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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第九章 十二月 未来へ導く愛と憎しみ
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八十八 愛憎の嚮導

 辺りが白い光に包まれた後、気がついたら真っ白な空間にいた。

 

 そこには先程まで戦っていたマルスさんの姿はなく、どうやら時の狭間とは別空間に転移されたようだ。


 マルスさんはどこに消えたのかと周囲の魔力を探知すると光の魔力を持つ者がどうやら近くにいるようだ。でもマルスさんの光の魔力ではない。


 ただこの光の魔力はよく知っている。いや、それどころか自分と同じ光の魔力だ。


 この特別な魔力を持つ者なんてこの世界にいるはずはないのだけれど、とにかく会ってみなければと思い探知した魔力を頼りに歩き始める。


 しばらく歩くと人影が見えてきた。


「よくここまで来たな。ずっと待っていたぜ」


 声の持ち主の姿がようやくハッキリとしてきた。

 

 俺より少し長い黒髪、俺より精悍だけどそっくりな顔立ち、そして純白の剣。


 記憶を通してしか見たことことがなかったが間違いない……


「――前世の俺ですよね?」


「そうだ」


「なぜあなたがここに? 死んだはずでは……?」


「確かに死んだ。今ここにいる俺はコピーされた人格と記憶によって再現されたものだ。最後の神具(しんぐ)の力と残り全ての記憶を渡すために、お前の魂に組み込まれた白い装置によってな」


 やはりエウブレスさんの研究室で魂を調べてもらったときに俺の魂にのみあった白い装置は転生システムに関するものではなかったというわけか。


「あの……ということは転生システムというのは魂にある赤い装置というこでいいんですか?」


「そういうことになるな。そしてそれを破壊するには『完全なる神の魔法』、双子の神具(しんぐ)である白創の剣(はくそうのけん)黒壊の剣(こっかいのけん)を融合させたものが必要だ」


 そのことについてはアドルさんが予想していた通りだ。


 そして双子の神具(しんぐ)の融合はおそらく極限の殺し合いを行うことで成されるのだろう。


「融合させるためには神具(しんぐ)の所有者が本気かつ極限まで殺し合わなければ得られないエネルギーが要るということでいいですか?」


「簡単に言えばそうなんだけど最も困難なことが考慮されてないな」


「困難なこと?」


「殺し合うための理由である憎しみと膨大なエネルギーを一つにする愛。俺と前世の悪魔は殺し合う理由は問題なかった。でも肝心な愛を深めることができず融合は失敗した」


 二人は極限の殺し合いの中で偶然にお互いに愛情があることに気がついた。でもその程度では足りなかった。


 つまり戦う前から愛情を持っていて、それでも憎しみを持って殺し合い、憎しみを理解した上で最も強い愛で膨大なエネルギーを一つにする。


 確かに困難なことだ……


「あなたが俺に新しい未来を託したのは二人の愛に期待してたからなんですね……」


「それだけじゃない。二人が持つ憎しみに期待してたからだ」


「憎しみ?」


「おそらくお前たち二人はこれまでの英雄と悪魔とは異なる環境で生きている。そんな中で育まれた憎しみは多少違ってくるはずだ。特にお前に関して言えば憎しみを育むために転移前から『導く者』を神が用意するとは言っていたが……」


 俺の憎しみを導く者?

 そんな奴がいたのか?


「何かの間違いですよね? 俺は転移される前、普通に学生生活を送ってきました。そこで育まれた憎しみも俺自身が好きな人と向き合えなかっただけですし……」


「――なぁ……もしかしてその少女は転生後の悪魔にそっくりじゃなかったか……?」


 突然、英雄の表情が変わり動揺し始める。


「どうしてそのことを……まさか!」


 いやそんなことはあるはずがない。

 

 いくら神様といえど異世界の住民にまで影響を与えることはできない。


「詳細を知らなかったがまさか神がこんなことをしてくるとはな。いや、お前自身を憎ませるには最善の手か……」


「いやちょっと待ってください。神はどうやってレイ、いや転生後の悪魔にそっくりな人間を送り込んだんですか!」


「おそらく……悪魔の魂の一部を使って瓜二つかつ完全無欠の少女の魂を造って、俺の魂と一緒に転生させた。そんなことをしたら神といえど悪魔の魂を再生させるのに時間がかかり、二人の転生時期がズレてしまうんだけどな……」


 幼い頃から俺の近くにいたレイとそっくりな完全無欠な少女、冬月怜佳(とうげつれいか)


 なぜそんな彼女に俺が憧れたか。

 もし前世の英雄が悪魔に抱いた愛情の影響だとしたらそれは必然……


 そして彼女は超人的な魅力と能力があるにも関わらず、誰のものにもならず、ずっと傍でその絶望的な差を見せつけてきた。


 前世からの想いがあるので諦めるという選択肢はない以上、俺は彼女を憎むか、自分を憎むしかない。


 そもそも勝手に好きになった全く非のない女を憎めるか?

