九十六 果てしない痛みを超えて
ついにレイとの極限の殺し合いは幕を開けた。
斬撃の応酬は加速し続け、二つの剣先が鳴らす金属音も徐々に感覚が短くなっていく。
本能と神具の力、理不尽な宿命への怒りが、血のような赤い殺気となって身を包み、人の理を超えた動きを可能にする。
それに対してレイの動きは静かだ。こちらも人間離れの動きをしているのだが、剣を交えたときに祈りが伝わってくる。深い闇の中で救われてほしい、そんな者たちへの祈りが……
拮抗する怒りの白い刃と祈りの黒い刃は徐々に互いの身体に届き始める。俺たちの身体は光になっているので魔力さえあればすぐに再生はするのだが、痛みは生身と同様に伝わる。
完璧だと思われたレイの強きに刹那の隙を感じると、当然それを見逃すわけもなく柄頭でみぞおちを貫いた。
「うぐっ!」
さらに下から剣を振り上げ斜めに斬り割く!
手応えはあったが流石に振りが大きかったので僅かにかわされ深手にはならなかった。
レイは一旦、上空に退避をして傷口を再生させる。
流石に間を取らざるを得なかったか。いやちょっと待て、あいつが上空にいるということは……
「『離別の星石』!」
超広域の魔法陣から山のような岩が顔を出す。
俺たちの世界にこんなものが落とされたらどれだけの被害が出るか想像もできない……
でもここは神域で二人しかいない。
山のような巨石は炎を纏い、高速で落下してくる。
避けるか?
壊すか?
防壁で防ぐか?
三つの選択が浮かんだとき、巨石の前に黒い影が現れ一緒に一緒に落ちてくる。
レイは巨石は守るようにこちらに向かう。
これで壊すという選択はなくなったわけか……
では簡単に避けさせてくれるのか?
否。それも阻止される可能性がある。
今の俺なら防壁でこの一撃を防げる。
でもレイがその防壁を一点突破してきたら?
どんどん近づいてくる燃える山のような巨石。
退避する気配のないレイ。
とにかくレイをどうにかしないと突破口はない。
クソ! こうなったら……
全力で地を蹴り、レイを抱えて全力で上空に退避する。
かなり高くまで上昇しているつもりではあったが、燃える巨石が地に衝突した際の爆風で吹き飛ばされそうになる。
仕方なく振り向き強力な防壁を構築して守ろうとしたとき、レイが俺の剣身を掴む。
「『力の破壊』……」
この忙しいときに力を破壊しにきたか。
「『力の創造』!」
こちらも創造の力で破壊の力を相殺するも一瞬対応が遅れたので完璧な防壁は構築できなかった。それでも最小限の面積に抑えたのでなんとか耐え抜くことができた。
すぐに防壁を球体状にして、中の黒煙は空の光の球を作りそこに吸い込ませる。
「本当にこれが君の本気かい?」
真っ黒な煙が辺りを包む中、背後から同じように球体状の防壁で身を守ったレイが語りかける。
「これが今の俺にできるベストだ……」
「――まぁいい。君に紹介しておきたい者たちがいる。上で待っているから早く来なよ」
そういってレイはさらに上へと上昇していった。
黑い煙の中を抜けると外は相変わらず黄昏の空が広がっていた。
「これが僕の紹介したかった者だよ」
レイの方を見ると身にまとっていた闇のドレスはなく紫色の光でできた身体が露わになっていた。
その周りを幼女、少女、女性の姿をした闇が囲む。
彼女たちからは底知れぬ絶望と憎しみを感じる。
「歴代の破壊の悪魔たちか……」
「そう。黒壊の剣の奥底に潜む歴代の悪魔たちの闇。彼女たちは宿命だけではなく僕も憎んでいる」
「それなのに今は協力してくれているのか」
「憎き悪魔の宿命を終わらせることと宿敵の英雄と殺し合いをしたいという点は一致していたからね」
悪魔の宿命によって理不尽な目に合うのは、絶望によって力の覚醒をさせ、宿敵である創造の英雄と殺し合いをさせること。
これを知れば英雄を殺したくなるのは当然だ。
中には英雄に殺された者もいるだろう。
そんな彼女たちに俺がしてあげられることは……
「――いいぜ。そいつらもまとめて相手にしてやるよ。どうせドレスになってお前を守るだけではないんだろ?」
「その通りさ。君を殺したくてウズウズしているよ……さぁ、みんな! 僕に力を貸してくれて!」
取り囲んでいた闇たちは黒炎となって全身を包む。
レイは膝をつき祈ると、深紅の翼と二本の角が飛び出し黒炎を纏う。
黒炎は最低限守らなければいけないところに留まり、残りは黒壊の剣の剣身に集約される。
そして目を瞑りひと呼吸置いて見開くと、漆黒の瞳に紫色のマザールーンの模様が浮かぶ。
「次は君の番だ。最後のチャンスをあげるよ」
捨て身となりより攻撃性が増したレイに勝つ方法。
可能性があるとしたらマルスさんとの戦いで一度だけなったことがある清らかで純粋過ぎるあの姿。完璧過ぎるがゆえに力の上乗せができないため別の姿で戦うことを選んだが……
でもこれを諦めたらレイには届かない。
完璧なレイと完璧な姿。
また俺は完璧なるものに屈するのか?
