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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第九章 十二月 未来へ導く愛と憎しみ
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八十七 師に届く黒と白の刃

 エウブレスさんに俺たちの魂について説明をうけた翌日の早朝、目を覚ますとマルスさんからデバイスにメッセージが届いていることに気がついた。


『今日の稽古は中止だ。理事長室で待つ』


 要件は言われなくてもわかる。

 白創の剣(はくそうのけん)の最後の力と英雄の記憶をて入れるための最後の試練だ。

 そのためにはやはり互いに死力を尽くすために時の狭間で戦う必要があるのだろう。  


 とりあえず顔を洗ってくるか……


 洗面所に行くためにドアノブに手をかけると、目の前の部屋のドア付近からよく知った魔力を微かに感じる。


 ――いるな……


 ドアを開けるとレイが同時に部屋から出てきた。


「うわっ!」


 レイが目を見開き大きな声で叫び後退する。


「いやぁ。朝から鉢合わせになるとは思ってなかったよ」


「ワザとらしい演技はよせ……今の俺は引っかからないぞ」


「上手く隠したと思ったんだけどなぁ……それで、兄さんから連絡は来たのかい?」


「起きたときに気がついた」


 昨日はレイはマルスさんと帰ったので事情は説明しなくてもわかっているだろう。


「頑張ってね。君が緊張してるかと思って心配でこんな茶番でリラックスさせようとしたんだから……」


「ありがとな。でも大丈夫だ」


 珍しくレイが不安そうな顔をするので笑顔で安心させる。


「――そっか……じゃあ僕も頑張るね! ちなみに兄さんとの戦いは君の二日後だ」


「流石に俺の翌日は無理か……マルスさんも大変だな」


「兄さんなら大丈夫だよ。それより用事があったんだろ?」


 そうそう顔を洗いに行くつもりだったんだ。


 レイと別れて洗面所に行き冷水で顔を洗い気合を入れた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 


 そして放課後、理事長室に行くとフレイアさんとマルスさんがいた。


 今、俺が来るのをわかっているかの如く、フレイアさんは時の狭間に行くための赤い本を手にしていつでも出発できるように待っていた。


「やぁ、カズヤ君。準備はいいかい?」


「はい」


「じゃあ母さん頼む」


 赤い本に魔力を注ぎ込まれると扉が出現する。


「二人とも無事に帰ってきてくださいね……」


「心配ないよ。もし二人とも帰還できないようになりそうなら必ず連絡する」


 そういえば今回は二人で時の狭間に行くから二人とも動けなくなる場合もあるのか。


「それでは行こうか」


「はい」


 マルスさんの大きな背中を見ながら開かれた扉をくぐった。


 扉の先には青と黒のマーブル模様が揺らめく空間が果てしなく広がる。


「マルスさん、早速始めますか?」


「それもいいけど、少しだけ僕の生立ちを聞いてくれないかい?」


「いいですけどなんで今更……?」


「うーん……君に今知ってもらいたいからかな?」


 こうしてマルスさんは自分の生立ちを語り始めた。


「僕の両親は世界最強の英雄アドル・クレスターと元聖女フレイア・クレスター。父さんについては今更語る必要はないけど母さんの凄さは知っているかい?」


「えっと……魔法のエキスパートで特に水魔法が得意。後は圧倒的な魔力と生命力。それと異常なまでの献身性ですかね……?」


 これでもフレイアさんの凄さを語り尽くせたとは思えない……


「だいたい合ってるかな。母さんは今でこそ元聖女なんて言われてるけど現役時代は世界最高の聖女と呼ばれていた。特に『千里眼』の使い手としては誰も勝てなかった」


「千里眼?」


「一定の範囲を見渡すことができ、大量の人の行動を把握できる能力さ。ちなみに母さんは火の国全てを見渡すことができた」


 そんな能力があるからテイルロード島の子供達のことを全て把握できていたのか……


「それだけなら他の聖女でもできたんだけど、母さんはロックオンした人々を千里眼で把握できる範囲ならいつでも魔法で攻撃したり回復したりできるんだ」


「範囲が国中の遠隔魔法なんて神にも悪魔にもなり得ますね……」


「まぁ母さんは戦場以外では遠隔魔法は使わなかったけどね。それに僕らくらいになると頭上に魔法陣が現れても防げるから無敵ってわけでもないよ」


