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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第十章 一月 創造と破壊の彼方
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九十四 そして神の聖域へ

 扉の先には青と黒のマーブル模様が揺らめく空間が果てしなく広がる。何回も来てるから慣れてはいるけれど、これから長居をしたらどう感じるかは未知だ。


 少し離れたところでヴェヌス先輩が謎の球体に魔力を込めていた。表面では白色と黒色の混色と分離が不規則に繰り返され不気味に感じる。


 レイはこのカオスな球体に入り残り半分の破壊の闇を取り戻すのだ。


 ヴェヌス先輩は球体を作り終えたところで俺たちと合流した。

 

「さて、早速俺とヴェヌスとレイの『時の契約』を解約する」


 アドルさんは空間の裂け目から三枚の紙を取り出す。


「この紙は『時の契約』を解約するときに契約主、すなわち理事長のフレイアと交わす合意解約書だ。後はそれぞれが魔力を込めて血判を押すだけとなっている。準備はいいか?」


 ヴェヌス会長とレイは頷く。

 

「じゃあいくぞ!」


 三人は親指を噛み合意解約書に血判を同時に押す。

 辺りは眩い光に包まれ三人の姿が変わっていく。


 ドクン!


 なんだこの禍々しい魔力は?

 魂が最大限に警戒している。

 

 無意識に白創の剣(はくそうのけん)取り出し解放していた。


 隣にいるマルスさんも同様に警戒している。


 光が薄れると三メートルはゆうに超える化物が出てきた。


 人型ではあるが、巨大なヤギのような角が二本と大きな翼、竜のような立派な尾を持ち、全身は黒い蛇のような鱗で覆われている。


 全身は基本的に真っ黒であるが、金色の角と鋭い目が怪しく輝く。胸の中心部には水晶玉のようなものが付いており、中では白色と黒色が混色と分離を繰り返していた。


 これが魔王……

 天使のように美しかったヴェヌス先輩の面影はもはやない。


「――私が怖いか?」


 魔王が静かに話しかけてくる。


「警戒はします……ヴェヌス先輩でいいんですよね?」


「まだその名で呼んでくれるならな……」


 全てを威圧してしまうような金色の目で見つめながら答える。


 マルスさんの方を見ると剣をゆっくりと鞘に収めている。


「久しぶりにその姿に戻ったな。ヴェヌス」


「――魔王の前で剣を抜きすらしないとは余裕だな……」


「余裕じゃねぇよ。信頼だ」


 今度はボサボサとした黒髪の男が現れる。


 この男の魔力はよく知っている。でも以前剣を交わしたときとは何もかもがデタラメに桁違いだ。これが正真正銘の世界最強の英雄ってことか。


 俺より頭半分は大きいので、背丈は少なくとも百八十センチメートルは超えている。本来の年齢は六十代と聞いていたけど、顔は三十代後半くらいに見えるのだけれど……


 鎧はダークシルバー色の動きやすさを重視したものを着ており、鎧の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体が堂々とした振る舞いに説得力をもたせている。


 男はヴェヌス先輩に軽口を叩いたあと、こちらに向かってきた。


「よう! カズヤ。お前がこの姿を見るのは初めてだな」


「アドルさん! クオーツ先輩のときとは別人じゃないですか……」


 若々しさについても聞いておきたかったがクレスター家はこんなものなのだろうと諦めた。


「そりゃあの肉体だから仕方ない。でも俺の技を攻略できるのなんてここにいる面子と神以外にいないから自信を持て」


 嬉しそうに大きな手で頭を撫でてくる。

 まだまだ子ども扱いだ……


「うぅ……次に勝ったら絶対に本気で悔しがらせてやります……」


「おぅ! いつでも待ってるぞ」



 そして最後に出てきたのは…… 


 冬月怜佳(とうげつれいか)


