3−2. 騎士の条件
村人たちと休憩をしつつ周囲の村から入って来る情報を仕入れる。
これが意外に侮れない。瘴気の浸食はゆっくり起こる。そのため、村全体が影響を受けていたらすぐには気づけない。気づいた時には時すでに遅く、村全体が壊滅的な状況に陥っていたケースも過去にあるのだ。
だから村同士の交流は、外から変化を客観的に見るという点では有効といえる。
瘴気堕ちが発生したら被害に遭うのはその村だけでない。下手したら周囲一帯が人の住めない土地になってしまう。
それを防ぐため村、町、都市は常にお互いの状況を密に監視しあっているといっても過言ではない。
浄化士になって初めて知ったのだが、瘴気濃度の根拠とするため、地域の犯罪の増減や治療院の利用者数などもそれぞれの行政で細かく集計されているのだとか。
のほほんと村で暮らしていた時にはそんな数字が集められているとは知らなかった。
長閑な村の治療院はじっちゃんばっちゃんの井戸端会議の場所で、実際の利用者などほぼいなかっただろう。
おっちゃん先生はいったいどこまで正確な数を上げていたのか、今更ながらに気になる。いつか村に戻ったら聞いてみよう。
話の途中、村人の女性が不安げな眼差しをシーラに向ける。
「春先に起きた瘴気の被害、あれは隣村が報告を怠ってたって聞きましたが……」
「んー、ちょっとそんな話も出てたかな。でも結局は判断が難しい案件だったみたいで、何もお咎めは無かったって」
「そうですか。安心しました」
シーラの言葉に村人が顔に安堵を滲ませる。
相互監視は時に厳しくなりすぎてしまったり、相手を貶めることに利用されたりする。
ーーあそこの畑は瘴気に侵されているんじゃないか。
ーーあの村の人たちはいつも陰気だ。瘴気が出ているのかも。
そんな話が出回れば、運が良ければ教会がすぐに浄化に出向く。だがそれがただの根拠のない噂だと、生活が苦しくなるだけで改善されない。
先日の瘴気発生を切っ掛けに村同士に緊張があったようだが、罰がなかったとなれば元に戻るだろう。
「おーっす、あっちの畑、終わったから!」
「お疲れさまー」
「ユーリカ様、ありがとうございます」
「いいっていいって。うちの子たちもすごい喜んでたから、いい土になってるはず」
「それじゃ冬が楽しみです。とびっきり良い野菜を育てましょう」
「頼んだよ!」
全身泥まみれになったユーリカが畑から出てくる。その後ろをウネウネと動いていた大ミミズは、人がたくさんいるのを見て逃げるように土の中に潜っていった。最後にピロンっと尻尾のように体を振って。
ユーリカ曰く、ミミズたちは人見知りが激しいのだそうだ。
まぁ、巨大ミミズを見て村人も若干顔を強張らせたから、ある意味それで良かったと言える。
シーラが初めてユーリカの精霊に会った時はさすがのシーラも驚いた。
ドロドロの年季の入った枕ーーユーリカの心具ーーを抱きしめ、ユーリカは大ミミズの上に乗っかって大いびきをかいていた。
自分の配属先はちょっと特殊だとはうすうす知ってはいたものの、初日から気を遠くに飛ばしそうになった。一瞬ばっちゃんの姿が空のかなたに見えた。ばっちゃん、シーラは頑張ってるよ。
「シーラ、あっちの池、行こう。キャンディスもそろそろ上がるころだし」
「あーい。それじゃ! また明日!」
「はい、よろしくお願いします」
村人に見送られ、シーラはユーリカと共に次の場所に向かって歩き始める。
全身泥まみれ砂まみれになったユーリカは雑に顔を拭い、シーラから手渡されたトマトにかぶりついた。流れ出た汁が茶色い線を描いてユーリカの腕を伝う。
「ん、いい出来。土が良いからだな」
「後で四人でトウモロコシも茹でて食べようと思っとるけど、どう?」