 そりゃそうだけど、大多数の人々は魔法陣がいきなり頭上に現れて強力な魔法を落とされるとか恐怖でしかない……


「それでだ。そんな化け物二人が結婚して子供ができたらどうなると思う?」


「みんな期待しますよね。そしてその子供には多大なプレッシャーがかかると思います」


 実際、エウブレスさんから少年時代のマルスさんは優秀ではあるけど周りの期待に応えられるほどではなく苦しんでいたと聞いている。


 まぁメーティスさんのおかげで立ち直ったらしいが……


「そうだね……メーティスのおかげで気にはならなくなったけど、心の奥にはいつかあの二人を超えないといけないというプレッシャーはあった」


「いやいや。マルスさんは世界ナンバーツーの英雄だし。島の守護神じゃないですか。それでもまだ二人を追うんですか……?」


 力を手に入れてみんなに信用されてもう十分に期待に応えてるじゃないか。


「母さんはともかく。父さんの背中はまだ追うね。幼い頃から見せ続けられた絶対的な高みを超えないと僕の心にある黒いものが消えてくれない……」


 幼い頃から見せ続けられた絶対的な高み。


 立場は違うけどこれだけは俺も共感できる。


 冬月怜佳(とつげつれいか)

 レイと瓜二つの少女。


 この世界にくる前、幼い頃からずっと完璧な彼女に絶対的な高みにいて憧れていた。今思えば高校だってもっと上のところに行けたのになぜこの高校を選んだのだろう。


 そんな彼女の高みに少しでも近づきたくて努力をしてきたがその差は開くばかりで、ついには告白して振られたわけだ。


 でも俺は冬月のことを憎んではいない。

 努力したと言ってもやれることはまだあったはずだし、そもそも勝手に憧れただけだ。

 彼女を憎む方がおかしい。


 ただ、冬月を目指してから自分を信じられなくなった。


 どれだけ頑張っても近づけない。

 そんな自分が惨めで悔しくて腹ただしかった。


 そんなことがずっと続きいつからか自分のできの悪さを憎むことが冬月を追いかける原動力となっていた。


 いや冬月を追いかけていたのではなく信じたい自分を追いかけるようになっていたのではないだろうか……


「――カズヤ君! 急に黙ってどうしたんだい?」


「憎しみって他人に抱くだけではないんですね。自分自身を憎しむ場合もある……」


「そうだね……誰も悪くない自分が悪いだけ。幼い頃からずっと持ち続けた劣等感はそう簡単に消えない。でも成長すればするほどそんな憎しみをどこかのタイミングで置いていかなければいけなくなる」


 劣等感という自分自身への憎しみ。

 大なり小なり持ってる人はいるだろう。 

 普通は時間が経てば経つほどそんなこともあったなと思うようになる。


「正直意外でした。マルスさんほどの人が劣等感を持ち続けて今も克服したいと思ってるなんて……」


「まぁ君がこの世界に来るまではほぼ諦めかけてた。でも君の必死に強さを求め続けてる姿を見ていて、父さんを超えたいと思うようになっただけさ」


 このことはみんなには秘密だからね。特にレイには、とマルスさんは強く口止めした。


 相変わらず妹大好きないいお兄さんだ。


「さて……お喋りはこのくらいにしてそろそろ始めようか。全力できなよ。僕も今回は全力を出す」


「はい」


 左手を胸に当てて白創の剣(はくそうのけん)を取り出し、その力を開放する。


 剣から白い光が漏れ出し巨大な光の翼になって全身を包み込む。光が拡散すると身体は白い光そのものになった。


 さらに目に魔力を込めて資格者の眼を発動させる。


「君は一年も経たずにここまできたか……でも負けないよ!」


 腰に下げてる銀守の剣(ぎんしゅのけん)を鞘から抜き地面に突き刺し、柄頭に両手を当てて力を開放する。


 巨大な銀色の盾が現れマルスさんがそれに触れると盾が九つに割れ薄い灰色の光を放つ。


 その光はマルスさんを包み込み身体が光そのものになる。


 そして九分割された盾は中心部は背中に、残りは左右四つずつ翼のように展開する。


「これが僕の本気だ。神の盾と言われるこの力で君を倒す!」


 そういうと早速殺気を放つ。

 その威圧感ははっきり言ってクオーツ先輩を遥かに超えている。

 身体中が石になったかのように硬直して動かない……


「資格者の眼を持ってこの程度か……まぁ遠慮なくいかせてもらうけど」


 マルスさんが急に消える。


 必死に探知すると上空で巨大な光の球を作っていた。


「早く本気を出さないとゲームオーバーだよ?」


 そんなこと言われても身体が硬直して逃げ……

 いや逃げる?  


