2-6. 自慢の精霊
まずはあなたの精霊を連れてきてくださいとファリンに言われ、シーラは部屋に戻る。
食堂はこの教会に住むほぼ全員が一堂に会する場所であるため、精霊を連れてはいけないのだ。
ただ食事以外の場所であれば、どこでも連れて行っていいとは言われている。
もちろん初日に聞いた通り、一般の部屋に入れないほど大きな精霊以外ならばという前提条件が付く。
「ミュー! カオドキー! 行くよー!」
「ドゥ〜」
「ヂヂッ!」
「ヂッヂィ!」
部屋の鍵を開けて中に入ると、ベッドとチェストの間のスペースからネズミたちが出てきた。
ミューは寝起きなのか何度も何度も顔をこすっている。後ろ足で立って顔をくりくりと短い手で撫でまわすミュー。
あのふかふかなお腹に埋もれたい。そんな衝動をシーラは入り口そばに立って抑える。
しばらくして満足したミューがトテトテとシーラの元にやってきた。その頭を撫でて、シーラは首元のタグを確認する。
タグを通しているのは年季の入った革紐。やや赤みがかっていて、しっかりと手入れされていた証に美しい艶がある。
「似合ってる」
「グッフ」
カリカリと頭を掻くとミューが目を細めて鼻をひくひくと動かした。
革紐はおっとんからもらった。昔、おっかんが使っていたそうだ。ということはピンクの熊の首にかかっていたということ。
だいぶ長かったそれは二重巻きにしたらミューに丁度良かった。
これまで子ネズミたちのリボンを羨まし気にしていたミューは、昨日タグをもらってから誇らしげに革紐に両手を添えていた。あまりの可愛さに鼻水が出た。クッソ可愛いすぎる。
「さ、行こう」
精霊たちが部屋を出るのを確かめてから、シーラは扉に鍵をかけてファリンの元に戻る。
ファリンはネズミたちが一列に廊下の右側の壁沿いを歩いているのを見て、満足そうに頷く。
精霊が廊下の端、人間が中央寄りを歩くのが基本ルール。逆にすると仲の悪い精霊と出会った時に喧嘩が始まる可能性があるのだとか。
犬猿とか、犬猫とかだろうか。そう考えると犬は問題児なのだろうか。
でも蛇とネズミも仲が悪い。鳥も自然界では強敵だ。
それを考えるとやはり精霊が壁沿いで正しい。
「先ほどの話を聞いていたと思いますが、あなたの研修先はアーゲルさんという方の部署となります。主に土壌の浄化をしていますのであなたの特性と合っていると思います」
先を進みながらファリンが説明を始める。今向かっているのは部署ではなく、衣装室なのだそうだ。
昨日は研修着をもらったが、シーラの特性から土系用の制服の準備も必要だと判断されたらしい。
この流れはどの研修生も同じで、特性に合った道具や制服が支給される。水系、動物系とはもう会ったが、空気系、特殊環境系などもあるらしい。
ちょっとどんな精霊なのか出会ってみたいものだ。特に、特殊環境。一体どこを指して言うのか知りたい。
「土系という話をユーリカさんに教えてもらいました」
「その通りです。彼女も同じ土系ですが……あそこまでする必要はありません」
「あそこまでっていうのは土に寝っ転がるとかです?」
「ええ。寝ると浄化が進むのが彼女の強みですが、寝てる間に精霊にぐちゃぐちゃにされてしまうようで、毎朝あの姿です」
「なるほど」
土付きの精霊が彼女が寝ている間に泥だらけにしてしまうようだ。精霊の仕業ならば仕方がない。
でもミューたちにそんな癖がなくて良かったと思ったシーラだった。
研修中は直接衣装部に出向いて制服を受け取るが、配属されたら配属先の部署から手配するようになどの注意事項も教えてもらう。
それらのポイントをシーラが手元に出したメモに書きつけていると、ファリンがやや歩くスピードを落としてくれた。チラリと彼女の視線がシーラの手を確認する。
「シーラさんの手は少し不自由があるとか?」
「はい。ほんの少しだけですが。力が入れにくいので、滑り止めのために手袋をはめています」
今、シーラの両手には、指の部分が途中までのグローブがはめられている。指無し手袋というやつだ。
瘴気焼けは教会ではいい顔がされないという話だったので、怪我で手が不自由なのを補助するためとしている。
シーラは目の前で指を曲げたり広げたりして動かしてみる。スムーズに動きはするが、とっさに物を掴む時は慎重にしないといけない。
「分かりました。アーガルや配属先にも必ず伝えておきます」
「ご配慮ありがとうございます」
「必要ならあなたからも直属の上司に報告はするように」