 彼女は高校二年の頃から髪を伸ばし始めた。


「カズヤ! 成長した僕はどうかな?」


 肩まで届く艷やか黒髪を揺らして、レイはこちらに駆け寄ってきて上目使いで俺に問いかけた。


 この振る舞いはやっぱりレイだな。


「髪と身長は伸びたな」


「それだけ……?」


 冬月にさらに似てきたことに多少困惑したが、いつものレイで何だか安堵した。


 でも魔力に関しては一年間の鍛錬分が加算されており、これが本来のレイなのかと改めて恐ろしくも感じる。


「顔つきも少し大人っぽくなったかもな」


「かもなって……そこは素直にいいなよ!」


「わかったわかった。大人っぽくなったよ」


 レイが不満そうな顔でこちらを睨みつけてるとアドルさんが間に入ってきた。


「お前たちはここに痴話喧嘩しに来たんじゃねぇぞ!」


「ふざけすぎた……ごめんなレイ」


「僕も大人気なかった。ごめん」


 お互いに頭を下げる。


「これで『時の契約』を解約した。ここからが長いぞ。準備はいいか?」


 俺とレイは少しの間見つめ合い、頷く。


「俺はいつでもいいです」


「僕も大丈夫」


「よし。じゃあレイのことはヴェヌスに任せる。カズヤは俺とマルスがなんとかする」


 あれ?

 レイはともかく俺は二人が付いてないといけないくらい大変なのか?


「あとパートナーリングは俺が預かるから外してくれ」


 それぞれの左薬指に着けている銀色の指輪を外してアドルさんに手渡す。


「これで準備は整ったな。早速始めるか」


「じゃあ行ってくるね! ヴェヌス先輩。お願いします」


 尻尾を振りながら歩くヴェヌス先輩についていき、先程のカオスな球体の中に消えて行った。



「さて……カズヤ。お前はどうやって残り半分の創造の光の魔力を取り戻すつもりなんだ?」


「え? レイの闇の魔力を全て放出して、『共存の天雨(あめ)』で魔力を戻せばいいんじゃないんですか?」


「――お前は自分の能力を理解しきれてないな……確かにあれは無差別に癒やしてしまう代わりに傷も体力も魔力さえもほぼ完全に癒す反則みたいな能力だ」


 実際、共存天雨(あめ)で魔力を全回復してきた。今回も同じようにやれば簡単に終わるんじゃないのか?


「『オド』については覚えているよな?」


「はい」


 オドは生まれながらして持つ魔力であり、魂にある魔力精製器官の精製量を制御している。


 それだけではなく術者の基本属性や付加能力も司る。

 例えば俺なら基本属性は光であり、付加能力とは創造だ。


「確認しておくが普通の奴は基本属性に能力を付加はされない。俺たちのような神具(しんぐ)を持ってる奴の特別な魔力だ」


「それが何か?」


「今お前のオドは、お前とレイの特別な魔力量が均等になるように調整される状態になっている。つまりレイから供給されてきた魔力の分だけ付加能力がある魔力が精製できる。それを超えると普通の魔力しか作られない」


 なるほど。オドの制御を戻さない限りは、いくら魔力を回復させてもレイの魔力との兼ね合いで通常の光の魔力しか精製されなくなるのか。


「ということはレイの闇の魔力を全て抜くとバランス調整で能力付加のない光の魔力しか作られなくなるわけですね……」


「片方がゼロならこちらもゼロになるように調整されるな」


 それならレイだって同じことで、パートナーリングを外して俺の魔力を全部抜いてしまえば、オドの制御による調整で普通の闇の魔力しか作られなくなるんじゃ……


「あの……これを応用してレイが普通の闇の魔力しか作れなくして覚醒を遅らせることができたのでは?」


「そうすると悪魔の宿命によってオドの制御が調整してされてしまう。下手したら制御が効かなくなって暴走するかもしれんぞ?」


 結局はパートナーリングで互いの特別な魔力量を均等にして、俺の魔力の特殊性質でレイの覚醒を遅らせるしかなかったか……


「納得したなら再開するぞ。オドの制御の再調整は本来は何年、何十年もかかる。でもレイの魔力にすぐに適応したお前ならそんな時間はかからないだろう」


「具体的には何をすればいいんですか?」


「魂の中に直接アクセスして少しずつオドの制御を元に戻す。創造の力を持つお前だからできるやり方だ」


 これまで何人かの魂の中にはアクセスしたことはあるけどオドを意識してコントロールしたことはない……そもそもオドは魂のどこにあるのか……


 腕を組んでうーんと悩んでいるとマルスさんが口を開いた。


「カズヤくん。そんなに難しく考えなくてもいいんだよ。これまで創造の力を使ってきたときと同じように君が望むものをイメージすればいい。そうすれば力が導いてくれる」


 これまでの説明から機械を整備するようなイメージを持っていたが、そもそも俺は魂にアクセスしても弄るのではなく対話をしてきた。


 今回も自分が望むものをオドという魔力と対話して調整していけばいいんだ。


「マルスさんのおかげでやり方がわかってきました。ありがとうございます」


「それはよかった。じゃあ始めてみようか」


 左手を胸に当てて白創の剣(はくそうのけん)を取り出すような感じで胸に手を突っ込むと、心臓付近に温かい白い光の玉に触れる。


 創造の魔力を魂に込めると意識が魂に引っ張られ気を失う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 気がつくと白色と黒色に分けられた空間にいた。