それだけは死んでもごめんだ!
根本的に考え方を変えろ。
力を上乗せするのではない。
受け入れ、共存し、調和し、発展させるんだ。
燃える怒りの殺気を一旦解除する。
そして白創の剣に魔力を注ぐと、真の解放をする。
「それが君の真の解放? 水色の光の羽に水色の瞳。随分とシンプルで燃費が良さそうだけどそれだけでは……」
「焦るなよ。ここからが前世の英雄を超える俺の本気だ」
ゆっくりと目を閉じる。
これまで生きてきた中でどうやっても届きそうにない者たちに出会い、憧れ、届かず、絶望した。そこから得たものは情けない自分自身への憎しみ。劣等感のようなものだ。
白創の剣は神具。本来なら英雄の魂がなければ俺ごときが手にしていい代物ではない。
でもこいつはいつも力を与えてくれた。たとえそれが英雄の宿命によって導かれたものであっても感謝している。
副会長戦のときも相棒として力を貸してくれて嬉しかった。
最後まで相棒でいたい。
だから……
お前は創造の英雄としてではなく、俺個人とどうしたいのか教えてくれ!
『――春日一矢……私は神が創りし武器でしかない。しかし常に信じられる自分のために共存と調和、そして発展を求める続ける姿を見て、お前とともに変わることが最適であると判断した』
これが白創の剣の意思。
俺個人を信じてくれていた……
「相棒、俺の想いと願いを受けいれてくれるか?」
『了解』
再び怒りの赤い殺気を燃やす。
でもこれでは完璧なものに拒まれるだけ。
まずは完璧なものを受け入れろ。
そして共存するんだ。
燃え盛る怒りの揺らめきを抑えより洗練されたものにすると、赤い殺気の炎が徐々に青色に変化していく。
両手で優しく柄を握り、纏わせるのではなく混ざり合う感覚で青い怒りの炎を解放していくと受け入れてくれてることが伝わってくる。
白創の剣が剣身の模様と鍔の宝玉が空のように深い青色に染まる。さらに剣の刃が薄っすらと青色を帯びる。
そして目を見開くと、水色の光の翼は青色の炎を纏い。身体の表面は薄い水色の膜に覆われる。
「――随分と待たせてしまったな」
「色々とあったみたいだけどようやく本気で斬り合えそうだ。覚悟はいいね?」
「とうの昔にできている!」
最初に仕掛けたのは俺だった。
身体が軽い。今ならどこまでも力を出せる!