「いいねぇ。最高」
目鼻立ちのはっきりした美人なはずなのに、五歳のガキンチョよりも酷い様相に残念さが際立つ。
それでもこの隊に所属して良かったと思うのは、こうやって自由に気兼ねなく家族にするように自然体でいられることだ。
「お、キャンディスも上がってんな。おーい、キャンー! 水使っていいか!?」
「あら、お疲れ様。丁度良かったわ。どうぞどうぞ」
「おっしゃー!」
小さな池から上がり、濡れて張り付いた服を絞っていたキャンディスが顔を上げる。
ふわふわと綿菓子のようなキャンディスの髪の毛が濡れて、透き通るふっくらとした肌に張り付いてなんともなまめかしい。シーラが村のおっちゃんだったら口笛でも吹いている。代わりにフスンっと鼻息を飛ばした。
そんなキャンディスの横を駆け抜け、ユーリカは高い声を上げて池に飛び込んだ。派手な水しぶきが広がり、キャンディスと一緒に笑いながら悲鳴を上げる。
数秒後、「ぶはっあ!」と水面から顔を出し、ついでとばかりに顔や体を洗い始めるユーリカ。本当に自由だ。
「キャンちゃん先輩、これタオルどうぞ」
「ありがとうね。シーラはいい子」
濡れた手をタオルで拭き、キャンディスはたおやかな指先でシーラの髪を撫でる。
緑がかった瞳が柔らかく細められ、シーラは思わず照れ笑いを浮かべた。
「キャンちゃんの精霊たちも十分遊べた?」
「うん、最近暑いから水の中が気持ちいいって」
「あたしも入りたいなぁ」
「シーラも来なって!」
「えー、今日は着替え持ってないからダメー。また今度!」
水の中からシーラを呼ぶユーリカにシーラはぶんぶんと顔を左右に勢い良く振る。
一度曖昧に断ったら水をぶっかけられてひどい目にあった。やはり上司に向けても確固とした態度は重要だ。浄化士になって学んだことの一つである。
だがこれは他の隊では違う気がしてならない。お願いだから一般的な対処法を知りたい。
「カっちゃん、メーちゃん、こっちおいで」
キャンディスの声に呼ばれて、のそのそとやってきたのは三メートルはありそうな大型のカメ。そして五十センチほどのカメも一体。
パカリと開いた口は可愛らしいが、元になっている生物はカミツギガメと言われる種類らしく凶暴なのだとか。
水の中の倒木を噛み砕いているのを見た時には、自分の腕などもぎ取られてしまいそうだと身震いした。
キャンディスが言うには、彼女が好意に思っている人物には何もしないが、仲の良くない相手には攻撃的になることもあるらしい。
だから教会内を自由に歩き回れないけど仕方がないわね、と頬に手を当ててため息をついていた。
憂う姿は美しいが、そんなにも仲の悪い人がいるのかとシーラは乾いた笑いをこぼしたものだ。
「キャン、水はどうだい?」
「そうねぇ、いい感じ。夏前に降った雨もちゃんと循環できてるし、ここ一帯は問題ないわ」
「了解。春に沼で瘴気が出てから、水系浄化士の要請が増えてるからそのうち呼ばれるかもよ」
「それは予想してたわ。ただ冬の冷たい水に入るのは私もこの子たちも嫌だから、秋前には終わる感じで調整してもらえる?」
「それは教会も了承済み。早ければ来月には一度出ることになるだろうな」
「はいはーい。そうなるとシーラにとっては初めての遠征ね」
「あたしも行くん?」
木陰でミューにもたれてのんびりしていたシーラ。キャンディスの言葉に首だけを起こす。
水系の浄化士が必要であるならば、シーラは関係ないのではないか。
だが池から上がってきたユーリカは、まるで犬の様に全身をぶるぶるとふるわせて水しぶきを飛ばし、あっさりとシーラの考えを否定した。
「当たり前だろ。隊で動くんだから。基本、上級騎士以外は任務は複数名で動く。瘴気の濃度によっては浄化士のほうがやられることもあるからな」
