Voice Letter
ファーガル(おっとん) → 聖女クウィーヴァ(おっかあ)
教会の一室、大きく開け放たれた窓から鳥が一羽部屋に舞い込んだ。
七色の羽を持つ鳥は、顔を上げたピンク色の熊の背に止まり、一度大きく羽根を震わせる。
「いらっしゃい、ズー」
「クウウウ」
「ギィエッ!」
クウィーヴァと熊のゾールが声をかけると、鳥の精霊ズーは嬉しそうに一声あげた。
その頭を撫でてから、彼女は自身の精霊にソファのそばに来るように呼び掛ける。
ゾールは背中にズーを乗せたまま、彼女が寝そべるソファの前に陣取った。
「さあ、聞かせて頂戴」
クウィーヴァが促すと、ズーは首を天井に向けて高く伸ばし、くちばしを広げる。
そしてその口から彼女の愛おしい男性の声を紡ぎだした。
『愛するクウィーヴァ、君の瞳が恋しいよ。
愛するクウィーヴァ、君の瞳が恋しいよ。
私たちの宝は傷を乗り越え、君の元へと旅立つ。
私たちの宝は傷を乗り越え、君の元へと旅立つ。
もう少しだけ待っていておくれ、愛しい人よ。
もう少しだけ待っていておくれ、愛しい人よ』
二度ずつ文を繰り返し、精霊は最後に「クエ工工」っと鳴いてくちばしを閉じた。
クウィーヴァは強い意志を秘めた瞳を潤ませ、口元を両手で覆う。
愛する娘が間もなく教会にやってくる。酷い怪我を乗り越えて。
さすが私たちの娘だと親ばか丸出しな感想を抱きつつ、一度大きく息を吐き出した。
それから柔らかな手つきでズーを頭から長い尾羽まで撫でる。
この子がいなければクウィーヴァは殺伐とした教会の中では耐えられなかった。
この子と、この子の主である愛する夫ファーガルがいなければ。
「さて、返事を書かないと」
あえて大きな声を出し、よっこいしょっと言ってソファから立ち上がる。
ついてこようとする熊の精霊ゾールの頭をぐりぐりと乱暴な手つきで撫でて押しとどめ、クウィーヴァは地図や資料が煩雑に散らばる机の前に移動した。
続いて引き出しの中から美しい風景が描かれた文箱を取り出す。
記憶に残る景色をそのまま切り取ったかのような絵。
胸元に抱きしめれば彼の温もりも、森に響いた鳥の声も爽やかな木々の香りも感じられる。
目を閉じて胸いっぱいに空気を吸い込めば、あの時に戻ったような幸せがクウィーヴァを包んだ。
「ありがとう、ファーガル」
囁いて開いた両目には、地方教会のトップに立つ聖女クウィーヴァとしての揺るがぬ決意が再び燃え上がっていた。
暮れ始めた空に七色の鳥が優雅に舞う。
赤く染まる夕日に照らされ、七色よりも複雑な輝きを周囲に振りまいた。
美しい姿に見ほれながら、ファーガルは空に向かって大きく手を振った。
「クエエエ!」
高らかに一声鳴き、精霊ズーは主の左腕に降り立つ。
「お帰り、ズー。ご苦労様」
「クエエ」
ねぎらいの言葉と共に全身を優しく撫でると、ズーは甘えるようにくちばしをファーガルの耳元に寄せる。
くすぐったい感触にファーガルは小さく笑いながら肩をすぼませる。
頬を鳥の体に当てて大きく息を吸い込む。
空の風を切って飛んできた精霊からは冷たさに混じって、愛おしい人の香りがする。
羽根の付け根に鼻を突っ込みくんくん匂いを嗅ぐ主人に、ズーは焦れたように耳の後ろの毛をくちばしで引っ張り始めた。
「あたたた。ごめん、ごめんって、ズー」
髪の毛をつんつん引っ張られる地味な痛みにファーガルは顔を上げて、ズーの足に取り付けられた筒に手を伸ばす。
それが外されると、ズーは器用にファーガルの腕を伝って肩に上って小さく「クエッ」と鳴いた。
「お疲れ様」
ファーガルは右手を頭の後ろに回すようにしてズーを撫で、家の中に入るために体の向きを変えた。
部屋に戻ってから開けようと思った手紙。
だが待ちきれずに前もみずに歩きながら手紙を広げる。
杖が必要だったころはできなかった動き。枷もなく自由に行動できることを嬉しく思うたび、娘への感謝と愛情が深まる。
手のひらにすっぽり収まる小さな紙片には、余白がないほど真っ黒にびっしりと細かな文字が詰まっていた。
相変わらずだと口元を緩めながら、薄暗闇の中で目を凝らす。
「頑張って、クウィーヴァ」
教会の中でただ一人奮闘する愛する妻にエールを送る。
その心のかけらは鳥の翼を運んだ風が彼女の元に届けてくれるだろう。
「あともうちょっとだけ待っていて。もうすぐで、僕もそこに行くから」
呟いてファーガルは家のドアを開けた。
途端、温かな空気と共に美味しそうな香りがファーガルを包む。
「あー! おっとん! 外にいたん? 部屋に声かけても出てこないと思ったら!」
「ごめんごめん。ズーと遊んでた。晩御飯ができたのかい?」
「そうそう! 今日はねー、新鮮なジャガイモとチーズ。あ、おっとん、ハムを切ってくんない?」
「いいよ。美味しそうなハムだ。ちょっと厚めに切ろうかな」
「やった!」
顔を輝かせるシーラに、ファーガルは垂れた目元をさらに下げて微笑む。
食卓に温かな料理が並ぶ。
いつの日か、家族がそろってテーブルを囲める日を夢見て、ファーガルはポケットに入れた手紙をそっと服の上から撫でた。




