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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

運命におちる

作者: 三冬月マヨ

「あ〜っ! 良かった〜! やっぱり、ハピエンだよ〜!!」


「運命の(つがい)って、やっぱ最強だよね〜!」


 お昼休みの食堂で、そんな声をあたしは右から左へと聞き流しながら、もぐもぐと海鮮塩焼きそばを食べる。うん、きくらげ最高。エビにイカにホタテ最高。

 ずずずと水を流し込んだ処で、ベシッと後頭部を叩かれた。軽くだけど、まだ水を飲み込んでいない。噴き出したらどうする? まあ、根性で飲み込むけどさ。


「…痛いんですけど…」


 ごっくんと、水が完全に喉を通ったのを確認してから、あたしは隣に座る友達の弘美(ひろみ)をちろりと睨む。


「話を聞かない(あんず)が悪い」


 けど、そんなんで怯む弘美じゃない。お返しとばかりに睨みを効かせて来る。


「今朝の更新で最終回だから、読めって言ったよね?」


 向かいに座る朋子(ともこ)も、ちょっと据わった目であたしを見て来た。


「いや、興味な…あだっ!」


 興味ないと言おうとしたら、追撃が来た。酷い。


「んもーっ! 見てよ、このPV!! こんなに人気なんだよ!?」


 スマホの画面を見せ付けて来る弘美に、あたしは右手で後頭部を撫でながら言う。


「…いや…あのさ…面白いのは良いとして。それ、運命の番とか、あたしらに関係ある? あたしら、β(ベータ)だよ? α(アルファ)でも、Ω(オメガ)でも無いんだよ? 運命の番が適用されるのは、αとΩだけ。あたしらβには関係な…」


「鬼ーっ!!」


「βだって、夢を見ても良いじゃないっ!!」


 全部を言い終わる前に、朋子はテーブルに突っ伏し、弘美は猛烈な勢いでオムライスを食べ始めた。

 ふと周りを見れば、スマホを手にしている子達が俯いて、お通夜な雰囲気を醸し出していた。


 …いや…あたしが悪い訳じゃないんだけど…。


 運命の番。

 それは、αとΩだけの物。

 βのあたし達には、何の関係もない。

 だいたい、αやΩになんて出会った事もない。いや、あるのかも知れないけど。

 世界の大半はβが占めている。

 αやΩは、稀な存在だ。

 世界全体で見れば、それなりの数になるんだろうけど、日本の、それも、特に都会でもない、田舎と言っても良い、あたしが暮らす街では、やっぱり稀有な存在だ。

 オメガバース。

 男性と女性だけじゃなく、そこから更に性が細分化されたα、Ω、βがいる世界。

 それが、二人が読んでたweb小説の話であり、実際の世の中の話だったりする。

 あたし達にとっては当たり前の事だから、説明が難しい。

 あれだ。ゲームにある属性。その元々の属性の他に、おまけの副属性があると思えば良いのかな? まあ、あたしらβは、そのおまけが無い存在みたいなもの?

 αは、とにかく有能で万能で容姿端麗。

 Ωは、とにかく、綺麗。

 βは、極々平凡。

 それらは、二次性徴の時の検査によって判別される。

 細かい事を言い出したらキリが無いし、βであるあたしには関係の無い雲の上の話だから、ぶっちゃけどうでも良いし、αやΩは、それぞれの専用校へ通うから、本当にどうでも良い。

 Ωには発情期なる物があり、それが来るととんでもなく、えっちな気分になるらしい。フェロモンを出して、それにあてられた人も、えっちな気分になる…らしい…。だから、学生の内に間違いが起きない様にと、αはα、ΩはΩの専用学校が作られ、そこに通う事になった。まあ、Ωはともかく、αは普通校に通う人も居るみたいだけど。けど、何もしなくても常にトップに居るαは嫉妬や妬みの対象で…追い出されると言ったら聞こえは悪いけど…結局は専用校へ行くとか行かないとか。

