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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第三章 シーラは浄化士である。

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33/62

3-3. 乗ってかないかい?


 さて、シーラの所属するユーリカ隊は四人構成。

 そのうち三人は女性で唯一の男性がネストルである。

 野性味あふれるハンサムな男で、背中まで伸びた焦茶の髪が悔しいほどに似合う。

 女性であるシーラよりも色気プンプンムンムンボンボンなのだが、色んなところで残念臭が漂う。本人から常に馬糞臭がするのも原因だろう。


「あーあー、また派手にやられてんな」

「……今日はもう終わり?」

「おう。私は水浴びしてきたけど、ネストルはどうする?」

「裏で」

「あいよ」


 髪の毛をもちゃもっちゃと自分の精霊である馬にはまれながらネストルは頷く。

 大きくため息をついてから自分の髪の毛の根元を握り、ぐぐぐっと馬の口の中から髪の毛を取り戻した。

 ぶちぶちと髪の毛が豪快に切れる音。馬の精霊は口の中に残った髪の毛をもちゃもちゃとはみ続けている。

 この精霊もとても残念で仕方がない。黒くて艶々してかっこいいのに、本当に残念だ。

 ふと、馬の精霊だから騎乗できるはずで、ネストルにも騎士になる素養はあったのかと思う。

 治癒の力を持っているかは知らないがどうなのだろうか。

 そんな話をユーリカに振ると、彼女は肩をすくめた。


「騎士候補として研修に行って、一日でこっちの隊に送り込まれてきた。詳しくは聞いてないけど、他の精霊が近づくのをあいつの精霊が極端に嫌がったらしい」

「へえええ、ちょっと納得」

「ご主人愛が強すぎんだ。バンバ爺によれば、幻獣系の精霊に多いらしい」


 そう言われてシーラは馬の精霊の額に目を向ける。

 そこに生えているのは艶々とした一本の黒い角。

 この馬は実際の動物の馬よりも幻想世界で描かれる生物に似た特性を持っているのだとか。

 伝承にあるような幻獣生物は眉唾物の習性が多く、一貫していないため、この一角獣がなぜこんなにもネストルの髪にこだわるのかは分かっていない。

 しかし毎日毎日髪の毛をもちゃもちゃと食われている割には、ネストルの髪の毛はいつまでも元気だ。

 これは精霊が何か力を働かせているに違いない。そうでなければ、ネストルの髪は今頃無残な枯れ山になっていただろう。

 そうか、これが精霊自身が持つ力というやつか。

 実例を知れたのは良いが、残念過ぎる実例。これもすべてネストルと彼の精霊が残念だからだ。すべてあいつらが悪い。



 水浴びに行ったネストルを待つ間、三人で帰り支度を先に始める。

 これが――少し変わっている。

 ネストルは自分の精霊に乗るから、このペアの移動は問題ない。

 ユーリカのミミズたちは地面を潜って移動する。だが本人には馬車が必要である。

 シーラの場合、カオドキ以外の子精霊たちはここで解散。ミューは自分で馬車に並走する。ミューの一生懸命に走る姿は鼻血を噴き上げそうなほどに可愛い。短い脚が必死に地面を蹴るのが悶絶ものである。


