3-7. 成長は一つだけではない
軽症の患者の部屋を周り終え、シーラたちは一旦休憩のために臨時の浄化士たち用の待合室に戻る。
下働きの女性が置いていった飲み物に手をとり、全員ほっと息を吐く。
「あー、肩凝る。早く脱ぎたい」
「午後はあと数室で終りよ。あと、少し……」
「俺、これだから長雨は嫌いだ」
ユーリカ、キャンディス、ネストルは疲れ切った様子でぐったりとテーブルに突っ伏す。
ネストルは髪の毛を掻きむしろうとして綺麗に整えられていることに気づき、馬のようにぶひゅるるるるっと唇を震わせて息を吐き出した。
今日は見て学ぶのが仕事だとユーリカについてまわっているだけだったシーラだが、それでも気疲れは酷い。
固まってしまった表情筋をほぐすように両手で頬をぐりぐりと揉む。
確かに、普段からこんな風に振舞っていたら本当の自分を見失いそうだ。
疲れる。一日中畑で動き回っている時よりも疲れる。
ユーリカはテーブルに顔を付けたままコップからちびちびとお茶を飲むという器用なことをしながら、シーラをちらりと見る。
「んで、見ててなんか分かったか?」
ユーリカに問われ、シーラはカップを両手で持って覗き込みながら頷く。
「えっと、心具は力をくれるけど、力はもう自分のものだってこと」
「ん、ま、正解だな。いい目をしてる。ついでにその答えを出した理由も言ってみるか?」
ユーリカに促され、シーラは午前の間に見た光景を思い出しながらゆっくりと口を動かす。
ユーリカは彼女の心具である枕を持ってきていない。気づけばキャンディスは鏡、ネストルは櫛で持ってこようと思えば持ってこれるのに、心具を手にしていなかった。
ではどうしたら力を引き出せるのか。
彼らの普段の行動をよくよく観察すればおのずと答えは出てきた。
ユーリカは毎晩大ミミズの精霊たちと一緒に畑で土にまみれて寝ている。それが毎朝彼女が泥だらけになっている理由だ。
キャンディスもカメたちの好む池に入って水を通して触れ合っている。
ネストルは言わずもがな。偏愛ユニコーンに髪を食われてながらも、精霊の鬣をくしでといてあげている。
これらの行動は患者を前にしても変わらなかった。
ユーリカはうたたねして、キャンディスは水を患者に飲ませ、ネストルは髪をとく。
毎日繰り返された精霊との日々。それが彼らの浄化の基盤となっている。
「だから、精霊や心具がなくても、自分の中にある浄化の力で浄化をしてるんだって思った」
「よし。大正解。今度人気店のお菓子をおごってあげよう」
「やった!」
ユーリカの言葉にシーラは両手を叩く。
休みに少しずつ町を回っているが、美味しいお菓子を売っている店が多くて誘惑だらけだ。
お金がもったいないからと言い訳をして買わないようにしているが、おごってもらえるのなら仕方がない。食べなくてはユーリカにもお菓子にも失礼だろう。
「浄化士の成長は三つ。心具の力を高めること。浄化士の力を高めること。精霊の力を高めることだ」
「はい」
研修中にアーゲルが教えてくれたのは、最初の心具の力を高めることだ。
道具本来の役目を捨てられない心具に、浄化の役目を覚えさせること。
次は浄化士としての力を高めることが重要になる。
ユーリカはテーブルから顔を上げ、頬杖をついて話を続ける。
頬が半分つぶれていて、部下に教える態度では無いが説教臭くないのは良い。たぶん、良いはず。
「私は精霊も心具もここに持ち込めないからね。最初は役立たず扱いされて困ったもんだよ」
「ユーリカ、あの頃はすごく荒れてたわね。毎晩畑から雄たけびと地響きが聞こえてきて寝れなかったわ」
当時を知るキャンディスがふふふと小さく笑う。
言っていることはとても笑って済ませるようなことではないと思うのだが。
シーラは頬の内側の肉を噛んで呆れそうになるのをこらえる。
「力を発揮するのに重要な二つがもぎ取られてんだからな。そりゃ荒れるさ。んで、仕方がないから自分の浄化の力を伸ばすことに注力したわけ」
「それで、どうやってうたた寝に効果があるって気づいたん?」
「一ヶ月くらいか? 毎晩毎晩暴れまくって寝れてなくってさらに浄化ができなくなって、ある日ぶっ倒れるように寝込んだら周囲が一気に浄化されてよ」
「あれはユーリカの奇跡って言われてるわ。普段だったら浄化されない区域まで一気に浄化が届いて。さすが大型の親精霊を持つ浄化士だって。それまで嫌味をさんざん言ってきてた人たちも何も言えなくなったし」
「……ざまあみろーだった」
キャンディスが可愛らしい顔に黒い影を落として口を左右に広げて笑う。怖い。
