2-10. あなたの精霊、実は……
ユーリカ、キャンディス、ネストルとの朝食は毎日続けている。
食堂に現れる順番は初日の通りで、ペーペーのシーラはキャンディスとネストルが来る前に食事を終わらせて研修に向かっていることもある。
よってユーリカと二人で食事をする時間が長い。
シーラは今日も艶々とした色どりの朝食を前に、ご機嫌に顔を輝かせた。
「今日は何するんだ?」
ユーリカがスープの中からセロリを見つけ出し、ぽいっとシーラのプレートの端に置く。
繊維が歯の隙間に挟まって苦手らしい。スープならば柔らかくなっているのではないかと思ったら、「奴らはそうやって安心させて騙す卑怯者だ」と返ってきた。野菜に騙されるとはいったい?
「午前はいつも通りの研修。午後はファリンさんが誰かを連れてくるってゆっとった」
「あー、あれじゃね? バンバ爺」
「バンバ?」
今日のパンの中にはドライフルーツがふんだんに入っていて甘い。
朝から豪華すぎでシーラは毎日が幸せだ。
頬が落ちて顔がゆるゆるだ。
「バンバ爺っつう、ファリン女史のお仲間だよ」
「お仲間って、精霊大好き仲間?」
「そ。バンバ爺はどっかの学校の研究者で、精霊図鑑の監修をしてるその道の権威とかだって聞いた」
「精霊図鑑。んで、なんでそんな人があたしのとこに?」
もっくもっくとハード系のパンを噛みながらシーラは尋ねる。
ユーリカの口調だと、教会の誰もが知っている人物ではありそうだ。
「精霊の種類を正確に把握するためだと。鳥とか、犬とか、大まかな分類は素人でも分かるけど、例えばうんちゃらかんちゃらオオワシの精霊とかそこまで細かく知らないだろ?」
「ほえぇ。ってえと、あたしの精霊はネズミだけど、あんだらかんたらネズミの精霊って教えてもらうってこと?」
「そういうこと。あと、シーラの精霊の場合は知らねえけど、親精霊と子精霊が全く一緒の種族じゃない場合もあるってよ」
「おんなじに見えても?」
「私も同じに見えたけど、厳密には違ったからねぇ」
「ほー」
ふかした芋とオイル付けの魚の和え物を口に入れ、シーラは相槌ともつかない声を出す。
ユーリカの精霊が何なのか、まだ聞けていない。毎日泥と砂まみれで食堂に入ってくる彼女には、親精霊が一体と子精霊が二体いると言っていた。どんな精霊なのか気にはなるが、ユーリカはいつか会わせてあげると言われたので大人しく待っている状態だ。
ニヤリと笑った顔が不穏だが、「シーラだったら驚かないかもな」とも言っていた。普通なら驚くらしい。
いや、シーラが普通じゃないなんてことはない。
普通だ。いたって普通の健康体女子だ。よし、完璧。
「精霊には食べ物も必要ないし、動物の様に世話が必要じゃないのは知ってるだろ?」
「うん。うちの子たちはなんか草とか勝手に食べてるっぽいけど、それはあくまで習性の一部だって聞いた」
「あとは苦手なものとかな。種族が分かると習性にも理解が深まるっていうのが、バンバ爺の持論らしい。ある程度個体差はあるとも言ってたけど」
「それはちょっと面白いですね」
人間という種族に個体差があるのと同じで、精霊にも個体差がある。
だが人間が人間の行動範囲を超えて水の中に住んだり空を飛んだりできないとの同じで、精霊もできることに限りがある。
バンバ爺は自然界にいる動物の研究者と一緒に、精霊の分類や習性の研究をしているようだ。
ミューたちの種族が何であれ、自分の精霊のことをより詳しく知ることができるのならばそれは良いことだ。
今は仮の部屋だが、自分の部屋が割り当てられたらミューたちが好みそうな環境にしてあげたい。
シーラはデザートの小ぶりなプラムを口に入れ、その酸っぱさに顔を寄せながらフンっと鼻息を飛ばした。
午前中に間引きしたトウモロコシの芽を茹でて食べ、それから昼食もしっかり食べてぱんぱんになった
お腹をさすりシーラは教会の中を進む。
明日にはここにきて一週間。毎日が忙しくて濃厚であっという間だ。
そろそろクリフに二回目の手紙を出してもいいかもしれない。
ミューたちの種族が分かったら教えてあげたいし。
隣をトテトテと進むミューの頭を撫で、シーラは指定された場所に着いた。
そこにはすでにファリンと四十か五十代ほどの男性が待っていた。髪の毛もふさふさで若々しい焦げ茶色。
バンバ爺という呼び名から、もっと高齢な男性を想像していたシーラは首を傾げる。
「シーラさん」
「ファリンさん! 遅くなりました!」
「いいえ、時間通りです。こちらのご老人が早く来過ぎただけですから」
いつも丁寧なファリンにしてはピリリと辛さのある発言に、シーラは小走りで動かしていた足を止める。
ちらりと視線を男性に向けると、彼はシーラのことなど見むきもせず、じっとミューとカオドキを観察している。
いや、もう凝視と言った方が良い眼差しだ。
あまりの熱視線にミューが居心地悪そうに髭を揺らす。カオドキもちょろちょろと走ってミューの体の下に潜り込んだ。
