2-7. アーガル隊
続いてファリンが案内してくれたのは、研修先のアーガルの部隊が集まっている場所。
浄化士は要請に応じて、この教会の管轄地区の浄化に出る。
また定期的に”巡業”と呼ばれる旅をして地区内の浄化を行い、瘴気による汚染を防ぐこともしている。
シーラも村にいた時に巡業で訪れた教会の浄化士を何回か見たことがある。
人知れずやってきて終わったら完了の札を置いてさっさと去っていく浄化士もいれば、仰々しい隊列を組んでやってきて村人の謝礼と交換に札を渡す浄化士もいた。
おそらく浄化士の部隊によってやり方は異なるということだ。
浄化されたことを大々的に広めて安心感を得たいなら後者の浄化士が望ましいが、シーラとしては前者の浄化士のほうが好感が持てる。
そして巡業や要請が出ていない期間、浄化士は同じ部隊にいる精霊との交友を深め、連携をスムーズに行えるようにしていることが多い。
「ユーリカのところも研修先として候補には上がりましたが、他の隊員の精霊と交流するという意味では難しいのでアーガルさんを選びました」
「あ、そういうことでしたか」
あの三人の様子からして、癖の強そうな精霊が集まっていそうだ。
教会に入ったばかりですぐにそういった精霊と対面するのは、人によっては辛いかもしれない。
シーラ自身は大丈夫な気がするが、ファリンはまずは基本的な知識はアーガルのところでと考えたのだろう。
シーラはふむっと頷く。
「あちらがアーガル隊の管理している畑になります」
「うわぁ」
土系の浄化士は精霊が土の中を好むことが多いため、教会の中でそれぞれ畑や田んぼ、庭の一部などを割り振られている。
精霊にとってこの区分けは全く関係ないが、主人が頻繁に足を運ぶ場所としては認識しているようだ。
アーガル隊の畑はほとんどの場所に何かしらの野菜が植えられていた。
畝の間を何人かの浄化士と、精霊と思われる生物たちが作業を進めている。
「アーガルさん、今年の新人のシーラさんをお連れしました」
ファリンの声に、作業中の男性が顔を上げた。
つばの広い麦わら帽子の下から、わずかに白髪と真っ黒に日焼けした顔が見える。
細身だがしっかり農作業用の筋肉が付いたその男性は、周囲に断って畑からあぜ道へと上がり、ファリンとシーラの元へとやってきた。
「おお、健康そうなお嬢さんだ」
第一声にシーラは薄い笑みを浮かべる。
そう、健康的なのだ。いいことではないか。
畑に出てきて不健康そうと言われるより。第一印象としては最高なのではないか。
そう、シーラは健康。二年半療養してた様子が微塵もないほどに健康。素晴らしい。
何度も心の中で繰り返し、シーラは自分を納得させる。
「配属先は未定でユーリカさんのところも候補に挙がっています。ですが事前にお伝えした通り、研修はこちらでお願いします」
「お、ユーリカんとこかい? 大丈夫かい?」
「メンバーとの相性は良さそうでした。後は精霊の相性ですね」
「ま、そうだな。あそこは珍しく混成だ。任務領域も違うから、まずは研修をやってみてってとこだろ」
「ええ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
ファリンと話を進めるアーガルに向け、シーラも元気よく挨拶する。
ファリンの案内はここまでで、あとは二週間、みっちりとアーガルの元で浄化士としての基本を学ぶ。
去っていくファリンにも頭を下げて感謝を伝え、シーラはアーガルに向き直った。
「二週間、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。それで、そっちがシーラの精霊か?」
「はい、ミューと言います。おいで、ミュー」
「ゴッフ」
「チッ」
「んん?」
ミューを呼ぶと、その足元にカオドキ四匹も集まる。
それを見てアーガルが首を傾げた。
「この子たちはミューの子精霊です。カーア、オーア、ドーリ、キーです。それぞれのリボンの色で呼び分けています」
「へぇ、子精霊がいるのか。なかなかいい面構えの親分だな」
アーガルは腰を落とし、ミューと視線を合わせて白い歯を見せて微笑んだ。
ミューがひくひくと鼻を動かすと長いヒゲがさわさわと揺れる。アーガルはその体勢のままシーラを見上げ、麦わら帽子の奥の瞳を細めた。
「触ってもいいかい?」
「はい、どうぞ」
シーラは何の疑問も抱かずに頷く。
だがアーガルは手袋をはめた人差し指をシーラに向け、「不正解!」と言い放った。
「はい?」
首を傾げたシーラを見てアーガルは笑いながら立ち上がり、「いいか?」と前置きをしてから話し始める。
