八十三 島の要人達と学園の今後について
放課後になると俺とレイはすぐに理事長室に向かった。
トン、トン、トン。
「どなたですか?」
「カズヤ・ヴァンです」
「レイだよ母さん」
「――どうぞ入ってください」
理事長室に入るとフレイアさんが少し緊張した表情で迎えてくれた。
「今日は少し緊張されてますね?」
「えぇ……ある方々がいらっしゃってるので……」
「ある方々?」
「テイルロード島の要人がお二人。偶然二人ともスケジュールが空いたことを数日前に知り、内々に了承していただきたい議案がありまして、こちらにお呼びしたのです。とりあえず会議室に入りましょうか」
会議室?
これまでは応接スペースで打ち合わせ等をしていたけれど、そんな部屋が理事長室の付近にあったか?
学内には会議スペースはいくつかあるけどそこに移動するのだろうか。
フレイアさんは壁に手を詠唱し魔力を込めると扉が現れる。
「こんな部屋が隠されてたんですか!」
「昔は要人達と密かに会議するのに使っていたのですが、しばらくは使われてませんでした。でも今日のような日が来ることを考えてコツコツリフォームしてたんですよ」
まぁ応接間も狭くなってきましたね、と付け加える。
そういってフレイアさんは扉を開ける。
するとまず目に飛び込んできたのは深紅の絨毯だ。そしてクリーム色の天井を見ると高そうなシャンデリアが着いている。
一方、壁や長テーブルはダークブラウン、椅子は黒色と部屋全体から気品と重厚感を感じた。
また部屋全体には人払いの結界が張られている。
そして長テーブルの奥には白髪の女性と金髪のオーガが座っていた。
「カズヤさんの席は入口から離れた側の一番手前です。レイの席は入口近くの一番手前の席ね」
「わかりました」
「わかったよ」
「会議を始める前に今日いらっしゃた要人にご挨拶をしておきたいので少しいいですか?」
そうしてフレイアさんはテーブル奥に座っている女性とオーガのところに俺達を連れて行った。
「失礼いたします。セレス大統領閣下、アガット総帥閣下、本日は誠にお忙しい中、急なお呼び立てに応じてくださり心から感謝いたします。例の二人にご挨拶をさせていただきたいですがよろしいでしょうか」
「むしろ私から会いに行こうと思ってたわ」
隣にいるレイが少し震える。
「私もマルス殿の妹君と愛弟子とはちょうど語りたかったですからね」
「レイはもう知ってると思うけど、左のお方がテイルロード島、正式名称テイルロード共和国の元首セレス・タイト大統領閣下です。右のお方がテイルロード共和国軍最高司令官アガット・アイアン総帥閣下です」
ちなみにこのお二方は永遠の生徒の本当の目的と転生システム破壊計画についてはご存知です、とフレイアさんは補足した。
なるほど魔法学園メーティスはテイルロード島においては政治的にも軍事的にも重要なのでこの二人が呼ばれたのか。
左の女性は白髪で六十歳ほどと思われる。右のオーガはニメートルはあろう筋肉隆々の金髪でまさに軍人という出で立ちだ。
「ではまずこちらはレイから大統領閣下と元帥閣下にご挨拶を」
「レイ・クレスターです。この度は大統領閣下にお会いできて光栄です。学園と島のために全身全霊で職務を全ういたしますのでよろしくお願いいたします」
レイが深く一礼すると、セレス大統領はプルプルと震えだして、レイを強く抱きしめた。
「まぁまぁまぁまぁ……あんなに小さかったレイちゃんがこんなに立派になって……大統領閣下なんて堅苦しい呼び方しなくてもいいのよ!」
「く、苦しいです大統領閣下……申し訳ありませんが公の場とプライベートの場では使い分けさせてください……」
「じゃあ、いつか私の家に遊びにきてね。おばさん、美味しいご馳走をたーくさん用意して待ってるから!」
なんか思ったより普通のおばちゃんだな。
同じくらいのフレイアさんが若々し過ぎるから余計にそう感じるのかもしれないが……
「――セレス大統領閣下、もうよろしいですか?」
「ごめんなさい。じゃあレイちゃん、次はアガット総帥にどうぞ」
「改めてましてレイ・クレスターです。いつも兄がお世話になっております。これからもよろしくお願いいたします」
「テイルロード共和国軍最高司令官のアガット・アイアン総帥だ。君のことは嫌というほど兄君から聞かされているよ。辛い運命を背負いながらも学園と島のために貢献してくれていることに深く感謝をする。よろしく」
その後、二人はガッツリ握手をする。
「次にこちらはカズヤ・ヴァン。島を救った英雄の生まれ変わりで、この度副会長に就任いたします」
「カ、カズヤ・ヴァンです。ク、クオーツ副会長のようにみんなから信頼される会長になれるよう頑張ります。よろしくお願いします!」
頭が真っ白になって何を言ってるか分からなくなる……
「ふふふっ……そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなたを見てると彼を思いだすわ。あなたもきっと優しくて強い方なんでしょうね。あとレイちゃんをよろしく頼むわよ!」
