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最悪から始まる転生 〜王太子の事情〜


「……なぜだ? 私はどうしたら?」


 チビを守り隊の二人がせっせと計画をたてていたころ、王宮の一室では、頭を両手で抱え込みぐったりと項垂れる王太子がいた。

 金髪碧眼の完璧な見てくれを持ち、優美に整った鼻梁や涼し気な目元。その眼はばっさばさな長い睫毛に彩られ、すいっと動く瞳の流し目に心臓を撃ち抜かれた御令嬢は数知れず。

 そんな悩ましい逸話の数々を余さず占有する王太子ナイトハルトが、実は女性に免疫のないチェリーボーイだったなどと誰が思おうか。


 心底困ったような顔で、彼は上目遣いに側近を見上げた。


「私はどうすべきなのだろう、ウォルター」


「……適切な慰謝料を支払い、形だけの謝罪をなされば宜しいかと」


 切れ者と評判の側近は王太子を振り返りもせず、鷹揚のない声でサックリ答える。無言で書類にペンを走らせる己の側近に眼を据わらせ、ナイトハルトはさらにたたみかけた。


「しかし、閨を共にしているのだぞ? ……朧気だが記憶がなくもないし、懐妊していたらっ?」


「……適切な養育費を支払い、離宮の一つも与えれば宜しいかと」


 再び紡がれる素っ気ない言葉。あまりに冷淡な側近の態度に苛立ち、その憤りを王太子は直球でぶつける。


「そんな薄情なことをして、子供に父親と名乗れようかっ?!」


 そこまで聞いて、ウォルターは持っていた書類を執務机に叩きつけた。ダンっと打ち据えられた書類が堅牢なオークの机を軋ませる。


「父親と名乗るつもりなのかっ! 阿呆ぅだろう、おまえっ!!」


 剣呑に眼を光らせて睨めつけてくる側近に、思わず王太子はぴゃっと慄き背筋を仰け反らせた。

 王太子の幼馴染みであり、御学友。さらには側近筆頭なウォルターは、今回の事態に怒り心頭、怒髪天である。

 たまたま彼が半日休暇を入れた日に起きた大事件。残していく側近や護衛らにあれほど言い含めたにもかかわらず、このていたらく。憶測でしかないが、ウォルターがいない隙を狙って、弟王子は行動を起こしたに違いないと彼は思っていた。


「だいたいだなあっ! あれだけ母子して敵視してくる弟殿下を、なぜ信用したっ?!」


「だって、弟なのだぞ? 昔は仲良く遊んでもいたし、家族なのだ。母上を喪った今、父上の血を引く唯一の肉親ではないか」


 当たり前のように宣う王太子の姿を見て、ウォルターの眉が複雑そうに寄せられた。


 ナイトハルトは早くに母親をうしない、無関心な父王が招き入れた後妻の側室に酷い虐待を受けていたのである。

 王族の妻らが住む後宮は、ある意味魔窟だ。男子禁制であり、力を持つ妻が猛威を振るう。子供でも男子が住めるのは十歳まで。『男女七歳にして席をともにせず』という諺があるくらい、後宮は厳しい規律をしいている。

 そんな中、後ろ盾になるはずの母親を亡くした王子の待遇など知れていた。母親が正室であろうとも、今現在の後宮最高権力者は側室様。

 御学友だったウォルターが事のしだいに気づくまで、ナイトハルトは毎日のように側室から殴る蹴るの暴行を受け、食事も碌に与えられなかったのだ。

 そんなナイトハルトにこっそりお菓子を持ってきたり、泣きながら慰めてくれたのが、第二王子のラインハルトである。


『あにうえさま、だいじょうぶですか? 痛いですか? ごめんなさぃぃぃ』


 ポロポロ涙を零して、母親に叱られるかもしれないのに決死の覚悟で食べ物を運んでくる幼い弟が、ナイトハルトにとって唯一無二の拠り所となるのも仕方のないことなのだろう。

