2-12. あの子が欲しい
この話を飛ばしてしまっていました。
割り込み投稿します。
「ヒュジェ」
ルクマンが短く放った単語に、シーラはムッと口元に饅頭を作って考える。
「ヒュジェ、ヒュジェ……あ、えっと、湖! 湖があって、水棲の精霊が多い。えっと、えっと、この教会が担当する範囲で最も北の地域で秋前までに浄化をする」
「よし、正解。ちなみに最後の浄化は?」
「んー、確か四年前?」
「ほぼ正解。今三年半ってとこ。今年の秋には多分浄化対象になるんじゃねえかな」
ルクマンが頷くのを見て、シーラは顔を輝かせる。
「おおおっ、いいね。シーラ、順調に覚えてんな、偉いぞ。これ、ご褒美な」
「うわ! 美味しそう! ありがとうございます!」
「ついでにオメェにもやるよ、ルクマン」
「あー、ありがてえありがてえ」
素朴な紙に包まれたソフトキャンディをもらい、シーラは早速口の中にそれを放りこむ。
優しい甘さに頬が緩んだ。
この教会が担当する浄化地区を暗記するのに苦戦していたシーラ。
日々の会話からそれを見抜いたルクマンが解説をしてくれたり、問題を出してくれるようになった。
それを見た他のアーゲル隊の浄化士たちもこうしてご褒美を用意するようになった。
おかげで毎日シーラは何かしら甘い物を食べている。
本当に、環境が良すぎて困る。その分農作業、もとい、土地の浄化の訓練を重ねているから十分動いていると思いたい。
「それで、配属はまだ決まらねえの?」
「んっと、今日、アーゲルさんとユーリカさんとファリカさんとあともう一人お偉いさんが話しあって決めるそうです」
「ふーん、親精霊がいる浄化士は久しぶりだから、候補は俺ん時より多そうだ」
「選択肢が多くても決めるのはこっちじゃないので何とも言えませんね。アーゲルさんとユーリカさんのところは良さそうですけど、全く違う変なところ……嫌味な人たちがいるところに入れられても嫌です」
「あー、ま、そうだな」
シーラの発言に、ルクマンが眉間にくっきりと深い皺を刻む。
若いうちにそんな顔をすると癖になるぞと思いつつ、シーラも頬の内側を噛んだ。
先日、ルクマンと一緒に貢物の検査に向かう途中で嫌な人たちに会った。
それがシーラが初めて会った教会育ちの浄化士たちだった。
五人くらいのお綺麗な服を着て、首から同じような銀のネックレスを下げた集団がルクマンとシーラを見て笑っていた。
「泥だらけで汚らしい」
「ほこりが舞うから入って来るなよ」
「全く、これだから外のは嫌なんだ」
わざと大きく聞こえるように発した言葉がシーラの耳に届いた。
思わず振り向いた先、群れた浄化士たちと目が合う。
シーラはじっと彼らを見つめた。眉を寄せ、目を寄せ、鼻をむんっと開き、唇を尖らせ、口元に饅頭を作って。
なんとなく、嫌な気配がしたのだ。
だが何も見えない。相手がシーラの顔を見てややたじろいだだけだ。
「んー、おかしい。すっごい陰湿な感じがしたんだけど。瘴気を見た時のねっちょりした感じ。まさか教会の中でそんなのないですよね。だって、人の悪意とかに瘴気集まるっていうし。教会の中でまさか、そんな、人を貶めるような汚れた考えを持つようなあほな人がいたりなんかしませんよね。私、研修中だからまだ良く分かっていなんですけど、田舎でもそんな陰湿な事ってなかったから、そういうのに鈍感でえ!」
徐々に大きくなっていくシーラの声。丁度屋根がかかっていた場所に立っていたこともあり、大きく反響して相手にも届いた。
ギクリとした顔をしたお綺麗な人たち。シーラはユーリカから聞いて知っている。
