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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第七章 十月 さまよう記憶の哀しみ
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六十八 哀情の想起

 欠落した記憶を復活させて哀しみを乗り越えたい。


 そんなメーティスさんの望みを実現したいと思ったとき、俺の左手の白のリングが強く光りだした。


「なんだか懐かしい光ね……」


 メーティスさんが愛おしそうに俺の左指から発する光を見つめる。


「それでは始めます」


 左手を胸に当てると教室は白い光に包まれた。


 そして、俺の頭の中に英雄の記憶が映像として流れ込んでくる。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 これは、英雄の別れの記憶。


「メーティス、フェイ、一緒にいけなくてすまない……」


 マルスさんが表情を固くして二人に謝る。


「あの島は大戦後の世界の希望なのよ? 彼と一緒にちゃんと守ってね」


 メーティスさんはマルスさんの頭をポンと叩いたあと、隣で心配そうな顔をしていた彼に「マルスを頼むわよ」と言った。


 彼はメーティスさんからもらった首飾りをポケットから取り出す。


「え? それもういらないの?」


 メーティスさんからこの世界の言葉を教わっていたおかげで、彼は首飾りの翻訳機能に頼らなくても会話ができるようになっていた。


 だからこれは今度こそメーティスさんの夢に役立ててほしいと思って返したのだ。


「あのねぇ……これくらいのもなら私はすぐに作れるのよ? でも異世界の言語の翻訳データなんて珍しいからありがたく受け取っておくわ」


 首飾りのチェーンを掴みニコリと笑う。


「メーティス、僕からはこれを……」


 マルスさんが白と黒が混ざり合った宝石がついた指輪を渡す。


「混沌の指輪ね……」


「これを着けていれば一度くらいなら奴の力から守ってくれるはずだ」


「そう……じゃあフェイ! あなたがこれをつけなさい」


「え? でもマルスさんが……」


 フェイ少年がマルスさんの方を恐る恐る見る。


「フェイ、あなたはまだ若い。生き残ったらちゃんと学校に通って勉強するのよ。マルス……悪いけどこれはフェイにあげてもいいかしら……?」

 

「はぁ……駄目といっても聞かないのが君だろ? その代わりちゃんと生きて帰ってこいよ?」


 マルスさんが呆れて肩をすくめる。

 

 その隣で彼は苦笑いをしている。


「当たり前じゃない。私は人と魔族が共に学べる学校を作る。

この夢を叶えるまで絶対に死なないわよ」


「僕は彼とあの島を守る。そして君達の帰りを待っている」


 彼も強く頷く。


「じゃあ、アドルさん達が待ってるから行くわね。帰ってきたら二人にはまた色んなことを教えてあげる。もちろんフェイもよ? じゃあ、行ってきます!」


「あぁ、いってらっしゃい」 


 マルスさんの言葉を聞くとメーティスさんは駆け出して行った。

 その後をフェイ少年が慌ててついていく。


「――さて、僕らは僕らの仕事をするか」


 マルスさんと彼は遠ざかるメーティスさんとフェイ少年に背を向けて歩き出した。



 ――――記憶の映像はここで終わった。


 メーティスさんは別れのときまで明るく振る舞っていたんだな……


 生きて帰ってきてほしかった……



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 意識が戻ると、教室を満たす白い光は白創の剣(はくそうのけん)に集まり、剣は形を変える。


