」
「一緒に馬車に乗るにも大変ね」
「樽に詰め込むか?」
「ひっど! ネストル、ひっど! んなこと、させるわっきゃねえっしょ!」
ネストルの提案に思わずシーラは顔を上げて声を張り上げる。
わらわらと遊びまわっていた子ネズミたちもぴたりと止まってネストルを一斉に見つめた。
その勢いにたじろぎながら、ネストルはそっぽを向いて告げる。
「他にどうすんだよ」
口を尖らせる様子は十歳のガキでもしないだろう。だが微妙に似合っているのがなんともいえない。
どうするべきか分からないから、今日こうやって秘密を打ち明けたのだ。
シーラはすがる目をユーリカに向ける。彼女はその視線を受け止めてバリバリと髪の毛をかき回した。
「ああああ、んん~、二十……いや、普段シーラと一緒にいるのは四匹だからそこはいつも通りか? ってことは、残りは十六。あー、微妙だが、どうかな」
唸って数を数えて情けなく眉を下げる。こんなにも困った顔のユーリカは珍しい。
まじまじと見つめていると、キャンディスも愉快そうにして顔を見合わせて笑う。
「そうだな。何匹かはキャンディスのカッちゃんに乗るか?」
「そうね。私の乗る籠にスペースはあるわよ。五匹はいけるかしら」
「おお! キャンちゃん、すごい!」
「ふふふ」
カミツキガメの精霊カッちゃんに乗るための座席はゆったりと過ごせるような広さがとってある。
シーラが喜びに顔を輝かせると、キャンディスがずいっと顔を寄せた。
整った美しい顔と緑の瞳が近づき、シーラは思わずドキッとする。
「シーラはそれでいいのかしら?」
「え?」
「忘れたの? 精霊を他人に触れさせることの意味」
「あ……」
キャンディスの言葉に、シーラは研修初日にアーゲルから学んだことを思い出す。
自分の精霊を家族以外の他人に触れさせることの意味。
信頼の証。
「あたしは、キャンちゃんを信じる。あたしの精霊を預けてもいい」
「ありがとう。じゃ、あとでカッちゃんのところに行って、あの子が受け入れるなら私は問題ないわ」
「こちらこそありがとう!」
満面の笑みを浮かべ、シーラはキャンディスに礼を言う。
ユーリカも二人を微笑ましそうに眺めて、それから次に「十一か」と呟く。
ユーリカの視線がネストルへと流れ、キャンディス、シーラ、そしてネストル本人も左右に首を振る。
どう考えてもあの嫉妬の塊の精霊カミスキが他の精霊をその背に乗せるとは思えない。
となれば、残りは――
「んー、うちの子に運ばせる? んなこと、やったことないぞ?」
ユーリカの親精霊と二体の子精霊は、ユーリカと一緒に浄化のために畑の中で暴れまわる以外は人前に出てこない。
大人の体周りよりも太い大ミミズのため、人が怖がって逃げてしまうということもある。
そのため、今回の遠征でもひっそりと馬車を追って地中をついてくることになっている。
人と一緒に行動するわけではないから、見つかりにくいのは確かだ。
十一匹と言わず、十六匹全員が一緒に行動できるならば最善である。
「いやぁ、ちょっと難しい気がするな。あの子たちもさすがに馬車を追ってくるのに精いっぱいだろうし」
「そもそもミミズってそんなに早く動けるもん?」
畑で大暴れしている姿はそれこそ大蛇のようにすさまじい。
だが本来のミミズは土の中でウネウネしていて早いイメージは全くない。
「ミミズの精霊であってミミズじゃないからね。まっすぐ進むことに集中すれば追いつける」
「なるほど」
「でもねぇ、どうしようかしら?」
キャンディスが頬に手を当てて頭をこてんと横に傾ける。あざと可愛らしい仕草。シーラがやったら首の体操にしか見えないだろう。
「誰かに頼めば?」
「へ?」
ネストルの呟きに三人の視線が一斉に彼に向く。
ネストルは居心地悪そうに目を生い茂るトウモロコシのかなたに向けて吐き出すように告げた。
「これから遠征は多くなるし。コソコソすんの面倒だし」
「そうは言ってもなあ」
「ね、誰か知り合いで頼めそうな人はいる?」
キャンディスの問いにシーラは顔をぶんぶんと勢い良く振る。
教会に来てやっと半年のシーラに聞かれても困る。
どちらかと言えばそれはシーラがしたい質問だ。浄化士として教会に務める年数は三人のほうがはるかに長いはず。
そうシーラが告げれば、三人が顔を見合わせて気まずげにそれぞれあらぬ方向へと視線をそらした。
「あ、察し」
頼もしい先輩たちは、交友関係という点では全く役に立たないのだった。
シーラは地面に腰を下ろして、青く広がる空を見上げる。
時折風が吹いて視界にトウモロコシのヒゲが入り込む。
せわしなく揺れるその様はチンチラの髭みたいでシーラは口元をほころばせる。
残り数日でなんとか精霊たちの移動手段を考えねば。
シーラは大きくため息を吐いて、旅への不安よりも自分の精霊たちと一緒にいるにはどうするのかともう一度頭を悩ませ始めた。
さぁ、旅は無事に始まるのか。
悠長にしていられる場合じゃないのに、シーラはおかしくなって空に向かって小さく笑みをこぼした。




