八十五 愛を抱いた悪魔
生徒会室を後にしたあと、結局レイはクレスター邸には帰ってこなかった。
フレイアさんに相談しても「好きにやらせてあげてください」というだけで何も教えてくれない。
屋敷のみんなも同様だった。
やはり自分の目で確かめるしかない。
翌日、レイが欠席したことをクラスメイトはとても心配していた。
当然、同居している俺はレイの欠席理由を尋ねるわけだけれど、知らないとも言えないないので、とりあえず風邪ということで誤魔化しておいた。
欠席理由がいつのまにか他のクラスにも伝わり、お見舞いに行きたいという要望が殺到した。これには困惑したけれど、頼むからゆっくり休ませてほしいと丁重にお断りした。
ただケブにだけはデバイスを通じてコッソリと本当の欠席理由を教えた。ベラベラと喋る奴ではないだろうし四人の中で一人だけ知らないのも可哀想だったからだ。
レイの尾行に一緒にくるか? と誘ったが、自分が行ったら目立つから止めとくと断られた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして放課後、スカーレットと一緒にレイの尾行を開始した。
「おい、スカーレット。ここは住宅街じゃないか。こんなところに本当にレイがいるのか?」
「ファンクラブの情報網を舐めないでほしいですわね。昨年レイ様らしきフードを被った少女が多数目撃されてますわ。まぁ顔をまで確認できた者は誰もいませんけど……」
大きなフードを深く被るだけなら誰かが顔まで目撃しそうだけど、顔を完全に認知させないのは闇の魔力を僅かに使用してるからだろう。
「スカーレット。お前、闇の魔力を探知できるか?」
「もうやってますけど全く引っかかりませんわね……」
「俺もやってみる」
目を瞑り、二十キロ圏内に光の探知網をめぐらせる。
ほんの僅かだがレイの闇の魔力を百メートル先の民家で感じた。
「見つけた。この先百メートル先の民家だ。いくぞ」
「はい!」
数百メートル先にある民家にたどり着くとそこは木造のとても古い家だった。とりあえず光の魔法で俺とスカーレットの姿を消し、窓から家の中の様子を伺う。
すると中にはフードを被った少女とベッドに寝ている女性、その子供たちと思われる男の子と女の子がいた。
「ミランダさん。今年もきました。お身体は大丈夫ですか?」
「えぇ……雪で転んで腰を強く打って動けなくて。今日は仕事に行けませんでした……明日まで良くなるか心配です……」
「そうですか……それは大変でしたね……腰をこちらに向けさせてもらってもよろしいですか?」
レイは慣れた手付きで優しく向きを変える。
「――ねぇ……お姉ちゃんはお医者さんなの? お母さんを治せるの?」
女の子が心配そうにレイを見つめる。
「お医者さんではないけど必ず治すよ。心配しないで」
そういってレイはしゃがみ込んで広角を上げて微笑む。
そして立ち上がり、ミランダさんの腰に手をかざし水の魔法で癒やしていく。
「――痛みが消えていく……」
「これでとりあえず腰は大丈夫です。ただ他のところも念の為に癒やしておきたいので立ち上がってもらってよろしいですか?」
「はい」
ミランダさんを立ち上がらせ、少しベッドから離れたところに移動させると今度は水の球で全身を包み癒やした。
「これで安心でしょう。雪道は気をつけてくださいね」
「ありがとうござます。でも私のブーツだと雪道ではどうしても滑りやすくて……」
ボロボロになったブーツに目をやる。
「そうおっしゃると思ってこれをもってきました」
レイはリュックサックを降ろし、中から新しいブーツを取り出す。
底には滑り止めの溝がついている。
「欲しいとは思ってましたけど私にはそんなお金がなくて……このブーツも修理すればまだまだ使えますし。」
「これは僕からあなたへのお誕生日プレゼントの一つですよ。誕生日、今日でしたよね?」
「なんでそれを……」
「昨年、息子さんから聞きました」
