六十二 メーティス学園祭
ついに魔法学園メーティスの学園祭初日を迎えた。
学園祭は休日の二日間に渡り行われるのだが、初日はテイルロード島の元首と四大国の大使が訪れるらしく、理事長のフレイアさんと生徒会メンバーはどうしても抜け出すことはできないらしい。
それにしてもこの島の元首や四大国の大使まで訪れるなんて、島の一大イベントとはいえそこまで政治的に重要なイベントなのかと思うが何かしらの事情があるのだろう。
というわけで今日はレイが抜け出せないため、ケブとスカレーットは家族と一緒に学園祭を回るらしい。
俺もクレスター家の使用人かつ友人のアイビーでも誘おうかと思ったがこんな日に限って先約があり断わられてしまう。
そうなると一緒に回る相手がいないので、鍛錬でもするかと思ったが、島全体がお祭ムードになっているのを見るとそんな気は失せてしまった……
このまま部屋に戻ってもやることはないのでそのまま学園に向かうことにした。
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今日は快晴でまさに学園祭日和だ。
学園内はかなりの広さがあるにも関わらず、どこに行っても人だらけだ。
島外からの観光客と思われる人々が沢山いて、生徒を探す方が難しい。
「カズヤ先輩!」
振り返ると、セミロングの銀髪の女子生徒が笑顔で立っていた。
「セレーネ、元気そうだな」
「カズヤ先輩はお一人ですか?」
「そうだよ。君こそどうなんだ?」
「アポロちゃんとティターン先輩の三人で回ります。もしかして私と二人で回りたかったんですか?」
意地の悪い微笑みで覗き込むようにこちらを見てくる。
「そんなところをレイに目撃されたら明日は最悪な気分で過ごすことになるんだぞ……」
「冗談ですよ。私も生徒会メンバーを敵にまわすのは怖いですからね」
セレーネは根は真面目なんだが、相変わらず俺をからかうのはやめないな……
まぁ彼女が楽しく学園生活を送れているなら何よりだ。
「ところで先輩。実は私、後夜祭で行われるキャンプファイヤーの点火を任されることになってんですよ」
「それはよかったな。君ならもう光炎を使いこなせるだろうし盛り上がるだろうな」
「まぁ、私は先輩がやった方が盛り上がると思いますけどね。みんな光炎の本家は先輩だと分かってますし……」
いやいやキャンプファイヤーで出す炎なんてそんな出力はいらないだろ。
まぁ本気で光炎の火柱を上げたら危険という意味では盛り上がるかもしれないが……
「分かってるとは思うがキャンプファイヤーはパフォーマンスだから本気を出す必要はないぞ。というか可愛い君が優雅に光炎を出した方がみんなは喜ぶだろう?」
「可愛いって……」
「事実だからな」
「うーん……」
あれ? セレーネが沈黙している。
もしかして非常識なことを言ってしまったか……
「――全く先輩は……レイ様にこそちゃんと可愛いって言ってあげないとそのうち愛想をつかされちゃいますよ? どうせ先輩のことだから全然言えてないんでしょう?」
大きくため息をつき、呆れたように肩をすくめる。
「そ、それは君には関係ないだろ! ほら、アポロとティターンが待ってるんだろ? 早く行ってやりなよ」
「はいはい。じゃあ後夜祭、楽しみにしててくださいね」
笑顔でそう言うと、セレーネは去っていった。
レイに可愛いか……
同じ屋敷に住んでいて、同じクラスなのに言うタイミングがないんだよな。
――と、いうのは言い訳だ。
こういうのは先伸ばしにしたらズルズルといく。
よし、学園祭が終わるまでにレイに「可愛い」と言おう。
そんな情けない決意をして意気揚々と歩きだした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
とりあえずパンフレットを眺めていると、学生によるパフォーマンスの日程が記載してあった。
パフォーマンスは今日の午前と午後、明日の午前と午後で計四回行われるわけだが、初回が一番盛り上がると思い見に行くことにした。
会場の屋外訓練場に着くとすでに長蛇の列ができていた。
ブルーシートらしき物を持っている人までいる。
おそらく朝早くから待っていたのだろう。
これは無理だなと思い、他のところを回ろうとしたとき、白髪混じりの老人に声をかけられた。
「カズヤくん、パフォーマンスを見に来たんだろ? 一緒に見ないか?」
老人とは言っても背筋はピンとしていて、筋肉も隆々としている。服装も英国紳士のように気品が溢れていた。
ただ、この声は聞き覚えがある。
そして、このタイミングで接触してくるであろう老人と言えば一人しかいない。
「――エウブレス・シナバーさん……ですよね?」