「――はい、とにかく頑張ります!」
優しい人でよかった。
こういうときの振る舞いは練習しとかないと……
「カズヤさん、次はアガット総帥閣下にご挨拶を」
「カズヤ・ヴァンです。副会長に相応しい男になるためにこれからも精進いたします! よろしくお願いします!」
とにかく元気よく挨拶をした。
体育会系ではまずこれが大切だと部活動で学んできたからだ。
「ハッハッハ! 元気が良くてよろしい! 君のこともマルス殿から聞いているぞ。強さに関してはあの英雄も超えるスピードで成長してるらしいじゃないか。君には本当に期待しているよ。よろしく」
アガット総帥が手を差し出す。
「こちらこそよろしくお願いします」
差し出された大きな手を強く握った。
「セレス大統領閣下、アガット総帥閣下、ありがとうございました。ではこれより会議を始めますので皆様、お席の方へお戻りください」
全員が席に着くと会議は始まった。
「お忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。特にセレス大統領閣下とアガット総帥閣下には感謝しております」
フレイアさんがセレス大統領とアガット総帥に深く礼をする。
「さて、本日の議題は『永遠の生徒会の廃止』と『新たなる学園の秩序維持体制』の二つです。よろしくお願いいたします」
ちょっと待て、永遠の生徒会廃止なんて聞いてないぞ。
レイの方を見るが首を横に振る。
「それでは第一の議案『永遠の生徒会の廃止』にご説明させていただきます。クオーツ・リンドウ副会長お願いします」
あれ? 会長ではないのか。
まぁ大元の転生システム破壊計画の立案者がクオーツ副会長もとい、アドルさんだから仕方ないか。
「それではお手元の資料をご覧ください。永遠の生徒会は学園創立と同時に設立されました。その目的は表向きは絶対的な強さを用いた学園の秩序の維持。本当の目的は魔王、ヴェヌス会長、魔王の転生阻止です」
当たり前だけどクオーツ副会長は大統領と総帥の前では真面目に話すんだな……
「しかし昨今、セイレーンやレイを除いては永遠の生徒会に入っても一年ももたず辞職することが相次ぎ、力のあるメンバーを揃えるのが非常に困難になってきました。また、ヴェヌスが会長でなくなればこちらで監視することはなくなります」
魔王の今後の処遇については後日改めてお伝えいたします、とクオーツ副会長は補足する。
確かに魔王を転生させないのが目的なんだから本来の目的が失われれば継続する意味がないな。
でもクオーツ副会長は転生システムを破壊した後に生き残った魔王をどうするつもりなのだろうか。
当然そこは考えてるはずだが俺とレイはまだ聞いてはいない。
「そこで当学園としては永遠の生徒会を来年の三月末を持って廃止し、通常の生徒会に切り替えることを提案いたします。新生徒会の選挙は今年の二月に行い。メンバーは全員選挙で選ぶことを予定しております」
え?
副会長になったばかりなのにもう次の選挙するつもりなのか……?
まぁウダウダ言ってもどうにもならいし、頑張って当選するしかないな……
「新生徒会の活動は四月から開始となります。なお生徒会の負担軽減のために新たに会計を一名、書記を一名追加することも予定しております。私からの説明は以上です。ご清聴ありがとうございました」
クオーツ副会長が一礼をして席に着く。
「クオーツ副会長ありがとうございました。ただ今の説明にご質問やご意見のある方は挙手を願います」
セレス大統領が挙手する。
「セレス大統領閣下どうぞ」
「永遠の生徒会廃止の理由はわかりました。しかし選挙で選んで生徒会の格を保てるのですか?」
「この学園にはまだまだ頼もしい生徒がいます。またセイレーンは来年度より教師として学校に残り生徒会をサポートします。さらに新たな学園長としてアドル・クレスター氏をお招きするので生徒会を生温いものにはしませんよ」
えぇ……
アドルさんが学園長って大丈夫なのか……
求心力と指導力は抜群だろうけどあの鬼のような書類の山はどうすんだよ。
「アドル氏の実力、経験、名声は世界の誰もが認めます。しかし学園の長として手腕は大丈夫なのでしょうか?」
「その点については問題ありません。理事長である私がアドル氏のサポートをいたしますのでご安心を……」
「それなら安心ね」
セレス大統領とフレイアさんは笑顏を交わした。
クオーツ副会長、もといアドルさんはあからさまに不機嫌そうではあったが……
アガット総帥がゆっくりと挙手する。
「アガット総帥閣下どうぞ」
「もし例の計画で二人ともいや、アドル殿も死んだらどうするんですか?」
「予備の候補はすでに決めておりますがまだ打診予定です。両者とも生徒会長と副会長の資質は備えておりますのでご安心を。兆が一、アドル氏が死ぬことあるのならグリット氏が学園長となります」
「グリット氏はともかくその予備の候補の名前は?」
「スカーレット・ブーゲンビリア。セレーネ・ルーナです」
スカーレットとセレーネが俺達のバックアップ?
