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ピーラーでヒーラーやってます。  作者: BPUG
第二章 シーラはヒーラーではない。

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2-14. 心具の役目



 後日、隊員を集めてアーゲルが今回の瘴気が発生した村の調査結果を説明した。

 隊員の多くは大体の情報をすでに得ているらしく、主にシーラとルクマンに向けてだ。


「昨日、今回の瘴気が発生していた沼の浄化が完了した」

「沼、ですか?」

「そう。沼だ。だから患者の多くは下半身に瘴気を帯びていただろ?」

「はい」


 患者たちの症状は厳密には瘴気焼けではなかった。

 瘴気焼けだったらもっと服が溶かされたり、肌が露出していたりしただろう。だが患者たちは見た目には現れるような傷はなかった。

 瘴気を濃く帯びた沼の水に触れたことが原因だったかららしい。


「沼に入った人たちが重症になったようだ。沼から洩れた水に触れた人たちは手や腕だな」

「軽傷だった方の人たちですね」

「そうだ」


 シーラの確認に、アーゲルが頷く。

 瘴気を帯びた沼に入ったくらいで体や精神に影響が出ると思っていなかったらしく、水に触れてから数日後に症状を発症した者もいたらしい。

 瘴気の怖さを甘く見たのだ。


「沼の浄化は完了した。患者の大半は症状が落ち着いて村に帰還する。だが四人ほど、継続して治療が必要だという結果が出ている。瘴気が発生したにしては、被害が小さいほうだろう」

「四人もいるのにっすか?」

「ああ」


 ルクマンの呟きにアーゲルが冷静に返す。

 あの場で治らなかったのならば長期的な治療が必要なはず。

 それはつまり精神を病んでしまったということであり、元の生活に、人格に戻るのは難しいということだ。

 ルクマンは悔しそうに唇をかみしめる。シーラも手袋をはめた両手を強く握りしめた。布がこすれてキチリと微かな音を立てる。


「浄化は完了したが、沼で瘴気が発生した原因が何だったのかはまだ調査中だ。川のように周囲の田畑などに広がる環境でなかったのは幸いだが、調査結果によっては大規模な浄化作戦がとられる。外住(そとす)みのメンバーは事前に教会に泊まり込みの準備を進めておくように」

