八十九 全てを出し切った師と弟子
英雄と別れ、時の狭間に戻ると時間は進んでおらず、辺りを包む白い光は白創の剣に収束し鍔迫り合いは続いている。
「――これまでとは雰囲気が変わった。どうやら英雄から最後の力と記憶を受け継いだようだね……」
マルスさんは銀守の剣にさらに魔力を込めると薄い灰色の光が煌き出し、俺の剣身を押し込んでくる。
でもまだだ。
ギリギリまで引きつけろ……
「君の力はこの程度じゃないだろ? 何か企んでるのはわかっている。本気でこい!」
額の近くまで剣身が押し込まれたとき、反撃の時は来た!
資格者の眼を開放し、その力を剣の鍔に埋め込まれている白い宝玉に流し込むと刻まれたマザールーンの模様が赤く輝く。
「吹き飛べ!」
赤い殺気に包まれた白い剣圧がマルスさんを吹き飛ばす。
そして一瞬で間合いを詰め剣先に創造の光を集中させてマルスさんに向けて『未来の創造』の力を放つ。
俺の予想通りならマルスさんの剣は弾かれ直撃するはず、だった……
しかし放った光は全て銀守の剣吸収されていった。
「どうやら新しい力を手に入れたのは君だけではないようだ……」
マルスさんの両眼にも赤いマザールーンの模様が浮かぶ。
「これまでどんな強敵と戦っても獲ることができなかった資格者の眼……まさかここで手に入れると思ってもみなかったよ」
資格者の眼を発動させたアドルさんとも以前に戦って勝った。でもそれは未熟な身体のクオーツ・リンドウとしてだ。
百戦錬磨の完成された状態で戦っていたら……
そう思わせるほどの男が目の前にいる。
世界ナンバーツーのマルス・クレスターだ。
だからこそ全力で先手を打っておいてよかった。
おそらくマルスさんは俺の作戦にまだ気がついていない。
「カズヤくん。今回はやけに勝負を焦ってないかい? 息もだいぶ上がっているし、もしかして長期戦を避けたいとかかな?」
「体力と魔力ならまだ共存の天雨で回復できますからそれはありませんね」
とは言ってもこれは発動に時間がかかりマルスさんまで回復させてしまう無差別回復魔法だ。
それに魔力の消費も非常に多いので、これ以上戦いを長引かせれば回復どころか、今の姿で戦闘を維持できなくなる。
当然、このことは見抜かれているので簡単には回復させてくれないだろう。
「マルスさんはまだ俺に見せてないとっておきの盾を持ってますよね? アドルさんのように神の盾も完全解放できるんじゃないんですか?」
「できるよ。でも今出しても君の攻撃は一切通らない。それにこれを出したら君に回復させる隙を与えるからやらないけどね」
ならば……
「マルスさん。もしかして『未来の創造』の力が不発だったと思っていませんか?」
マルスさんはその言葉に一瞬顔をしかめるがすぐに表情を戻す。
「もし不発でないならこのタイミングで言わないよね。見苦しい時間稼ぎはもうやめないかい?」
「『未来の創造』の力はある程度の発動時間を指定できます。もしこれまでの会話がそのための時間稼ぎだとしたら?」
「君が放った一撃は僕の剣が全て吸収した」
銀の守の剣をチラリと見る。
「吸収したから無効化できてるとは限らないですよ。魂とリンクし剣として具現化している神具で吸収したということは魂そのものに影響していてもおかしくはないのでは?」
「それなら僕が気が付かないわけがない。自分の魂だぞ?」
マルスさんが呆れて肩をすくめる。
「この力はアドルさんにもマルスさんにもない神具第三階層の力。しかも発動するのは未来。絶対に気が付かないと断言できますか?」
吸収された『未来の創造』の力が本当に発動しているかは俺でも絶対とは言い切れない。
でもここで怯んでしまえばマルスさんに余裕を与えてしまう。
「――できないね……でもここで君を倒してしまえば僕の勝ちは揺るがな……何っ!」
マルスさんが最後の一言を終える前に間合いを詰めて思い切り腹蹴り吹き飛ばす。
迷いが生まれ一直線に向かってくることさえわかってしまえば隙が生じて奇襲をかけやすくなる。
