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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第三章 シーラは浄化士である。

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3-5. 覚悟を纏う



 夏の半ば、雨が続いて畑に行けない日が続く。

 畑の作物は大丈夫だろうか。浄化士たちが行けなくとも近隣の村人たちが様子を見に行っているはずだが、それでも気がかりだ。

 雨が降ってくる空を睨んでいると、横から軽やかな笑い声が聞こえてきた。


「キャンちゃん、おはよ」

「おはよう、シーラ。雨ばっかりね」

「まーた雨。畑が心配でしょうがなくって」

「ふふふ、そんなこと言ってると、浄化士じゃなくってお百姓さんみたい」

「今やってることはたいして変わらんもん」


 口を尖らせたシーラの答えにキャンディスは目を細め、仕方がない子だというようにシーラの小麦の房のような髪を撫でる。


「そんなシーラにお知らせ。今日は浄化士のお仕事をしに行くのよ」

「浄化士の? 遠征?」

「ううん。浄化院の方たちをお見舞いに」

「浄化院の」


 シーラがオウム返しに呟くと、キャンディスは安心させるようにシーラの背中をそっと押して歩き始める。


 今日は一度ユーリカの執務室に集まってから 浄化院に行くようだ。

 ユーリカの執務室、あったのか。そりゃあるんだろうな。

 隊長なのだから田畑を駆け回ることだけが仕事ではないはずだ。詳しくは全く知らないけれども。たぶん書類仕事とか。

 ユーリカが髪の毛をガリガリと掻いて土をばらまきながら書類と向き合っている姿を想像し、シーラはくふんっと喉の奥で笑いをこらえた。


 キャンディスに浄化院で浄化士が担う仕事を簡単に教えてもらいながら移動する。

 浄化士が担当している治療院一一浄化院で治癒を受けている患者は、重症者から軽症者まで五十人ほどいる。地方の教会が抱えるにはその人数が限界らしい。

 浄化士は患者たちに定期的に浄化を施し、少しでも瘴気焼けによる症状を軽くするのが狙いだ。


「おっとんも瘴気焼けがあって、あたしが浄化をしてあげてたよ」

「素敵な娘ね。でもシーラちゃんが教会に入っちゃって、お父さんは大丈夫なの?」

「んー、もう十年以上前のだから薄くなってて、生活に問題は無いって」


 完全に治したことは言えないので、シーラは大丈夫だと笑顔で告げる。

 キャンディスは深い緑の瞳に影を落とし、曖昧に微笑んで顔を正面に向けた。


「長くいる方は心が疲れているから、あまり深入りしない方がいいとも言われるの。要注意な人はユーリカが診るから、シーラちゃんはまだ一日目だから怖かったら見学でもいいからね」