「精霊をむやみやたらに他人に触らせるな。家族の精霊を触るのに慣れている奴だとうっかりってことがあるが、教会の中で他人の精霊を触ると下手すれば喧嘩を売っていると取られる。精霊がいてこそ、浄化士、治癒士だからな」
「はい」
アーガルの言葉に、シーラは真面目な顔で頷く。
続く彼の説明によれば、自分の精霊を触らせることは、相手への信頼を示すとのこと。
だが一方で信頼していない相手に触られた場合、侮辱ととられることもあるという。
「あの一、例えば、ですけど。アーガルさんと信頼関係を築けていると思っている私が、アーガルさんの精霊に触ったとして──アーガルさん側は私を全く信頼していない、とかだったらどうなるんです?」
ドロドロの人間関係が想像されて、シーラはおずおずと切り出した。
アーガルは「あー」と言いよどむように声を出してから、指先を精霊に向ける。
「精霊が拒否する場合もある。主の心の状態に機敏だからな。もし精霊が受け入れた場合、あくまで主側の主張になるけれど、基本の規則を破ったとして罰を受けるかもね」
「本当に信頼関係があると分かっていない限りは触らないのが良いってことですね」
「そう、それが一番だ。よし、これは外部から来た浄化士が一番やりがちなミスだから、真っ先に俺が教えることだ。シーラも、もし後輩が入ってきたらこれは確実に教えるんだぞ」
「はい!」
シーラだけでなく、今後の教育のためにもちゃんと教えてくれるアーガル。
頼もしさにシーラは一気にアーガルを好きになった。上手くやっていけたらいい。
「それにしても親精霊ってことは、やっぱりユーリカんとこかねぇ。うちのはちまっこいのが多いから」
「ユーリカさんのところは親精霊がいるんです?」
「ああ、ユーリカの精霊がそうだ。水系のキャンディスもそうだな。ネストルは違うが、あれは完全に相性であの班に回されたクチになる」
「分かりました。では基本を徹底的にここで覚えていきますのでよろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
アーガルは他の隊のメンバーまで把握しているのだろうか。それともユーリカの隊が有名すぎて常識なのか。
後者の気がして、シーラはそれを確かめるのをやめる。
アーガルは畑の周りの道を歩きながら、彼の隊が管理している場所をざっと説明する。
「こっから三枚の畑はうちのだ。と言っても、すぐ隣の畑はどこの隊のものでもないからうちが勝手に使っている」
こうやって見るだけで教会の敷地は広大だ。
一般の礼拝客が訪れる区画だけでも広い。それに加えて浄化士や治癒士の宿舎、管理棟、そして精霊たちの特性に合わせた自然環境が敷地にはある。
田畑だけでなく小川が流れ、森があり、沼や小さな湖もある。少し離れた馬車には大型の精霊が駆け回れるような広さのある運動場もあるのだとか。
ここは王都ではない。一地方都市の教会だ。それなのにこの規模。いかに教会が力を持っているかが分かる。
国の中で最も古く歴史のある中央教会は、それだけで一つの都市に匹敵する規模を有するという。
もちろんそんな広い土地は王都の中にはなく、中央教会は内陸部の山や森が多い自然豊かな場所に位置している。
代々、最も力の強い浄化士もしくは治癒士が大聖人としてそこに住まう。
地方教会にも聖人がおり、大聖人の選出の候補だった者が務めることが多いのだとか。
ちなみに今シーラがいる教会にいる聖人、女性なので聖女と呼ばれているが、彼女は代理である。
大聖人選定の際の候補じゃなかったからだとか言われている。そんなことどうでもいいとか思うが、きっとなんか色々組織の事情というやつがあるのだろう。
田舎にいる人にとっては、代理だろうがなんだろうが聖女に変わりはない。
「今日の豆は食ったか?」
「朝食のでしたら食べましたよ。美味しかったです」
「だろう! うちの畑の野菜だからな。シーラは農作業の経験は……ありそうだな?」
「ばっちり。田舎育ちですので」
「頼もしい。豆は先月から収穫して今はほぼ終わりだ。次は、ナス。芋類は奥の畑になる」
「いいですね。研修の間に収穫できたら嬉しいです」
「うーん、来週ならトウモロコシか? ちっこいやつをよ、剪定して食うと美味えぞ」
大きく育てるトウモロコシ以外は間引いてしまう。その時に収穫された指一本分くらいしかない小さなトウモロコシ。
若くて柔らかいため、皮ごとじっくり蒸したり焼いたりして中を食べると自然な甘みを楽しめる。
アーガルの説明にシーラは流れ出そうになるよだれを拭うふりをする。
「うーん、楽しみです」
一つ、忘れてならないのは、シーラはここに浄化士の研修に来たのである。
決して農家体験や、収穫体験に来たのではない。
多分、本人はきちんと覚えているはずだ。