「はい、分かりました」
頷いてシーラはメモを腰につけたポーチにしまう。これも、おっとんがくれた物。何気に教会の中で必要になる小物に詳しい。
まぁ、その理由は知ってはいるが、おっとんはシーラが知らないと思っているので知らないふりをしておく。
シーラは親の気持ちに配慮する良い娘なのだ。
パチンっとポーチの留め金を閉めてシーラは顔を上げる。ファリンはそれを確認して目的の場所を指先をそろえた手で示した。
「あちらです。今日は採寸のためにその場で着替えますが、明日の朝からは自室で服を着替えるように。脱いだ服は袋をもらってそれに入れて移動しましょう」
「はい」
何度もこのやり取りをしているのだろう。ファリンの説明は無駄がない。
でも完全に事務的でもないと感じるのは、彼女が一つ一つの動作の前にシーラが理解しているか、ついてきているかを確認するからだ。
精霊大好きファリン女史とユーリカに呼ばれていたファリンだが、しっかり人間にも優しい女性である。
ファリンは「衣裳部屋」と書かれたプレートが掲げられた扉をノックする。
「ファリンです。今年の研修生を連れてきました」
「はーい、どうぞー」
相手もファリンが来ることを知っていたのか、中からすぐに元気な声が返ってくる。
シーラは背筋を伸ばし、扉を開けて中に入っていくファリンに続く。その後にミューとミューの背中に乗り込んだカオドキの四匹も入った。
衣裳部屋には二人の女性がいた。シーラのおっかん世代よりも少し上といったところだろう。ふたりともふくよかで丸眼鏡をかけている。
「新しい方ね。いらっしゃい。土系の作業服を用意してあるわ」
「思ったより肉付きがいいのね。もしきつかったら教えて頂戴」
「は、はい」
ささっとシーラを頭からつま先まで見て二人は告げる。肉付きが良いとは、服がきついとは……シーラの健康的な体を指しているのだろう。
多少大き目だと自覚はあるがが、服を作る人に言われるとグサリと何かが刺さった。
だがそれを顔に出すことなく、籠に入った一式を受け取って示された小部屋に入ってそれを広げる。
「おー、これは、おっちゃんと同じツナギだぁ」
農作業着だと聞いていたから似たような服なるとは思っていたが、本当にそのものだ。
着ている服を脱ぎ、まず薄手の中途半端丈のズボンを履く。それから肌着の上から木綿の長袖シャツを着こむ。
長めの靴下も履いたら最後につなぎ。
「これ、きつかったらあかんちゃうん?」
ぶつぶつ呟きながらシーラはツナギに左右の足を順番に入れる。
肩ひもを調整すれば見事な農民スタイルの出来上がりだ。完璧すぎて違和感のかけらもない。
脱いだ服を適当に畳んで籠を片手に持って出る。籠の中にトマトでも入っていれば最高だったかもしれない。
「お待たせしました」
「あら、ぴったりね」
「立ったり座ったりはどう? お尻のあたりが突っ張ったりとかは?」
女性の言葉にシーラは籠を近くのテーブルに置いて動いてみる。言われたような膝や尻がきつさはない。
つまりシーラは標準値内ということだ。良かった良かった。
「大丈夫です」
シーラが得意げに鼻息をフンっと出して答えると、女性たちは早速何かをメモした。今後シーラの制服のサイズも彼女たちが管理するのだろう。
二十歳を超えて上に伸びることはないから、横伸びだけは気を付けなくてはいけない。
教会の食事は良いものが出るので要注意。シーラは心のメモに刻み込む。
「あとはこれが備品ね。タオルと帽子。替えの靴下は部屋に届くようにするから。あと軍手とか手袋とか作業に使うものは部署からの発注でお願い」
「はい、分かりました」
着替えを入れるようにと手渡された袋に着てきた制服をしまう。
そしてタオルと帽子を受け取ったのだが、これは──
「麦わら帽子。完璧な農民ですね」
「農作業にはこれが一番。女の子は日焼け大敵よ」
「他の人のと混ざらないように帽子に何か印付けるのを忘れないで」
「はい。ありがとうございます」
素直に頷くシーラに女性たちもふっくらとした顔を緩める。
後で聞いた話によれば、町育ちの場合だと男女関係なく完璧な農民スタイルを嫌がる人がいるらしい。
その点、シーラは見慣れていたし似たような格好で作業を手伝ったこともあるため、戸惑いなく受け入れることができた。
その時ふと視界でふわりと揺れるものが映り、シーラはそちらに視線を移した。
白く、ふわふわとした産毛の生えた──蝶?
