九十 少しでも寄り添うために
十二月末日、学園内の廊下をゆっくりと歩き生徒会室に向かっていた。
外はしんしんと雪が降っており、薄暗い廊下を雪明りが照らす。
学園内には俺を除いて一人しかいない。
そいつと話をするためにわざわざ理事長のフレイアさんに許可をもらったのだ。
コン、コン、コン。
「いいよ。入ってきて……」
いつもとは違う元気のない声でレイが招き入れる。
中に入ると明かりは全て消されて部屋は薄暗い。
レイはというと生徒長用の革張りの椅子に座って俺に背を向け窓の外の雪を眺めていた。
「ったく……明かりくらいつけろよ。これじゃあお前の顔が見えないだろ」
明かりをつけようとスイッチに手を伸ばしたとき、「やめて!」とレイが大きな声で叫んだ。
「――わかったよ。でも話は聞いてもらうからな」
「うん……」
部屋の中央にはロの字型に机が並べられており、レイに近い席に腰掛ける。
「お前もマルスさんに勝ったらしいな」
「君と違って神の盾とまともにやり合わなかったけどね……」
「お前とは相性が最悪だから賢明な判断だ。それでお前は破壊の悪魔と会ったのか?」
「うん。色々と話したけど最後の最後で幸せになれたって喜んでた。そして僕に後のことを託したことを謝ってた……」
産まれてからずっと孤独で、せっかく信頼できる父親のような魔族に出会えてもまた孤独になった破壊の悪魔。
やり方はともかく孤独から解放されたくて、もがいてもがいて、最後は英雄と死闘を繰り広げ、同じ夢を見てこの世を去った。
死は永遠の孤独というけれど彼女は最後の最後で愛を得て孤独から救われたのだ。
「――お前がアドルさんと出会った日も雪が降ってたんだよな……」
「こんなもんじゃないけどね。本当に死を覚悟した」
「そしてこの島に連れて来られてクレスター一家や島のみんなに愛されて幸せな時を過ごした。破壊の悪魔として完全覚醒してしまう恐怖と、そうなったら愛する家族に殺されるという恐怖を抱きながら……」
「わかったようなことを言うじゃないか……まぁそれは事実だ。その理不尽な恐怖は常に孤独であるべきと絶望させ、僕を強くした。完全覚醒した君と互角に戦うために……だから孤独を抱えることは否定できないはずだったのに……」
レイの身体に力が入り声が震えだす。
「ところが俺がこの世界にきて、命を賭けてくれる親友たちができて、みんながお前を孤独にならないように必死になった」
「色々頑張ったけど孤独こそが悪魔である僕をより強くするという結論は変わらなかった。だから、みんなを愛しながら孤独になれる道を新たに選んだ」
「命を削ってでもみんなの幸せのためにその身を捧げる。自己犠牲の覚悟ってやつか?」
「みんなの愛を抱きながら死という永遠の孤独に向かう。これが悪魔としての僕に許された最高の生き方だ。もちろん君と二人で生き残ることはまだ諦めてないよ」
確かに破壊の悪魔の力を効率的に覚醒させるには孤独になる方がいいし、それも理不尽な状況下であればあるほど効率がいい。
「――お前が自己犠牲という愛をもって死にたいならその想いは否定はしない。それなら俺は……」
「駄目だよ。そんなことされても僕は嬉しくないし、その未来は絶対にあり得ない。これ以上は聞きたくない!」
レイが声を荒たげる。
まぁ俺がこれから創造しようとする未来は狂ってるし、レイじゃなくても止めるだろう。
マルスさんはわかってても止めなかったけど……
でもこれは愛する者を本気で殺しにいくには通さないといけない俺に必要なワガママなんだ。
ゆっくりと立ち上がり、会長用の執務机を周り込みレイの横に立って顔をこちらに向ける。
雪明りがレイの泣き顔を照らす。
そして彼女の顔にそっと近づき二人の唇を重ね合わせる……
「――初めてカズヤからしてくれた……もう僕がなんと思っても考えを変えないんだね」
「あぁ……お前を一人で死なせないし、お前を殺していいのは俺だけだ。もちろん、そんなことには絶対にならないようにするがな」
「君が創ろうとしている未来は『僕が殺された場合、誰に殺されても君が殺したことになり君は死ぬ。そして君が僕を殺せば君は死ぬ』だろ? そうなれば僕は愛する家族に殺されたという事実は存在しなくなる」
レイの言う通りだ。
例えば俺がレイに負けて殺されれば、本来の未来ならマルスさんがレイを殺すだろうが、俺が殺された後にレイも一緒に死んだという未来に分岐する。
逆に俺がレイを殺せば俺は死ぬ。
つまり俺が勝っても負けてもレイと一緒に死ぬ未来を創るというわけだ。
二人が生き残るためには極限まで拮抗する殺し合いをして完全なる神の魔法を創るしかないわけだ。
「孤独を背負ったままのお前を一人で死なせない。そして孤独を背負わせて殺した後にのうのうと生きるつもりもない。みんなには悪いけどこれは俺が本気でお前を殺しにいくためのワガママであり覚悟だ」
「そんな無茶苦茶な願いはいくら神具でも実現できるわけがない……というかそれだけは実現させない!」
「じゃあ全てを賭けて俺を殺しにこい。それを全部受け止めて必ず二人で生き残る道を掴み取る」
胸から白創の剣を取り出し、解放してレイの胸に突き付ける。
「――これ以上話をしてもやっぱり君は考えを改めないんだね……いいよ。今は君の『未来の創造』の力を受け入れて殺し合いの中で破壊する」
俺の足元とレイの胸に白い魔法陣が展開される。
そしてレイの魔法陣に白創の剣を突き刺すと魔力が一気に持っていかれる。
「やっぱり条件が条件だからギリギリまで魔力を消費するな……」
二つの魔法陣が消えたとき白創の剣も消失してレイの方に倒れ込む。
おそらく九割近くの魔力を消費したように感じた。
「まったく……君は本当に馬鹿だよ。こんなことのために倒れ込んでどうすんのさ……」
レイは俺を抱きながら頭を撫でる。
「お前が抱えている孤独にどうやっても近づけなくて……お前が孤独であり続けていても寄り添いたいことだけは理解してほしくて……それで本気で殺し合えるのか不安で……」
上手く言葉が出てこなくて涙が溢れてくる。
「うん。僕が味わった本当の孤独は僕だけのものだし、そこには君でも立ち入ってほしくない。でも君にも信じてほしいんだ。僕は何があっても本気で君を殺しにいくし君もそうできると信じてる。そして二人で必ず生き残る」
「――わかってる。それだけは絶対だ」
「じゃあ今日はもう帰ろう。ハンカチを貸すから顔を拭きなよ。情けない顔はもう見られたくないだろ?」
「ごめん……」
「でもね。今日は嬉しかったよ。こんなに積極的な君を初めて見れたし……やればできるじゃないか」
レイは頬を赤く染めてニコリと笑う。
その後、生徒会室の戸締まりをしてクレスター邸に帰った。
そして自室に戻ると白のデバイスにレイとの決戦日と事前準備日、集合場所等が通知されていた。
最終確認日は一月六日の土曜日、決戦日は一月七日の日曜日。集合場所は理事長。
俺たちの運命を決める殺し合いの日はついに確定した。




