八十二 二学期期末テスト
今日は朝から放課後までずっと副会長戦勝利のお祝いの対応で隙間時間に勉強する暇なんて全くなかった。
クレスター邸の自室に戻れたのは太陽が沈みかけた頃であった……
期末テストの日程を確認すると十二月四日と五日に行われる。つまり今日は月初なので、今日を含めても残り三日しか勉強ができない。
一応授業にはついていけてはいたので赤点はないと思うが、次期副会長の順位にはみんな注目するだろうからそれなりの順位を取る必要はある。
でも今回は前みたいにスカーレットに教えてもらうことはできない。
なぜなら彼女は今回も必ず一位を取り、レイと並び立つことに本気なはずだ。
そんなスカーレットに勉強を教えてくれなんて言えるはずもない。
今回は自分一人で頑張るしかないんだ。
そう自分に強く言い聞かせて、机の上に魔法科学の教本を広げた。
コン、コン、コン。
「カズヤ。今いいかい?」
「悪い勉強中だ。要件は?」
「君と一緒に勉強しようかな? と思って……」
どういうことだ?
九歳で魔法学園で習う内容を全てを理事長兼学園長兼母親であるフレイアさんに詰め込まれた天才が期末テストの勉強……?
「冷やかしならやめてくれ。俺は本気なんだ」
「本気なら僕が教えてあげようか?」
「副会長になるんだからこれくらい一人で乗り切る」
「まーた一人で抱え込んでる……とにかく入るよ」
レイは俺の許可を得ず部屋に入ってきた。
両手には沢山の紙束とノートを抱えている。
「ったく……勝手に入ってくるなよ……」
「そんなに嫌なら鍵でも掛けとけばいいじゃないか」
そう言われると反論できない……
「とにかく今回は一人で期末テストで良い順位を取るんだ。邪魔しないでくれ」
「副会長になってそんなに周りの目が気になる?」
レイがベッドに腰掛けて問いかける。
「当たり前だろ。俺にはアドルさんみたいなカリスマも人生経験もない。あの人も勉強は苦手だったみたいだけどそれ以外は突出している」
これまで世界最強の英雄が若返り正体を隠してクオーツ・リンドウとして副会長を十二年間も務めてきた。
俺はあの人みたいにはなれないから少しでも欠点をなくさないと穴埋めはできない。
「父さんがカリスマねぇ……クオーツ副会長としての普段の振る舞いを見ててカリスマを感じたかい?」
「そりゃ事務仕事はセイレーン先輩に丸投げするし、たまに自分勝手なとこはあるけど……それはみんなから絶対的な信頼を得ているから許されるんだろ?」
「じゃあ、君もそうなればいい」
ベッドから腰を上げて、俺のすぐそこまで来て凛とした声で言う。
「――俺は俺でしかない。お人好しのクソ真面目なだけだ」
「君が自分を卑下することは副会長と父さんへの侮辱でもある。最強を奪ったんだ。堂々と君でしかない君を信じなよ」
最強を奪うということはそういうことなんだよな……
何ウジウジしてんだ俺!
「まぁ生徒会メンバーをサポートするのも会長の仕事だ。勉強くらいいくらでも教えるよ」
「――じゃあお言葉に甘えて頼む」
「甘えていいけど、指導は甘くはないよ?」
「望むところだ!」
レイの指導は普通の勉強方法とは異なっていた。
まずレイから試験予想問題とノートが渡された。
ノートは教科毎にあり問題を作成する上でのパターンと先生の癖が詳細に記されていた。
「お前、毎回こんなもん作ってたのか……?」
「そうだよ。僕にとって試験は満点を取ること重要ではなく先生が出題する問題を完璧に当てることが重要なんだ」
レイにしてみれば正しい答えを提示するのは勝ちではない。相手の考えを読み切って先手を取れてこそ勝ちなのだ。
こいつにとっては授業では観察と洞察の訓練なのである。
しかしこの学園の教師はエリートばかりで大戦で活躍した猛者もいるので観察および洞察をされていることに気がついている。
生徒達の知らないところで教師とレイの戦いは日々行われていたのだ。
そのせいでテストの難易度が上がることもあるらしいが……
「で、この予想問題は過去にどれだけ当たってるんだよ」
「うーん……最低九割かな?」
え?