 (つば)の形状がより複雑になる。


 さらに重さも羽のように軽くなった。



 そして新しい力の使い方が頭に流れ込んできた。



 新しい力は「記憶の創造」


 魂にアクセスして失われた記憶を修復する。


 条件は二つ。


 一つ目は哀しみの感情が元にあること。


 二つ目は相手が修復を心から受け入れてくれることだ。


 なおこの能力は自分にも使えるが、英雄に関する記憶はプロテクトがかかっているため解放されたものでないと使用できない。 



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 手元にある白創の剣(はくそうのけん)を振りあげる。


 そして、メーティスさんの胸につきさした。


 すると胸から光が漏れ出し、彼女を包み込む。


 光の球体はパズルのピースのような形になりメーティスさんの頭のなかに次々と入り込んでいく。


 流石は天才メーティスさんだけあってかなりの量だ。


 全てのピースがメーティスの中に収まると、沈黙が場を支配する……


「メ、メーティス……?」


 マルスさんが恐る恐る話かける。


「――あの勇者マルス様がなんて情けない顔をしてんのよ……」


「記憶が、記憶が戻ったんだね……おかえり」


 マルスさんの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ただいま。ごめんね。死んじゃって……」


「また会えたんだ。今はそれだけでいい……それより今晩は生徒達が君を待っている。よろしく頼むよ。メーティス先生」


 涙を拭って黒板からチョークを取って手渡す。


「ありがとう。それであの四人は?」


「カズヤくんはもう知ってるとは思うけど彼の生まれ変わり、スカーレットさんとケブくんはカズヤくんの友達。そして妹のレイは……」


 マルスさんが少し沈黙する。


「レイちゃんも生まれ変わりなんでしょ? そしてあの子はカズヤくんのことを……」


「わかるのかい?」


「記憶を取り戻す前に二人の魔力は感知して見てるからね。あまりにも初々しくて嫉妬しちゃった。そのせいで闇の魔力を二人に飛ばしちゃったけどね」


 メーティスさんが闇の魔力を俺とレイに飛ばしたのはそういうことだったのか……


 エウブレスさんでも分からないわけだ。


「カズヤ、メーティスさんが僕らに嫉妬だって」


 レイがニヤニヤとした表情で話かけてくる。


「そうね……あなた達の初々しさには嫉妬しちゃうわ。私達はもうそんな関係に戻れないし。ねぇマルス」


「いい歳した大人、ましてや教師が学生と恋愛で張り合うとかみっともないぞメーティス先生」


 マルスさんはメーティスさんのおふざけに冷静に対応する。


 いつもは勝ち気なメーティスさんが「うぅ……」と声を漏らしたじろぐ。


「メーティス先生ー! 早く授業始めましょうよ!」


 フェイ少年、いやフェイ先生が声をかける。


 なんだか懐かしい空気が教室を包む。


 こうしてメーティス先生の一夜限りの授業が始まった。



 魔法化科学に関する授業ではあったが、あまりにも高度な内容で、レイがフォローをしてくれたけど半分もわからなかった。


 ケブなんて全くついていけず、何度も寝そうになってその度にメーティスさんにチョークを投げられ、最後は黒板消しを投げられていた。



 才女スカーレットはとても興味深そうにメーティスさんの話を聞いて必死にノートをとっている。


 流石は学年ナンバーワンだ。  

 この授業についていけている……


 フェイ先生はマルスさんに教えられながら懸命にメーティスさんの話を聞いていた。


 生徒達の前ではあんな姿を見せないけれど、マルスさんの前ではフェイ先生はフェイ少年でいられるのだろう。


 後ろ向くとフレイアさんとエウブレスさんが並んで穏やかな笑顔で俺達を見守っていた。


 このまま時間が止まってほしいと思ったが、時は残酷でありどんどん前へと進んでいく……


「――さて、私から教えらることはこれくらいね。わからないことがあったらエウブレスさんに聞いてね。今日はとても楽しかったわ」


 フレイアさんが前に出てくる。


「メーティス先生、今日はありがとうございました。この一晩の授業は生徒達にとって一生の財産になるでしょう」


「大げさですよフレイアさん。私こそ人と魔族が共に学ぶ学校で教壇に立つという夢の先を見させていただいて感謝しかありません」


 メーティスさんが、深く頭を下げる。


「ところでメーティス、最後にあの四人と戦ってみないか? この先の未来を担う者達がどれだけ育っているか見たいだろ?」


 突然エウブレスさんが提案をする。


「この機械の身体では全力は出せないしカズヤくんとレイちゃんの相手になりませんよ?」


 メーティスさんが機械の腕を見ながら答える。


「ワシも一緒に戦う。マルスとフェイはどうする?」


 エウブレスさんがマルスさんとフェイ先生の方を見る。


「僕はこの子達と何度も戦ってるからいいです。メーティスと久しぶりに共闘してみたいというのはありますけど、エウブレスさんに譲りますよ」


「俺も生徒とは戦うつもりはないです」


 こうして、最後にメーティスさんとエウブレスさんと戦うことになった。


 旅立つメーティスさんに向けて俺達四人で未来の可能性を見せることができるのだろうか。

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