「ごめんね母さん。俺じゃ母さんに何もプレゼントしてあげられなくて……」
男の子が気不味そうにミランダさんを見つめる。
「――いいのよ……私もあなた達の誕生日をロクに祝ってあげられなかった。でも私だけこんないい思いをして……」
「ミランダさん。そのブーツは誕生日プレゼントの一つですよ」
そういって、レイはリュックサックから男の子用と女の子用の新しいブーツを取り出す。
「これ私達の?」
「いいのお姉ちゃん?」
「君達のお母さんが最高の誕生日を迎えるためならこれくらいの準備は当然さ。それとこれが僕からの最後のプレゼント」
リュックサックから金色の箱を取り出すと、机の上に置いた。
そして男の子に箱についている赤色スイッチを押すように促す。
スイッチを押すと金色の箱が光り……
「凄い! テーブルの上にこんなにご馳走が! ケーキまである!」
男の子と女の子がテーブルに並ぶ沢山のご馳走に目を輝かせる。
「やっぱり最高の誕生日には最高のご馳走がないとね。そしてミランダさん、今日まで頑張ってくれてありがとうございます。これまでとてもお辛かったでしょう……」
「――最初の夫はあの破壊の悪魔に殺され、次の夫との間にこの子達が生まれましたが暴力を振るわれ離婚し、なんとかこの子達を育てるために生きてきました……」
「破壊の悪魔がいなければあなたはもっと幸せに生きることができたはず……理不尽ですよね……」
レイがそう言って少しうつむく。
「はい……破壊の悪魔が現れてからは理不尽なことばかりで絶望しながら生きていました。でもあなたのような方に出会い少し癒やされたような気がします」
「その前向きな言葉が僕の原動力です。それではまた来年の雪が降った日に来ますのでお元気で。よいお誕生日を……あ、それと、今年も冬の低所得者支援事業が始まるようなのでそちらも役所でご相談されてはいかがですか?」
「本当に、本当にありがとうござます!」
ミランダさんは深々と礼をした。
レイがドアのノブに手をかけようとすると男の子がレイのコートの裾を引っ張り引き止めた。
「お姉ちゃん。名前を教えて。いつか必ず立派になってお返しにいきたいんだ」
「――あのね。僕は見返りのためではなく自分のためにやってるんだ。もし僕に恩返しをしたいなら君には困ってる人に優しくなれるようになってほしい」
「うん! 頑張る。 来年もまた来てね」
「もちろん、約束だ」
そういって、レイはミランダ一家に見送られ次の目的地に向かった。
「お、レイが動いたぞ! 追跡するぞ。ってスカーレット……」
「レイ様……破壊の悪魔の被害にあった方々を励ますためにこんな雪の日に……前世の償いとはいってもここまでしなくてもいいのに……」
スカーレットが大粒の涙を流しながら座り込んでいる。
確かにレイが前世の悪魔の償いをしたいと思ってるのは前から知っていた。
しかし気になるのはなぜ毎年、雪が降り始めたときなのだろうか。
その後、レイは浮浪者をクレスター家とフロント重工とセレス大統領が共同出資をして設立したセーフティハウスに案内したり、破壊の悪魔の被害者たちに一人一人会って必要なものを提供し励ました。
中にはレイの善意につけ込み多額の現金を要求したり、殴りつける者もいた。
そのような奴らも最終的にはレイの口の上手さと熱意と強さに負けて改心していった。
レイがクレスター邸へと続く石階段にたどり着いたときには夜の十時を超えていた。
「――さて、カズヤ。スカーレット。いるんだろ? もう出てきていいよ」
当たり前だが俺達の尾行はバレバレだった。
「雪さえなければもっと上手くやれたんだけどな」
「甘い、甘い。君達が来るのは分かってたから住宅街の入口に探知の魔法を仕掛けて置いたのさ」
そんなものが仕掛けられてるなんて全く気がつかなかった。
「敵の行動を予測して先手を打つことが大切だと期末テストで学んだだろ?」
「はいはい。今後気をつけますよ」
