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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第九章 十二月 未来へ導く愛と憎しみ
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八十四 雪の日の生徒会室にて

 先日、生徒代議委員会にて新たな会長、副会長、書記を選任することが満場一致で可決承認されたのでいよいよ正式に就任することなる。


 通常の学校では生徒会役員は選挙で選ばれるため、わざわざ生徒からの承認をとる必要はない。しかし、永遠の生徒会は役員を倒せば交代という条件なので一応は生徒達の承認を取る必要があるのだ。


 もし生徒達が気に入らない奴が役員になる際にはこのタイミングで阻止することは可能ではあるが、これまでずっと満場一致で可決している。


 なぜなら邪な気持ちで永遠の生徒会に入っても、どうせヴェヌス会長とクオーツ副会長とフレイア理事長が排除するとみんなわかっているからだ。



 そして就任式は昨日行われたのだが、会場の体育会は異常な悲しみと異常な熱気に包まれた。


 なんせ創立以来ずっと会長を続けてきたヴェヌス先輩と、十二年間副会長を続けてきたクオーツ先輩という二大カリスマが退任する。それだけではなく学内で絶大な人気を誇るレイが会長に就任するのだ。


 元会長と元副会長がステージに上がるとあまりの悲しみに泣き出す生徒達が沢山いたが、クオーツ先輩が『俺達が好きなら笑って送り出せ』と一喝すると、涙を流しながらもみんな笑顏になった。


 そして新役員を代表して会長のレイの新任挨拶が始まる。退任する二人への労いの言葉から始まり、これからの抱負について語りだす。


『この魔法学園メーティスは世界に誇る人材を輩出し、人と魔族が共に学ぶ学園として平和の象徴ともされている。僕はそんな学園の生徒の代表としてこれからも信頼と伝統を守っていきたい!』


 レイはヒートアップし思わず演台から身を乗り出す。


『一方で他国の魔法学園もどんどん力をつけており、これからは一部の力ある者に頼るだけでは駄目だ……みんなの協力が必要になる。僕を信じてくれるならみんなを新たな世界に導いていく! どんな力なきものも置いてはいかない! どうか、どうか……僕に力を貸してほしい!』


 そう言ってレイは深々と礼をすると、体育館内は静まり返る。


 そして……


『今更レイ様に協力しないわけないですよ!』


『俺達は導かれるんじゃない。レイ様の背中を追い続けるんだ!』


『新会長を世界に誇れる会長するぞ!』


 レイを支持する声が次々とあがり体育館は熱気に包まれた。

 

 いつのまにか横断幕まで出し始める生徒、いやファンクラブ会員もいる。


 するとレイは演台の前に立つとマイクを使わずに生徒達に大きな声で語りかける。


『みんな! ありがとう! 頼もしい仲間達がいて僕はとても幸せだよ!』


 とびっきりの笑顏で生徒達に大きく手を振ると生徒達はさらに盛り上がる。


『これじゃあ新任挨拶というか有名アーティストのライブだな……なぁスカーレット?』


『レイしゃま……しゅてき……一生ついてきいきますわ……』


 スカーレットは涙と鼻水を垂れ流しとても生徒会役員とは思えない顔を公の場にさらけ出していた……


 レイの父親であるクオーツ先輩、もといアドルさんの方を見ると、勝手にやらせとけと言わんばかりの表情でこちらを見てきた。


 そんなこんなで就任式は終わり、いよいよ俺は正式に副会長となった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 就任式翌日、十二月も中旬になっていた。


 新生徒会が今日からスタートしたわけだが、会長と副会長、特に会長の仕事の引き継ぎが膨大にあるためしばらくは二人とも生徒会室にいてくれるらしい。


 まぁこれも転生システム破壊計画のためなのではあるけれど……


 窓の外を見ると雪がちらついていた。

 外は相当寒くなっているだろうな……


 コートを着てマフラーをしていも震えるような仕草をしている生徒を見て思う。


 ちなみにこの学園は魔蓄石を利用した冷暖房システムがあり教室どころか廊下も年中快適だ。

 