ネストルは自分の髪の毛の先っぽをくるくると指に巻き付けて毛先を確認しながら呟く。女子か。
何にせよ、浄化士としての力は自分の中から沸き上がる欲求に従えば強化されるらしい。
シーラは何だろうか。最近、やりたくってもやれなかったことを考えてみる。
「あの、さ」
「うん? なんだい?」
おずおずとシーラが切り出すと、ユーリカはピッチャーからお代わりの果実水をコップに注ぐ手を止めずに返事をする。
「アーゲルさんに、ピーラーの道具としての役割じゃなくて心具としての役割を自覚させろって言われたんだけど」
「ほう、あの親父、言うねえ」
「うん。ピーラーが表面の瘴気しか追い出せないのは、役目を覚えているからだって。んでね、でもさ、あたしは、ピーラーがピーラーだから好きなわけ。だからもっと使ってあげたい」
「そりゃ、心具だもんな。好きでずっと使ってたんだろ」
ユーリカの優しい言葉にシーラはぶんぶんと顔を上下させる。
「んでも、野菜剥く仕事なんて教会に来て滅多にないし、ピーラーにピーラーの仕事させちゃいけないのかなって思ってて」
「ふーん、なるほどね。それで悩んでた?」
「悩んでたほどではないけど、もやもやしてた」
シーラの答えにユーリカは苦笑して「それが悩みっつってんだ」と告げる。
きゅっとシーラが肩をすぼませると、隣に座ったキャンディスがそっとその肩に触れた。
「今度、調理場に掛け合ってみましょう。お野菜にも浄化をかけられるし、嫌がられたりしないはずよ。それにうちの隊を見て」
キャンディスの言葉にシーラは顔を上げてユーリカ、キャンディス、ネストルを順にみる。
「隊長は夜な夜な土にまみれて大の字になって寝る人だし、私の精霊は他の精霊に噛みつくからって少し脅して教会に池を丸々作らせて毎日そこに潜りに行くし、ネストルはしょっちゅう自分の精霊馬に押し倒されてよだれまみれな上に馬糞臭いし。今更うちの隊員が調理場で働きだしたってそこまで驚かれたりしないから」
パーフェクトスマイルで言い切るキャンディス。
ここは感動するところだろうか。それとも驚くところだろうか。
シーラがどんな表情を作ればよいのか迷っている間に、ネストルが呆れた声を出す。
「キャンが一番怖い。俺は一番まとも。町の人気もある」
「町?」
突然のネストルの発言にシーラは首を傾げる。
なんでいきなり町の人気の話になるのか。さすが残念ネストル。脈略というものが全くない。
聞けば、ネストルは外見だけはいいため、浄化士として巡業に出るとものすごい人気があるのだとか。
「三歳児から七十歳のおばあちゃんに至るまでもてもてよ」
「ほわぁ、中身知らないって可哀そうに……」
「失礼な」
先輩に対して遠慮のない発言をするシーラ。
ネストルが眉を寄せるが、それを丸っと無視してユーリカが話を広げる。
「他の浄化士たちも人気が高い奴はいるけどな。ネストルは群を抜いてる。それを言えばうちの隊は他に比べたら人気が高い。私は親精霊持ちで浄化力が高いし、キャンディスも水の浄化は珍しいうえに美人だからな」
「ユーリカは女性人気がすごく高いのよ」
「ほえー。あたしがそんな隊にはいっちゃって申し訳ない」
キラキラしい部隊に混じってしまったと、シーラは全く申し訳ないとは思ってもいない顔で謝罪する。
シーラがこの隊に入ったのは、あくまで隊員や精霊との相性なのだから、今更変えられもしないし。
「シーラちゃんは可愛いと思うけど?」
「可愛いのはキャンちゃんじゃない?」
どこからどう見ても可愛らしいキャンディスと一緒にしてもらうと困る。
シーラを可愛いというのはおっとんくらいだと思っていたが違うのか。
「シーラは可愛いと思うけどな。なんというか、シーラの精霊に似てる気がする」
「え? ミューに?」
キャンディスの発言にシーラの口元がとろんと緩む。
あの可愛らしいミューに似ていると言われたら嬉しい。
だがその後のネストルの発言にシーラは思わず立ち上がった。
「……後ろから見ると丸いのそっくり」
「ちょ、ネストル、それは、褒めててないっしょ!」
――トントン
ノックの音に、シーラはピタッと固まる。
ユーリカの「はい、どうぞ」の声の後そっとドアが開かれて女性が一歩中に入ってきた。
「あの一……午後のお務めの準備はいかがでしょうか」
「はい、すぐに参ります。ほら、行こう」
「はい」
すぐさまキリリとした顔に切り替えたユーリカが三人を促す。
いつの間にかキャンディスもネストルもすました顔で立ち上がっていた。
これから向かうのは重症の患者の小部屋。
シーラは腹の奥に力を込めて、浄化士としての自分を奮い立たせた。