「あい」

「おう」

「ういっす」


 アーゲルからの指示にてんでんバラバラな返事の声が上がる。

 緊張感がないが、これが彼らのスタイルなのだと言われれば似合っている。

 アーゲル隊は教会に住んでいる中住(なかす)みと、市内に住んでいる外住(そとす)みと言われるメンバーが半々だ。

 外住みであっても、田畑の世話のローテーションで年の半分近くは教会に泊まり込みをしている。

 さらに一年の残りの期間は浄化で都市を回るので、外住みであっても家族と過ごせる期間は少ないのだ。

 今回のような緊急の案件が発生するとさらに家族との時間は減る。

 教会から抜けて、地方の浄化士として生きる道を選ぶ人の気持ちが分かった気がした。


「シーラ、ちょっとこっち来い」


 情報共有が終わり、散り散りに畑に入っていく浄化士たちの最後尾にいたシーラをアーゲルが呼び止めた。

 つられて立ち止まったルクマンは小さく頭を下げて、「後でな」と言って行ってしまう。

 シーラはその背中を見送ってアーゲルに向き直る。


「あっちに座るか」


 麦わら帽子をかぶり首元のタオルを叩いてアーゲルは先を歩き始めた。

 その後ろに立つと、ちょろりとうなじあたりからトカゲの尻尾が見えた。

 今まで帽子の影になっていたり、タオルの間に挟まっていたりして気づかなかっただけでいつも一緒にいたのだろう。すぐに隠れてしまった尻尾に、シーラは口元を緩める。


「さってと」


 どっこいしょっと言いながらアーゲルが畑の端にあるベンチに腰掛ける。シーラも目で断りを入れてからその横に座った。


「ほれ、食いな」

「ありがとうございます。手作りですか?」

「嫁さんのな」

「おー、ラブラブですね」

「そりゃ、俺だからな」


 シーラのからかいに動じることなく、アーゲルは受け流す。大した自信だ。

 アーゲルから手渡されたのはシンプルな紙の包みに入った渦巻きの絞り出しクッキー。

 早速一つを手に取り、口の中に放り込む。シュワリと軽い食感と共に崩れて甘さが広がった。


「美味しいです。お上手ですね」

「店をやってるからな」

「本当ですか! すごいです! うわぁ、うらやましい」


 シーラは料理ですらやっとこなせるかどうか。お菓子なんて作ろうと思ったことすらない。

 お店を出すほどの技術を持っている人は尊敬を通り越して崇拝対象だ。

 シーラは紙袋の中を覗き込み、たくさんあるクッキーを見て目を細める。

 美味しいお菓子だから独り占めしてしまいたいが、明日の朝、ユーリカたちにも分けてあげたい。

 今日はあと二、三個だけにしておこう。

 そう決めてシーラはぎゅっと紙袋の口を閉じる。


「もっと食わねえのか?」

「明日ユーリカさんたちにも分けようと思います」

「ああ? あいつらに渡すと全部食われるぞ」

「え? えっと、それは嫌です。けど、美味しいものを一人で全部食べちゃうのも楽しくないので」

「なるほどな」


 頷いてアーゲルはもう一つ、今度は大きな容器を取り出して蓋を開ける。その中にはいっぱいクッキーが詰まっていた。

 それより今、容器をどこから出しているのだと思えば、ベンチの後ろに彼の荷物があった。

 元からここにシーラを呼ぶつもりだったのだと気づく。


「食え。こっちはもう何度も食いなれてる隊の奴らの分だ。多少減っても構わねえ」

「いいんです?」

「いいんだから出してんだよ」

「ありがとうございます」


 満面の笑みで礼を言い、さっそく一つ摘まみ上げると、アーゲルがずいっと容器を押し出す。

 もっと取れと言う勧めに従い、シーラは手のひらの上に五枚のクッキーを積み上げた。

 一つ摘まんでサクリとした食感に自然と目が細くなる。

 ポカポカした陽気と穏やかな風にのんびりとピクニックをしている気分になる。

 ――が、ここは上司が隣に座っているということを忘れてはいけない。


「シーラ、この前の浄化、どう思った?」

「どうっていうのは、あっちの教会の人たちのことです?」

「あー、いや、そこは今は忘れろ。自分の浄化の力のことだ」


 アーゲルの質問に、シーラはクッキーを齧ってムムっと眉間に皺を寄せる。

 美味しいものを食べているのに、視界が真っ黒に染まった瞬間を思い出して喉が詰まる。


「アーゲル隊長はすごいなって思いました。あた、私のピーラーではもやもやを浮き上がらせて消すので精いっぱいだったのに、隊長がノミでゴスッてやった時、目の前が真っ黒になるくらいに瘴気がはがれて。驚きました」


 こふっと小さく咳をして、シーラは喉のつまりを押し殺す。

 親精霊であるミューと子精霊たちがそろっていても、シーラの浄化の力は目に見えて強いものだとは感じなかった。

 浄化士として教会に来てまだ十日。基本も何も学べていないのだからと自分を慰めてはいるが、多少落ち込んでしまったのは隠せない。


「そうだな。俺もシーラの浄化の力には期待していた」


 過去形で言われたアーゲルの言葉にシーラの肩が落ちる。

 だがアーゲルは自分もクッキーをポイッと口に放り込んでその先を続けた。


「だがそれはシーラの心具の特性が出すぎているせいだと思っている」

「ピーラーの?」

「ああ、そうだ」


 もごもごとクッキーをかみ砕き、アーゲルは荷物から今度はごつい水筒を取り出し、カップに中身を注ぐ。

 ほんのり甘い花のようなお茶の香りが漂い、シーラはミューの様に鼻をひくひくさせる。


「嫁のブレンド茶だ」

「ありがとうございます。昨日家に戻られたんです?」

「いや、今朝差し入れを持ってきてくれた。教会で大きく何かがあるといつも差し入れしてくれるんだ、うちの嫁は」

「素敵な奥さんですね」

「おうよ。俺の奥さんだからな」


 やはり照れもせずに言うアーゲルに、シーラはほわりと笑みを浮かべる。

 それから手渡されたお茶にゆっくりと口をつけてその香りと味を楽しむ。


「ピーラーだからな、皮っつうか、表面をはがす。その働きが強く出ちまってる。もっと経験を重ねれば深いところに入り込んでいる瘴気も引っ張りだせるはずだ」

「それは経験でどうにかなるものですか?」

「なる。心具は使えば使うほど鍛えられる。なんというか、最初は道具自身が自分の役目にしがみついている感じだ。俺はピーラーだ! 俺はノミだ! ってな」

「俺はピーラーだ……だから、表面しか削れないんですね」

「そう。でもシーラが何度も、ピーラーだけじゃない、浄化もできるすごい道具なんだぞ、お前はって言い聞かせ続けていけば心具もそれを悟る。それがシーラが浄化士として経験を積むことでもあり、心具を鍛えるってことだ」

「……分かりました。ありがとうございます。焦らずに経験を積んでいきます」


 アーゲルの教えを頭の中で繰り返してから、シーラは神妙な顔をして深く頷いだ。


 その横でアーゲルはだらりとベンチの背もたれに寄りかかり、脱いだ麦わら帽子を胸元でパタパタと振って風を贈る。

 チョロリとタオルの隙間から這い出てきたトカゲが、目を細めて小さな舌をピロリと出してまた潜っていく。

 とても癒される。シーラも子精霊を常に肩に乗せておくとかしてみたい。

 でも一匹だけを贔屓するのも……いや、すでに二十匹のうちの四匹を贔屓している状況ではある。

 うーんと考え出したシーラに、アーゲルは何を勘違いしたのかクッキーをさらに勧めた。


「とりあえず食って残りの研修頑張りな。配属先じゃ考えてる暇なんてねえぞ」

「はい! 分かりました! 残り、よろしくお願いします!」


 大きな声でシーラは返事をし、クッキーを一枚ぽいっと丸ごと口に入れる。

 シュワリと溶けるような甘いクッキーに頬が緩んだ。



 そしてそれから四日後、シーラは二週間の研修を終えた。

 終業後、アーゲルから焼き菓子の詰まった缶をもらってシーラは満面の笑みを浮かべる。

 それを見た初日よりどことなく太々しくなったルクマンが、シーラを見下ろして笑った。


「頑張れよ」

「はい。ルクマン先輩、ありがとうございました!」

「所属先の愚痴が言いたくなったら聞いてやるよ」

「はい、嬉しいことがあっても教えます」

「そうだな。それもいい」

「本当に、皆さん、ありがとうございました!」


 最後に大きな声で礼を言い、アーゲル隊のメンバーにシーラは頭を下げる。

 次に会う時は浄化士として成長した姿が見せられたらいい。

 そう決意するシーラに温かな拍手が降り注いだ。




終わりっぽいですが、二章はまだもう一話あります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ピーラーが『皮剥き』としての壁を超える心具になる……! うわ~!この展開は考えてなかった! シーラがレベルアップすれば心具も精霊も強力になるのではなく、共に成長していく……ってのが、胸熱…
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