八 ペアリング
――――あと一回失敗したら、課題は失敗……
どうする?
炎なんてどうやって出せばいいんだよ……
「カズヤ・ヴァンくん! 次の生徒が控えてるから早くしなさい!」
年老いた教師が急かす。
そんなこと言われても昨日まで普通の高校生だった俺に魔法かなんていきなり使えるわけないだろ……
というかレイはサポートしてくれるんじゃなかったのか!
後ろで他の生徒たちとニヤニヤと笑うレイの姿が見える。
こうなったら白いリングの力を引き出すしかない……
炎を出して実習を乗り切りたい!
そう想いを練りながら、左脚に体重を乗せ、右足を踏み出し、指先に力を集中させる。
「いでよ! 炎!」
しかし、何も起きない……
「はい、カズヤ・ヴァンくん、失敗ね。後で補修を受けなさい」
「あの人、フレイア様の甥なのに炎を出すことすらできないんだって……」
「実力もなくコネ編入で恥ずかしくないのかよ……」
後ろの生徒の陰口が聞こえてくる……
でも、レイなら!
レイは他の生徒とお喋りをしていてこちらに全く興味を示していない。
「もう一度だけ! もう一度だけチャンスをくれれば……」
呼吸が荒くなり頭の中が真っ白になる。
「もう一度チャンスを!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夢か――――
そういえば、昨日は疲れて食事もとらずにそのまま寝てしまったんだよな……
たくさん汗をかいてるし、とりあえずシャワー浴びてくるか……
シャワーを浴びてきたが、身体はスッキリしても、頭の中は実習への不安でモヤモヤしていた。
このままでは本当にコネで魔法学園に編入しただけの笑い者になってしまう。
何とかしなければ……
そうだ、昨日買った『子ども向け魔法教本』があるじゃないか!
これで最低限のことはできるはず……
魔法使いの格好をしたクマさんとウサギさんの表紙をめくり、教本を読み進めた――――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ドン! ドン! ドン!
「カズヤ、起きろ! 朝だぞ!」
ドアをうるさく叩き俺を呼ぶ声がする。
頼む! もう少し集中させてくれ!
「もう時間がないから入らせてもらうぞ!」
アイビーが部屋に入ってきた。
身なりが整えられていて、昨日ひったくりなんてしていた男には見えない。
「何をしてんだよ……カズヤ。初日から遅刻とか笑い者だぞ……ってそれ……」
クマさんがウサギさんに炎魔法について教えているページがアイビーに見つかってしまった。
気まずい空気が流れる。
「なぁ、アイビー……今日は休ませてくれないか?」
「……気持ちは分かるが俺も仕事なんだ……許してくれよ」
アイビーが俺を椅子ごと部屋から引きずり出そうとする。
「朝から何をしてるんだい?」
制服姿のレイが入ってくる。
黒色の軍服のようなデザインで、スカートの長さは膝よりやや短く、魔法使いの服装には見えない。
「レイ様! こいつ……失礼しました。カズヤ様が学園で恥をかきたくないからお休みになりたいと申してまして……」
アイビーはレイにどうにかしろよという目で見ている。
「なんだそんなことか」
いや、天才様にはこの焦りはわからないだろうよ。
「フォローすると約束してただろ? それに昨日きたばかりの君がいきなり二年生クラスの実習をこなせるわけないじゃん」
「いやもっともだけど……フォローってどうするんだよ。お前みたいな天才と同じ授業を受けられるとは限らないだろ?」
「そりゃ、習熟度別に分かれてたりするからね。だからアスさんに頼んでいたこれを使うのさ」
レイが箱を開けるとそこには銀色のペアリングがあった。
「これは契約したもの同士が身につけると互いの魔法を使えるリングさ。魔力さえあれば相手が定めた魔法を使うことができる」
つまり九歳のときにすでに魔法学園で習うことを全てマスターしているレイと契約すれば、俺も魔法学園で習う魔法は全て使えるわけか……
「このリングのリスクは二つ。一つは契約者と対等の力量でなければ、常に相手に対価として魔力を供給することになること。二つ目は相手の魔法を使用する際も、魔法のランクに応じた魔力を供給し続けること」
「つまり、今の俺がレイと契約したら常に魔力をレイに供給しつつ、さらに借りた魔法を使うときにも、そのランクに応じた魔力の供給が必要になるのか……」
「そう。ちなみに常に供給する魔力の量は術者との力量の差が大きいほど多くなる。まぁ君は英雄の魂を解放してるから魔力は有り余るほどあるし、無茶しなければ枯渇することはないだろう」
自分が使えない魔法を基本使用料とレンタル料を支払って使えるようにするわけか。
基本使用料が常時というのはキツいけど、使える魔法の種類の多さを考えたら仕方がない。
「でも、魔法のコントロールはできるのか? あくまで出力だけだろ?」
「そうだね。ただ、二年生の春期ならまだ高度なコントロールは求められないよ。それにある程度の出力さえ見せれば笑われることはないはずだしね。じゃあ契約しようか」
「どうやるんだ?」
「魔法陣の上で相手のリングに自分の血を垂らすだけさ」
「それだけ……?」
「血の契約って簡単だけど強固な契約だから本当は安易にしてはいけなんだよ」
「そうなんだ……じゃあこのペアリングの契約を……」
そういや…… ペアリングって……
「なぁ……もう一つリスクがあったよな?」
「なんだい?」
「こんなペアリングを学園につけて言ってたら、他の生徒に誤解される可能性があるだろ!」
「いやー、僕らは従兄妹だろ? それに僕は他の生徒たちに変な噂を立てられて嫌な女かい?」
「とにかく、リングをつけるにしても左薬指だけは駄目だ。それこそ入学初日で変な噂が立つ!」
「僕は構わないんだけど、君がそこまでいうなら左薬指は勘弁してあげるよ」
「あのぉ……お取り込み中のところすみませんが、そろそろ出発しないと遅刻するんですが……」
アイビーが申し訳なさそうに言う。
「うわぁ! あと十五分で始業じゃないか! 間に合うのか?」
「僕の魔法なら余裕で間に合う。契約は学校でしよう。とりあえず制服に着替えて!」
こうしてさっさと着替えて急いで出発した。
玄関で使用人たちに見送られて、レイの風の魔法で学園に向かう。
風できた球は二人を乗せ十数秒で学園にたどり着いた。
そんな早いならパンくらいもらってこればよかった……
こうして学園に着くと早速、リングに血の契約を交わし、二人の左中指に付けることになった。