九十三 最終決戦前日
一月三日の昼、白のデバイスにアドルさんからメッセージが二件きていた。
一件目は一月六日の最終確認日と翌日の決戦日の集合時間について、もう一件は俺とレイに六日は話があるから三十分ほど早く来いという内容だ。
さらに二件のメッセージには、「学園に入れば全てが終わるまで出られないからやりたいことはやっておけ」と一言添えてあった。
やりたいことか。
ちょうど年始のパーティーの手伝いで臨時収入があったし……
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ついに一月六日、決戦の最終確認の日が訪れた。
この日まで何か特別はしてこなかった。
商店街のお店もぼちぼち開いてきたのでレイと買物に行きたいと一度は考えはしたけれど……今日のために無駄遣いはしたくはなかった。
そんな誘惑に負けないために軽く鍛錬をしてあとはフレイアさんから許可をもらい書庫で四大国に関する情報を収集していた。
今日もまた書庫に入っている。
内容はとても難しく殆ど理解できなかったけど将来のために積極的に四大国のことを知ろうとすることは今後に活きると思いたい。
そうこうしてるとレイと約束していた時間が近づいてきたので書庫に物理施錠と魔法施錠をして急いで自室に戻った。
とりあえずコートを羽織り、ニット帽とマフラーと手袋を手に取り待ち合わせ場所の談話室に向かい走る。
すでにレイが紅茶を啜りながら待っていた。
「ギリギリセーフだね」
白いコートを着て白いマフラーを巻いて、テーブルには白い耳当てと手袋が置かれている。
「真っ白だな……」
「そういうカズヤも真っ黒じゃないか」
確かにコートもニット帽もマフラーも手袋もみんな真っ黒だ……
「ごめん! こんな日に真っ黒なんて不吉だから別のものを取ってくる!」
「僕をこれ以上待たせる方が悪い未来が訪れそうだけどね。もうお腹ペコペコなんだよ」
レイがカップを片手にニッコリと忠告する。
「わかったよ……待たせて悪かった。早く行こうぜ」
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外は雲がほとんどない快晴で冬にも関わらず山に登ってくる人々が多数見られた。
「父さんと約束した十四時まではあと二時間。つまり今はランチタイムの十二時。君は僕をどこに連れて行ってくれるのかな?」
「グルメなお前ならもう知ってるだろうし何回も行ってるだろ。でも今日はここで一緒に食事をしたいんだよ」
今から行くのはプティロードという料理屋。
魔法学園の近くにあるのだけれど、普通の学生が入るには学食に比べたら値が張るお店だ。
それでも平日は結構な数の学生が訪れ、島民や観光客にも人気がある。
雪道を歩いているとクリーム色の外壁にダークブラウンの柱の可愛らしいお店が見えてきた。
「へぇ……プティロードか。僕も何度か行ったことがあるけどここはいいよね。料理も美味しいけど……」
「おっと、それ以上は駄目だ」
俺がこの店を選んだ理由をここで言われたら台無しだからな……
レンガに囲まれた扉を開けると内壁もクリーム色で柱はダークブラウンなのにレトロな備品の効果なのかクラシカルな雰囲気を感じた。
休日だから店内にいるのはほとんど大人だ。
お目当ての席が空いてるといいけど……
「いらっしゃいませ。何名さまですか?」
「俺と彼女の二名で。あとすみませんが窓の近くのテーブル席って空いてますか?」
「ちょうど一番奥のテーブル席が空いてますよ。そちらにどうぞ」
奥に進むと確かにテーブル席が一つだけ空いていたので、こちらの席に決めた。