しかもマルスさんは『未来の創造』の力に気を取られて、俺がまだ白創の剣の真の解放を残していたことに気がついていてなかったのは運がよかった。
すぐに青のサブリングを発動させ共存の天雨で俺とマルスさんの体力と魔力を回復させる。
「君を甘く見ていたよ……まさか最初の姿が解放ではないとはね。その水色の瞳と水色の光の羽、そして白い光の身体。それが君の真の解放か……」
この姿は他の解放とは違いほぼノータイ厶で解放できパワーもスピードも燃費も格段に上がっている。
でも、あまりにも純粋すぎる姿なので過ぎるので殺気などを上乗せができないし、感情の高まりによるパワーアップも期待できない。
英雄も記憶ではこの姿ではなくなっていた。
つまりこれはレイとの極限の殺し合いに使えない。
「――そうみたいですね……でもあまりにも純粋過ぎてこれ以上高めようがない。真の姿であっても極限の姿ではないんです」
「そうかな……僕には十分驚異に見えるけど試してみようか?」
やはりこの姿がその強さにも関わらず、あまりにも穏やかで安定していることに驚異を感じてくれたか。
その上もしこれ以上の強さがあると思われるのならば出し惜しみされる可能性はかなり低くなる。
これらは実際に俺自身も感じていることでもあるから完全なハッタリにも思われないのも効果的だった。
マルスさんが柄頭に両手を重ね魔力を注ぎ詠唱を始める。
「世界を守護する者として命じる。安寧を司る神の盾よ。穏やかな九つの光となりて皆に永久の安らぎを!」
両眼に浮かぶマザールーンの模様が赤色から銀色に変わる。
そしてマルスさんを中心に巨大な銀色の魔法が展開され、中央の魔法陣から光が伸びてさらに八つの魔法陣が展開される。
魔法陣から巨大な光の盾が九枚出てくる。夏休みの合宿で見た安寧の盾とは比べ物にならない大きさだ。
中央の盾が頭上に浮かび、八枚の盾がマルスさんを囲む。
「永安の九光盾!」
銀色のような薄い灰色の光が九枚の盾の隙間を埋めドーム型の巨大な防壁となる。
「これが魔王でも島に傷一つ付けられなかった神の盾の真の姿だ。さぁ君の真の姿でどこまでやれるか試してみなよ」
英雄の記憶でもこの最強の盾を何回か見たことがある。
どんな攻撃でも傷が付かないのも厄介だけど、本当に厄介なのは攻撃のエネルギーを自分も含めた中にいる者の回復エネルギーに変換できることだ。
つまり攻撃されればされるほどこの防壁を維持することができる。
魔王ですら傷一つ付けられないのだから世界で一番安全な空間と言っても過言ではない。
でもすでにマルスさんをこの防壁から引きずり出す手は打ってある。
けれど真っ向から挑まれて防壁に傷を付けられなければ完全に勝ったとは言えないんじゃないだろうか……
「君がこの盾を知っているのなら攻撃を最小限にして僕の魔力を削った後、『未来の創造』の力でこの防壁から引きずリ出して斬り合いに持ち込む。そういう作戦だろ?」
「なぜいまさら『未来の創造』の力が発動すると……」
「君の力を舐めてると痛い目に合うとよくわかってね。やるといったらハッタリでも必ずやる。一方で君は相手に切り札を出させて真っ向から勝負を挑まれたら逃げられない」
そうだ。この戦いは師を超えるための戦い。
つまりマルスさんの切り札を攻略することが必須条件だ。
ただ攻略するだけならマルスさんを防壁の外に出せばいいのだが、防壁そのものをどうにかすることが条件と言われると難易度は跳ね上がる。
『未来の創造』の力が発動するまで残り十五分。
このまま防壁に傷一つ付けられないようならマルスさんを超えたことにはならない。
「どうやら君の設定した時間が君自身を苦しめているようだね」
持てる力を絞り何度も斬りつけ、何度も突き、何度も魔法を放つも傷がつくどころか中にいるマルスさんのエネルギーに変換されてしまう……
壊そうと思えば力を防がれ利用される。
この防壁が味方のものだったらどれだけ心強いか……
味方のものだったら……?
もし外から回復魔法かけたらどうなる?