 魔蓄石というのは魔力を蓄積できる石である。

 定期的に魔力を蓄積しなければいけないけれど、様々な属性の魔力を蓄積でき安価で手に入るので広く使われている。


「カズヤ副会長! 何ボケッとしてますの? そんなことでは仕事で大きなミスをしてレイ会長の足を引っ張りますわよ!」


 レイが作った分厚い引き継ぎ書を読み込んでいたスカーレットが大きな声を上げる。

 

「ごめん。ごめん。雪が降ってきたなぁと思って。あとカズヤ副会長呼びは公の場以外ではやめてくれよ。なんかよそよそしい」


「あらそうですの? 副会長のご命令とあれば止めますわ。それにしても今日はともかく明日は雪は酷くなりそうですわね……」


「スカーレットは家が遠いし明日は早く帰った方がいいな」


「私は炎のスカーレット。大雪ごときに負けるわけありませんわ。この引き継ぎ書も明日までには完全に理解してみせます」


 そう言ってスカーレットは分厚い引き継ぎ書を物凄いスピードでめくりだした、


「よぉ、カズヤ。暇そうだな?」


 元副会長のクオーツ先輩が話しかけてくる。


「あなたが引き継ぎをしてくれないからじゃないですか……こんなに暇じゃ身体がなまりますよ」


「ほぉ……待ってる間も身体を鍛えたいと……じゃあ早速これを引き継いで貰おうか」


 クオーツ先輩がネックレスを俺の首にかける。

 

 そして魔力を込めると……

 

「うわぁ! 身体が重い!」


 なんだ? 身体が急に重くなったぞ?


「これは仕事をしながらでも身体を鍛えられる重量制御ネックレスだ。身体の重量を魔力で自由にコントールできるから便利だぞ」


「まさかクオーツ先輩はこれをつけて副会長の仕事を……?」


「当たり前だろ。だから引き継いで貰うと言ったんだ。というか今のお前なら耐えられない負荷でないだろ」


 確かに重いことは重いが耐えられない負荷ではない。

 これで日常生活くらいはできるだろうけど……


「それで肝心の副会長の仕事の引き継ぎはどうなったんですか?」


「セイレーンが引き継ぎ書を作っている。それより要人達とのアポが取れないとお前の仕事は始まらねぇ」


「え? 要人達と会うのが副会長の仕事なんですか?」


「なーに、ちょっとした定期報告と情報交換よ。心配するな俺が一緒に行ってやるし、新体制になったらこの役割は学園長アドルが引き継ぐ。とにかく俺と世界を見てもらいながらお前の顔を売り出すつもりだ」


 世界最強のアドル・クレスターが定期報告と情報交換をする要人って誰なんだろうと思ったがどうせ想像の遥か上を行くので考えるのは止めた。  


「は、早くセイレーンさんが引き継ぎ書を作ってくださるといいですね……」


 ちらりとセイレーン先輩を見ると物凄い速さで引き継ぎ書を手書きで作っていた。


 そういえばこの世界にはデバイスはあるのにパソコンはないんだろうか?


「すみません。クオーツ先輩。この生徒会室にパソコンってないんですか?」


「パソコン?」


「えっと……事務用のデバイスです」


「あぁ……事務デバイスか。あるぞ! 十年前くらいのものが」


 生徒会室の隅に埃を被った黒い分厚いノートパソコンのようなものがあった。


 とりあえず綺麗にして起動させてみるが動作が遅すぎて仕事にならない……


「あの……なんで新型の事務デバイスを購入しないんですか? この学園ってそんなケチではないですよね……」


「まぁセイレーンを見ての通りデバイス使うより手描きの方が早く仕事が終わるからな。まぁレイは自費でモバイル事務デバイスを購入してるみたいだけど」


 自費購入って……


 というか私物のデバイス持ち込んでセキュリティは大丈夫なのか?