 少し進むと人影が見える。


「やぁ。待ってたよ。今の所有者さん。カズヤだっけ?」


 白と黒の玉座に座った髪の色が白と黒に分かれた幼い子どもが無邪気に語りかけてくる。

 蝶ネクタイにサスペンダー、フォーマルなシャツとズボン。

 まるでピアノの発表会にでも行くような格好だ。


 それにしても顔は俺に似ているな……

 アルバムで見た幼い頃の自分はもっと日に焼けてはいたけれど。


 先程の発言と現在の状況を考えたら……


「――君が俺のオドか?」


「そうだよ。カズヤが無茶するからこんな姿になっちゃった」


「それは悪かったな……」


「仕事だから仕方ないよ。それより僕を元に戻すんだろ?」


 オドが指をパチンと鳴らすともう一つの同じ玉座が現れる。


「話そう。これからどうしたいのか知りたい」


 まずは魔力精製の制御を元に戻して創造の光の魔力を全力で精製できるようにしたいと伝えた。


 しかし、「それは知ってる」と返されてしまう。

 そもそも俺の魂の一部なのだから知ってて当然だ。


 そうなると何を話していいのかわからなくなる……


 俺が知ってることはこいつも知っている。

 でも俺はこいつのことは知識でしか知らない。


「――オド。俺はお前のことを知りたい」


「いいよ。何が知りたい?」


「お前は何者だ?」


「僕は英雄の魂一部であり魔力を司る者。カズヤの魔力のコアとも言えるかな?」


 オドは魔力と呼ばれているけれどこいつは自分のことを「者」と言い切った。俺はオドについて勘違いをしていたのかも知れない。


「オド。俺と遊びたいか?」


「どうして?」


「こんなところで一人退屈だろ?」


 白創の剣(はくそうのけん)を胸から取り出し、白色の柔らかいボールを創り、オドに投げる。  


「このボール。どうすればいいの?」


「俺に投げ返せ」


「こうかな?」


 ぎこちないフォームで投げると、ボールはゆっくりと放物線を描き、俺の胸にたどり着く。


「始めてなのに胸にちゃんと届くなんて凄いじゃないか! ほらもう一回!」


 オドとのキャッチボールはしばらく続いた。

 センスがいいのかフォームはどんどん良くなっていく。


 オドが上手く投げられるようになる度に髪と服の色は白の割合が多くなっていった。


「ねぇカズヤ。本気で投げてみていいかな?」


「いいぞ。こい!」


 しゃがみ込みストライクゾーンに右手を構える。


 するとオドの雰囲気が急に変わりゆっくりと右足を上げたあと、力強く左足を踏み出し、胸を張り、腕をしならせながらボールを放つ。


 おいおい素手なのにこんな球捕れないぞ?

 いや、捕ってあげないといけない。

 

 右手の中で暴れるボールを左手も使って何とか落とさないように抑え込む。


「ハハハ。よく捕れたねカズヤ」


「お前、騙しやがったな! こんな凄い球を投げられたのか」


「違うよ。カズヤが真剣に向き合ってくれたから成長しただけ。それに僕は心配されるほど弱くない」


 そうか見た目に惑わされてこいつと本気で向き合えていなかった。


「――オド。これから一番大切な人と極限まで殺し合う。お前にも極限まで負担をかけてしまうが一緒に戦ってほしい」


 オドに手を差し出す。


「カズヤのことはみんな知ってる。君が望むならどこまでも……」


 差し出された手をオドは笑顔で握る。

 

