六十四 学園祭二日目
学園祭二日目の朝、レイは今日も俺が起きるより早く学園に向かっていた。
八時に正門で合流しよう、と俺とケブとスカーレットのデバイスに通知されているので、とりあえずレイはみんなで学園祭を回る時間を作れたのだろう。
それにしても昨日のエウブレスさんの件をどのタイミングでレイに話すかは悩ましい。
エウブレスさん話を信用するなら、緊急性があるわけではなさそうなので、レイの様子を見てから判断することにするか……
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屋敷から出ると空は雲に覆われどんよりとしていた。
学園に向かう途中に石階段を上っていると、無邪気に楽しむ観光客と遭遇し、少し羨ましく感じた。
「カズヤ、おはよう!」
レイが正門の前で手を振り呼びかける。
目の下にくまができていて疲れているけれど、レイらしい笑顔は健在だった。
「おはよう。お前、体調は大丈夫か? 今日も朝早くから出ていってたけど……」
「生徒会メンバーとして学園祭に参加するのは二回目だからもう慣れたよ。それよりカズヤの方こそ元気がなさそうだけど大丈夫かい?」
顔に出ていたか。
でも疲れているレイをこれ以上心配させては駄目だ。
「いや、観光客が多くて疲れただけ。ここにくる途中にも色々聞かれてホントうんざりしたよ」
「ふーん……そうか、それは大変だったね……」
これでいい。
今日はレイに楽しんでもらう日なのだから。
「――それで、そんな嘘をついて僕を騙せると思ったのかい? エウブレスさんの件だろ?」
こんなに忙しいのにもう知ってたのか……
「やっぱりフレイアさんはエウブレスさんを監視していたのか?」
「もちろんそれもある。けど、お人好しの君が人助けをしてウンザリなんて言うわけないんだよね。もっと上手い嘘をつきなよ」
まぁ確かに前世でもよく道を尋ねられるしそれで気を悪くしたことはなかったな……
「緊急性はないと思ったし、今日くらいはお前に余計な心配をかけたくなかったんだよ……」
俺が言い訳をしていると、レイがため息をついたあとにグイと不満そうな顔を近づける。
「……あのさぁ……仕事ではないから報告云々について文句は言わない。でも、僕に嘘をついてまで無理するのはやめてよ」
君は嘘をついて平気でいられるタイプではないだろ? とレイは付け加える。
「ごめん……」
「わかればよろしい! まぁ僕のこと気遣ってくれたんだ。ありがとう」
俺を覗き込む顔が元気そうな笑顔に変わる。
「全く……お前には敵わないよ」
やっぱり俺はをつくのは性に合わないようだ。
「レイ様、カズヤ! おはようございます!」
「おはようございます」
スカーレットとケブが現れる。
「二人ともおはよう。さて……」
レイの方をチラリと見る。
「――僕はちゃんと話すべきだと思うよ」
「え、一体なんの話ですの?」
「何だ? どうしたんだ?」
スカーレットとケブが困惑する。
昨日、冥王エウブレス・シナバーさんに会い、メーティスさんの過去を教えられ、彼女の魂を復活させるために協力を求められていることを二人に説明した。
「チョコレート専門店の前でカズヤと話していたご老人があの冥王とは驚きですわ……」
「というか魂の復活とか物騒な話だな……カズヤはどうしたいんだ?」
死者をもてあそぶことについては正直抵抗がある。
でも、わざわざエウブレスさんが接触してきたわけだからそう簡単に諦めるとは考えにくい。
それにメーティスさんの魂をどうこうしようとするとなると彼女の恋人であったマルスさんがどんな行動に出るか不安だ……
「――俺はエウブレスさんのところに行くよ。マルスさんと一緒に」
「僕も今回は兄さんが感情的になるかもしれないから一緒にいく。二人はどうする? 相手は衰えても冥王だ」
スカーレットとケブは互いに顔を見て強くうなずく。
「もし冥王と戦うことになっても、もちろん私はついていきますわ」
「俺たちだって冥王と同格のグリットさんに鍛えられたんだ。ここで逃げたら死ぬ気で鍛えた意味がない」
