七十五 最強に挑む前日
クオーツ副会長との対決までいよいよ残り一日となった。
この世界に来る前の俺ならこういうときはギリギリまで鍛えて明日に備えていたけれど、今はもうやれることはやったので今日は休もうという余裕がある。
レイはどうだろうか?
あいつは要領がいいからもう準備はできているだろうけど……
「レイ。今日の放課後、いつもの岩場に行かないか?」
「いいけど副会長について僕が教えていいことはそんなにないよ?」
次の授業の準備をしながらレイが答える。
「そんなもん期待してねぇよ。お前と二人で雑談をしたいだけだ」
「どうして?」
「そ、それは……大切な日の前日だからこそお前と二人でゆっくり過ごしたいからだ。悪いかよ……」
「ごめんごめん。実は僕も誘おうとしてた。理由は同じさ。じゃあ放課後、楽しみにしてるね!」
レイは満面の笑みを見せ、教室を出ていった。
――というか次の授業はレイと一緒じゃねぇか!
慌てて準備をして教室を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
放課後、俺はいつも岩場でレイを待っていた。
この岩場からは市街地や、水道を挟んだ各島を一望できてその風景はいつ見ても絵になる。
頬を撫でる冷たい風が、山々の鮮やかな赤や黄色をより鮮明に感じさせてくれる。
そんな風景を見ながら決戦に向けて静かに闘志を燃やしていた。
「カズヤ! ごめん待たせたかい?」
紙袋を持ちながらレイが坂道を駆け上がってくる。
「いや、そんな待ってないけどその紙袋は?」
「紅茶とお菓子さ」
「――お前も持ってきたのか……」
実は俺もレイのためにコーヒーとお菓子を持ってきていたのだ。
「まさかカズヤも持ってきてるとは思わなくて……」
「女性を誘っておいて手ぶらだと誰かさんにまた文句を言われるからな。俺だって学習するんだ」
「それは大変失礼しました。私が責任を持って美味しくいただきます!」
レイがペコリと礼をする。
「どうせお前ならどれだけ用意しても美味しくいただくだろ。さぁ、座って話をしようぜ」
道の脇に座れそうなところがあったので、そこに腰掛ける。
俺は紅茶を、レイはコーヒーを手に取り一口すする。
「はぁ……温かいね」
「落ち着くな」
レイの紅茶はどこかで買ってきたものではない。
フレイアさんの茶葉を使ったものだ。
でも味が微妙に違うのでフレイアさんが淹れたわけではないようだ。
「レイ、この紅茶。お前が淹れたのか?」
「よくわかったね!」
「フレイアさんと味が微妙に違う。ほんの少しだけ渋みがある」
「まだまだ母さんには勝てないってことか……」
「いや。これはこれで俺は好きだよ」
「カズヤありがとう……カズヤが淹れたコーヒーも僕は好きだよ!」
マルスさんの味をフェイ先生に確認してもらって淹れたのに分かるのかよ……
「はぁ……引き分けってとこか。お前に勝てた思ったのに」
「何の勝負だよ!」
レイがツッコミを入れてケラケラと笑いだす。
その後はしばらくお菓子をつまみながら沈黙が続いた。
先に口を開いたのはレイだ。
「――ところでカズヤ。君は副会長にどんな意気込みで挑むつもりだい?」
「意気込みも何も勝つしかないってだけだろ。まぁ副会長と戦える楽しみもあるけど」
「よく分かってると思うけど副会長は最強だよ。副会長に勝つということは最強を奪いにいくということだ。その覚悟があるかい?」
最強を奪いにいく。
勝つことしか頭になくてそんなことを考えたこともなかった。
「それは副会長に勝つのに必要なものなのか?」
「必要だね。副会長は最強であることに誇りと責任を感じている。最強を背負う覚悟のない奴にはどんな手を使ってもその座を渡さない」
レイは真剣な眼差しで見つめてくる。
「誰かに言われてすぐに決断するのは軽いような気がするけど……背負うよ。そもそもそれくらいの覚悟がなければこの先にはいけない」
「君は口に出したことは絶対に曲げないから大丈夫だ。僕もヴェヌス会長から最強の座を奪い、そして背負う!」
そう言うとレイはコーヒーを一気に飲み干す。
俺も続いて紅茶を一気に飲み干す。
「レイ……大切なことはいつもお前に教えてもらってばかりだな」
「そうでもないさ。君がいたおかげで信じたいものが増えた。スカーレットやケブという大切な親友ができて、本当に楽しい学園生活を送れた」
「ここで楽しい生活を送ることはお前が最初に言い出したことだからな。俺はそれを実現させるために頑張っただけだ」
「それでもありがとう。君が真面目でお人好しな人でよかった」
礼を言いたいのはこっちだ。
真面目でお人好しな自分を信じられるようになったのは、お前がいつも信じてくれたおかげなのだから……
「だけど俺は真面目でお人好しだけでは終わらない。最強を背負うなら嚴しさと強さも持たないといけない」
「お人好しと嚴しさの両立か……どこかで必ず片方を選ばないといけないときがくるよ?」
「そのときは状況に応じて希望のある決断をする!」
紙のコーヒーカップを手に取り一気に飲み干す。
「やれやれ。都合のよい考えだ。まぁ副会長はそういうの嫌いじゃないけどね。僕も冷めないうち紅茶を頂こうか……確かに少し渋みがあるね……」
レイがしょんぼりと紅茶の紙カップを見つめる。
「さっきもいったけど、その僅かな渋みがお前だからいいんだよ」
「君も兄さんのコーヒーの味を完全にコピーしようとしたくせに……」
「うぅ……とにかくこの先にどんなことが起きてもお前をお前として受け止める。以上だ!」
「もっと渋みのある紅茶を淹れても喜んで飲んでくれるわけか」
レイは紅茶を一気に飲み干す。
「もし君が間違った決断をしても僕は側にいるよ。それがパートナーってやつだ」
レイが拳を俺に突きだす。
「絶対に二人で最強を奪ってこような」
レイの拳に俺の拳を合わせる。
「もちろんさ。先はまだ長い……あっそういや飲み物がないのにまだお菓子が大量に余ってる……」
「クレスター邸に戻って話の続きをしようぜ。日はまだ落ちてないから時間はある」
「そうだね。次はもっと美味しい紅茶を淹れて見せるよ!」
こうして俺とレイはクレスター邸に戻って話の続きをした。
ちなみにレイが淹れ直した紅茶はほぼ渋みがなくなりフレイアさんのもの限りなく近づいていた。
やっぱりこいつはすげぇよ……
俺達は遠足を楽しみにしている子供たちのように無邪気に語り合った。
湿っぽい話をするのはもう野暮だと互いにわかっていたからだ。
最強に挑む覚悟と最強を奪う覚悟。
二つの覚悟を胸に秘め。
俺達は二人の最強との対決を楽しみたい。




