2-9. 美味しい野菜を見つけろ
トテテテテと子ネズミたちが一列に並んで駆け寄ってくる姿を見つけ、シーラは顔を上げる。
四匹はシーラの足元にたどり着き、一様に後ろ足で立ち上がって「ヂ」っと鳴いた。
周辺に散らばっている部下ネズミたちからの報告が終わったのだ。
「ありがとー」
「ヂヂッ!」
シーラが礼を告げると、カーア、オーア、ドーリ、キーはそれぞれ自慢げにくしゃくしゃと髭をこすりまた隊列をなして去っていく。
行く先は、倉庫の端っこでデデンっと横向きに倒れて寝ているミューだ。
勢いよくそのお腹の上に四匹がダイブし、ミューが「ドゥウウ!?」っと奇妙な声を上げている。
それを見たルクマンが冷めた目をして呟いた。
「残念だな、お前の精霊」
「失礼です。リーダーは常に大きく構えている方が格好いいです」
「いや、あれはただのデ……」
「ネズミとしてはちょうどよいふくよかさです。っていうか、精霊って食べたり飲んだり必要ないから、普通は太らないですよね」
「さぁ? シーラの精霊なら太るんじゃねえか?」
「ん? ルクマン先輩、もしかして喧嘩売ってたりとかします?」
ルクマンの言葉の裏の意味を敏感に悟り、シーラは手に持ったピーラーをカチャカチャと揺らす。
特に攻撃力もないピーラーだが、脅しをかけるには十分だったのか、ルクマンがそっと視線を逸らした。
とっさの時に女性に口では勝てないらしい。
諦めてルクマンは早々に作業に集中する。
「ほら、もう一回やるぞ。こっちと、こっち。違いが見えるか?」
そう言われてシーラは目の前に置かれた物に集中する。
ここは教会に持ってこられた貢物が集められた倉庫。とは言っても装飾品や日用品、価値の高い物はここにない。
ここは主に野菜や穀物、塩漬けされた魚や肉など食料が集められている。
集まった貢物は生産地の確認がされ、状態の検査が行われる。
これは美味しい作物がどこでとれるかを把握しておきたいとか、状態の悪い野菜を食事に使われたくないとかそんなことのための検査ではない。
もちろん、シーラはそんなことのためではないと言われなくても分かっている。
ただもしシーラの後に入った新人が、そんな間違った考えを持っていたらいけないと思って口にしただけだ。
そう、ルクマンを教育係として鍛えているのだ。
正解は、それらの作物が育った土地に瘴気が発生していないかを確かめるため、だそうだ。
いや、それしかない。知っていたとも。ええ、もちろんですとも。ホホホホ。
「ほら、集中しろ。変顔はしなくていいから」
「これがあたしの全神経集中顔なんで」
「ぶっふ」
ルクマンに促されるまま、シーラは目の前の野菜の山二つを見比べる。
集中し、集中し、集中して。
眉間に皺をよせ、目を寄せ、鼻の穴を広げて、唇を尖らせ、顎に饅頭を作って。
決して変顔を作りたいわけではない。これはシーラが真剣な時の顔だ。
笑うな、ルクマン。先輩が後輩の気を散らしてどうする。
「むーう? む。こっち、本当にわずかに、この……えっと、この芋に瘴気の痕跡があります」
「よし。他には?」
「え? 他に……ほかに」
シーラはルクマンに促されてもう一回集中する。
だがどんなに頑張っても、目がぴくぴくと痙攣するほど見ても他に瘴気は見当たらない。
自分の浄化の力には自信があったのに、その手前の瘴気を見つける力は弱いのかとシーラは肩を落とした。
「ない、です」
「正解」
「へ?」
唇をかみしめて答えたシーラ。
だがルクマンの返答に乾いた目をぱちぱちとさせる。
「正解だ。芋以外は正常だ」
「へい」
拍子抜けする言葉に、間の抜けた声がシーラの口から洩れた。
「やり方は良かった。浄化士は場合によって触れただけで浄化をしてしまうこともある。精霊がそばにいると特に。ここに運ばれる時も浄化士以外が運ぶことが多い。うっかり浄化して瘴気を消してしまったらこの作業の意味がなくなる」
「そこまで徹底しているんですね」
「そう。ここで瘴気が見つかれば、すぐに浄化に出る部隊の編制の調整を行うことができるからな。一点さっきのシーラの確認で足りないのは、一か所からじゃなくってぐるりとなるべく全体を回りながら確認すること。影になっている場所は見つけにくいこともある」
「分かりました。”早期発見、浄化編成”、“確認は、ぐるっと”……」
取り出したメモ帳にサッと教えられたことを書き留めていく。全部書かなくとも思い出すきっかけになればそれで良い。
