1-1. シーラのピーラー
新連載です。
新しい世界観が多く出ますが、小難しくはないと思います。気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。
BPUG
天気がいい。たったそれだけのことでシーラの心は弾む。
青い空に浮かぶ白くてふんわりと丸い雲が可愛い。
腰に括り付けたT字型のピーラーもカチャカチャと軽快な音を立てている。
スキップするように跳ねると、ピーラーがさらに高くカチャンっと高く鳴って最高だ。
「おーい! シーラ! こっちだぁ!」
「おっちゃん! 今、行く!」
先の畑で麦わら帽子をかぶったおっちゃんが大きく手を振っている。
シーラはその場で両手を振ってぴょんぴょんとジャンプした。カチャカチャがさらに大きくなった。
息を弾ませておっちゃんのいる畑にたどり着くと、どう見ても彼の周囲の野菜に元気がない。
昨日まで瑞々しかった葉っぱがしおれて地面にべったりと広がっている。シーラの眉もへにょりと広がった。
「うーん、確かに、変だねえ」
「じゃろ? ちょっと見てくれんかの」
「あいあい。どれか一つ引っこ抜いて頂戴な」
「おうよ」
おっちゃんは軽く了承して、腰をかがめる。
葉っぱの根元を握り、腰をためて野菜を引っこ抜く姿がかっちょいい。熟練の動きだ。あの膝の角度など完璧。
「おら、どうだ?」
ズボッと引っこ抜き、軽く土を払ってから手渡されたのはニンジン。葉っぱがしおれていたからどうかと思ったが、本体はちゃんとツヤツヤと綺麗なままだ。
シーラは頷いてニンジンを手に取り、ぎゅっと目に力を入れて、見えている以上の物を探す。
──集中、集中。
眉が寄り、目が寄り、鼻の穴が広がり、口が尖り、顎に饅頭ができる。
「ぷくくくく」
おっちゃんが笑う声が聞こえる。
集中しているんだから邪魔しないでほしい。
何かに真剣に集中すると、どうしてもこの顔になってしまうのはシーラの癖だ。
染みついた癖は直せない。
おしりを前から拭くか、後ろから拭くかの習慣を直せないのと一緒だ。
いや、ちょっと違うかも?
だがそこは今問題ではない。
とりあえずシーラはニンジンとの変顔勝負に集中する。
「うーむ、むむむむむむ、むう……」
集中し、集中し、集中すること十数秒。力を入れすぎた眉間がぴくぴくし始めたころ、シーラの視界に黒いもぞもぞしたものが映った。
「む!?」
即座に、シーラは腰に下げたピーラーを手にする。
そしてそれをニンジンの上にすっと走らせた。
「っりゃ!」
シャーっとピーラーがニンジンの表面から髪一本分の距離を撫でる。
途端、どろどろとした黒い塊が浮き上がり、そして空気の中に溶けて消えていった。
その行方を目で追い、シーラは体の力を抜く。
「ふえええ。疲れたぁ」
シーラはピーラーを手にしたまま、額の汗を拭う。
目をむきゅむきゅっと数回瞑って、力が入りすぎた視界を元に戻す。ついでに口もむにょむにょと動かした。鼻の下が伸びて猿よりも猿な顔になる。
「で、どうだった?」
「やっぱり瘴気が来とる。ここら一帯のは引っこ抜かんとあかんよ、おっちゃん」
「そうかぁ。仕方がないな。んで、瘴気は抜けそうかい?」
「あたしに任せて。少しずつ浄化してく」
「おお、頼もしいな。俺の心具も浄化に使えたら良かったんだげども」
「おっちゃんの鎌は美味しい野菜作るのに役に立っとる。あたしの心具のピーラーはそれを美味しい野菜に戻すだけ」
ニンジンを片手に、シーラはおっちゃんの肩をバンバンと叩く。
紐で腰につるされたピーラーが元気よく、存在を主張するようにカチャカチャと音を立てた。
「そうだな。シーラ、浄化、よろしく頼むぞ」
「まっかせて!」
ドンっと力強く自分の胸元を叩き、シーラはけほっとむせる。
おっちゃんはあたりを見回してしおれた葉っぱにため息をついた後、気合を入れるように一度大きく背中を伸ばした。
それからふと視線をシーラの腰で揺れるピーラーに向け、目元を優しく緩ませる。
「シーラにはどんな精霊が来るのかね。楽しみだの」
「だね! ピーラーが心具になって二年だからもうそろそろかなって。期待してて!」
「浄化の精霊は優しいのが多いでな。シーラとも合いそうだ」
おっちゃんの言葉にシーラは大きく頷く。
おっちゃんの心具である鎌についた精霊は、手のひら大のテントウムシだ。夕暮れの空のように深い紅色で、ころりと丸くてとても可愛らしい。
おっちゃんが鎌を使うと周囲を飛び回って祝福を振りまく。それは雑草が生えないようにしたり、虫がつかないようにしたりして土壌を豊かにしてくれる。畑を愛するおっちゃんらしい心具と精霊だ。
おっちゃんとテントウムシを見るたびに、シーラは幸せな気持ちにさせられる。
いつか、自分にも素敵な精霊が来てくれることを期待している。
そんなシーラが持つ心具はピーラーだ。
そう、野菜の皮を剥くのに役にたつ最高の道具である。
料理をする際、シーラの全幅の信頼を集めていると言っても過言ではない。それほどに、シーラが心酔している道具だ。
心具とは人が心から大切にした道具が成長し、不思議な力を持ったものを言う。
さらに心具には精霊が引き寄せられる。どんな精霊が引き寄せられるかは、心具に宿った力や持ち主との相性によるらしい。
シーラの死んでしまったばあちゃんの心具は刺繡針で、ついた精霊は真っ赤な蝶だった。
ばあちゃんの刺繍が入った服にはばあちゃんの願いがこもっていて、濡れにくかったり破れにくかったりした。
ばあちゃんによれば、それはとても些細な力で、ばあちゃんにもっと力があればどんな衝撃でも弾き返せる刺繍ができたのにと嘆いていた。
実際、引き寄せられた精霊によって力の大きさも変わるらしい。
でもシーラは、ばあちゃんのささやかな願いがこもった刺繍が大好きだった。
大きすぎる力を持った精霊に振り回される人を見てから、シーラは余計にそう思うようになった。
シーラのピーラーが心具になったのは二年前、十五歳の時。
シーラは精霊が現れるのを待ちわびている。
方言はBPUGが生息する地域の訛りが入っています。
本当は「だらー」とか「らー」とか「りん」とかつくんですが、そこは読みやすいようにマイルドにしています。少し訛りがあるな、くらいに思っていただければ。
それではまた明日もお楽しみに!