 夏休み合宿で散々マルスさんの殺気を受けて今更逃げる?


 そんな恥ずかしいこと師匠の前でできるわけねぇだろ!


 巨大な光の球がこちらに落ちてくる。

 

 ひと呼吸して左手を握りしめる。

 よし、動く。


 白創の剣(はくそうのけん)を天に向けてかざす。


「逃げもしない! 受けもしない! 俺の選択はかき消すだ!」


 剣から発された極太の光炎の柱が光の球をかき消し、そのままマルスさんめがけて伸びていく。


「――五枚くらいかな?」


 分割されていた盾のうち五枚が動き出し、空中で巨大な五角形を作る。


 光炎の柱が五角形の中に辿り着いたときあっさりとかき消されてしまった……


 いや盾の枚数が減ってる今が反撃のチャンスだ。


 風翼でマルスさんの元に飛び渾身の力で斬りつけるが盾の破片に受け止められる。


「カズヤくん。君は光になったのになぜ風翼で飛んでいるのかい?」


 確かにマルスさんは翼もないのに浮いている。

 風翼を解除し宙に浮かぶイメージをしてみる。


「う、浮いている!」


「本気の戦いなのについアドバイスをしてしまったね。僕はまだまだ甘いな……」


 さて、あの九枚の盾をどうしよう。


 光弾を大量かつランダムに撃って盾の破片を全て使わせるか?

 いやそんなことで突破できるほど甘くない。


 ならば全ての破片を使わなければいけないほどの威力の一撃を放つか? 神樹の門の柱に耐えたあの盾を突破するほどの威力を出すのは難しい……


 あれ?

 マルスさんがいない?


 そう思った瞬間、背後から腹部を突き刺さされていた。


「グフッ……」


「僕を目の前にして考えごとか……世界ナンバーツーを随分と安くみられたもんだ。今すぐ殺されたいか?」


 腹から剣を抜き、感情を読み取らせない漆黒の瞳をこちらに向けて魂を震え上がらせる。


 身体が光なので傷口は再生するが刺されたときの恐怖がまだ残っている。


 相手は世界ナンバーツー。

 小細工ではどうしようもないんだ……

 

「クソっ! クソっ! クソっ!」


 闇雲に剣を振り回すが全て盾の破片で受け止められる。


「君がレイに抱く愛情はその程度なのか? そして君の君自身への憎しみはその程度か? 答えろ!」


 漆黒の瞳に光が戻り、本気の怒りをぶつけてくる。

 マルスさんらしくない感情の高ぶりだ。

 でも……


「んなわけねぇだろ……俺は自分のために、そしてレイのためにここで終わるわけにはいかねぇんだよ!」


 身体強化をギリギリまでして斬りつけるが五枚に重なった盾の破片に阻まれる。


「甘い!」


「まだ終わってない!」


 両目が熱く感じ身体に力がみなぎる。


 それでも八枚に重なった盾の破片に阻まれる。


「怒りと与えられた力だけでは僕に君の刃は届かない。君の愛情と憎しみで新しい可能性を見せてみろ! それが僕の望みだ!」


 俺はレイとずっと共に生きたいから戦う。


 そんなレイにいつでも堂々と向きあえる自分であるために強くなる!

 

 パートナーリングを通してレイから受け取っている闇の魔力と俺の光の魔力を半分ずつ剣にまとわせると、黒と白で分かれた巨大な剣身になる。


「これがレイへの愛情と俺自身への憎しみの形だ!」


 黒と白の剣身は紫と白の光を帯びて盾の破片を次々と粉々にしていく。


 九枚の盾を全て粉々にした勢いでそのまま斬りかかる。


「レイのために引き受けた闇の魔力をそう使ってくるか……いいだろう! 僕も愛情と憎しみを持って君が創り出した力を受け止めてやる!」


 マルスさんの銀守の剣(ぎんしゅのけん)が薄い灰色の光を帯びる。


 両者の剣身がぶつかったとき、胸の中でカチッという音が聞こえ、辺りは白い光に包まれた。

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