レイの方を見るとまたもや首を横に振る。
「才女スカーレット嬢と地の大国の兵器セレーネですか……スカーレット嬢はともかくセレーネは信用できるんですか? 地の大国のスパイではないの可能性は?」
「それはないと私が保証しますし、アドル氏もそんなことはさせないと申しております」
「それでも、もし彼女がスパイで我が島に不利益を与えたら……?」
「――アガット総帥閣下、大変失礼な質問なのですが、それは総帥のお立場としてのご発言でよろしかったでしょうか?」
クオーツ会長の周りの空気が揺らぐ。
会議室の全体空気が凍り、アガット総帥の額から汗がダラダラと流れる。
「――私としてはクオーツ副会長とアドル殿を信じてないわけではないですよ……でもこれは聞いておかなければいけないことです」
「分かりました。こんなことはいいたくなかったのですが……『これまで本気の俺を敵に回して無事だったのは神と魔王だけだ』。これでご納得いただけませんかね?」
俺も一応無事なんですけど……
いやあれはクオーツ会長としての本気か。
「ありがとうございます。あなたの覚悟を聞けて安心しました。それとカズヤ君とレイさんに確認しておきたい。『資格者の眼』はもっているんだろうな?」
資格者の眼?
クオーツ副会長と戦ったときに出したあの眼か?
「それがなければ計画は頓挫しているでしょうに……仕方ない二人とも見せてやれ」
「わかったよ」
レイが眼に力を入れるとクオーツ副会長のような九本の線で構成された模様が両目に浮かぶ。
「カズヤ。お前もだ」
とりあえずレイの真似をして魔力を込めて眼に力を入れると眼が熱くなる。
「――全てのルーン文字が重なった模様……これこそ資格者の眼。こんな若い二人が理を超えたというのか……」
「アドル氏も同じくらいのときに眼を手に入れてましたけどね」
クオーツ副会長が張り合うように補足する。
「他に質問はありませんか? ないようでしたら二つ目の議案『新たなる学園の秩序維持体制』についてからセレーネ・ワルツ会計がご説明いたします」
ここでも会長が説明はしないのか。
まるで今後の学園運営には関わらないような感じする……
「それでは資料の五ページ目をご覧ください。先ほどすでに話題は出ておりましたが、永遠の生徒会廃止にともない、新たな生徒会に移行いたします。そこで当学園としては次のような新体制を提案いたします」
セイレーン先輩は新体制について以下のように説明した。
自身が学園長を辞任し、外部から世界的英雄のアドル・クレスター氏を学園長に登用すること。
アドルさんについては理事長であるフレイアさんがしっかりと監視すること。
現永遠の生徒メンバーのセイレーン先輩を教員として採用し、生徒会をサポートしてもらうこと。
まぁ先ほど出ていた話と変わらない内容だ。
結局はヴェヌス会長を除いてみんな学園に残って生徒会に関与するというわけである。
問題があるとすれば転生システム破壊計画で俺とレイとアドルさんが無事に帰還できるかどうかだ。
そのバックアップも一応準備してあるが俺とレイに話が伝わってないところを見ると今日のための苦肉の策かハッタリなんだろうな……
まぁどちらにせよ。転生破壊システムを破壊しないと世界は近いにしろ遠いにしろ滅びるので、失敗という選択肢はないわけだが。
「――これでは私からの説明は終わります。ご清聴ありがとうございました」
「セレーネ会計。ありがとうございました。ただ今の説明についてご質問やご意見がある方は挙手を願います」
場は静まりかえり誰も挙手をしない。
「セレス大統領、アガット総帥。本日の二つの議案に異議はございませんか?」
「ありませんよ」
「私もです」
「ありがとうございます。誠に申し訳ございませんが配布した資料は全て回収させていただきます。本日の会議はこれにて終了いたします。ありがとうございました」
会議が終わるとフレイアさんがセレス大統領とアガット総帥のところに駆けつける。
クオーツ副会長の件かな?
「本日は本当にお忙しい中、誠にありがとうございました。アガット総帥には私の夫が大変無礼な発言をいたしましたことを心からお詫び申し上げます」
フレイアさんが頭を下げる。
「いえいえ。頭を上げてください。私がこの地位にいられるのはアドル殿やあなた方のおかげですし、立場上、言質はとらないといけなかっただけですよ」
「そうね。大戦後に島の代表を決めるとき、当時はフレイア理事長を大統領に、アドルさんを総帥にという話があった。でもあなた方は『政治と軍事のトップはこの地に住んでいた者に任せる』と言って辞退されて私達を推薦してくださいました」
そんな経緯があったのか。
「お話中のところ申し訳ございません。そろそろお時間なのでお二人をお送りいたします」
クオーツ先輩が空間を開きゲートを作る。
セレス大統領とアガット総帥はゲートの中に入り消えていった。
それにしても復興期に現地のことをよく知らない者が政治と軍事のトップに立つのはあまりよくないよな。
どの国にも歴史に残らない憎しみがあり、それを理解せずには上に立てばどんどん国を蝕んでいくと思うから……