「ありがとう。見ていて邪魔にならない感じだったら手伝うんで」

「そうして」


 キャンディスはシーラが研修中に浄化に参加したことはすでに知っている。

 それでもいまだに両手に瘴気焼けの痕が残っている瘴気被害者でもあるため、無理はしすぎないように気遣ってくれる。

 研修を見てくれていたアーゲルやファリカといい、こう言ってはなんだが、教会には意外と優しい人が多い。


 ニマニマと口を緩めて、たどり着いたユーリカの執務室にキャンディスに続いて入る。

 直後、シーラの足が固まった。


「えっと、キャンちゃん、部屋、間違えとるよ」


 部屋の中央のソファに座った二人の人物。

 清潔な詰襟の長衣を着て、艶やかな髪も丁寧に編み込まれて高い位置で一つにくくられている。

 凛々しい女性は豊かな大地のような瞳を楽し気に細めて口の端を上げ、シーラに向かってひらひらと手を振っている。

 もう一人のやたらと色気のある男性は一一野性味のある太い眉を不機嫌そうに寄せ、しきりに詰襟を気にしている。

 どう見ても、そうどこからどう見ても、シーラの知っている人たちではない。

 こんなおとんの絵の中に住んでいそうな、キラキラした人たちは知らないはずだ。


「おはよう、ユーリカ、ネストル」


 キャンディスが笑いをこらえて二人の名を呼ぶ。

 瞬間、ピシャーンとシーラの脳天に雷が落ちた。あくまでそんな気がした。

 でも頭のてっぺんから煙が出ているかもしれない。それほどの衝撃だ。


「え? え? キャンちゃん? この人たち、知っとる?」

「シーラちゃん、落ち着いて。ユーリカとネストルだから。いつもよりちょっと清潔にしているだけだから」


 ぐるんぐるんとシーラは首を交互にキャンディスと見知らぬ二人の間を行き来させる。

 いや、ありえない。ありえない。まったくもってありえないことが起こっている。


「いつもより、()()()()、清潔に?」

「シーラー、私の顔と声まで忘れないでくれる?」

「その声は、ユーリカさん!」

「……早く脱ぎたい」

「その声は……誰?」


 ユーリカの声に続いて聞こえた男性の低い声に、シーラは首を傾げる。

 可能性としては一人しかいないが、視覚情報が脳の伝達回路を破壊しているのだ。先ほどの雷のせいに違いない。


「おい、俺に決まってるだろ」

「俺って人は知らんでぇ。でもネストルさんっぽい?」

「分かってんじゃねえか」


 くすくすと笑うキャンディスに手を取られ、シーラは二人が座るソファの向かいに腰を下ろす。

 移動する間も、座ってからも、ネストルの顔から目が離せない。

 常々良い顔立ちをしていると思ったが、綺麗な服を着て髪を後ろにくくるとすこぶる格好いい。


「騎馬隊の隊長とか似合いそうな感じ」

「なんだ、それ。馬はカミスキだけでいい」

「ネストルさんの精霊が他の馬を近づけさせない理由がなんとなく分かった」


 カミスキはネストルの嫉妬深い精霊だ。シーラとはちょっと違う名前のセンスをしているが、名前の通りの性癖を持っているからびったりだとは思う。

 それにしてもユーリカもネストルも変われば変わるものだ。


「さすがに患者がいる場所にいつもの格好じゃ入れないからな。遠征に出て村に入る時もこんな感じになる」


 いつも通りの野生児感たっぷりな状態で治療院に行くのはさすがにマナー違反らしい。納得の理由。


「なるほど。そっかぁ、それで」


 教会の顔となって周囲をめぐる遠征でもシャキッとしていないといけないのも理解できる。

 あとはシーラがそれに慣れればいいだけだ。

 きっと、そのうち慣れるだろう。もしくは声だけ聴いて視界に本人をいれなければ大丈夫な気がする。


「雨の間は人間も気が滅入る。瘴気焼けのせいで心が弱っている患者は特に影響を受けやすい。心具を当て、浄化をして少しでも安らげる時間を作るのが浄化士の仕事だ」

「はい。分かりました」


 きりりと凛々しい表情で告げるユーリカ。

 シーラも両手を膝の上でぐっと握り、真剣な顔で返す。


「さ、シーラもキャンディスに髪の毛を整えてもらいな」

「え?」

「正式な浄化士として人前に出るのは初めてだろ? こういうのは外見も大事だからな。上着も、あるぞ」


 そう言って、にやりと笑ったユーリカは自分の執務机の上に置かれた藤の籠を指さす。


「え?」

「ほら、シーラちゃん、取りに行ってらっしゃい」


 ポンっとキャンディスに肩を叩かれ、シーラはふらりとソファから立ち上がる。視線は籠に吸い付いたままで。

 楽し気なユーリカと微笑ましげに見守るキャンディス。ソファに肩ひじをついてやる気のなさそうなネストルも目ではシーラの動きを追う。


 籠の中には丁寧に折りたたまれた上着が入っていた。

 それを見て、研修の初日に会った二人の婦人を思い出す。

 編み棒に止まっていた白い蛾と、針山から顔を覗かせた青虫。

 あの精霊たちも、シーラの制服を作るのに手を、力を貸してくれたのだろう。ああ、心がとても温かい。


「これ……着ても?」


 かすれた声で呟けば、三人はそろって頷く。