 すると空間が白い光に満たされ収束すると、全てが真っ白になっていた。


「これで創造の光の魔力は全力で作れるよ。僕と本気で向き合ってくれてありがとう」


「こっちこそもっと早く自分の力、そして魂と向き合うべきだった。これからも頼む」


 そういうと再び気を失った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――う、うん……」


「カズヤくん! カズヤくん!」


「おい! カズヤ!」


 マルスさんとアドルさんの声が聞こえる。

 

 いつの間にか仰向けに寝かされていた。


「大丈夫です……聞こえてます……」


「胸に手を突っ込んだまま気絶したときは流石に驚いたぞ」


「とりあえず衰弱してるみたいだから回復してあげるね」


「すみません、自分でやらせてください」


 そう思ったとき、胸の中にから勝手に白創の剣(はくそうのけん)が現れ、足元に刺さる。


 オド……

 ありがとう。

 そして全力でいくぞ!


 剣の柄頭に手を重ねて白創の剣(はくそうのけん)を解放する。


 するとこれまでにない量の白い光がどんどん溢れてくる。

 凄い。これならどこまでも戦える……


 光は巨大な翼となり全身を包む。拡散すると身体は白い光そのものになった。


 魂の中が創造の光の魔力で満たされている。


 魔力の精製速度がこれまでとは比較にならないが決して暴走しているわけではない。魂に負担をかけないように制御されている。


「オド制御の調整に成功したみたいだな」


「それは違いますよ。オドと協力できるようになっただけです」


「魂の中にアクセスできない俺にはわからん感覚だな。まぁ上手くいったならそれでいいか」


 アドルさんが肩をすくめる。


「ところでどれくらい時間が経ちましたか? それにレイは?」


「予想通り十二時間。あとはレイ待ちだ」


 レイが入っている白色と黒色が混じり合う混沌とした球体の周りはバリバリと紫色の光がスパークし、今にも何かが出てきそうな気がした。


 そして突然、球体の白色が全てが黒色に飲まれ、紫色のヒビが入る。

 

「出てくるぞ!」


 近くにいたヴェヌス先輩が叫ぶ。


 ヒビから紫色の光が漏れ、黒色の球体が爆発し粉々になる。


 紫色の光となったレイが静かに佇む。


黒壊の剣(こっかいのけん)を掲げると、剣身からどす黒い闇が湧き出し、ドレスとブーツになってレイを包む。


 さらに目を見開き資格者の眼を発動させると、深紅の翼と二本の角が生える。


「――お前……レイなのか?」


「そうだよカズヤ。それより父さん、血の契約を解約してよ。今なら暴走しない」


「同じ契約はもう結べねえぞ? わかってんだろうな」


「わかってる……」

 

「レイ! なぜそんな焦るんだ。父さんの言うとおり直前に解約しても」


 マルスさんが必死にレイに訴えかける。


「兄さん……もし直前に解約させてもらえなかったら今のカズヤとはまともに戦えない。後悔したくないんだ」


 レイが穏やかに微笑む。


「――わかったよ……もう好きにしろ。でもどんなことになってもお前は俺の最愛の妹だということは忘れるな」


「もちろんだよ」


「じゃあ解約するぞ……」


 こうしてアドルさんは魔法陣を展開してそこにレイを寝かせる。


「父さん。僕を拾って名前までくれてありがとう」


「黙ってろ。お前はまだこれからだ」


 こうしてアドルさんとレイとの血の契約は無事完了した。そのときのアドルさんの横顔は少し寂しげに見えたような気がする……



「じゃあ神のところに行くぞ。資格者の眼を全員解放しろ!」


 アドルさんに続き、ヴェヌス先輩とマルスさん、そして俺も資格者の眼を解放した。


「よし。カズヤ! レイ! 神樹の門を出してくれ」


 二人で魔力を高め神樹の門を出そうとしたときだった。



『その必要はない。我がお前たちを招待する』



 白と黒の光の粒が巨大な門を形成していく。


 まるで木のようなデザインの柱と鋳物門扉(いものもんぴ)


 大きな鷲わしの頭の上に小さな鷹たかが留まっているようなデザインのレリーフ。


 間違いない。

 マルスさんと合宿でみたあの門だ。


 門の扉がゆっくりと開く。



『さぁ来るがよい。(ことわり)を超えた資格者たちよ』



「わざわざ招き入れてくるとはな……まぁ手間が省けたからいい。行くぞお前ら!」


 アドルさんに続き、俺とレイとヴェヌス先輩の四人は神樹の門をくぐった。

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