この予想問題を暗記したら勉強が終わりじゃねーか。
でもそれで点を取っても……
「なぁやっぱりこんなもんで点を取るのは反則じゃないか?」
「うんうん、そうだよね。だからこの予想問題がどのようにして作られたか理解しながら解いていかないとね。君は時間をかければ知識体系なんて構築できるんだ。それより敵がどうやって僕達を攻めてくるか学んだ方が有意義だろ?」
レイは自信満々に答えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして期末テスト当日になった。
レイの宣言通り月曜から三日間、朝までずっとレイに予想問題作成の経緯を詰め込まれた。
はたしてこれは勉強をしたと言っていいのだろうか。
「よく頑張ったねカズヤ! あとは結果を出すだけだね」
なぜだかレイの顔は笑顏に溢れ艶々としていた。
ブラック企業ならぬ。
ブラック生徒会を経験してきた奴は三日間の睡眠なしなんてどうってことないんだろうか。
ようやく教室にたどり着くと、すぐに机に突っ伏す。
十分いや五分でも多く眠るんだ……
「よう! カズヤ。おはよう」
ケブが話しかけてくるが左手を挙げてヒラヒラと振って答える。
「カズヤはね。今回本気で勉強したんだ。楽しみにしていてよ!」
反論できない状態で勝手にハードルを上げるな!
そのとき教室のドアが開き、少女が倒れ込んだ。
「スカーレット!」
「やべぇぞ! 早く医務室に連れていかないと」
ケブの言葉を聞くとスカーレットはピクリと反応し、ケブの足首を掴んで顔を上げた。
「――ケブさん……それだけは駄目ですわ……鞄の中にある例のドリンクを……」
ケブは急いでスカーレットの鞄から小瓶を取り出し、スカーレットの口に突っ込んだ。
スカーレットはゴクゴクとドリンクを飲み干すと、むくりと立ち上がった。
「みなさん、おはようございます! 今日はいいテスト日和ですわね」
グリットさんのドリンクの効き目はやばすぎだろ……
というか俺にも分けて欲しい。
「スカーレット……そんなものに頼ってたら身体によくないよ……」
「負けられない戦いがあるんですわ。今回はどんなことが起きようが一位を取らなければいけませんの!」
やっぱりスカーレットはレイから書記になるように打診されてやる気になってたか。
「まぁ期待してるよ。スカーレット書記」
「今の私は自信に溢れていますわ! 負ける気がしません」
それはグリットさんのドリンクの影響もあるだろ……
「ところでカズヤはどうしたんですの?」
「いやぁ。副会長になるから恥ずかしい順位は取れないと三日間、睡眠なしで勉強したんだ」
「まぁ! ドリンクなしで三日徹夜は凄いですわ。結果を期待してますわね」
また左手を挙げてヒラヒラと振って答える。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
筆記試験はレイの予想問題がほぼドンピシャに的中した。
五科目中四科目は全て解答用紙を埋めた。
魔法科学だけは眠気で頭が回らずなんとか九割は埋めることができた。
歴史(島史)に関しては夏休みにマルスさんに徹底的に教わったので満点を取らないわけにはいかず、必死に全問解いた。
今回は試験問題より眠気との戦いだったような気がする。
前回は完全徹夜は一日だけだったが、今回は三日。
こんなにも眠気が違うのかととても驚いた。
一日の筆記試験が終わると風の魔法を使い、すぐにクレスター邸に戻り自室のベッドに倒れ込み深い眠りについた……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
期末試験二日目の朝。
とても清々しい気分だった。
思わず睡眠万歳と叫んでしまいそうだ。
今日は実技試験がある。
コミュニケーションと魔法演習だ。
一限目のコミュニケーションは事前にテーマが決まっていたので資料は自分で作っていた。
プレゼンテーションに関してはレイに見てもらい改善してもらっていたので自信をもって行うことができた。