 それからキャンディスが立ち上がり、執務室の奥にある小部屋へとシーラを促した。


「髪の毛もやってあげるわ」

「ありがとうございます」


 そこは執務室の目立つ場所には置けない私物や仮眠の簡易ベッドが置いてあった。

 籠を抱えてぼうっとしたままのシーラを開いている場所へと押して、キャンディスはシーラに声をかける。


「今の上のシャツを脱いだら、中にも薄手の服を着てる?」

「うん。厚めの肌着だけど」

「それなら大丈夫ね。今のを脱いでこれを羽織って。少し変わった造りになってるから着方を教えてあげる」


 キャンディスに言われた通りにすると、変わった造りだというのが良く分かった。

 右も左も体の半分を通り越して脇の部分まで覆うほどに大きい。


「ボタンだと患者さんに近づいた時に引っかけたり、引っ張られて取れちゃったりするから、紐を何か所かで結ぶの。紐は結べる?」

「たぶん。でも後で見てもらえると嬉しいかも」


 細かい作業に支障はないが、浄化士としての正式な服だ。緩んでだらしなくしてしまうのは恥ずかしい。

 ユーリカもネストルも、普段が信じられないほどバシッと決めていた。シーラがそれを崩すのはいやだ。


「いいわよ。さ、こっちの右側は左の脇の奥にある紐で結んで」

「はい」


 三か所、右のあわせを左側で止める。続いては左を右側に持ってきて、三か所止める。

 それからさらにウエストの上から太く長い紐を二周まわして左の腰あたりで結んで止めた。


「余った紐は全部ねじって回した部分に入れちゃってね。引っかけたら危ないから」

「はい」


 服はすべて浄化士と患者の安全に配慮された作りになっている。

 ぐいぐいと紐の端を重なった部分に押し込み、引っ張ってもすぐにほどけないことを確認する。


「詰襟の部分は裏側にホックがあるから」

「あ、ここ、かな?」

「そうそう」


 キャンディスが自分の襟の奥をグイッと前に引っ張って見せる。それを確かめてから、シーラも顎を上にあげ、指先をぎこちなく動かしてホックをとめた。

 これで見かけはほぼ完成。

 残すは髪の毛だけだが……鏡台の前に座り、シーラは情けなく眉を寄せてしょぼんと呟く。


「あんまり、手入れしとらんくって……」

「あらあらあら、これは手ごわそう」


 キャンディスはヘアブラシをシーラの髪の毛に当て、数センチ進んだところで手を止める。

 絡んだ髪の毛が行く手を阻んだ。


「そうね、今日はアレンジはやめて、一つにくくるだけにしておきましょう」

「すみません」

「いいわよ。でも次からはちゃんと毎日ブラッシングしてね。ネストルに負けちゃうわ」

「あー、はい」


 あのネストルに並んで立たされるとシーラの何もかもが霞むだろうが、やれる限りはやろう。

 おっとんが言うには、シーラは良い素材を持っているらしいから。


 キャンディスのたおやかな手によって、シーラの小麦のように元気な髪の毛が頭の高い位置で一つにくくられる。

 すっきりした首筋を、結んだ髪の毛先が撫でる。くすぐったさにシーラは少し首をすくめた。

 キャンディスはブラシを鏡の前にそっと置き、シーラを立たせて頭からつま先まで確認して頷く。


「さ、これでシーラちゃんはどこからどう見ても立派な浄化士ね。患者さんにとっては浄化士としての経験が浅いとかどうかは関係ない。ただ浄化士であること、それだけ。無茶をしろとは言わないし、自分ができる以上のことをしろとも言わない。でも、浄化士として立っている時は、あなたは頼られる存在であることは忘れないで」


 深い森の奥にひっそりとある池に移りこんだ緑。そんなキャンディスの瞳がまっすぐにシーラを見つめる。

 浄化士の衣を纏うことは、シーラという個人から「浄化士」という存在へと変えた。

 患者が必要としているのはシーラではない。浄化士だ。

 シーラがどんな人物かを知る前に、彼らは浄化の腕でシーラという人物を判断するだろう。

 ごくりとつばを飲み込み、シーラは深く頷く。


「あたしは、浄化士。瘴気で苦しんでいる人を助けたい。癒したい」

「そう、その気持ちがあれば大丈夫よ。さあ、行きましょう。早くユーリカとネストルにも立派な姿を見せてあげなくちゃ」

「はい!」


 明るいキャンディスの声に、シーラは顔を輝かせる。

 小部屋の扉を開けてシーラは一歩外に出る。

 畑を耕すのは好きだ。でも苦しんでいる人を癒すヒーラーになりたいと思っていた。

 浄化士になるとは思ってもいなかったけれど、少しでも瘴気を浄化して患者を楽にさせてあげたい。



 シーラは、その夢の第一歩を今日踏み出す。




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[良い点]  覚・悟・完・了!!!  武装!纏ッ!! 「ミュー、いくよ!」 『任せてシーラ!』 浄化フォルム☆チェ~ンジ! 「悪い瘴気は、このピュア(ハートマーク)ピーラーで消滅よ♪」 ……すみ…
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