全くこいつはいつでも俺を試してきやがる。
「それとスカーレット……」
「は、はい!」
スカーレットが驚き背筋がピンと伸びる。
「今日はカズヤに遅くまで付合ってくれてありがとう。ご両親も心配してるだろうから早く帰った方がいいよ」
「わかりましたわ! ではまた明日学園で!」
そういうとスカーレットは風の魔法で飛び去っていった。
「――じゃあ僕らも風の魔法で……」
「待てよ。お前と二人で話がしたい。
「とは言っても結構疲れたからもう休みたいんだよ……」
「じゃあお前は俺の背中で休んでればいい」
しゃがみ込みレイの方に背中を向ける。
「へ? いやいやいや君も疲れてるし。クオーツ先輩のネックレス着けてるんだろ?」
「魔法で身体強化をすればこの程度問題ないだろ」
「それでもさぁ……」
レイが視線を逸し頰を赤く染める。
「嫌ならやめとくけど?」
「わかったよ! 今日は君に甘える!」
レイを背負いながら石階段をゆっくりと登っていく。
「――何で今日は尾行なんてしてたのさ」
「お前のことが心配だからに決まってんだろ……」
「この程度の雪で僕が倒れるとでも?」
「身体じゃねぇよ。メンタルだよ」
俺が以前いた世界の自宅周辺では大雪といえば八十センチくらいという感覚なので、ここでもそれだけ積もるなら流石に真夜中も歩くのは危険だと心配ではあったが、それは杞憂だった。
それよりレイの強さを知るクオーツ先輩がレイが何をしてるか教えないのは、俺がレイを心配する事態。
つまりメンタル案件のように薄々感じていた。
「聞いてた通り僕は好きでやってることなんだから全然辛くないよ」
「本当かよ……それより気になるのは何で雪の降り始めに毎年やってるんだ?」
「それはね……僕自身が雪の日の辛さを過去に味わって同じような思いを悪魔の被害者にしてもらいたくないからさ。幼き日の地獄は今でも覚えている……」
そういうとレイはテイルロード島に来る前のことを語った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
レイは火の大国のとある街で産まれた。
両親はレイが産まれた直後に亡くなったらしい。
その後は孤児院に引き取れたのだが、夜中に火事で全焼し奇跡的に生き残ったのはレイだけだったという。
このときは奇跡の子として騒がれすぐに引き取り手が見つかったがその人は数日後に帰らぬ人となった。
それでも善意のある老夫婦が引き取ってくれたが強盗に押し入られ二人とも死亡。またもやレイだけが生き残った。
こうなると奇跡の子は呪いの子だったという噂が広まり、レイが三歳になるときには誰もレイに関わらないようになった。
それでもレイは逞しく生きた。
どれだけ気味悪く見られてもお腹がすけばゴミ箱から残飯を漁り、それもできなくなると街を出て森に食料を求めた。
レイは森が好きだった。
自分を気味悪く思う人がいないからだ。
太陽は身体をポカポカにしてくれて、岩は硬いけど安心して眠らせてくれる。風は心地良さを運んでくれて、雨は汚れを落としてくれる。
あの森には魔獣もいただろうけど本能的に危険と察知して僕に近づかなかったと、レイは当時を振り返った。
しかし、そんな生活も終わりを迎えた。
冬になり食べるものがなくなったのだ。
仕方なくレイは街の外れにあるスラムに行き、身を潜めながらゴミ箱から残飯を漁る生活を続けた。
そんなレイを追い詰めるかのようにその年は大量の雪が降った。
ブーツやコートなど持たないレイにとって毎日が凍死との戦いだった……
常人なら死んでもおかしくない状況でも悪魔の宿命がレイをギリギリのところで生かした。
大雪は三日間続きついにレイが死を覚悟し倒れそうになったとき、レイの身体を誰かが支えた。
「やっと見つけたぜ。遅くなってすまん」
あなたは誰? と意識が朦朧としながらレイは尋ねる。
「俺の名前はアドル・クレスター。お前の父親になる男だ」