教会の教育の一つに”清純”があると。つまり、清らか世俗に汚されていないことが求められるのだ。
陰から嫌味を言ったり、相手を貶めたりすることは清純さとは程遠い。そう教え込まれているはず。
ニンマリと目と口を細めて笑うシーラに、相手のほうがタジタジと後ずさった。
そして一人、二人と何も言わずに背中を見せて去っていく。
そんなに弱いなら最初から突っかかってこなければいいのに。弱い犬ほど吠えるという奴か。
「シーラ、お前、気をつけろよ」
「なんです?」
遠ざかっていく集団を見送り、ルクマンと隣り合って歩き出す。
するとすぐに彼が潜めた声でシーラに告げた。
シーラが僅かに上にある彼の顔をちらりと見ると、ルクマンは真剣な目をしていた。
「あれはまだ下手くそなやり方だ。もっと狡猾な奴らがいる。そいつらに目をつけられたら厄介だから関わらないのが一番だ」
「分かりにくい嫌味や嫌がらせをしてくるってことです?」
「おう。んでこっちが怒ると”下賤な考えを持っているからそう捉えるんです。私は良かれと思って提案しているのに、そんな風に下々の者は考えるんですね。悲しいです”とか言いやがる。あんのくそども」
ぐっとこぶしを握り、ルクマンが泥を吐くように不快をあらわにして吠える。
その言葉は一字一句すべて彼が以前に言われたことなのだろう。
こうやって教会育ちの治癒士や浄化士との溝が深まるのか。
なんとも面倒なことだとシーラはため息を吐く。
とりあえずそんな面倒な人たちとは同僚になりたくない。
アーゲルとユーリカに頑張れと心の中でエールを送りながら、シーラはその日の研修を終えた。
一方、シーラがのんきに二人の隊長へエールを送っている頃、教会のとある一室で真剣な会議が開かれていた。
教会は浄化が最も頻繁にされてどこよりも安全な場所。
だがそこにるすべての、いや、ある三人を除いた全員の額にじんわりと汗がにじみ出る。
「ふーん、そう。新しい浄化士が欲しいの?」
ブスーっと荒い鼻息を吐き出すピンク色のクマ。
その精霊にもたれかかるようにして、雑に長い髪を一つにくくった化粧っ気のない女性が冷たい瞳で笑う。
その後ろにはいつもの全身鎧が無言で付き従っている。
戸口のそばで息をひそめて立っているのは本来の調整役のファリカだ。
向き合った面々はなぜここに彼女がいるのかという疑問を飲みこみ、ぎこちなく首を縦に振った。
それに対して聖女は自分の精霊を優しく撫で、薄い唇を左右にひく。
「将来有望なんでしょ、だったらユーリカのとこでいいじゃない。尖ってはいても、全員優秀な浄化士だし」
「ありがとうございます、聖女様」
朝食後に風呂に入ってさっぱりと綺麗な格好をしたユーリカが、落ち着いた所作で聖女に向けて礼を取る。
「私は反対です」
だがそれに反対したのは胸元に大きな装飾を付けた男性。スタンドカラーのシャツにジャケットを着ている。
日に焼けたアーガルとは異なり、まるで外に出たことがないかのように白い。
聖女は彼に視線だけを投げて続きを促す。その態度に男性は口元をゆがめて不満を露わにする。
「聖女様はご存じではないかもしれませんが、ユーリカ隊長は夜な夜な精霊と部屋を抜け出すような方です。それが精霊との絆を深めるためと言われてもなかなか……ええ、若い人を育てるには良くない環境だと思います」
「ナタニエル隊長」
「司祭、です」
テーブルの斜め右に座るユーリカからの呼びかけに、顔を正面に向けたままナタニエルと呼ばれた男は短く告げる。
ユーリカは目を細めて、ナタニエルの薄い横顔を眺める。それから再度口を開いた。