 それはそうとして、この隊の移動で最も目をひくのはキャンディスと巨大なカメだ。

 シーラはキャンディスがカメの上に立派な椅子を乗せるのを手伝いながら、その造りをまじまじと見つめる。


「いつ見ても変わっとるね、これ」

「慣れれば快適よ?」

「台車を引っ張ってもらってそれに乗るのは無理なん?」

「後ろだと砂とかが飛んでくるのよねぇ」

「なるほど」


 カメの歩き方を思い出してシーラは納得する。確かにあの大きな足で地面を掻いたら、後ろに小石とか飛んできそうだ。地味に痛い。

 カーテン付きのどこか異国情緒のある椅子をカメの甲羅の上に設置し、ベルトの位置などを確認する。


「おーい、こっちも支度できた」

「はーい」


 ユーリカが御者として動かすのは普通の馬に引かれた普通の馬車。安心感たっぷりだ。

 馬車の後ろにいくつか野菜が入った箱が乗っているのは、村人たちが積んでおいてくれたのだろう。

 シーラは馬車の扉を開けて乗り込み、座席におさまる。

 馬車の横には背中にカオドキを乗せたミューが並ぶ。

 本当はシーラもミューの背中に乗ってみたいのだが、それは訓練の時間が設けられると聞いている。

 カミツキガメのカっちゃんに乗せる椅子のように、精霊専用の器具を作ってもらうのだ。

 それまでは日々ちょっとおふざけ程度に乗ってみたり、重さがある物を引っ張ったりして、いずれシーラを乗せられるように慣らしをしている。収穫中に荷車を引いてもらっているのもそのためだ。