 しかしレイがそれを考えてないわけもなく、ましてやフレイアさんが見過ごすわけもないので杞憂なのだろう。


「まさかですけどクオーツ先輩って事務デバイスを使えなかったりしますか?」


「――カズヤ、最新の機械についていけないおじちゃん呼ばわりとは言うようになったな……」


「それなら使えるところ見せてくださいよ」


「いいだろう……レイ! デバイスを借りるぞ!」


 クオーツ先輩はレイのモバイル事務デバイスをひったくるともの凄い速さで打ち込み引き継ぎ書を作る。


 こんな挑発に乗ってくれるとは思わなかったけどやっぱり仕事はできる人なんだ。


 そしてクオーツ先輩は印刷した引き継ぎ書を手渡す。


 これでようやく俺も副会長としての仕事が……


「――専門用語ばかりで何が書いてあるか分からないんですけど……」


「だから大抵の事務仕事はセイレーンやレイに任せてるんだよ。というかお前は人を馬鹿にする割にはその程度の文章も読めねぇじゃないか」


「いや、こんなの学生で読める人いませんよ」


「この場にいるお前以外は全員読めるが?」


 嘘だ! と思ったが周りの面子を見ると同意せざるを得ない……


 改めて生徒会の偏差値の高さに絶望する。


「うぅ……大人気ないですよ……」


「今は少年だからな!」


 あんたは見た目は少年だけど中身は六十過ぎた世界最強の英雄だろうが……


「この学園に入って勉強できなかったってのは嘘だったんですか……?」


「いや嘘ではないぞ。良くて真ん中くらいだった。だが生徒会に入って世界の色々な要人と渡り合うために必死に勉強した結果がこれだ」


「俺にもそうなれと?」


「それはお前が決めることだ」


 そんなことを言われても答えは一つしかない。


「やりますよ。あなたを越える副会長になるために」


「そうか……じゃあこれを読み込め。各国の情勢について俺が記したものだ」


 金庫から山積みのノートを取り出して俺に手渡す。


「これを読むのは生徒会室だけだぞ。あと読み終わったら必ず金庫に閉まって鍵かけること。いいな?」


「はい」


 ノートをパラパラとめくると教科書にはとても載せられないような内容が記載されている。こんな機密情報をどこから仕入れてくるんだ。



「よし。レイ。今日はここまでにしよう」


「ヴェヌス先輩。明日はお休みををいただきたいんですけど……」


「アレをやるのか?」


「雪が降ってきましたから……」


 レイが窓の外を見つめる。

 雪は先ほどより強く降ってきている。


「そうか……気をつけてな」


「はい」


 レイは荷物をまとめると鞄をロッカーに仕舞ってしまった。


「クオーツ副会長。例のリュックサックを貸して」


「中身は理事長が詰めてある。無茶するなよ?」


「毎年のことだから大丈夫だよ」


 レイはクオーツ先輩からリュックサックを受け取り、いつも着ているものとは違う大きなフード付きのコートを着てブーツを履く。


「みんな。明日は一日お休みをいただくね。先生にはもう言ってあるから。あとカズヤ、今日は帰らなくて明日は遅くなるから」


「おいレイ。どこに行くんだよ」


「――それは秘密。一人で行かないと行けない場所なんだ。ごめんね」


 そういうとレイは生徒会室をそそくさと出ていってしまった。


「――クオーツ先輩。レイがどこに行ったかご存知なんですよね?」


「そうだな。でも絶対に言えない。お前はレイの邪魔をするんじゃねぇぞ。これはレイが毎年一人でやり通してることなんだ」


「俺はレイを助けたいと思っても邪魔なんてしない」


「それだから教えられないんだよ。これ以上言わせんな」


 強い口調でそういうとクオーツ先輩は鞄を手に取り生徒会室を後にした。


 なんだよ。

 事情さえ話してくれれば絶対に邪魔なんてしないのに……

 

 ――生徒会室がしばらく沈黙に支配される。

 

「カズヤくん。クオーツは邪魔をするなと言った。でも見守るなとは言ってはいない」


 ヴェヌス先輩が優しく語りかける。


「レイがどこで何をしてるのか教えてくれるんですか?」


「それはできない。私は君自身の目で確かめるべきだと思う」


「でもレイはどこに……」


 この雪の中リュックサックを背負ってどこに行くというのか……


「行き先なら心当たりがありますわ……私がカズヤと行きます」


「そうか。スカーレットさんが一緒なら安心だ。明日の放課後に二人で行くといい。もちろんレイに気づかれないように」


「わかりました」


「わかりましたわ」


 雪が降り続く中、レイははたしてどこに向かっているのだろうか。

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