「ナタニエル、隊長、が懸念されることは何もありません。私とシーラ研修生は毎日朝食を共にしており、その中で精霊の特徴や習性なども伝えていますから。シーラ研修生は下賤な勘繰りなどするようなねじれた性格でもありませんし」
ユーリカの言葉の端々にナタニエルへの皮肉がこもっている。
ナタニエルは白い顔を赤くさせ、鋭い目でユーリカをにらみつけた。
「ふは! これはユーリカの勝ちだな。残念、ナタニエル。ふはっ、はは!」
聖女がボスボスとピンクのクマを叩いて笑う。クマも嬉しそうにふわぁっと口を開けて首をふりふりと動かした。
くっくっくっと肩を揺らして笑う聖女は、わずかに好奇心を帯びた視線をアーゲルに向ける。
「それで? アーゲル司祭は? 研修生をどう思う?」
わざとらしくつけられた職位にアーゲルは日に焼けた顔に苦笑を浮かべる。
ここにいる女性は二人とも煽るのが上手い。もちろん、煽っている対象はアーゲルなどではなくナタニエルただ一人だ。
「私はただの浄化士ですので、アーゲルと。ええ、そうですね。シーラ研修生は外でのびのび育った豊かな感性を持っています。大地や自然に触れることを厭わず、精霊のありのままの姿を受け入れられる心がある。今後もそこを伸ばしていけばより立派な浄化士になるでしょう」
うんうんと頷く聖女。
アーゲルは自分の土が入り込んだ爪を見つめて目じりに皺を寄せる。
「良い子です。精霊とも良い関係が築けている。自分の心具への信頼も厚い。ねじ曲がっては、欲しくない逸材ですね。ああ、しいて言うならば……」
ぽりぽりと麦わら帽子の日焼けの線が残る額を掻くアーゲル。
不作が続いてしょぼくれた農民のような顔で彼は聖女に告げた。
「彼女のネズミ、どこにでも出てくるので、行動範囲が広すぎかなと。そこは所属した隊の隊長がきっちり教えてあげなきゃいけませんね」
聖女は、くふっと笑いをもらしてクマの毛に顔をうずめる。
子精霊の数は四匹ではなく二十匹だということはまだ秘密。
おそらくどこにでも出てくるのは、シーラと共に行動しているカオドキの四匹ではなく、それ以外の子精霊たちだろう。
聖女はちらりと後ろに立つ全身鎧を見る。聖女と聖女の旦那を除けば、真実を知っているただ一人だ。
だが銀色の冷たい鎧の中の人物がどんな表情をしているかは、伺い知れない。
虚ろな目になっているのか、それとも苦笑しているのか。兜をはぎ取ってしまいたい衝動にかられる。
後で感想だけ聞いてみることにしよう。
「ま、それはユーリカの役目ってことだな。頼んだよ」
「はい。承知いたしました」
ユーリカは言葉と共に、右手で天と地を指し、最後に自分の胸元に当てて目を伏せる。
自然の中に住む精霊への感謝、自分の心具への信頼、そして聖女への敬意を示す正式な挨拶だ。
彼女に続いてアーゲルも同様に手を動かす。
だが最後にナタニエルだけは胸に手を当てるだけの簡易礼を取った。
それを横目に見たユーリカの目が険しくなる。
しかし彼女が何か発言する前に聖女が立ち上がった。
「いずれ、この場に正式な聖女が来るからな。私はあくまで仮だ」
その言葉にナタニエルの唇が捻じ曲がる。
教会で育った浄化士か治癒士の誰かが立つのだと信じて疑わない顔。
「その時になれば分かる」
「グルウゥ」
かすかなうなり声をあげて熊も聖女に続いて動きだした。その後ろを銀色の鎧を鈍く光らせて護衛が続く。
浄化士たちはそれぞれ立ち上がり、部屋を退出する彼らの姿を見送った。
戸口のそばで息を殺して立っていたファリカも、深々と聖女の背中に向かって頭を下げたのだった。




