恋の終わり方
私は、恋をしている。
彼との出会いは、緑いっぱいの公園だった。
白いワンピースを着て、麦わら帽子を被った私は、彼の爽やかさに一目惚れをした。
少しだけ、彼のことを眺めていたんだ。
そしたら、急に強い風が吹いて、私の被っていた麦わら帽子は彼に向かって飛んで行った。
「はい。落としましたよ、お嬢さん」
って言って親切に拾って渡してくれたんだ。
その爽やかで美しい彼に、私は為す術なく恋に落とされた。
「あ、あははっ。ただ、あなたに見惚れてただけだけど?」
って私は彼に言った。
数秒が経って、私は彼から言われたことと考えていたことが違うことに気がついた。
私がなにを想像してたかって?
『どうかしましたか?お嬢さん』
だよ。変な勘違いだよね。
でも、そんな私に「ありがとうございます」って笑って返してくれたんだっけ。
しかも、なにもない私の麦わら帽子をどこか寂しいと思ったのか、どこからか黄藤の花を取り出しては、私の麦わら帽子に刺してくれたんだ。
黄色くて美しいその花は麦わら帽子とマッチしていて、もっと美しくなっていた。
本当に、優しい彼だった。
そんな縁で、私は彼と話すことになったんだ。
話してみると、彼はとても気さくな人だった。爽やかな振る舞いに隠れて、わりとおしゃべりでびっくりしたよ。
彼の意外なところにも私は惹かれた。
家に帰ろうとしたら同じ方向に彼が進んでね。
そのまま歩いて行ったらまさかのご近所さんだったんだ。
あのときは驚いたし、なによりも嬉しかった。
それから交流が深まったんだよね。
たしか……8,9ヶ月が経った頃、彼からプロポーズしてきたの。
私の誕生日ってことでちょっと高級なお店に連れて行ってもらって、そこで誕生日プレゼントって言ってキラキラと輝く宝石の指輪を手に持って、
「僕と、結婚してくれませんか?」
って、プロポーズを受けた。
嬉しかったわ。一目惚れから始まった8,9ヶ月の恋とはいえ、それはどちらも本物だったもの。
だけど、嬉しかったけど、私はすぐに答えを出すことはできなかった。
だから、
「ちょ、ちょっと考えさせて?私も、突然のことで頭が混乱しているの……」
と言って保留にしたの。
とても悔しかったのは言うまでもない。
だって、ずっと好きだった彼を自分勝手に保留にしたのだから。
──それから彼が死んだのは、ちょうど一週間後だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息を切らしながらも、私はある病院へと来ていた。
「茅巳鈴さん、でしょうか?」
ある所まで来たとき、医者が私に声をかけた。
「は、はい!あの、彼──」
「誠に、申し訳ありません」
私が彼のことを聞こうとしたとき、途端にその医者は、私に向かって頭を下げた。
「あ……え……」
足から力が抜けて、私は地面にへたり落ちていた。医者が私に謝る。それだけで、私は察してしまったんだ。
“彼が死んでしまった”ということに。
遅かったんだ。なにもかもが。
一週間前にあの判断をしたときから、私はもう手遅れ。
「ハ、ははは……」
私の笑みは、もはや自然に出ていた。
人が呼吸をするように、私は口角を上げていた。
「申し訳、ありません……」
医者は再び謝ったが、私の耳にはもう届かない。
耳が、痛い。
まるで闇の閉じ込められたかのように、私は周りからの声を遮断していた。
今さらになってそんな失態を思い出すことは、彼に失礼だ。
だけど、私の犯した失態は最低だった。
嬉しいから、だけどなぜか保留にした。
その“なぜか”がわからない。
勉強でなぜわからないのかわからないみたいだよね。
でもそれくらい、深刻で、取り返しの着かない失態だったのだ。
『もしあの時にOKしていたら』
なんていう考えも、もちろんあったよ。
その度に妄想した。彼との幸せの日々を。
妄想したって意味はないはずだけど、無意識に私の脳はそう働いていた。
『彼を殺したのは私?』
そんなことも思った。
その度に涙が出たよ。彼との思い出を探して、見て、思い出して。
すごく大好きなのに、苦しい。
──彼との思い出はとても、私にとって後に残る毒でしかなかった。
私はあの公園に来ている。
白いワンピースを着て、麦わら帽子を被って、あの時話したベンチに座っていた。
このまま彼との思い出をすべてバッサリと切り捨てて、新しい人生を始めるのもまた良い気もしてならない。
すべては私の判断、精神の強さで決まっていくのだ。
そんなとき、少し強い風が吹いた。
すると、私の被っていた麦わら帽子は風に飛ばされ、向こう側のベンチへと飛んでいく。
あのとき、“彼が座っていた所”に。
すると、私の疲弊した脳裏には、焼き付いた彼の座る姿が映る。
フラッシュバックなんて、もう何回もしたよ。
飽きるくらいには、ね。
でも、飽きているけど、涙はやっぱり出てしまう。
「やっぱり、あの思い出は忘れられないよ」
笑いながら顔をぐしゃぐしゃにして、私は向こうのベンチを眺めていた。
彼のつけてくれた黄藤の花は風に揺らされ、その綺麗な花弁を一つ一つ誇張していた。
失態を犯したのなら、それに値する苦悩を受けて、また新しい人生を歩めばいい。
そう、彼が言っているようだった──。
Thank you for reading!
過ちは自分を直さない。直すのは、過ちを犯したその先の自分。
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