試しに光の回復魔法を防壁にかけると、癒やしの力は変換されず直接マルスさんを癒やしの光が包み込む。
「――カズヤくん。一体何のつもりだい。こんなことがわかっても無意味だ」
「そうでもないですよ」
防壁に両手を当ててマルスさんの安寧の光を感じ取る。
とても穏やかで温かい……
魔力から伝わる想いを全て受け入れ、マルスさんの安寧の光に自分の光創造のを混ぜて一つの光にしていく。
すると防壁全体が光り、九つの光の盾に白い枝葉の模様が刻まれる。
「ま、まさか僕の防壁を壊すのではなくさらに発展させた……?」
再び防壁に両手を触れると波紋が広がりそのまま俺を通してくれる。
「確かに魔王はこの防壁に傷一つ付けられませんでした。それはこの防壁を破壊しようとしたのだから当然です」
「それで君はどう考えた?」
「破壊しようとせず、味方として共に発展させようとすれば防壁は拒まれることはないと考えました。その証拠に九つの光の盾には俺の魔力も刻まれています」
マルスさんは盾に刻まれ白い枝葉の模様をじっと見つめる。
「これは傷ではないけれど僕の防壁を突破し、君の力の証まで刻み込まれたんじゃ完敗だな……共に守り発展させたいと思う者を拒めるわけがないか」
マルスさんが苦笑いをして頭を掻く。
「それではそろそろ俺が望んだ未来が実現します」
「君の望んだ未来とは?」
「マルスさんと真正面から斬り合って決着をつけることです」
「なるほど……それが僕を防壁から出すための未来か。もっと楽に引きずり出し勝てる未来も選べたろうに……」
確かにそういう未来も選べた。
レイなら最前手で決着をつけるだろう。
でも俺はマルスさんの全ての力を引き出した上で真っ向から勝たないと本気で師弟勝負をやる意味がない。
「じゃあこの防壁をさっさと片付けて最後の斬り合いをしましょうか?」
「せっかちな弟子だな……君も本気で斬り合える姿に戻りなよ」
マルスさんは安寧の盾を解除し、俺は白創の剣の真の姿を解除する。
両者が剣を構え対峙したとき、風が吹くはずのない時の狭間にヒンヤリとした風が吹き荒れているように感じた。
以前はあんなに怖れていたマルスさんの殺気も今ではとても心地良い。
二人の口角が僅かに上がったとき、眼から赤色の閃光をバチバチと流しながら白と薄い灰色の光が衝突する。
「今日こそ完全にあなたを超えますよ」
「はいわかりました、と言ってやるほど僕はお人好しではない!」
マルスさんは重なる剣身を外して右側から斬りつけてくる。
「クソっ!」
なんとか紙一重で回避し赤い殺気を纏った剣圧を飛ばすも、余裕で回避されすぐに間合いを詰められる。
やはり間の取り合いでは英雄の記憶があれどマルスさんにはまだ勝てない……
ならば本能に頼るしかない!
こちらに向かってくるマルスさんに合わせて左足を強く蹴り出す。
ここからは捨て身の斬り合いだ!
「やはり来たか。原始の精神の解放……剣の師としてはそれに頼ってほしくはないけど……個人的には望むところだ!」
白と銀の剣身がぶつかり合ったとき、両者の身体は燃えるような赤い殺気を纏う。
急所だけを守り、それ以外のところが斬落とされれば即時再生する。
終わらない斬撃の応酬。
どんどん俺とマルスさんの意識が溶けて混ざりあい、どんどん自分の意識が薄れていく……
俺は誰だ……
何のために戦っている……
それすら朧気になってきたとき、ふとレイの悲しむ顔を浮かんできた。
そうだ……
俺はあいつを救うために戦っているんだ。
「ここが終わりじゃない!」
渾身の力でマルスさんを真上から斬りつける。
「――そうだとも僕もレイを救うために戦っている。愛する妹のために!」
マルスさんは渾身の一撃を受け止め叫ぶ。
「マルスさん! これで終わりだ!」
身体を纏っていた赤い殺気が両手と白創の剣に集まってくる。
剣の鍔に埋め込まれた宝玉が赤く輝いたとき、マルスさんの手から銀守の剣が弾き飛ばされる。
そしてすかさずマルスさんの胸に剣を突きつけ宣言する。
「はぁはぁ……俺の勝ちです」
「――どうやらそうみたいだね……いやぁ悔しいなぁ……」
ストンと腰を落としその場に座り込む。
目には薄っすらと涙が溜まっていた。
いつもなら戦場ならと一言かけるが今のこの人にとっては侮辱でしかないだろう。
「本当にこれまで俺を導いてくれてありがとうございました。レイのことは彼女になんと思われようが必ずなんとかします」
「できれば君にそんな覚悟をさせたくはなかった。立場が許すなら僕が妹のために命を賭けたかった……」
マルスさんの目から涙が零れ落ちる。
また愛する者のために命を賭けられないのが相当悔しいのだろう。
「師匠の想いは弟子が引き継ぐものですよ。だから最愛の妹さんをどうか俺に任せてください」
「君がやろうとしていることは何となく分かるし僕も同じ立場ならそうする。でも必ず二人で生き残ることは約束してくれ」
マルスさんは真剣な眼差しで見つめてくる。
「もちろんです。それと全てが終わったら二人でアドルさんを超えましょう。あの人に寿命で逃げられたら困りますしね!」
「ハハハっ! そりゃいいや。でも父さんはそう簡単にくたばりやしないさ。まぁ師弟で目指すものがあるのも楽しいかもな」
互いに全てを出し切り師を超えた先、生まれたのは共に目指す新たな目標。
そして迫りくる最愛のレイとの極限の殺し合い。
でも、その前にレイには伝えなければいけないことがある。




