七十ニ かつては戦友、今は先生
放課後にマルスさんから連絡があり、軍の関係者との会議などで忙しいらしく、稽古はキャンセルとなってしまった。
久しぶりにレイと剣を交わしてみようかなとも思ったが、今月からクオーツ副会長に稽古をつけてもらっているらしい。
ヴェヌス会長のことを最もよく知り同じ生徒会メンバーのクオーツ副会長に稽古をつけてもらうのはどうかとは思った。
でも、俺もこれから戦うクオーツ副会長にアドバイスをしてもらっており、冷静に考えたらこっちの方がおかしいか……
とりあえず屋外訓練場か、無人島のカロカイ島にでも行こうかなと考えていると、フェイ先生に呼び止められた。
右手には紙袋を持っている。
「カズヤ、ちょっといいか?」
「なんですか先生? もしかして俺のことで何か問題でもありましたか……?」
ここ最近はクオーツ副会長と戦うことで頭がいっぱいで授業に集中できてなかったし、課題の提出も度々遅れたりしていた。
そろそろ注意をされてもおかしくはないと恐る恐る尋ねる。
「いやそんなことはない。二人で話をしたいと思っただけだ。時間は大丈夫か?」
「ちょうど先約がキャンセルになったので大丈夫ですよ」
「じゃあいつもの空き教室で話そうか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空き教室に着くなりフェイ先生は窓際にある机を向かい合わせにする。
そして、紙袋から紙カップのコーヒーとクッキーを取り出しそれぞれの机に並べた。
「本当は喫茶店でゆっくり話をしたかったんだが、これで勘弁してくれ」
「いえいえ……わざわざご用意いただいてありがとうございます。でもなんで急に俺と話を?」
「お前がクオーツ副会長と戦う前に一度二人きりで話がしたくてな。とりあえず座って話そうか」
促されるまま椅子に腰をかけると、先生も腰をかける。
そして先生は手を組み、じっと俺の顔を見て沈黙していた。
「あの……」
「あぁ……すまないすまない。お前の顔を見てると副会長と戦うことに不安や迷いがなさそうなのが意外でな」
「全く無いといえば嘘ですけど、どちらかというと楽しみなんです」
クオーツ副会長とは一度剣を交し、先日は強さの一端を見せてもらった。
その結果、俺と副会長との差はまだまだあるがそこまで不安や迷いはなかった。
それよりどう戦おうかワクワクしていてそのことで頭がいっぱいだ。
副会長は対等に戦えるよう俺に教えられることは全て教えて信じてくれているし、俺もそんな副会長と対等以上に戦えるようになりたい。
「楽しみなのは結構だが、勉学の方はもう少し集中してくれよ。他の先生方も副会長に挑むということを知っていてそこまで言わないが、お前はまだ普通の生徒だ」
「すみません……」
「それだけみんなお前に期待しているわけだ。お堅い話はここまでにしよう。ほら冷めないうちにコーヒーを飲め」
「はい、いただきます」
カッブのコーヒーを一口すすったとき、どこかで飲んだ味に似ていると感じた。
「このコーヒーの味は……」
「旅をしていたときにマルスさんがいつも俺達に淹れてくれてたものだ。メーティスさんは砂糖を山盛りに入れてたけどな」
「――天才のメーティスさんらしい行動ですね……」
でもマルスさんならそれすら愛おしく感じていたのだろう。
「まぁ、お前の前世の英雄も食べ物には拘りがあったぞ? あの人にはよく食べ歩きに付合わされたものだ」
そういやこの世界にくる前には部活の後輩と一緒に色んなものを食べ歩きをしたな。
本人はどう思ってたか知らないが無理に付き合わせたつもりはないけど……
「特にライスボールの屋台を見つけたときは、あの人泣いて喜んでたな……ライスの生産地まで店主に聞いてたし……」
「ちなみにライスの生産地ってどこだったんですか?」
「風の大国ウィンディアの辺境にある小さな村かな。村の名前までは思い出せないが」
風の大国ウィンディア……
今度アネモイに詳しい生産地を教えてもらおう。
ちなみにテイルロード島に米がないわけではない。
島では作っていないが他国から輸入はしている。
でも日本人に馴染みが深いジャポニカ米がなく、正直物足りないと思っていた。
「有益な情報ありがとうございます!」
「そういえば君も英雄がいた世界から来てたか。故郷の味ってやつかな?」
「そんなとこですね」
その後はクッキーをつまみながらフェイ先生と旅の話で盛り上がった。
先生の中では英雄は兄みたいな存在だったようだ。
まぁ、日常生活では少し頼りなかったり、突然変なことを言い出したりするけどそれもまた魅了の一つだったらしい。
「日常生活での英雄と先生の関係は分かったんですけど、戦場ではどのような関係だったんですか?」
「いつも先陣を切って俺達の道を切り開いてくれる頼もしい存在だったな。でも味方でよかったと思うことも度々あった」
「俺が引き継いだ一部の記憶の中ではそんな荒々しい英雄の姿はなかったんですけど……」
引き継いだ記憶の中でまともに戦場にいたのはこの世界に英雄が来たばかりのことだ。
火の大国の戦場で怯えているところをマルスさんに助けられていてとても荒々しく戦えるようになるとは思えないのだが……
「千人規模の戦いなら大抵あの人だけで終わった。行く手を阻むものを切り裂き突破する風翼。敵将までの道を作り出す光炎。そして、敵将に何もさせない加速し続ける高速斬撃。敵からしたら悪夢もいいところだ」
戦闘スタイルは今の俺とそんなに変わらないけれど、それぞれの威力が桁違いなのは想像できた。
「先生は今の俺とかつての英雄を比べたらやはり差があると思いますか?」
「まぁそうだな。でも先月のエウブレスさんとの戦いを見て考えは変わった。あの終わりが見えない超高速斬撃は、英雄のものより鬼気迫るものがあった。あのまま加速し続けたらこの世の理を超えていくんじゃないかと鳥肌が立ったよ」
フェイ先生から見てもあの斬撃はそういう風に見えたのか。
「あのときは本当に無我夢中で今再現しろと言われたら難しいですね……」
「難しいということは再現条件はある程度分かっているんだろ?」
「先日クオーツ副会長にたまたまご指導いただいたおかげですけど……」
原始の精神と望みを込めた白創の剣の力を極限まで高める。
これが今やるべきことだ。
「そうか……やはり俺がしてやれることは何もなさそうだな。英雄といたときよりは成長したとは思ってたんだが……」
フェイ先生は寂しそうな目をして微笑む。
「俺の事情を理解して気遣っていただけるだけで充分ですよ。それに先生はクラスみんなの先生なんですから。でも個人的に先生にお願いがあるとしたら……」
「なんだ?」
「卒業した後、みんなに誇れる大人になれたら先生と二人で美味しいお酒を飲みに行きたいです」
恩師と二人で美味い酒を酌み交わす。
そういう関係にいつの日かなれたらいいなと思う。
フェイ先生は目を丸くして沈黙したあと、笑いながらこう言った。
「まさか生徒からそんなことをお願いされるとはな。いいぞ。とびきり美味い酒を飲もう。でも二人ではなくマルスさんも一緒だ。あの人こそお前の恩師だろ?」
「そうですね! マルスさんも一緒に三人で飲みに行きましょう!」
かつては戦友、今は先生、将来は恩師。
楽しい思い出をこれからも作っていける関係であり続けたいものだ。