私と家族になったら不幸になるよ? とレイが恐る恐る尋ねるとアドルさんは自信満々にこう言った。
「俺は神の野郎から力をもらってるから不幸になんかならねぇんだよ。とりあえずその悪魔の宿命をどうにかしないとな」
アドルさんは時空間干渉の能力を使いゲートを開いた。
「人気のないところに飛ぶぞ」
そういってレイを抱きかかえてゲートの中に入っていった。
行き先は無人島のカロカイ島にある洞窟だった。
アドルさんは指を噛み、血で魔法陣を書いた。
「魔法陣の中心で仰向けになれ」
言われた通りに仰向けになる。
そして詠唱を唱えて魔法陣が赤く光ると黒い契約書が出てくる。
実物を見たわけではないけど普通の血の契約ではないのだろう。
アドルさんはその契約書に赤色のインクでスラスラと契約内容を記載していく。
「よし! できた。この契約はお前の悪魔の宿命を俺の聖なる血で抑え込む代わりに、お前は俺のある計画に従ってもらう。いいな?」
よくわからないが呪いが抑え込めるならなんだってやるとレイはうなずいた。
そもそも転生システム破壊計画はレイが生き残るための計画でありそれに従うことなんてよく代償として釣り合ったなと、レイは当時を振り返る。
「そういやお前の名前は? 契約するんだから名前が必要なんだよ」
レイは産まれてすぐに両親が死んだので名前はないと答える。
「じゃあお前の名前はレイだ。これから真っ直ぐ伸びて行く光の道を歩んでいけ」
そうして契約は無事終わり、レイはクレスター邸に連れていかれた。
そこは広くて暖かくて眩しくて、自分がいるのは場違いだと思い逃げたくなった。
そのとき金髪の女性が駆け寄りいきなりレイを抱きしめた。
「ようこそレイ。私があなたの母親になるフレイア・クレスターよ。これまで辛かったでしょう……今日まで生きててくれてありがとう」
こんな汚い格好の自分を泣きながら笑顏で抱きしめてくれる。そんなフレイアさんにレイは強い愛を感じたという。
その後はマルスさんが嬉しそうに「お前を絶対に幸せな未来に導いてやるからな。それにしても可愛いなぁ……」と言いながらレイを持ち上げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まぁ、しばらくはクレスター邸の生活には慣れなかったけどね。なんせゴミ漁りや野宿生活から屋敷暮らしだからね」
「お前とは次元が違うけど俺もクレスター邸に暮し始めたときはなかなか慣れなかったよ」
田舎の平凡な一軒家に住んでた自分がまさかこんな屋敷に住むことになるなんて想像したことがなかった。
まぁクレスター邸はよくある貴族のお屋敷と違って割と使用人はみんなフレンドリーだから好き勝手やらせてもらえるけど。
「カズヤ。石階段も登り終えたし、もう自分であるくよ」
「いいのか?」
「今は歩きたい気分なんだ」
レイは俺の背中から降り、フードを外す。
いつの間にか雪は止んでいた。
「フードにまだ雪がついてるぞ」
フードについてる雪をはたいて取ってあげる。
「ちょっと、もう少し優しくしてくれないかなぁ」
「ごめん。ごめん」
「――あのさぁ、クレスター邸まで手を繋いでくれない……」
レイは目を逸しながら左手を差し出す。
「俺の手で温まるなら喜んで」
差し出された手を握る。
「カズヤ……僕はみんなのおかげでこうして普通の生活を送れているけど実際は悪魔の生まれ変わりだ」
「それで?」
「それでも愛を抱いた悪魔ではいたいんだよね……前世の悪魔もそうなりたかったと思う」
「そうだな。だけど英雄と悪魔の宿命は終わらせる。その後は人として愛を抱いて光の道を突き進め」
こんな献身的な奴が闇の魔力を持ってるなんておかしいんだ。
できるならレイから闇の魔力を全て抜き取って光の魔力で満たしてやりたい。
こいつこそ光の魔力を持つべきなんだ。
「ありがとう。でも進むときは僕らは一緒だよ?」
「そうだな」
寒空の下、俺達二人は互いの手の熱を感じながらクレスター邸へと戻った。