 陰湿な空気の吹き荒ぶ後宮で、三歳と五歳の幼い二人は、ひっそりと肩を寄せ合い生きてきたのだ。その刷り込みは健在。

 だから、王太子となった今でもナイトハルトは弟を見限れない。成長したラインハルトが母親の毒に染まり、心の底から兄を憎悪しているのだと感じてはいるのに、それでも弟を信じたいナイトハルト。

 愚かの極みだとウォルターは思う。現実を見ろと。お前の愛した無垢な弟は、もういないのだと。王太子の耳元で声を張り上げてやりたい。


 がりっと筆圧でペン先を潰し、ウォルターは蛇蝎のごとく弟王子達を忌み嫌う。王太子のお情けで生かされているとも知らず、至高の玉座を虎視眈々と狙い続けている痴れ者らを。

 側室に何を吹き込まれているのか分からないが、立太子した以上ナイトハルトの王位継承は揺るがないのにと。

 そうして、ふっと彼の脳裡に例のアバズレが過ぎった。

 悪名高くふしだらの代名詞な御令嬢。アレがナイトハルトのモノを咥え込んだからといって何が変わろうか。昔から王太子にまとわりつく傲慢なエカテリーナに、ウォルターは辟易させられたものだ。

 運良く胤が定着していたとしても、ナイトハルトが思い悩む必要はない。業腹ではあるが、外戚として正しく扱えばそれで済む。


 ……ナイトハルトの胤とも限らないしな。事は慎重に運ばないと。


 数多の男性と浮名を流してきた御令嬢だ。容赦はいらない。ウォルターは、そう考えた。だが彼は、王太子の心の中を理解していなかったのである。


 憤怒を隠しもせず悪態をつく側近を眺めながら、王太子は至福だった夜を脳裏に思い描いていた。途端にずくりと熱い劣情が下半身に溜まっていく。


 ……美しい御令嬢だったな。柔らかく豊かな髪と豊満な肢体。そのくせ、手足や腰は細く、全身を嬲った舌の感触はベルベットのように繊細で滑らかだった。

 

 艶めかしい一夜を思い出して、ナイトハルトは頬に朱を走らせる。目尻が火照り、心臓が早鐘を打っていた。やたらと大きく脈打つ鼓動が心地よい王太子。こんな気持ちは初めてである。


 彼女に逢いたい。ちゃんと話をして、正式な付き合いを申し込まねば。


 夢のような時間に思わず狼狽え、羞恥に爆発した彼は、翌朝、意図せず魔力を暴走させてしまったのだ。

 周りが推測するような攻撃や怒りからではない。彼女を傷つけてしまい、顔面蒼白で心底狼狽えたのはナイトハルト本人である。


 ありとあらゆる齟齬が起きた。間が悪すぎた。全てが噛み合わなかった。それがナイトハルトにとっての不運であり、ウォルターにとっては僥倖となる。


 エカテリーナの魂が残っていたら、今頃、床上手な毒婦による初めての情交に溺れた王太子によって、彼女は妃への路を駆け上っていたに違いない。


 見事にボタンをかけ間違えた結果、それぞれが懊悩煩悶に悶える日々を過ごす。




「……とにかく、チビを守るのが最優先よね」


《わたくしとしては、貴女にも幸せになって欲しいです》


 波瀾万丈になるだろうアレコレを、のほほんと話し合う薫とヒューズ。




「……とにかく、私は女性に不埒を働いたうえ、長く床につかせるような暴行まで犯したのだ。あちらと相談して然るべき礼儀を果たさねば」


 エカテリーナを手に入れるべく、アレコレ悶々とする王太子。




「……とにかく、王太子殿下に先走らせるな。全く…… あんな毒婦に入れあげるなぞ、どうかしている」


 エカテリーナに傾倒するナイトハルトを案じ、弟殿下を牽制する意味も含め、アレコレと策を講じるウォルター他の側近達。


 


 完全に思考の食い違った人々に囲まれ、薫の異世界ライフは始まった。


 

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