「あの子は蝶、ですか?」
ばっちゃんの蝶の精霊を思い出しながらシーラが訪ねると、女性の一人がにこやかに笑って首を振る。
「あの子は蛾よ。飛ぶのが壊滅的に下手な子だけど」
「そうなんですね。うちのばっちゃん、あ、祖母は刺繍針が心具で、蝶の精霊がついてたので懐かしいです」
「私の子は針山なの。ほら、今止まってる場所がそう」
小さな針がたくさん刺さったこんもりとした丸い針山。一つ一つの針を渡るように白い蛾が羽を揺らして歩く。
「可愛い」
思わず口から洩れた。
その言葉に女性たちがふくよかな頬を上げて笑う。
ファリンもなぜか自慢げに頷いた。いや、彼女は全く関係ないはずだが、精霊大好きだからか。
「蛾と聞くと嫌がる人もいるの。蝶と見た目は変わらないのにね」
「ねぇ、こっちおいで。私の子も見せてあげよう」
「あ、はい」
蛾の精霊の主ではないもう一人の女性がシーラを手招きする。
そして彼女が指さしたのは、毛糸玉に突き立てられた一揃いの棒針。
シーっというように指を唇に当て、彼女は指先でトントンっと毛糸玉を揺らした。じっとシーラが見つめていると、毛糸の間から何かが顔を出す。
それからにょろりと全身を現したその精霊の姿にシーラは小さく笑う。
「芋虫、ですか?」
「そう。蝶になる前の子。珍しいのよ、大人じゃない精霊って」
「この子はずっとこのままの形なんですか?」
「ええ。私のところに来た三十年前からずっと幼虫なの」
毛糸玉を登って、くるりと体を編み物用の棒針に巻き付かせる芋虫。
その子を見つめる女性の目は愛おし気で、とても誇らしそうだ。シーラもぷっくりとした体の芋虫の姿に目を細める。
「シーラさん、そろそろ行きますよ」
「あ! はい! お待たせしてすみません。あの、可愛い精霊を見せてくれてありがとうございます!」
「いいのよ。蛾とか芋虫は人を選ぶから喜んでくれて嬉しいわ」
「そうよ。見せる機会がなくって。会ってくれてありがとうね」
二人の女性から口々に言われ、シーラはわずかに照れ笑いを浮かべる。
今日会ったユーリカたちならば気にしないだろうが、もしかしたら教会育ちの人たちは彼女たちの心具や精霊にいい顔はしないのかもしれない。
教会を出れば日々の生活を手伝ってくれる様々な心具や精霊がいるというのに。
狭い世界しか知らないでいると頭の中もちっちゃくなるのかもしれない。
頭蓋骨の中に干からびたプラムの実がカラカラと転がっている絵が浮かんでシーラはニマリと笑った。
だがすぐにその笑みを消して、普段のシーラの顔に戻す。無事、女性たちには気づかれなかったようだ。
「また、仕事に慣れたら会いに来ます」
「楽しみにしてるわ」
「頑張りなさい」
二人の優しい女性に見送られ、シーラはファリンと共に衣裳部屋を後にする。
この次はついに研修先の部署だ。気合を入れなおすシーラに、前を歩くファリンの声が届いた。
「シーラさん、何か考えながら笑う時には気を付けて」
「はいぃぃ」
どうやらファリンには見られてしまっていたらしい。
シーラはわずかに肩を落として力なく返事をした。