そしてニ限目の魔法演習。
前回と同様、室内訓練場で行われる。
レイの予想では今回は動く的を十二個ほど魔法で撃ち落とすというものだった。
その予想は一応当たった。
問題は的の動きだ。
見た目では的の動きに法則性がなく難易度が高めになっていた。
「カズヤ・ヴァンくん、これから魔法演習の実技試験を行う。君に見せてほしいのは魔法の『コントロール』、『スピード』、『使用回数』だ。正確に早く少ない回数で全ての的を落としてくれたまえ」
「分かりました」
十二個の丸い的が宙に浮かびランダムに動く。
動きは速いがクオーツ副会長に比べたら大したことはない。
「ではカズヤくん始めたまえ!」
左手を前方にかざし赤のリングに力を集中させる。
光炎のビームは目にも留まらぬ速さで次々と的を撃ち落としていく。
「先生、終わりました」
「五秒……? それより軌道が見えなかったぞ」
「でも的は全部撃ち落とされてますよ?」
光炎で撃ち落とされた的が地に落ちメラメラと燃えている。
「これがクオーツを倒した実力か……成長したな」
「先生のご指導のおかげですよ」
「そう思いたいものだな……帰っていいぞ……」
礼をして室内訓練場を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
室内訓練場を出るとレイが待っていた。
「カズヤ、何秒だった?」
自信満々に五本の指を立てる。
「そっかぁ……僕は……」
レイは三本の指を立てる。
「嘘だろ? 二秒縮めるなんて不可能だろ」
「だって君はサブリングの力を使ってるじゃん。その分のロスだよ」
神具に頼らずこのスピードかよ……
俺も光の魔法をもっと使いこなせれば負けなかったかもしれない。
まだまだ修行不足だ。
でもこのレベルまでこれたことには確かな手応えを感じていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
実技試験から四日後、学園内の掲示板に上位十名の名前が張り出されていた。
今回はレイの予想問題を使い、三日間寝ないでレイと勉強したんだ。ギリギリ十位には入っていてほしい。
一位はレイとスカーレット。
まぁこれは予想通りだ。
三位はアネモイ。
これも予想通り。
四位は……
カズヤ・ヴァン
ん?
四位 カズヤ・ヴァン
嘘だろ……
レイの予想問題やばすぎだろ。
こんな順位を取ってしまったら次の期末テストはどうするんだよ……
「流石はカズヤ副会長だ」
「副会長戦で大金星を挙げたあとは期末テストで大金星かよ……」
後ろから俺の結果に驚く同級生の声が聞こえる。
「よぉ、カズヤ。完敗だよ。お前の本気見せてもらったぜ……」
ケブが後ろから話しかけ、肩を軽く叩く。
「本当に素晴らしいですわ。まぁレイ様と私にはまだ勝てませんけど」
スカーレットが笑顏で褒め称える。
みんな、違うんだ……
これは……
「やぁみんな、おはよう。今日もいい天気だね。スカーレットはまた僕と同じか」
鼻唄でも歌いそうなくらいレイは上機嫌だ。
「これからはずっと負けませんわよ」
「楽しみにしてるよ。それでカズヤは……えぇ! 四位! やればできるじゃないか」
わざとらしい演技はやめろ……
「みんな実は今回テストの順位がよかったのはレイの……」
「夜食のおかげだよね。カズヤのために頑張って作ったんだ」
「まぁ! レイ様素晴らしいですわ」
駄目だ。
こいつ完全に隠し通すつもりだ……
ピビピピ、ピピピピ
ポケットの中の白のデバイスが鳴る。
念のために手で覆って内容を確認する。
『永遠の生徒会の今後について重要な話がある。放課後に理事長室に集れ』
「カズヤ。それなんだ?」
「生徒会用専用連絡デバイス」
「ふーん、生徒会にはそんなもんあるのか」
このくらいなら話しても大丈夫だろう……
レイの方をチラリと見るとコクリと頷く。
それにしても永遠の生徒会に関する重要な話ってなんだろうか。