「そうだ。初めてあったときと雰囲気が全然違っていて驚いただろう」
「何が目的ですか?」
ストレートに聞いても素直に教えてはくれないだろうが一応確認する。
「パフォーマンスを見ることと、君と話がしたいだけだよ。心配することはない。席はフレイアが用意してくれた」
「フレイアさんが用意した……つまりマルスさんもそのことは知ってるはずですよね?」
昨日までマルスさんに稽古をつけてもらっていたがそんなことは全く聞いてはいない。
「昨日の夜に話をしに行ったからどうだろうな。フレイアは、空いている個室があるらしく、そこでならばいいと容認してくれたぞ」
そこでならばいいということは監視できるようにしたのか。
「わかりました」
エウブレスさんについていくと、見学席の真下ある個室に着いた。
部屋は二人から三人くらいが入れる広さで窓から屋外訓練場を見渡せる。
そして、椅子に腰掛けるとエウブレスさんが口を開いた。
「ここは素晴らしい学園だな。人と魔族が共に学び、その成果を世界に発信しようとしている」
外で準備をしている学生たちを愛おしいそうに見つめている。
「この学園はエウブレスさんとメーティスさんの夢なんですよね……でもあなたはこの学園には関わっていない」
「そうだな。ワシみたいに死者を操っていた男が教育に携わることは許されるわけもなかろう」
言ってることはわかるがそれだけではないはずだ。
「フレイアさんたちとは昨日まで疎遠になっていたんですよね?」
「そうだ。でもその理由はフレイアとの約束で言えない。だが、ワシはフレイアたちを憎んではいないし、彼女たちがやろうとしていることを邪魔するつもりもない」
理由がわからないと、なぜこの学園に関わらないのか判断ができない。
しかもそれはエウブレスさんもマルスさんも俺には言えないということか……
「エウブレスさんも俺には教えられないんですね……」
「別に君にだけに教えないのではない。秘密を知るにはそれ相応の資格が必要なだけだ。もう何度も聞いているだろうが、まずはクオーツに勝て」
結局はクオーツ副会長に勝つしかないわけだ。
「そうですか……」
「――話題を変えよう。君の前世である英雄はメーティスと旅をしていたが、彼女についての記憶はどこまで引き継いでいる?」
「どこまでと言われても……発明が大好きで夢を持っていてマルスさんたちと戦っていたくらいしか……」
これまで二度、創造の力を開放させてきたが、メーティスさんに関する記憶はほとんど引き継いでいない。
「そうか……マルスからすでに聞いてはいるとは思うが、ワシはメーティスのことを娘のように可愛がっていた。なぜか分かるか?」
「研究が好きな者同士で同じ夢を持っていたからですか?」
「それもある。ワシとメーティスとの共通点はもう一つある。それは闇の魔力を持っていたことだ」
闇の魔力?
マルスさんからはそんなこと一切聞かされてないぞ。
「メーティスは水の大国で産まれて、闇の魔力を有していた。だが、彼女は闇の魔力を制御しきれず何度か暴走させていた……」
水の大国。
人と魔族の大戦が終結した後に魔族であるセイレーン先輩たちを迫害した国だ。
そんな国で闇の魔力を暴走させていたならばどうなるかは予想ができた。
「その顔ならもう察しはついているだろうが、彼女は十二歳で祖国から追放された」
「――十二歳で追放ですか……よく生きてこれましたね」
「天才だったからな……普通なら野垂れ死ぬと思うが、知識と技術を駆使して便利屋として日銭を稼ぎ、三年間の旅を経て火の大国に辿り着いた」
平和になった今ならともかく、魔族と争っていた時代に十二歳の少女が一人で旅をするなんて正気じゃない。
「メーティスは冥王と呼ばれるワシと聖女と呼ばれるフレイアに保護してもらうことに賭けていたわけだ」
闇の魔力を持つ冥王と、その冥王を許容できる聖女に保護してもらおうとするのは悪い賭けではない。
というかフレイアさんは火の大国の聖女だったのか。
光の魔力は持っていないものの、見た目からして化物みたいな生命力は持っているのはわかっていたが、大国の聖女とは……
「メーティスの目論見通り、フレイアは王に保護を求めた。結果、王は彼女の頭脳を活かすためにワシの助手になるよう命じた」
「メーティスさんって凄い人だったんですね……」
「まぁ闇の魔力を抜きにしてもそれゆえに孤独を感じているみたいだがな……それでもマルスと……おっ、パフォーマンスが始まるぞ」
十五人の生徒たちが横一線に並んでいる。
その中心にいるのは三年生選抜チームのクラウン先輩とアルラウネ先輩とマオ先輩だ。
生徒たちが礼をするとパフォーマンスが始まった。