 大抵の人はできない……

 

「――本当にふざけた話ですね……俺だけではなく『導く者』にされた奴の人生をなんだと思ってるんだ」


「あのときは瀕死状態だったとはいえ、詳しく聞いていれば他のやり方も提案できたかもしれない。俺にも責任はあるすまない……」


 英雄が頭を下げる。


「あなたも話を聞いてこれが最善の手だと思ったんですよね? まぁこれが俺が背負わされた英雄の宿命だったとも言えますし頭を上げてください……」


 実際、俺が考えてもこの手は最善なんだ。


 なぜなら高嶺の花にずっと憧れと劣等感を抱き振られた後、そっくりな少女が自分を頼りに異世界に迎えにくる。


 英雄のように白創の剣(はくそうのけん)に強制転移をさせられるよりはモチベーションは当然高い。


「生まれながらにして宿命に翻弄されるなんて辛いよな……」


「そうですね……でも……」


 俺の人生はこうなるように仕組まれていた……


 けれどもう一人宿命に翻弄されてもそれを受け入れて前向きに生きてる奴がいる。


 レイは俺より遥かに辛い宿命を背負い、それでもみんなのために愛を抱いて生きている。


 島のためなら死んでもいいという自己犠牲という覚悟を持ちながら……


 それは確かに凄いことだ。

 

 でも行き過ぎた自己犠牲の結果、最愛のレイを失うことは、レイにどう思われても認められない。


「でも?」


「今はやらなければいけないことがあります」


「それは?」


「たとえ過去や今はそれしか方法がなかったとしても未来で必ず変える。前世の悪魔も含めて宿命による自己犠牲で未来を作るなんてあってはいけない」 


 レイにとっては自己犠牲によって自分を幸せに生かしてくれた人々が幸せになるのは本望なのだろう。


 おそらく全てが終わって悪魔の宿命による驚異がなくなってもこの考え方は変わらない。


 でも俺には一人で背負うなと言っておきながら自分は一人で背負うのはパートナーとしてフェアじゃないだろ。


 自分で決めた自己犠牲による他者の幸せのためによる生き方そのものは否定しないし、否定できない。


 だからといってパートナーが自分だけ一人で背負ってずっと生きていくのを見すごせるほど割り切れないんだよ。


「どうやらお前が創りたい未来が見えてきたようだな。その未来は命を賭けて互いに本気で殺し合えるものなのか?」


「はい。殺し合う理由としては矛盾してるところはありますが彼女は自分のために俺を本気で殺しにきてくれますし、俺もそんな彼女を本気で殺しにいきます」


 誰にでも土足で踏みこんで勝手に変えてもらいたくない領域はある。


 それが自分を支えているものであるならば、家族であろうが恋人であろうが牙を向けるときは大なり小なりあるだろう。


 まして、それがレイという過酷な宿命の中で幸せを掴んだ者なら殺しにくる理由としては十分だ。


「お前がそこまで覚悟を決めてるならもう何も言わない。愛と憎しみを抱いてパートナーを新しい未来に導いてやれ。その気概でやれば『完全なる神の魔法』に辿りつけると信じている」


「頑張ります」


「――さて、これから与える『未来の創造』の力について説明しよう」


 そういうと英雄は力について説明を始めた。


 この力は名前の通り未来を創り出す力ではあるのだけれど、それを実現するにはその難易度に応じて必要となる魔力が異なる。


 例えば夕食のメニューはカレーにしてほしい程度の願いならほぼ魔力は消費しない。

 ただし、この異世界にカレーが存在していないと膨大な魔力を要求されるが……


 また他人の思考や関係、本来あるべき因果を変えようとするとそれ相応の多大な魔力が要求される。


 さらにこの力を発動させるには愛情と憎しみの感情が元にないといけない。


 だから実現したいことに相当な想い入れがなければ発動すらできないわけだ。


「――便利ですけど発動条件が厳しいですね……下手したら一気に魔力が枯渇する可能性もあるし……」


「未来を創る力だから当然じゃないか? むしろこれでも甘いと思うぞ」


「ちなみにあなたはこの力でどんな未来を創ろうとしたんですか?」


「今度転生したら悪魔と楽しい学校生活を送りたいだ。結局は悪魔は『私にそんな資格はない』って未来の破壊で拮抗されちゃったけどな」


 英雄は肩をすくめる。


 まぁそうは言ってもレイがその願いを実現させたわけだが。


「それじゃあもう時間もないし、力と記憶を渡すぞ。俺の白創の剣(はくそうのけん)とお前の白創の剣(はくそうのけん)の剣身を重ねろ」


「はい」


 英雄に差し出された剣身に俺の剣身を重ね合わせる。

 すると英雄側の剣身が淡く光り、その光はこちらの剣の(つば)についている白い宝玉に吸い込まれていく。


 光が全て宝玉に吸い込まられると、宝玉には資格者の眼と同じ全てのルーン文字を重ね合わせという模様が浮かび上がっていた。


 そして英雄の残り全ての記憶が一気に流れ込んできたが身体は自然とそれらを受け入れ、脳が焼ききれることも自分の記憶と混同するともなかった。


 まるであらかじめそうなることを予想して俺の身体が設計されていたかのように……


「これで伝えることも伝えたし渡せるものも渡した。もう会うことはないだろうけど、一つだけお前には迷惑かけたな……すまない」


「事実を知ったときは正直腹が立ちましたけど宿命であろうが自分で選んだと信じますよ。そしてこれからも信じられる自分のために自分で選び続けます」


「そうか……俺の転生者がそんなヤワな奴でなくてよかったよ。今から元にいた場所に戻すが時間は進んでいないから注意しろよ?」


「わかりました」


 英雄が俺の胸に手を当てると辺りが再び光に包まれた。


「お前たち二人は絶対に幸せになれよ」


 それが英雄が俺に残した最後の言葉だった。

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