 なんとも不便だなぁって思う。αやΩってだけで、進学先がそこしか無いなんて。

 あたしは、βで良かったな。

 そんな妬みや僻み、嫉妬とかとは無縁だし。

 枯れてるとか言われて、実際に彼氏とかも居ないけど、気にしない。

 そんなのは、いつか自然と出来たりするものだから。


「…運命ねぇ…」


 なるべくしてなると言うか…自然とそうなる。

 …そういうのが、運命だと思うんだけどなあ。


「トイレに行きたいから、先に行くね」


 あたしはすっかり食べ終え、空になったお皿の乗ったトレイを手に椅子から立ち上がる。

 朋子と弘美が恨めしそうに見てくるけど、見ないふりをした。

 だって、二人とトイレだと長いんだもん。やれ、このリップが可愛いとかなんとか。興味の無い話題ほど、ツマラナイものは無い。

 次の授業の予習もしたいしね。

 αだったら、きっと予習なんて要らないんだろうけど。

 

 食堂を出て、普段は考えないような事を考えながらトイレに向かっていると、職員室の前に人集(ひとだか)りが出来てた。

 

 なんぞや?

 

 テスト期間ならともかく、今はそうじゃあない。

 気になったので、人集りの中にクラスメートの男子を見つけたあたしは、その彼の腕を引っ張った。


「うわっ!?」


「山田、これ、何?」


「って、松本かよ。転校生だよ、転校生」


「何だ。何かあるのかと思った。ありがと」


「何かあるだろぉ〜!? あのなあ、聞いておどろ…おいっ!!」


 スタスタと歩くあたしの背中に、山田が叫ぶけど、構わずに歩く。

 たかが転校生で、何故、そんなに熱くなれるのか。

 ジロジロと見て、相手に迷惑だとか思わないのかな。

 あたしだったら嫌なんだけど。

 まあ、でも。

 これがβである、あたし達の最大のイベントと言えばイベントなのかなあ。どこにでもある、平々凡々な日常の、ちょっとしたスパイス。なんてね。

 こんなので良いのよ。

 そんなちょっとしたスパイス。

 それが、βであるあたし達の楽しみ方よね。


 ――――――なんて、思ってた時があたしにもありました。


『…は…? …婚約者? 誰が、誰の?』


 なんて思う日が来るなんて、夢にも思わなかった。


 学校が終わって、適当に友達の機嫌を取って家へと帰れば、車庫には馬のマークの車様が鎮座していた。

 なんだ、どうした!? オカマでも掘ったのか!? と、転がるように玄関を開けて、靴をポポイと脱いで、スリッパを引っ掛けてリビングへと飛び込んだら、薔薇が咲いていた。

 いや、実際は咲いてないし、我が家に薔薇なんてないけど。

 でも、薔薇が二輪咲いていた。


「杏、パンツ」


 呆れたような、お母さんの声が聞こえた。

 うん、引っ掛けただけのスリッパに足を取られて、リビングのドアを開けたと同時に、あたしは前のめりに床に倒れていた。


「可愛らしいパンツね、大丈夫かしら?」


 それは、とても凛とした声だった。

 なんだろう? 薔薇って、こんな声なんだろうか?

 あたしの目の前に差し出された手は、白く細く、とてもしなやかだった。


「あ、ありがとう。これ、今流行りのサカバンバスピスって言って…」


 お礼を言いながら、あたしは目の前にある手に自分の手を伸ばす。

 いや、捲れてるスカートを戻すのが先かも知れないけど、リビングには女の子と女の人しかいないし、サカバンバスピスパンツを可愛いって言って貰えたのが嬉しい。これ、自分で描いて、ネットのグッズ専門店で自作したんだよね。次はTシャツを作るつもり。


「初めまして、杏さん。婚約者の池上亜莉菜(ありな)です。これから宜しくお願いしますわね」


 薔薇は名前も華々しいのか。


「ん?」


 いや?

 今、空耳が聞こえたな?

 コンヤクシャって、なに?


「ほら、いつまでも床に座っていないで。話があるから、ここに来なさい」


 ギギギ…と顔を動かしたら、ソファーに座っていたお母さんが、自分の隣をポンポンと叩いた。

 お母さんの目の前に座っている、もう一輪の薔薇はずっと笑って…いや、微笑んでいたみたい?