真正面から突っ込むと左斜め上から剣が振り下ろされるが、余裕を持ってかわし、加速してレイの脇腹を斬り割く。
――さぁ、まとめてかかってこいよ。
身体の正面をレイの背中に向けると、既に無数の小さな黒炎の刃がこちらに迫ってきていた。
避けることもはたき落とすこともできる。
でもまずは……
身体全体に黒炎の刺さる。
痛い。熱い。苦しい。
これが歴代の悪魔たちの俺への憎しみ……
拒むな。受け入れろ。
身体は瞬時に再生していたが心に隙ができた。
もちろんそれをレイが見逃すわけもなく、今度は右から斜め上から斬り裂く。
「――わざと受けたんだね……」
「約束したからな……まずはこの身体でお前たちの英雄への憎しみを知りたかった。だが……」
レイに斬られた深い傷口がまだ再生し終わらないうちに瞬時に斬りかかる。
「もうこんな甘いことはしない。お前たちも甘いことをするな」
静かなる怒りを言葉に込めて睨みつける。
ここからは甘えも妥協も一切ない斬り合いとなった。
俺は神域にある質が高く無限に近い量のマナを、オドの超効率精製によって魔力が尽きることはないので、どれだけ傷つこうが欠損しようが瞬時に身体を再生することができた。
レイは歴代の悪魔たちの力によって俺と同レベルで瞬時に身体を再生する。
自分のための怒りと他人のための祈り。
それは決して交わることはない。
斬って斬られて痛みを積み重ねるうちに、俺とレイは際限のない神域の空を共に昇って行った。
斬撃の応酬は加速し続ける。
自分の想いを相手の魂に痛みとして刻みつけるために……
レイがより高く上昇れば俺はすぐにより高く上昇する。
もう手の届かない場所へは行かせない。
想いも憎しみも痛みも超えて互いに上へ上へと目指し始めたとき異変は起きた。
俺の白創の剣とレイの黒壊の剣に薄っすらと銅色の光が帯び始めた。
それでも構わずに二人はさらに上へと目指す。
そのとき、二人の剣身が一瞬だけぶつかり合ったとき、互いにの刃がまるで粘土のように食い込んだ。
これは……
ついに二つの神具の融合が始まった。
しかし、前世の英雄と悪魔もここまでは到達したが完全なる融合まではいってはいない。
まだだ。
これからが俺たちが創る新たな未来だ!
「『未来の破壊』!」
ようやく希望が見えかけた瞬間のできごとだった。
「――レイなんで……」
「先月宣言してただろ。君が僕にかけた『未来の創造』はこの戦いの中で破壊すると」
完全に忘れてた。
これでレイは一人で死ぬことができるようになってしまう。
でもそんな俺のエゴはもはやどうでもいい。
これでイーブンになっただけだ。
静かに二人は対峙する。
薄っすらとした銅色の光は二人の剣身だけではなく全身を覆う。
痛みが導く新たな未来。
それを信じて俺たちは駆け出した。
白の刃と黒の刃は互いの身を衝突をつく返し、隙があれば身体を斬り裂く。
痛みを伴う魂のぶつかり合いは加速すればするほど膨大なエネルギーを生み出す。そのエネルギーは可視化されて薄い灰色から白銀のような輝きを放つ。
無限に脹れ上がる白銀のエネルギー。
それを包み込む銅色の光。
気がつくと二人は憎しみのことを感じなくなっていた。
突き動かすのはただの意地だ。
「いい加減、折れやがれ!」
「それはこっちのセリフだ!」
極限まで高めた創造と破壊の力が剣身の衝突を通じて混ざり合う。
そしてとうとう二本の剣身は粉々に砕け散った。
「クソっ! ここにきて……まだやれるだろ相棒?」
「みんな! まだ殺し合いは終わりたくないよね?」
問いかけても何も起こらない。
この事実が二人に戦いの終わりを理解させる。
そのとき二人の手から剣が勝手に離れ、横に並ぶと重なりあった。
重さなった二つの剣は膨大なエネルギーを吸収し、徐々に混ざりあっていく。
「――本当に終わったのか……?」
「まだだよ。最後の仕上げが残っている。生まれてくるこの子に憎しみや痛み以外のものを教えくちゃ……」
融合していく二つの神具の柄を二人で握り、顔を見合わせる。
「これまで英雄と悪魔という宿敵同士でずっと争ってきた」
「繰り返される惨劇の流れを前世の二人が変えた」
前世の英雄の想いと俺のレイへの想いを注ぎ込む。
そしてレイが注ぎ込む想いも共に握る柄を通じて伝わってくる。
「俺たちがこれから教えるのは愛」
「双子の神具よ。今こそ過去の痛みを超えて一つになれ!」
融合する神具は呼びかけに応えるように銅色の光を放つ。
これから生まれてくることを祝福するかのように俺とレイは新たな神具を天高く掲げた。