 しばらくすると全身びちょびちょのネストルが馬の精霊を引っ張ってやってきた。また髪の毛をはまれている。

 あれでは何度水浴びしても意味はない。ネストルから残念臭が抜けないわけだ。


「行ける」


 そう呟いて、ネストルはさっと馬の背にまたがる。悔しいがその姿は様になっている。

 本当に、残念だ。だが彼が残念でなくなったら彼ではないので、残念なままが良いのだろう。

 非常に、残念だ。……残念について考えすぎて頭がおかしくなりそう。


 カラカラと動き出した馬車の座席に体を預け、シーラはほっと息を吐く。

 丁度その時、後ろの安全を確認するために御者台から覗き込んだユーリカと目が合った。


「ん? 疲れた?」

「うーん、疲れてないと思っとったけど、座ったらどっときた」

「あー、良くある」


 緩く笑ってユーリカは馬に掛け声をかけ、馬車がゆっくりと進み始める。車輪の音に続いて左右上下の細かな揺れが体に伝わってくる。

 先頭を並足より少し早めに進むのはネストルの馬。続いて馬車とそれに並走するミュー。

 最後はカミツキガメ。

 異様で盛大に目立つ一行だ。

 さらに大きな精霊が移動することもあるのだとか。

 浄化士や精霊が通る時は、このあたりの村人は敬意を払って道を開ける。

 たまに精霊同士ですれ違う時にちょっとした騒動もあるらしいが、今のところは平穏だ。




 一時間ののんびりした移動を楽しみ、教会に戻ると早速下働きの者たちが馬車やそこに乗せられた荷物を移動させ始める。


「どうもありがと」


 シーラが癖で礼を言うと、そばにいた男性は慌てて頭を下げて去っていく。

 どうやら浄化士や治癒士は教会の雑務をこなす人たちとはあまり言葉を交わさないらしい。

 たまにぎょっとした顔で見られるので、あまり彼らの精神に負担をかけさせてもと思い、シーラも一定の距離を保つようにしている。

 ちょっと寂しく思う。でもこればかりは長年の教会の風習なので仕方がないと諦めるしかないだろう。

 それぞれの精霊を送りに行くキャンディスとネストルと別れ、シーラはユーリカと共に食堂に向かい始めた。


「来週になったら正式に派遣の依頼が来るから、旅の詳細を打ち合わせるよ」

「あい。ちょっと楽しみって思うのは不謹慎?」


 任務なのにどうなのかと思えば、ユーリカはくははと大きく口を開けて笑う。


「全く! 私も教会にずっといるより旅してまわる方が好きだしな。お綺麗な場所でぬくぬくとしていたいお方々は、旅の間の不便とかはお嫌いらしいけど」


 そう言ったユーリカの口がぐにゃりと曲がり、瞳に凶暴な光が灯る。

 視線の先を追えば、ひらひらとはためく長い袖の服をまとった集団が立っていた。

 あんな袖だと土やごみが入っちゃって農作業には向かないな、というのがシーラが最初に会った彼らの印象だった。

 実際、彼らにはそんな作業は無縁の生活をしているのだから、当たらずとも遠からずなのかもしれない。


「あら、ユーリカ隊長、お帰りなさいませ」

「おう、ルヴィエラ。ご機嫌よう?」

「ご機嫌よう」


 集団のうちの一人、ひときわ目を引く女性が柔らかな声でユーリカの名を呼んだ。

 その口元は微笑みを浮かべているにかかわらず、頬も目元にも変化はなく、それが歪な人形のような印象を与える。

 ユーリカが彼女の名を呼ぶと集団が眉を顰めた。


「お外のお仕事は相変わらずかしら?」

「まあね。私の精霊も土と遊ぶのが好きだから、精霊が求めることを優先しているだけだ」


 そう言ってユーリカは感情豊かな赤茶けた大地の色の目をゆっくりと細めた。

 視線が彼女の横に付き従う黒いしなやかな生き物に向かう。


「思いっきり、その心に従わせるのが主の務めだからな」


 ユーリカの言葉に、ルヴィエラは薄い唇を左右に広げ笑みの形を作る。

 笑みのお手本のような、「笑う顔を作らなくてはいけない時はこうする」というような不気味さ。


「この子は」


 ルヴィエラの指が彼女の隣に立つ精霊の数センチ上をすべる。

 ビロードの様に艶のある毛皮を纏った二メートルはありそうなクロヒョウ。

 だがルヴィエラの手はただ空を舞い、美しい毛並みを撫でることはしない。

 何もない場所を漂うその指は、花びらのような爪の先まで完璧だ。


「私のそばにいるのが一番幸せと思ってくれる子ですから。今の環境が合っているのでしょう」

「そうか。その子が思いっきり走る姿は美しいと思ったんだがな。動くのが嫌いな獣もいるようだ」

「精霊は、その形は一般の生き物の形を取っていても、中身は獣ではありませんので。獣に戻るかどうかは、主の素養や才覚によるものと思いますわ」

「人間が自然に入り込んで捻じ曲げるのは良くないだろうなぁ。その歪みが汚れた気を生み出すからね」

「そこは主の力量というものでしょう。精霊を無理矢理自然から引きはがすのではなく、知性のある生き物として導くのですわ」


 ふわりとルヴィエラの手が動く。だが指先は精霊に触れることなく彼女の体の前に戻された。

 シーラはなんとなくその仕草にむずむずして、隣に立つミューの頭をカリカリカリカリと掻く。

 ミューの鼻が上がりひくひくと動いた。長い髭が揺れて嬉しそうだ。胸の奥が温まる。


 その時、クロヒョウの顔がミューへと向いた。

 シーラの心臓がドクリと脈打つ。


 ネコ科の生き物の精霊。

 嫌な予感がする。

 クロヒョウの二つの目が眇められた。


「ひい」

「ゴッフ」


 シーラとミューの口から情けない声が漏れる。

 ここにいては危ない。

 シーラはネコに睨まれたネズミの様に身を固くした。

 そう、状況としてはまさにその通り。


「ひいい」


 シーラの口から漏れた悲痛な声に、ユーリカの目がクロヒョウとミューの間を行き来する。

 それからため息を吐いてガシっとシーラの頭を撫でた。


「一仕事してきたんで行くわ。美味いご飯食ってから、のんびり優雅に休憩でもしようかね」

「ご苦労様です。では、私たちも参りましょう」


 ユーリカとルヴィエラが互いに目を合わせることなく足を踏み出す。

 去っていく一行に、シーラはほっと胸を撫でおろした。

 その時、クロヒョウが振り返った。黒い帳のような美しい毛並みが夕日に照らされて輝く。

 その美しさにシーラが見惚れている間に、クロヒョウはくるりと踵を返して行ってしまった。

 シーラは先ほどまでの恐怖も忘れ、長い尾をゆったりと揺らして去るその後姿を見送ったのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  タイトル見るたび駄洒落を考えなきゃ!って気になります(笑)  現地人が当然だと思っているものに、文化背景が覗けるのが異世界ものの醍醐味。使い魔とか精霊だとかで、人が主人側だと思っている…
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