テーブルの横は大きな窓ガラスが並び、テイルロード島を一望することができる。
「カズヤはこの店を選んだ理由ってやっぱりこれだったんだね」
「この世界にきたときお前は俺にこの島の風景を見せてくれた。あのときこの箱庭的空間に魅力されてとてもワクワクしたんだ」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
「まぁ俺が見せているのは冬の殺風景なものだけどな。それにお前は冬って……」
かつてレイはこの島に来る前、冬の厳しさに負けて死にそうになった。もしかして内心では不快に感じてるんじゃないだろうか。
「大丈夫だよ。この島はいつでも美しい。見てよ。薄っすらと雪化粧された島と島に挟まれた水道がキラキラと輝いている」
愛おしいそうに窓の外を見つめる。
店員が水を持ってきて注文が決まったか尋ねる。
「そうだな。じゃあ俺はランチコースで」
「じゃあ僕も最初はそれをいただこうかな?」
最初はね……
でも俺には臨時収入がある。
それも結構な額だ。
なぜそんな沢山の収入があったかというと、料理長がポケットマネーでぜひお礼がしたいと申し出てきたからである。
理由を聞くと三人の超高速空中野菜カットを見たシェフたちは「俺たちも負けてられねぇ」とモチベーションがあがり、いつも以上のパフォーマンスを出せたそうだ。
パーティにはセーフティハウスに出資しているフロント重工の幹部も参加していたらしく、今回の料理にとても満足されてぜひ贔屓にさせてもらいたいと直接言われたらしい。
まぁクレスター家の当主とその息子にいきなり手伝いをさせて通常の謝礼しか渡さないのもおかしいというのが一番の理由ではあるんだろうけど……
でもアドルさんもマルスさんも素人がプロの厨房に入って気を使わせてるのに通常以上の謝礼をもらうのは許さない。
結局、アドルさんとマルスさんは全額俺に渡すように料理長に頼んだわけだ。
「お待たせいたしました。カボチャのポタージュスープです」
カボチャのポタージュスープと聞いて甘そうだなぁと思ったけれど色が予想外に白に近く、真っ白なクルトンと合せてあっさりとしてそうな見た目に驚いた。
味もカボチャの優しい味を残しつつ奥ゆかしいコクもあってとても飲みやすくて食欲が湧いてくる。
その後は大きな海老が乗ったシーフードリゾット、白身魚とホタテのソテーが出てきた。
特に白身魚とホタテのソテーは様々な色の野菜が鮮やかで、大きなハーブの緑がとてもインパクトがあった。もちろん味も申し分ない。
最後にコーヒーを飲んで一息つく。
ここからレイの快進撃が始まった……
「このお店はね。パスタ料理が充実しているんだ。でもその前にお肉を食べたいな」
ステーキから始まりメニューに記載してあるパスタを当たり前のように次々と味わっていく。
そんないつも通りのレイを見ながら追加注文した二杯目のコーヒーをゆっくりと啜った。
支払いを済ませると予想通り、臨時収入はほとんどなくなっていたが心は晴れやかだった。
「ごちそうさま」
「どういたしまして。念の為聞いておくけどお腹大丈夫だよな?」
「今日はデザートまで手を出してないからまだまだ余裕だよ」
まだまだ余裕なんだ……
「早いけど学園に行くか?」
「そうだね。どうせ他のみんなも早く来そうだしもう行こうか」
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なんだかいつもより静かな学園内の廊下を歩き、理事長室の扉の前に着いた。
レイは顔をチラリと見るとコクンと頷き、扉をノックした。
コン! コン! コン!