「なるほど。上級騎士が除外されるのはなんで?」
「あいつらは別もんだからだよ」
「別もん……」
鼻の上に皺を寄せるユーリカ。それ以上説明しようとしないので、シーラはキャンディスに助けを求めた。
キャンディスは頬に手を当て、ききわけのない子供を見るような眼差しでユーリカを見つめる。
「騎士になるにはいくつか条件があって、まずは精霊が騎乗型であること」
シーラはクリフの精霊を思い出しながら頷く。クリフも鹿の精霊に乗っていたのを見た。
全身鎧の成人男性を乗せて堂々と歩く鹿の姿は、息を飲むほど雄々しくて印象的だった。
「それから浄化だけでなく治癒の適性も持っていること」
「治癒? 浄化だけでなくて?」
浄化士と治癒士は完全に別れて活動している。
シーラもヒーラーと呼ばれる治癒士になりたかったが浄化士だと言われた。
どちらか一方にしかなれないと思っていたがどうやら違うらしい。
「精霊の持つ力によっては両方持つこともあるわよ。どちらかに偏る場合が多いらしいけど。ある程度の適性っていうだけで、浄化士ほどは強くなくてもいいの。瘴気への耐性があれば」
「ほう。精霊の持つ力ってのは、自分が持つ力とは別物?」
「そう。例えば心具の力が治癒で、あとで来た精霊の力は浄化寄りだとそうなるわね」
「うーん、なるほど」
自分の持つ力を強めてくれるのが精霊だと思っていた。
もちろんそれも事実だが、キャンディスの話では精霊自身にも力があるようだ。
ミューの持つ力とは何だろうか。シーラの思考がさまよいだしたところで、キャンディスは言葉をつづけた。
「あと、騎士本人に攻撃手段や防衛手段があること。これがないと単独行動は絶対に許されないの」
「えっと、つまりは瘴気堕ちした精霊から逃げる手段と、自分を浄化もしくは治癒する手段、それと攻撃や防衛の手段がないといけないってこと? そんな人間……いる、んだぁ」
「いるんだよ。世の中には。ま、だいたいが聖女周辺にいるから私たちは直接見ないけどな」
「へええええ」
ユーリカがつまらなさそうに鼻を鳴らす。何かしら騎士へ思うところがあるっぽいが、まだちょっと踏み込めない。
迷っていると、キャンディスがその答えを告げた。
「ユーリカ、恋人が騎士になっちゃって、結婚を五年も待たされてるから」
「えええ! ユーリカさん、恋人がいるの!?」
驚愕の事実に、シーラは大声を上げる。
ユーリカは耳の中に水が入ったのか、それともシーラの声が大きすぎたのか、耳の中に小指を突っ込んでピッピッと振った。
口が不機嫌に歪めらる。迫力ある美人のしかめ面は怖い。
「いちゃ悪い?」
「いや、悪くない。けど、結婚!? え! 結婚したら浄化士辞めちゃう!?」
「辞めない。けど、相手があっちこっち行かされてる限り、落ち着いて家庭も築けないんだよ。ったく」
「いつも任務に出る度に大丈夫かって心配してるくせに」
「うっさい」
キャンディスに揶揄われてユーリカの頬がうっすらと赤らむ。
どうやらユーリカが騎士についてひねくれた態度を取るのは、恋人への愛情の裏返しらしい。
「ユーリカ隊長」
「ああん?」
「浄化士は、心に素直な方がいいって誰かから聞いたよ」
「っく!」
「あら、シーラ、上手ね。ユーリカの負けだわ」
「うっさい! ほら! ネストルんとこ行くぞ!」
「逃げたー」
「逃げたー」
びちゃびちゃと水をまき散らして大股で先に行ってしまうユーリカ。
シーラとキャンディスは大きな笑い声をあげながらその後を追いかける。
カメとネズミもあぜ道をのんびりとした歩みで進みだす。
チラリと後ろを向いて、不思議なパレードにシーラは目を細めて笑った。




