六十一 冥王と呼ばれた男
いつもの待ち合わせ場所であるフロント島行きの渡船乗り場の前に行くと、マルスさんがすでに待っていた。
「すみません。遅くなってしまって……」
「妹のためなら全然構わないよ。僕も軍の関係者との用事を先に済ませてきたから、これで今日はもう自由だ」
「そうですか……あとこれどうぞ」
マルスさんに紙袋を渡す。
「これは今日オープンした『チョコレート専門店・クオーヌ』のチョコレートだね」
「流石レイのお兄さんですね。ご存知でしたか」
「僕も甘いものは好きだからね。ありがたくいただくよ」
その後、俺たちは渡船に乗るわけでなく、風魔法を使い、以前に夏合宿を行った無人島であるカロカイ島に向かった。
海岸付近にある平野に着くと早速、稽古の準備を始める。
そういえばマルスさんに例の老人について聞かなければいけなかったな。
「マルスさん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「いいよ? なんだい」
「先ほど話していたチョコレート専門店の前で、メーティスさんが助手をしていたという老人に会いました」
「メーティスが助手をしていた老人……」
マルスさんの顔が少し険しくなる。
「黒いローブを着て、髑髏の杖を持っていて、『マルスとフェイの坊やによろしく』とも言ってました」
「カズヤくん、少し話が長くなるから向こうで座ろうか……」
少し離れた森の入口付近に立っている木の根元に腰を掛けるとマルスさんが話を切り出した。
「結論から言うと、その老人の名前はエウブレス・シナバー。かつて父さんたちと一緒に戦った仲間だ」
「そんな凄い人だったんですか?」
「魔法科学の研究者として世界的に有名な人だったんだけど、戦いにおいても死者を闇の魔力で操り冥王と呼ばれていたんだ」
「闇の魔力……」
レイ以外にも闇の魔力を持つものがいるのか……
「まぁ神具は持っていないけどね。でも死者を操り
軍団を作ったり、情報を引き出したり操作するということには長けていて敵に回したくない人だったね」
「そんな恐ろしい人がなぜ俺に接触を……」
「それは僕にもわからない。ただ勘違いしてほしくないのはエウブレスさんは敵に回したくないだけで、とても優しい人なんだよ」
やっていたことを考えたら優しい人とは程遠いように感じるけれど……
「あの人は目的のためなら冷徹になれるだけで、普段は少し変わった好奇心旺盛で優しいおじさんだった。特に僕とメーティスはよくしてもらったもんだ」
マルスさんは昔を懐かしむように遠くを見つめている。
「でもさっき俺がエウブレスさんの特徴を挙げたときに顔が険しくなりましたよね?」
「そうだね……今のあの人は色々あって父さんたちとは距離を置いているんだ。そんな状況でカズヤくんに接触してきたということは何か企んでいるんじゃないかと思ってね……」
「色々あったって具体的に何があったんですか? それに何か企んでるって……」
軽くため息をつき、少し沈黙した後で悲しそうに微笑む。
「――今は言えないかな……でもあの人が君たちに危害を加えるようなことはしないと思うよ。もしそんなことがあるなら僕が容赦はしない」
悲しい微笑みが急に消え、覚悟を決めた真剣な顔になり、これ以上は追求するなと警告をしているように感じる。
これはもうマルスさんを信じるしかないな……
「分かりました……誰だって探られたくないことはありますよね……」
「ごめんね……話を変えようか。エウブレスさんはメーティスのことを娘のように思っていた。そしてメーティスも父親のように慕っていて本当に親子のようだった」
カバンの中から俺が渡したチョコレートの紙袋を取り出し、箱から二つ出して一つは俺にくれた。
そして個包装されたチョコレートを眺めながら語りを続ける。
「そんな二人は一ヶ月以上も研究室に閉じこもることもあってね。僕もよくクッキーとかチョコレートとか甘いものを差し入れに行ったもんだ」
「二人とも研究が大好きだったんですね」
「そうだね。それに二人は同じ夢を持っていた。それは世界中の人と魔族が一緒に学べる学校を作ることだ」
人と魔族が共存する島の象徴である魔法学園メーティス。
つまりエウブレスさんとメーティスさんの夢は叶ったんだな……
でも、その二人は魔法学園にはいない……
「実は僕も魔法学園の教師になりたかったけど島の盾になる役割があるからね。その代わりではないけどフェイが教師になってくれた。いい奴だろ?」
「とても優しくて頼りになります」
「昔はやんちゃだったけど大人になれば変わるもんだな」
いつもの優しい微笑みではなく、無邪気な子どものような笑みが垣間見えた。
「――さて、昔話をしに来たわけではなかったな。そのチョコレートを食べたら稽古を始めようか」
「はい、よろしくお願いします!」
この後のマルスさんはいつもと違って楽しそうに俺と剣を交わしていた。
まるで昔一緒に旅をしていた俺の前世である英雄と語り合うかのように……