「失礼します」
「おう! 早いじゃねぇか。入ってこい」
中からアドルさんの声がした。
扉を開けるとアドルさんの他にフレイアさん、セイレーン先輩、そしてケブとスカーレットがいた。
「レイ様! 会いたくて会いたくて夜な夜な涙で枕を濡らしてましたわ!」
スカーレットがいきなりレイの胸に飛び込む。
「よしよし。辛い思いをさせてごめんね。年末年始はどうだったかい?」
「フロント重工の社長であるお父様と一緒にずっとパーティーやら来客対応ばかりでしたわ……でも鍛錬は続けておりますのでご安心を」
レイの胸から離れ刀が仕込まれた杖を自信満々に見せる。
「ケブ、おまえは?」
「家にいても落ち着かないから早めに来ちまった」
ワハハと苦笑いしながら答える。
「カズヤ。レイ。お前らはいい仲間をもったな。戦乱の世でもないのにここまでの猛者が育ち命を賭けてくれるなんて凄いことなんだぞ」
以前食べていた肉入りサンドイッチをかじりながら語る。
「あ、アドルさん、いやクオーツ先輩。僕らだけ美味しいものを食べてきてなんかすみません……」
「俺はフレイアの作ったこのサンドイッチがあればいいんだよ。ここぞというときに何を食べたいかは人それぞれだ」
「ふふふ。あなたは本当に変わらないわね。はい、コーヒー」
流石は長年一緒にいるパートナーだ。
こんなやり取りをさらりと人前でやれてしまう。
サンドイッチを食べ、ブラックコーヒーを飲み終えると一息ついて俺とレイに語りかけた。
「そろそろお前とレイを仕上げるための説明をするか。隣の会議室にいくぞ」
会議室に入るとアドルさんが一番奥の席に座り、説明を始めた。
「お前ら二人は神具の最後の力とそれぞれの前世の力を手に入れほぼ完全覚醒している。でも現状はパートナーリングの効果によりそれぞれ光と闇の魔力を半分ずつ持ちまだ不完全だ」
「だからリングを外してそれぞれの魔力を元に戻すわけだね」
「その通りなんだが魔力が戻ってもそれがお前ら独自の魔力に戻るまでに少し時間がかかる」
「どれくらいですか?」
「余裕を持って十二時間だ」
日を跨ぐわけか……
「その前に俺とヴェヌスとレイの時の契約を解約して元の姿に戻す」
「レイも時の契約を結んでいたんですか? それなら覚醒の進行は……」
「残念ながらそれは時の契約でも止められない」
つまりレイの肉体の成長は一年だけ止まっていたわけか。
それなら鍛錬しても意味がなかったのでは?
「あの……時の契約中に行った肉体の鍛錬ってどういう扱いになるんですか?」
「戻ったときに上乗せされる。つまりレイは今より強くなるってことだ」
まだ強くなるのかよ……といつもなら思うがどうせ極限まで殺し合うんだ。これくらい誤差だろう。
「これで少し大人の女性になれるね。君の反応が楽しみだよ」
レイが得意気な表情でこちらを見てくる。
もしかして既に高校を卒業している俺との年齢差を気にしていたのか?
「話を戻すぞ。レイは闇の魔力が完全に変換されるまでヴェヌスが作る空間にさらに監視しながら隔離する。万が一暴走したときのためだ」
「あの……アドルさん。レイとあなたの血の契約はどうするんですか? これが有効だと完全覚醒にならないんじゃ……」
「それはお前と戦う直前で解約する。解約したら間違いなく暴走するからな」
血の契約はアドルさんとレイを家族にした契約でもある。
もしかしたらそういう意味でもギリギリまで解約したくないのかもしれない。
「説明は以上だ。質問があれば後で受け付ける。そろそろ集合時間だ」
定刻となり転生システム破壊計画における最終確認が始まりアドルさんが語りだす。
「二十一年前にこの島で英雄と悪魔が戦い。その翌年に魔王と共に全てを終わらせるためにこの計画を立てた。今日まで俺についてきてくれたことに深く感謝する」
アドルさんはゆっくりと深く頭を下げた。
「今回、転生システムを破壊する目的は二つ。一つは悪魔と英雄の転生を終わらせること。そして魔王の転生を止めることだ。次に今回の計画の実行作戦について確認する」
作戦と言っても結論を言えば俺とレイが極限まで殺し合いをして完全なる神の魔法を完成させるというものだ。
どうやって完成させるかというと、双子の神具である俺の白創の剣とレイの黒壊の剣を、極限の殺し合いのエネルギーを使って一つにしてしまう。
これがなければ俺とレイとヴェヌス先輩の転生システムを破壊できない。
