3-1. 農家ではないはず
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背高く伸びたトウモロコシが実り、房から飛び出した長い金のヒゲが輝く。
シーラはぱんぱんに膨らんだトウモロコシの状態をチェックしてから、手前に下げるように引っ張ってもぎとった。
ずっしりとしたトウモロコシ。これは確実に美味いやつだ。
「ゴッフ」
「ありがとー」
畝の間を歩くミューが引く手押し車に、収穫したトウモロコシを綺麗に並べて置く。
顔を下げたと同時に額をタラリと汗が伝って、シーラは首に巻いたタオルで雑に拭った。
「あー、あっつ」
季節はすでに八月も末。
五月ごろに研修に入り、それからユーリカ隊に配属されて早三か月。
色々、あった。色々ありすぎて、三か月が三日のように感じられる。
人はこうして年老いていくのかと、シーラは山も見えないだだっぴろい畑が続く景色を虚ろな目で見つめた。
「ヒーッハー! お一っし! 行けー!」
ああ、どこかで高い声が聞こえる。
あれは、あれは……あれは、残念ながらシーラの上司、ユーリカ隊長だ。
「ヒャハハハハハ! いいぞ、いいぞー!」
とても楽しそうで何より。
彼女の高い笑い声と共に、時折地面が細かく震える。
トウモロコシの太い茎や広がった葉の間から、カオドキ以外の子精霊たちが怯えるように顔を覗かせる。
無理もない。巨大な生物が地面の中を這いまわり暴れまわっているのだから。
「おいで」
わらわらと周囲に集まってきた子精霊たちを、指先のあいた手袋を外して優しく撫でる。
どうせなら一旦休憩にしようと、畝の間にドスンと陣取ったミューに持たれて水を飲む。
プハッと息を吐き出し見上げた青い空には、子精霊たちのように白いふわふわの雲。いい天気だ。
「ふはははは!」
高笑いを無視すれば、とてもいい環境である。
高く伸びたトウモロコシの影はわずかだが涼しい。このままミューにもたれて昼寝をしたいくらいだ。
「あっちは浄化は必要ないねぇ」
「ヂィ」
ユーリカが張り切って精霊と暴れまわっている畑を眺めてシーラは呟く。
隊長が精霊と共に全力で畑を駆け回っているのだ。シーラの出番などない。
やや光の欠けた瞳でユーリカのいる畑を見ていると、突如地面から高くウネウネと光る長いものが飛び出してきた。
「いいぞー! もっとやれー!」
泥だらけになってその横を走るユーリカ。毎日髪の毛まで土まみれになっていた理由は明確だ。
ボスッと大地に乗っかり、嬉しそうに長い体をくねらせる彼女の精霊。
その姿は――十メートルはありそうな巨大ミミズ。その横にサイズが十分の一ほどになったミミズも二匹うねっている。彼女の子精霊たちだ。
現在、春野菜の収穫が終わって残った茎や葉っぱなどを土と混ぜる作業をしている。
ついでに地面が浄化されているのは浄化士ならではの特性だろう。
もう一度言おう。とても楽しそうで何よりだ。
今現在、シーラとユーリカがいるのは教会が管理している土地の一つ。
教会から馬車で約一時間ほどの場所にあり、大きな精霊たちも自由に活動できる牧場の隣に位置している。
ユーリカの大ミミズの精霊は普段土に潜っているため、教会の宿舎にいても邪魔にはならないが、思う存分動くためにこの場所に来るのだとか。
そのついでに管理している畑の世話もしている。彼女にとってどっちが優先度が高いかと言えば、もちろん精霊。
そのため畑の世話はもっぱらシーラの仕事だ。
シーラが来る前は誰がしていたかと言えば、周辺の村の住民で好き勝手に作物を植えては収穫していたのだとか。
シーラも広すぎる畑の世話を自分一人で行うのは大変なので、今も農民の皆さんには自由にしてもらっている。
さて、忘れてはいないとは思うが、ユーリカ隊にはあと二人浄化士がいる。
キャンディスとネストルだ。
彼らはとても自由な人たちである。
研修中にたまに会ってその様子は分かっていた。
だけど一緒の隊になるとまた話は別だ。
「よっこいせっと」
チンチラの精霊たちから癒しをもらい、シーラは収穫を続けるために立ち上がる。
シーラに思う存分撫でてもらった子精霊たちは、ユーリカと大ミミズが暴れている畑とは反対へと散らばっていった。
荷車にこんもりと収穫したトウモロコシを乗せ、ミューと一緒にゆっくりあぜ道を進むと近隣の村人たちも集まって収穫物を選別しているところだった。
「トウモロコシ持ってきたよー」
「シーラさん、ありがとうございます」
「いえいえー。そっちはどう?」
「トマトとナスが良く実っていました。どうでしょう?」
村人に尋ねられてシーラは積み上げられた野菜を四方から確認する。
問題ない。すべて綺麗なものだ。
「ん、全部問題なし!」
「良かったです」
シーラの言葉に村人たちが夏の太陽に負けない眩しい笑顔を浮かべる。
麦わら帽子をかぶっていても日に焼けた顔に、キャベツの葉脈のような皺が広がった。
村人たちにとって、浄化が確実に行われる土地で作物を育てることは特別であり特権といえる。
いつ瘴気が入り込むか分からない畑からとれた野菜は、瘴気を含んでいる可能性がある。
それを知らずに食べ続けてしまえば体や精神に異常が出る。そうなれば教会に行って浄化をしてもらわないといけない。
しかもそういう場合、村人一人だけでなく大勢が一斉に被害に遭うことが多い。
それを考えれば、浄化士が管理する土地の世話をするのは面倒でもなんでもなく、かえって光栄なことだとか。
結果、教会の浄化士であるシーラへの態度は常に恭しいものとなる。
少し距離を感じて寂しいが、それが彼らの生きるすべに直結していると思えば仕方のないことだ。
それでも三か月間、畑仕事を厭わずに楽し気に作業するシーラを見て、彼らの態度は柔らかくなってきている。
今も女性の一人がにこやかにカットされたトマトをシーラに差し出してきた。シーラも礼を言って早速一切れ口に入れる。爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。
「あっちのユーリカ隊長がかき回してる畑は、何になるん?」
ジュルリとみずみずしいトマトを吸い込んで、シーラは村人に尋ねる。
トウモロコシの葉っぱなどはそのまま土に混ぜて肥料にするから、あのユーリカの行動は正しいのだ。
はたから見たら異常そのものでも、村人はもう見慣れた光景らしい。
「そうですね。少し休める必要があるので、冬蒔きのものが良いでしょう」
「そっかー。植えるの楽しみだね」
「ええ。シーラさんもぜひ参加してください」
「うん。絶対に手伝うから!」
シーラが明るく答えると村人たちにも笑顔が広がる。
上司と同僚はそこはかとなく残念ではあるが、一緒に作業をする人たちには恵まれている。
浄化士なのか農民なのか判断しかねる生活。それでもシーラはおおむね今の毎日に満足していた。