「じゃあ、改めて紹介するわね。娘の杏よ。杏、こちら池上沙弥(さや)さん。お母さんの高校の時のお友達。そして、沙弥さんの娘さんの亜莉菜有里奈ちゃん。あなたと同じ十七歳で、あなたの婚約者よ」


 二輪の薔薇に頭を下げて、ソファーに座ったら、一気にお母さんが捲し立てた。最初の方は良いとして、最後の方は訳が解らなかった。


「…コンニャク? 痛いっ!!」


 訳が解らなかったから、聞き返したら、お母さんのゲンコツが頭に落ちて来た。


「ふふ。元気で可愛らしい娘さんで嬉しいわ」


「可愛いかはともかく、元気で健康がウリだから」


 いや、あの、イケガミさん?

 今、あたしが声をあげたのは、お母さんにゲンコを喰らったからで、活きが良いとか、そう云うのじゃないんだからね? てか、目の前でその"可愛い娘さん"にゲンコが落ちたのに、どうして微笑ましく笑っていらっしゃるのでせうか? ねえ? アリナさんも、どうして目を細めて笑っているんですか?


「ちょっと耳が遠いみたいだから、もう一度言うわよ? よぉ~く聞いてね?」


「んにゅっ!」


 ぐりんって、お母さんが上半身をこっちへ向けて、両手であたしの顔をばちんと挟むもんだから、あたしは唇をひょっとこのようにしてしまった。

 いや、お母さん、目が笑ってないよ?

 あと、首がねじ切れそうなんだけど?


「こちらの亜莉菜ちゃんが、あなたの婚約者よ。こ・ん・や・く・しゃ、フィアンセ、許嫁。オッケー?」


「ひょ、ひょきぇ…」


 挟まれた頬と、捻じれた首が痛くて泣きそうになりながら頷けば、お母さんの手が離れていった。

 婚約者は、解ったけれど。

 けれど、だよ?


「あの…アリナさん…女の子、だよね? 女の子同士で婚約って…あの…結婚とか…」


「ご心配は無用よ、杏さん。亜莉菜はαだから」


「…ア〇ンアルファ…? 痛いっ!!」


 あまりにも縁が無さすぎるし、あたしには関係無いと思っていた存在の名前を出されて、咄嗟にボケたら、またお母さんのゲンコツが降って来た。

 やめて。中の中の頭が、中の下になっちゃう。


「ふふ。本当に、楽しい方。好ましいわ」


 鈴を鳴らす様に、コロコロとアリナさんが笑う。

 いや、確かに薔薇だし、βって感じはしないけど。だけど、βでも、薔薇っぽい人は居るし…。


「それ程、突拍子も無い事かしら? 亜莉菜、証拠を見せてあげたら?」


 どうにも納得が行かないあたしに、怒る訳でも、機嫌を悪くするでもなく、サヤさんが軽くティーカップを傾けて、静かに微笑んだ。


「はい。杏さん、お手洗いかお風呂場へ案内して下さるかしら?」


「ほ?」


 トイレかお風呂?

 なじぇ?


「…女性でも、αならば…相手を妊娠させる事が出来るのは知っているでしょう? 逆に、男性でもΩならば妊娠出来る事も」


「え、あ、うん?」


 いきなり、お母さんに常識を語られてしまった。

 いきなり、非常識な事を言って来たくせに。


「…って…え?」


「今は慎ましいけれど…安心して下さいね? 有事には、如意棒の様に伸びますわ」


 アリナさんがソファーから立ち上がり、未だ座ったままのあたしの肩に手を置いた。


「にょ…」


 如意棒って、限界突破してますやん。

 上限は無いんですか?

 下から頭をぶち抜かれちゃうんですか、あたし?


 目を見開いたまま、アリナさんを見る。

 嘘をついている様には見えない、綺麗な笑顔だ。

 ギギギと顔を動かせば、お母さんが呆れた様に、しっしっと手を振る。

 更に、ギチギチギチと顔を動かせば、サヤさんが口元に手をあてて『ほほほ』と、笑っている。

 つう~っと、額から流れる汗を冷たく感じる。これが冷や汗か。


「あっ、わ、わおっ!?」


 解った! 理解しました!

 

 と、言おうとしたら、アリナさんの肩にあった手があたしの腕に降りて来て、グイッと引っ張った。そうなれば、あたしは腰を浮かせるしかない訳で。そしたら、お母さんに浮いたお尻をグイっと押されて、あれよあれよと、お風呂場まで連行されてしまった。


 …嘘やん…何の連携プレイなん…?