それ以前に神がそんなことを黙ってさせないかもしれないので、神樹門の先に行ったことがあるアドルさんが事前に話合ってくれるらしい。
でもこうなるように仕込んだのは神と前世の英雄なんだから穏やかな話し合いにきっとなるだろう。
ここまでが神樹の門を通る者達の話。
ちなみに今の俺とレイなら神樹の門はすぐにでも出せるらしい。
時の狭間で呼び出した神樹の門の傍ではマルスさんが待機をする。暴走したレイや未知の生物が出てきたときに対処するためと、もし俺たちが誰も戻って来ないときに学園にそのことを知らせるためである。
学園に残るメンバーはというと、フレイアさんは千里眼を用いて学園や島に異変がないか監視と対応。セイレーン先輩は時の狭間と通じている赤い本の管理。ケブとスカーレットは二人のサポートだ。
今回の作戦で転生システムの破壊はもちろん重要なのだが、関係者以外に計画の存在を知られてはいけないことも重要である。
「今の世界は魔王も悪魔も倒されたことになっており大戦後から時間をかけて秩序を少しずつ取り戻している。だからこそ計画は秘密裏に行い歴史には残さない」
アドルさんが静かに力を込めて言う。
計画が成功しても誰も褒め称えてはくれない。でもこの計画が始まってから島が良い方に向かっているのは事実だ。
まぁ俺は世界云々よりレイと共に生き残ることが最優先で、レイの提案に乗ったわけだが……
「俺からの確認事項は以上だ。不明なことがことがあったらフレイアに聞いてくれ。全て伝えてある。俺たちはカズヤとレイの準備ができ次第、時の狭間に向かう」
最終確認が終了しあとは俺たちが準備するだけだ。
とは言っても向こうに持っていくものなんてないどころか、できるだけ身軽な方がいい。
「ねぇカズヤ。君が重力制御ネックレスは外さないのかい?」
「これも魔力消費するから外しておくか」
ネックレスを外してレイに渡す。
「何これ。いつからこんなに重くしてたんだよ!」
「マルスさんとの勝負が終わってからかな。いつの間にか気にならなくなってたけど……」
短期間ではあったけどかなり重くしておいたおかげで身体がとても軽い。
「あの……カズヤさんたち少しいいかしら」
セイレーン先輩が話しかけてくる。
「ローレライの件は本当にありがとうね。あなた達のおかげで妹は変われた。そして私も……」
「いえいえ。俺はただ人と魔族が共存するための癒やしの力を見せただけですよ。変わるかどうか決めたのはあなた達です」
「そのために僕はかなり身体を張ったけどね……」
レイが少し拗ねた表情をする。
「そのことについては本当にごめんなさい。でもあなたが身を削ったからこそカズヤさんは力を見せられた。学園が新体制になっても生徒会顧問として一緒にいたいから必ず二人で帰ってきてね」
そういうとセイレーン先輩は一礼して理事長室に戻って行った。
そして次はフレイアさんが俺たちの前に現れた。
「カズヤさん。あなたには本当に感謝しています。全てが終わったら必ずあなたを元の世界に……」
「そのことは本当に全てが終わってから考えましょうよ。あなたには返しきれない恩がある。レイと生き延びて少しずつ返していきますよ」
「母さん。僕もクレスター家の娘になれてよかった。ここまで育ててくれてありがとう」
「――二人とも……必ずまた元気な顔を見せてくださいね。それじゃあ……」
フレイアさんがレイを抱きしめてると、レイは静かに目を瞑り安堵したような表情を浮かべる。
そして優しい抱擁が解かれると、レイは俺の手を引き会議室を後にした。
理事長室の応接スペースでケブとスカーレットが紅茶を啜りながらくつろいでいた。
「ケブ、スカーレット行ってる」
「おう! 頑張れよ」
「二人とも早く帰ってほしいですわ」
なんか二人ともやけに余裕だな……
「カズヤ。こういうのもありなんだよ。さぁ行くよ!」
チラリと振り返ると二人のカップが僅かに震えているように見えた。
「二人とも来たか! それじゃあ時の狭間に行こうか」
「ちょっと待ってください。最終確認にヴェヌス先輩がいなかったですよね?」
「あいつなら先に時の狭間で待ってるよ。色々と準備があるからな」
そういやヴェヌス先輩はレイを監視するための空間を作るとか言ってたな。
「ではみなさん、これより時の狭間への扉を出します」
セイレーン先輩が赤い本に魔力を注ぐと扉が出現する。
その扉を開け俺とレイとアドルさんとマルスさんの四人は時の狭間に向かった。