二人は自信を持って答える。
「じゃあいつエウブレスさんの家に行く? 夜に来てほしいと言われたけど……」
「僕は来週水曜日の夜がいいな。生徒会の仕事が残ってるしね。みんなはどうだい?」
俺たち三人は来週の水曜日で構わないと同意する。
「じゃあ決まりだ。兄さんには僕から連絡をしておく」
「学園祭の日にこんな話をして悪かったな。それじゃあ今日は楽しもうか」
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正門をくぐりしばらく歩くと、出店がたくさんあった。
たこ焼きとかお好み焼とかかき氷とかがないか探したがなさそうで残念だった。
この世界にマヨネーズに相当するソースはあったのでお好み焼きのようなものくらいはあると期待していたのだが……
それでも出店のクオリティは凄まじかった。
人気店が今年の覇権をかけて争っているので工夫をするのは当然だが、どの店も材料までこだわり抜いていた。
お好み焼きはなかったが、四つ折りにして紙袋に入れて食べ歩きができるようにして提供しているピザ屋はあった。
他にもかき氷の代わりに冷凍した果物を削って色々トッピングをして出すフルーツシャーベット屋もあった。
こうして全ての店を回ったが、俺はブーケのようにフルーツが盛られたクレープが見た目が華やかでとても気に入っている。
ちなみにレイにどれが一番よかったかと聞くと、結局はシンプルにお肉かなぁ、とトマホークステーキを美味しそうに頬張っていた。
出店を全て回り終えて屋外訓練場付近にいくと昨日とは比べ物にならないくらいの列ができていた。
「昨日もすごいけど今日はさらに凄いな……」
「今日はパフォーマンスのあとにシークレットライブもやると告知してあるからね。パンフレットにも書いてあるだろ?」
そう言われてパンフレットを確認すると、たしかに書いてある。
あの話題の歌姫とも書いてあるが有名な歌手でも来るのだろうかと考えていると、レイが「あれのことさ」と言って屋外訓練場付近のテントを指差す。
物販コーナーと書かれた看板があり、テントには五列ほどの列ができている。
ちょうど同じクラスのドラコくんがテントから出てきたので声をかけてみた。
「やぁ、ドラコくん。何を買ったんだい?」
「え、えっと……タオルとかかな……」
「へぇ、ちょっと見せてよ」
恥ずかしそうに水色のタオルを見せてくれた。
そのタオルには「ローレライ」の名前が入っていた。
「……ドラコくん、なんかごめんね……」
「いいんだよカズヤくん……見せたのは僕だし……」
ドラコくんは俺がいなければローレライと選抜チームで戦っていたくらい優秀な生徒だ。
そういった事情もあり本当に申し訳なかった……
「ドラコ大丈夫だ。俺もローレライタオルは持っている。彼女は今や島のナンバーワン歌姫だ。男子なら持っていないほうがおかしいぞ」
ケブが優しくフォローをする。
そういやケブは結局ローレライのファンになったのか。
「ケブくん……ありがとう。じゃあみんなまたね……」
ドラコくんは足早に去って行った。
「――カズヤ……ケブに助けられたね」
「そうですわね。クラスメイトにあんなことをいきなり聞くのはありえませんわ……」
二人の視線が痛い……
確かに配慮が欠けていたことは言い訳のしようがない……
「みんなごめん……」
「まぁ学園の敷地内で生徒のグッズを売るのもどうかとは思うよ。一部は島の孤児院とかに寄付されるけど」
そういえばローレライは定期的に孤児院とかにも歌いに行っているらしいけれど、その献身的な姿とあの光の歌声を聞けば、妖精のように可愛らしい容姿を抜きにしても夢中になるのは当たり前なのかもしれない。
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そして、夕方になり一般客がいなくなるといよいよ後夜祭が始まった。
屋外訓練場に特設ステージが設置され生徒たちが歌やダンスなどを披露していた。
そして、最後に今年の学園ナンバーワンの男子と女子生徒を生徒間投票で決める。