 そして、脱衣所で見てしまった。

 小さい時に、お父さんのを見て以来のモノを。


 …まぢか…。

 話には聞いていたけど、本当に…あるんだ…。


「お帰り。理解した? あと、いきなりみたいな顔をしているけど、お母さん言っていたわよね?」


 ちょっと白目を剥きながら、アリナさんに手を引かれてリビングに戻って来たら、ティーカップに口を付けてたお母さんが、カップを置いて開口一番言って来た。


 何を? と、口を開く気力は全部如意棒に持っていかれたので、あたしはこてんと首を傾けた。


「もう中学生なんだから、ボーイフレンドの一人でも見たいわ〜」


 …あ〜…中学入学の時に、そんな寝言を聞いた気がする…。


「明日から高校生なんだから、流石にボーイフレンドの一人や二人は出来るわよね〜」


 あ〜…受験中は静かだったけど、入学前に、また寝言を言い始めてたっけ。


「けど、一年経っても、あなたは誰も連れて来ない」


 いや、だって、男の子とは話すけども。別に? ねえ?


「で、それを沙弥さんに愚痴っていたら」


 なんでやねん。


「うちの亜莉菜も同じなの。運命に会ったら連れて来るの一点張り。そんなの何時になるか解らないでしょう? 運命の番に出会うだなんて、宝くじに当たるより確率低いのに」


 あ〜…何か昼休みに騒いでいたなあ…。


「亜莉菜ちゃんはαだって言うし。丁度良いから、婚約させちゃいましょって話になったの。あ、そう言えば沙弥ちゃんΩだったわね〜なんて、盛り上がっちゃって」


 盛り上がるな。

 てか、Ωだってのを忘れるくらい、てか、気にならないぐらい、二人は仲良しって事?

 

「…………いや…そんなノリで婚約って、決める物なの? αやΩなら、まあ、解らなくもないけど…あたし、βだよ?」


「あなたがそんなだから、ノリで押しているんじゃない」


 はい?


「事あるごとに、自分はβだって。βだからって、最初っから諦めっぱなし。我が娘ながら情けない」


「いや、あの、本当の事だし? それに、ボーイフレンドやら彼氏やらは、自然と出来るもので、無理に作るものでもないし? 自然に出会って、恋人とかになれば、それが運命って事で…」


「だ〜か〜ら〜! その運命を! 今! でっち上げているんじゃないっ!」


 バンッて、お母さんがソファで囲む様にしてあるガラステーブルを手のひらで叩いた。


「ほわっ!?」


「あらあら、美樹(みき)ちゃんオブラートオブラート」


 いや? サヤさん?

 

「それは違います」


 おっ!?

 アリナさん、まさかの助け舟!?

 

「私の運命は、私が決めます。私、杏さんが気に入りましたの。同じ趣味の人に出逢う確率も低いですわよ? だから、杏さんを私の運命にします」


 いや、泥船だった――――――――っ!!


「ちょっとおおおおおおっ!?」


「私も、サカバンバスピス好きなの。fuguriで私もTシャツを作ったし、パジャマも作ったの。今度見せてあげる。………………だから、婚約しましょう?」


「喜んでっ!!」


 って、ん? 何か、最後の方に…ボソッて不穏な発言があった気がするな?


「よっしゃ! 釣れた!」


「はっ!?」


「もー、美樹ちゃんったら。さあ、気が変わらない内に、誓約書にサインしちゃいましょう。拇印で構わないわ。杏さんの手を押さえて? 亜莉菜」


「はい」


 ガッシって、アリナさんが両手であたしの腕を掴む。


「いや! ちょ、まっ!?」


 なんだ、この力強さ!?


「観念して? αの執着、聞いた事あるでしょう?」


「ひっ!?」


「そうよ〜。納豆にオクラに山芋に…まあ、とにかく、ネバネバと凄いわよ〜。あ、学生らしく、節度は守って貰うわよ?」


 いや!?

 そんな物に例えられても!?

 ちょ、ティッシュで指を拭かないで!

 朱肉を押し付けないでっ!?