ルクマンもシーラの呟きを聞いて頷き、それから先ほど瘴気があると言われた野菜の産地を確認する。
「さって、これはエベロマか。確かに前回の浄化から時間が経ってる」
「浄化の履歴を記憶しているんですか?」
シーラも籠にぶら下がった産地タグを読み、頭の中に地図を思い浮かべる。
そのうちシーラも浄化の旅に出るのだからと、研修始まってすぐに地図と町の名前リストをもらった。
その日から毎晩、これまで使ったこともない脳みそを痛めつけて必死に暗記している。しかし成果は芳しくない。
たぶん、シーラの脳みそは目の粗いザルの形をしている。脳みその隙間に引っかかっている地名は残念ながらわずかだからだ。
「だいたいは。じゃないと教会全体の動きも分からないだろ?」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんなんだよ」
呆れたため息をこぼすルクマンの足元で、小型のモグラが彼と同じようにフスーっと鼻息を飛ばす。
シーラの子ネズミよりかわずかに大きなモグラがルクマンの精霊だ。名前はモーグ。
それを聞いただけでルクマンから仲間の臭いがした。何って、名づけセンスの。
「巡回の周期はだいたいどれくらいですか?」
「三年から五年。森がある地域は精霊が逃げ込みやすいから周期が短い。都市部は浄化士が住んでいることも多いから周期が長め」
「なるほどなるほど」
こういう細かいことも浄化士の基礎として学んでいく。
周期は浄化士の主な活動である浄化の旅、巡業にも密接に関係しているので特に大切だ。
「エベロマ……森はありましたか?」
「無いな。だから少しおかしい。アーゲルさんにも報告して優先度を上げてもらうように言ってもらうぞ」
「はい。分かりました。こういう時の報告はアーゲルさんが先です?」
「まずは隊長が先。ペーペーが言うより説得力があるだろ」
「なるほど。ペーペーなんですね、先輩」
「俺だけじゃない。お前もだろ。ペーペーシーラ」
「そうでした」
今日届けられた貢物の確認をすべて終え、結局瘴気が見られたのは一か所だけだった。
二時間近い神経を集中させての作業にシーラはこしこしと両目をこする。もう少し効率的なやり方を覚えてもいいのかもしれない。
いや、だが精度としては信頼できるのだ。もしかしたら続けていったら瘴気を発見するスピードも早くなる可能性もある。
「先輩は瘴気を見る時のコツってなんかあります?」
「んー、コツねぇ。綺麗な物を思い浮かべるとか?」
「瘴気を見るのに?」
悪いものを探そうとしているのに、綺麗な物を思い浮かべるとは。
シーラの疑問にルクマンは頷く。
彼は自分の心具である野菜収穫用のハサミを、瘴気を含んだ芋の周りでパチンパチンと何度か開け閉めする。
ズルリと瘴気が芋から離れて消えていったのをシーラも確認した。
「対極の物なら何でもいいんだけどよ。俺は綺麗な景色を思い浮かべると、瘴気が浮き上がって見える」
「うーん、なるほど」
白い背景があると黒が引き立つ、そんなものだろうか。
綺麗な物、綺麗な物とシーラは思い浮かべる。
ばっちゃんが一針一針心を込めた刺繍、おっとんの筆が描く色彩豊かな絵、おっかんが泥だらけになって耕したふかふかな畑、それからミューの白いふわふわなお腹。
全部、綺麗でキラキラしている。
もしその景色が瘴気に汚染されたらと思うと、シーラの背筋をゾワリと何かが這い上がった。
胃がむかむかして口の中が酸っぱくなる。
ぐっぷと喉を鳴らし、シーラは長く鼻息を飛ばしてから音を立てて鼻をすすった。
「ちょっと、あたしには無理かも」
「あくまで俺のやり方。隊の他の人にも聞いてみろ」
「はい。ありがとうございます」
「おう」
ルクマンが照れくさそうに口の端を上げる。初日はお礼する度に赤面してあたふたしていたのが懐かしい。
年下の先輩も後輩ができて少しずつ成長している気がする。
これは自分のおかげだろうとシーラはウシっと笑う。
あと少しで、研修も折り返し。そうしたら先輩ともお別れだ。
寂しい気もするけれど、教会にいる限りはまた顔を合わせるだろう。
自分が教えた後輩がその後も頑張っているのだと見せられたら嬉しい。それはきっとルクマンの自信につながる。
また会った時に成長した姿を見せられるようにしよう、とシーラは改めて気合を入れ直した。




