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 野生の悪役令嬢


「……でも、んまいわ、これ」


「美味しいっすよね? 玉ねぎの辛みと甘さが絶妙で。トマトソースだけなら子供でも食べられそうだ」


「ほんと。普通、挟むっていったらベーコンやチキンなんだけど、腸詰めかぁ…… 少し贅沢だね」


 エカテリーナに作ったのと同じ物を試食しつつ、厨房は大賑わい。賄いなど安く済ませるのが主流ではあるがまがりなりにも伯爵家の別邸だ。これぐらいの贅沢は許される。

 美味い、美味いと口々に褒める人々を余所に、ラグザは複雑な顔をした。


 ……こんな食べ方を、なぜ知っているんだ? あの様子を見た限り、これを普段から食べていたわけではないと分かる。


 エカテリーナがバゲットやドッグという言葉を説明に使わなかったあたりで、ラグザは聡くそれを感じた。

 だが、従者がその言葉を口にした途端、彼女の態度が変わる。ドッグを知っているような口調に。そして、これを作るよう命じられた。

 

 ……知ってるのに知らないふりをしていた? いや、最初の様子では、ドッグがあるのを知らなかったとしか思えない。


 謎めいたエカテリーナの言動。


 そんなこんなでラグザが悩んでいた頃。


 当の本人は別邸周りの深い森で野生に還っている。




「御嬢様っ! はしたのうございますっ!!」


「いーから、いーから。フーしかいないじゃん? あ~、気持ち良い」


 ドレスの裾を太腿の中ほどにたくし上げ、膝まで川に浸かるエカテリーナ。ときおり掠める魚がこそばく、彼女は冷たい水を堪能する。


「もう初夏の様相で暑かったのよ。ふわあ、生き返るわ」


 川にスカーフを浸して固く絞り、それを首に巻き付けつつ、エカテリーナは深い森の木漏れ日を浴びた。

 深い森に囲まれた湖の畔。恐ろしく透明な水は湧き水らしい。森を通って濾過された水もまじり、水底まで見渡せる美しさだ。

 しかも、この森そのものが私有地。アンダーソン伯爵家の持ち物で、麓の街まで我が家の荘園だというから開いた口が塞がらない。


 ……お金ってのは、あるとこにはあるって知ってるけど。半端ないな、うちの両親。


 これだって、もっと上の貴族家と比べたら慎ましやかなものなのだろうが。一億総中流と呼ばれる平和な国からやってきた薫には溜め息しか出てこない。


 ……と、何かが音を立てる。


 ぱきっと小枝の爆ぜるような小気味良い音。


 はっと顔を上げた薫の前に、フーが滑り込み、庇うように両手を広げた。


「何者だっ!」


「……え? 誰……?」


 木立の隙間を、ふらふら歩いてきたのはフーより若干年上っぽい少女。

 艷やかな黒髪が絡まったぐしゃくしゃな頭を振り乱し、胡乱げな眼差しでカクンっ、カクンっと覚束ない足取りのまま、一心不乱な早歩き。


 明らかに様子がおかしい。


「ちょ……っ! 大丈夫なのっ?!」


「御嬢様っ! 危のうございますっ!」


 思わず手を伸ばそうとしたエカテリーナを体当たりで止めるフー。その声に驚いたのか、少女が、ばっとこちらを振り返った。

 その目は血走り、ギョロリと動く眼球だけが妙に生々しく、薫の背に悪寒を走らせる。


「御嬢様……? え? エカテリーナ? なんでこんなとこにっ?! 野生の悪役令嬢とエンカウントするなんて知らないわよっ?!」


 ……野生の悪役令嬢て。


 言われてみたら、ドレスを膝上までたくし上げて後ろで一纏めに結び、袖も捲って水で濡らしたスカーフを百性結びしている、あられもない姿。


 ……うん、たしかに。


 少しは気まずげに苦笑いをするエカテリーナを凝視し、少女はわなわなと震える手で頭を掻きむしる。


「もう、やだ……、なんで、こんな目にぃぃ……っ」


 ぐらりと大きく傾いだ彼女は半べそをかきつつ、そのまま草むらにパタリと倒れた。


「ちょっとおぉぉっ、なにこれっ、行き倒れっ? フー、誰か呼んできてーっ!」


 あわあわする薫を仕方なさげに一瞥し、フーが肩を貸して少女を抱え上げる。だらりと力ない少女を軽々引きずる少年。


「このくらい、僕が運びます。御嬢様をお一人に出来るわけないじゃないですかっ!」


 しれっと宣い、フーは邸に向って歩き出す。


「かぁっこ良いぃ…… しっかりして来たねぇ、フー」


 ……男子三日会わざれば刮目して見よとはいうけど……この半年で逞しくなったもんだわ。背も大分伸びたし? にょきにょき筍だねぇ。


 ふふっと母親目線な薫。


 その呟きを、しっかり耳で拾っていたフーは、面映ゆいような照れくさいような、何とも表現し難い顔で赤面していた。

 



「過労と空腹で倒れたみたいですね。身体のそものに異常はありません」


「……良かったわ。レグザ、悪いけど面倒をみてあげてね?」


「かしこまりました。……ところで、その格好は?」


 エカテリーナは、シンプルなワンピースに麦わら帽子。その肩に竿を担ぎ、フーには籠を抱えさせている。他にもタオルや飲み物など準備万端で。


「森に大きな湖があったからさ。川や沢もあったし、食材稼ごうかなって」


 にっと笑う御令嬢。


 ……なんで御嬢様が食材調達。


 またもや唖然とさせられるレグザ。フーは鉄面皮を覚えて無感動な顔のまま、素直に籠を持っていた。

 意気揚々と出かけるエカテリーナを見送りながら、レグザは信じられない現実のオンパレードに困惑する、




「御嬢様……」


「ん~?」


「……いえ、なにも」


「なによぉ。変な子ねぇ」


 くすくす笑うエカテリーナに、フーも笑って見せた。伯爵家本宅では見せなかった無邪気な笑みを。


 ……なんか楽しい。なんだろうこれ。記憶を失われてからの御嬢様は、酷く変わられた。ここに来て、さらにまた。まるで水を得た魚のように溌剌としておられる。


 本来、子供であるべき時間を悪女の慰み者にされていたフーは、遅ればせながらその感覚を取り戻し始めていた。

 

 ……わくわくが止まらない。釣り? あの綺麗な湖や川で? ああ、僕も足を入れてみたいな。冷たそうだったし。


 きらきら眼を輝かせる少年を見て、エカテリーナがふくりと眼を細める。


 ……せっかくだし、色んな経験させてあげなくちゃね。街に買い物とか、森でピクニックとか。あ~、王都じゃ何にもしてやれなかったからなぁ。


 伯爵家本宅を離れたのを良いことに、子供の正しい育成を企む薫。


 だが彼女は、別宅に新たな刺客がやってきたことを今は知らない。

 

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