もちろん、永遠の生徒会メンバーは選考対象外だ。
男子はほぼクラウン先輩で決まりだろう。
問題は女子だ。
通常なら三年生のアルラウネ先輩になるわけだが、今年は島のナンバーワン歌姫ローレライがいる。
女王と歌姫の一騎打ちは果たしてどちらに軍配が上がるのか……
集計が終わり、結果が発表される。
男子は予想通り、クラウン先輩。
票の内訳をみると風の大国の王子アネモイも善戦していたらしい。
そして女子は……
アルラウネ先輩が一票差で勝利した。
まさに大接戦だった。
ローレライがもっと早く歌姫として覚醒してたら結果は違っていただろう。
ステージでクラウン先輩とアルラウネ先輩がみんなに祝福される。本当にお似合いの二人だ。
最後のイベントであるキャンプファイヤーがいよいよ始まった。
純白のドレスに身を包んだセレーネが、生徒たちが囲む井桁型に組まれた薪に近づいていく。
そして、左手を胸に当て、満月のように淡く黄色に輝く黄照の剣を胸の中から取り出す。
彼女が剣を高く掲げると剣身に光炎が纏い、そのままゆっくりと、薪の方に剣先を薪の方に向けるときらめく炎が高々と燃え上がる。
生徒たちは彼女に惜しみない拍手を送った。
やっぱり彼女が点火して正解だったな。
セレーネが一礼して退場すると、今度はセイレーン先輩とローレライが光炎に歩いていく。
まさかの歌姫姉妹の登場に拍手がどよめきに変わる。
二人は顔を見合わせ歌いだすと、歌声とともに光の波動が飛び生徒たちの魂が揺さぶれる。
その後は清らかな天使の歌声と光輝く炎により、闇夜の空間はこの世のものとは思えない幻想的な空間に変わった。
「凄いね……セレーネもワルツ姉妹も……でもこの空間を創れたのは君のおかげだよ。カズヤ」
レイがこちらを向き優しく微笑む。
特別な空間だからかとてもドキドキしてくる。
濡れた様に艶々しい黒髪が紅く燃える光炎に照らされ、さらに美しさを増す。
穏やかな微笑みは清らかな歌声により神々しいものになり、俺の心を希望で満たしてくれる。
「――レイ、お前って綺麗だな……」
「……えっ?」
レイの顔から笑顔が消え、頬がほんのり赤く染まる。
「カ、カズヤ……上手く聞き取れなかったからもう一度いいかい?」
目を逸しモジモジしながら、人差し指を立てる。
「いや、やっぱり可愛いな」
「どっちだよ! ――どっちでも嬉しいけどさ……」
怒ってツッコミを入れたと思ったら、また目線を逸らして頬を染める。
レイといると全く退屈しないな。
「やっぱりお前と一緒にこの世界に来てよかった」
「最初に言っただろ? 君と僕はこの世界で楽しい時間を過ごすと」
レイが肩をすくめる。
「そして、殺し合いをする」
「二人で生き残るためにね……」
「やっぱり矛盾してるな。生きるために本気で殺し合うなんて」
「クレームは転生システムなんて作った奴にどうぞ」
そして俺たちは笑う。
常に本気で向き合ってくれると互いに信じているからこそ、矛盾したこの状況でも明るく振る舞えるんだ。
その時、ほんの一瞬寒気がする。
「――レイ……今の、お前は気がついたか?」
「うん。これは闇の魔力だ。ほんの一瞬だったけど」
「エウブレスさんか?」
「いや、違う。あの人の闇の魔力の性質は知っている。つまり別の闇の魔力を持った者……考えたくないけどメーティスさんだ」
エウブレスさんはもうメーティスさんの魂に手を出したのか?
「なぁエウブレスさんは俺の力がなければメーティスさんの魂を復活させられないんじゃなかったのか?」
「魂の復活がどの程度のことを意味してるかによるけど、エウブレスさんのものではない闇の魔力が僕ら二人に向けられた、あるいは向いたのは事実だ」
レイは顎に手をあてて考えだす。
「どちらにせよ。エウブレスさんがメーティスさんの魂に手を出した可能性は極めて高い。明日にでも行くか?」
「母さんと兄さんに相談してだね……二人ともおそらく気がついてるはずだ」
突如、俺とレイに向けられたメーティスさんと思われる者の闇の魔力。
その真相とは……