 サヤさんも笑いながら誓約書を近付けないでっ!?

 てか、節度って、何!?


「やだーっ! あたし、初恋もまだなのにーっ!?」


「あら、嬉しい。私を初恋にすれば良いわ。二人で初恋を育んでいきましょう、ね?」


 にっこりと笑いながら、アリナさんが朱肉でべったりなあたしの指を掴む。そして…――――――。


 ◇


「知っている者は知っているだろうが…」


 ああ…先生の顔がサカバンバスピスになっている…いや…クラスの皆の顔も、サカバンバスピスだ…。


「…と、言う事で、これから宜しくお願いしますわね。特に、杏さん?」


 コンッと亜莉菜さんが、チョークで黒板を叩いた。

 うん、昨日…山田が言ってたよね…転校生って…聞いて驚けって…。


「…はは…」


 あたしも、顔をサカバンバスピスにして、ただ虚無に笑った。

 先生と教室に入るなり、亜莉菜さんは黒板に向かって歩き出し、チョークを手に取り、それはそれは楽しそうにカッカッとチョークを鳴らしながら書いていた。


『池上亜莉菜。α。松本杏の婚約者。杏は私の運命』


 って…。

 そっか…昨日のあれは亜莉菜さんで、あの時点でαだと、職員室前に群がってたみんなは知っていたと…。あたしは、山田を無視して…いや…無視していなくても、結果は変わらなかった気がするけど。

 まあ、とにもかくにも。

 αと婚約をしたトコで、あたしがβである事は変わらない。

 何時か、運命の番のΩが現れるのかも知れない。そうしたら、あたしはポイッて捨てられるんだろう。亜莉菜さんがあたしを運命って決めても、それは、ねじくれた運命だと思うから。どうしたって、本物の運命には逆らえないと思うから。

 ってか、あたしは平々凡々に生きたい。目立ちたくない。周りから、嫉妬とか妬みとか、そんな視線を向けられたくない。

 って事をつらつらと話したら。


『解ったわ。大学卒業までに、杏さんが私以外の人を好きにならなければ、結婚しましょう』


 って、とっても良い笑顔で亜莉菜さんに言われた。

 めっちゃ猶予を貰えた。なんて、喜んだあたしは馬鹿だった。

 αの執着をめっちゃ嘗めてた。


 ◇


 リンゴ―ンって音が鳴るチャペルで、過去の出来事を思い出しながら、あたしは隣に並ぶ美しい人を見上げる。


「どうかしまして?」


 青空の下で、それはそれは神々しいまでに爽やかな笑顔だった。

 二人、真っ白なウエディングドレスに包まれて、バージンロードを歩く。

 あたしのは、レースやフリルをふんだんに使って、とにかく可愛らしさをアピールした物だけど、亜莉菜のは、そんな飾りなんて一切無い。あたしより、頭一つ高くて、スタイルも良くて…まあ、既に完璧な亜莉菜には、シンプルな物が一番良く似合うって事なんだろう。


「ん、なんでもない」


 ここまで来たら、もう引き返せないし、引き返すつもりもない。

 だって、亜莉菜とはめっちゃ趣味が合うし。

 それに。

 何であたしの学校に来たの? って聞いたら『あら。好かれて欲しければ、同じ土俵に立つ物でしょう?』なんて言うから、グサッて刺さったよね、矢が。好きになれとかじゃなくて、好かれて欲しいだなんて。ヤバい。αは、小説や漫画のせいで傲慢なんてイメージが強かったけど、くるんって、引っ繰り返ったよね。更には、婚約の話が出る前から沙弥さんから、あたしのお母さんの話を聞いていて『そんなに仲の良い友達の子供なら、仲良く出来るかも。友達になりたい』って、思っていたそうな。いやいや、知らなかったのは、あたしだけっていうね。更の更には、お父さん同士も友達とか。本当に、平凡なβだった筈なのに、どうしてこうなった。

 けど、まあ。

 これが運命だって言うんなら、仕方がないよね。

 こんな運命も悪くはないと思うから。


「杏」


「うん」


 亜莉菜に声を掛けられて、あたしは腕を高く上げる。

 二人で持っていたブーケが、青い青い空の下で、踊る様に舞い上がった。

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