それを見た瞬間、男性が情けないほどに眉を下げてしょぼんと肩を落とした。
「くふん」
シーラの口から抑えきれなかった笑いが漏れる。
手を口元に当て、シーラは視線だけでファリンに説明を求めた。
大きくため息を吐いた彼女は、パンっと両手を打ち鳴らして男性の名を呼ぶ。
その音の大きさに、シーラだけでなく精霊たちもぴょんっと数センチ宙に浮く。
「ヴァン・バージ!」
「おおおう!」
「ばんばーじ?」
ユーリカから聞いていた名前と響きは似ているが、区切りが違う。
シーラがもう一度男性を見るとやっと目が合った。クリっとした興味津々な瞳。
研究者は陰湿で暗いイメージを持っていたが、ヴァン・バージという人は好奇心を動力にしたおもちゃのようだ。
「ネズミだね! げっ歯類だね! いいね! 久々に見たよ! 一般的なネズミより耳が大きいね! 尻尾も精霊だから変わってるけど、それにしても太いし長い! 体もまるっこいね! いいねいいね! 可愛いじゃない!」
「えーっと、はい。ミューは可愛いです。カオドキも」
「ミューね! いいね! カオドキ? 変わった名前だね!」
「あ、リボンの色で、四匹の総称です。カーア、オーア、ドーリ、キーです」
「ほほう! 四匹をいっぺんに呼ぶとは! 面白い発想だ! でも個体一匹一匹に名前つけてて偉い偉い」
目を細めて孫をほめるように笑うヴァン・バージ。
座ったミューのもこもこしたお腹の下からちらりと覗く四匹の鼻先を見ては、顔をでろでろにとろけさせている。
精霊が好きなのは分かる。だがちょっと怖い。
「シーラさん、こちら、ヴァン・バージ教授。精霊と一般生物のつながりを研究している方で、これでもその手の研究では第一人者と言われる方です」
「ヴァン・バージ教授、お会いできて光栄です。浄化士として見習い研修中のシーラと申します」
「ヴァン・バージだが、皆、バン爺や、バンバ爺と呼ぶから気楽にそう呼んでくれ」
「では、バンバ爺と」
シーラは本人の言葉に素直に頷く。バンバ爺はそれで良いというように頷いた。
それからミューからニメートルほど離れた場所に腰を下ろし、手元に持っていた本をパラパラとめくりながらミューと本を交互にせわしなく見比べる。
ミューの特徴から、どの種類のネズミなのかを探しているのだろう。
少しだけ彼の視線に慣れたのか、カオドキたちが鼻だけでなくニョキニョキとミューのお腹の下から顔を覗かせた。
「ふむ。親精霊と子精霊の特徴は全く同じだね。大きい耳と一色の体。尻尾も同じだ。よっぽど同じ種族だろう。生活の習慣もほぼ同じかね?」
「はい。暗いところが好きなようです。土に潜るのも好きです。あまり鳴かないですけど、呼びかけると返事をします」
「なるほど、ありがとう。ちなみに、鳴き声は精霊になると少し変わる種族が多いからね。それは人間と意思疎通ができるように変化している特徴の一部だと言われている」
「そうなんですね」
ものすごい勢いで本をめくりながらバンバ爺は楽しそうに語る。
時折「んー、こっちか。いや、こっちかも」ページを前後しながら、最後にバンバ爺が「お!」っと声を上げた。
両手を限界まで前に突き出し、彼の位置からミューの顔と本を見比べてはうんうんと首を上下に激しく振る。
結論が出たようだ。
バンバ爺は立ち上がり、「あたた」と言いながらしびれた足を伸ばしてシーラを手招きした。
シーラが数歩近づくと、ファリンも眼鏡の中央を押し上げつつそばに寄ってくる。
取り繕った顔をしているが精霊好きが抑えられていない。
「ほとんど間違ってないと思うけど、この種類だと思うよ。ここ。尻尾の特徴や顔つきがほぼ合ってる。齧歯目チンチラ科チンチラ属。中でもオナガチンチラだ。白いのは珍しい感じだね」
「オナガチンチラ……」
ずいっと差し出された本に描かれたネズミを見る。ふかふかした体毛を持った、太い尻尾の可愛らしい顔をしたネズミだ。
特徴はミューたちとほぼ一致している。別にミューが何のネズミであろうが関係ないと思っていたが、こうやって改めて教えてもらうとストンっとどこか安心感を覚える。
シーラの中に芯が通った感じだ。
「ありがとうございます、バンバ爺」
「いいともさ。さて、野生の習性を教えてあげようかね。ここじゃ何だから一回座ろう」
「では、皆さんこちらへ」
最初の興奮が引いたのか、バンバ爺が場を仕切り始める。それに合わせてファリンもきびきびと動き出した。
これもおそらく今まで何十回、何百回、精霊を見るたびにバンバ爺が教会を訪れる度に繰り返されてきたやり取りなのだろう。
くすっと笑って、シーラはミューを呼ぶ。それに合わせてカオドキもちょろちょろとミューの下から出てきた。
「さ、あたしたちも行くよ」
「ゴッフ」
「ヂィ」
シーラの精霊は白いネズミ、ではなく、オナガチンチラ。尾っぽが長いチンチラというネズミだ。
今日のクリフへの手紙にもしっかり書こうとシーラは決めた。




